ISILのまとめ情報

ISIL』の解説

ISIL(アイシル、〈イラクレバントのイスラム国〉)、、、ダーイシュ。例えばシリア北東部の砂の平原にある町々においては、電気の供給、水の供給、銀行(イスラム銀行)・学校・裁判所などだけでなく礼拝所、パン屋にいたるまでがISILによって運営されている。

ISILの特徴に、インターネットなどによるプロパガンダ戦略が挙げられる。ワールド・ワイド・ウェブSNS動画共有サイト)などを利用し、イラクやシリア周辺の中近東だけでなく、はるか離れた世界各国からでも若者を多数兵士として募っている。

一方、住民らは恐怖政治に不満を募らせているとの報道もなされている。

有志国による激しい空爆にも関わらず、勢力の拡大を続け、2015年5月までにシリア領の過半を制圧。ISILによる統治地域の面積は2015年6月時点で、日本の国土面積より一回り小さい程度である約30万平方キロメートルにも上った。IHSジェーンズ()によると、同年12月14日には、1月時点より支配地を約14パーセント縮小し、支配面積は北海道とほぼ同じ約7万8000平方キロメートルになるなど、勢いにかげりも見えた。2017年10月には首都ラッカがシリアの反体制派シリア民主軍によって完全制圧され、退潮が明らかとなった。同年17日にはイラク軍が西部アンバル州の町ラワを制圧したことによりイラク国内からほぼ一掃された。

名称の翻訳と略語

2013年4月、「イラクのイスラム国」(ISI)はシリアの過激派組織「アル=ヌスラ戦線」と合併し、組織名をアラビア語で الدولة الاسلامية في العراق والشامとした。 の指す範囲や訳語には様々あり、以下のように訳し方によって異る表記がメディアによって用いられた。ラテン文字表記としては「DAISH」のほか、アラビア語翻字を省略した DAIISH 、発音から英語的な綴りに直した DAESH という表記も用いられ、西側メディアが用いる際は DAESH と綴られることが多い。日本語では「ダーイシュ」と表記される。

この他、 دواعش (翻字:dawā'ish、カタカナ転写:ダワーイシュ)という語が用いられることもあり、こちらは「ダーイシュ」が持つ否定的なニュアンスで必要以上に ISIL を刺激すべきでないとする立場に基づいて使われる。

2014年6月29日、カリフイスラム国家の樹立を宣言し、名称を الدولة الاسلامية في العراق والشام から الدولة الإسلاميةIslamic State、略称:IS)に変更すると宣言した。日本語では単にイスラム国と翻訳される。

表記の混在と呼び名変更に対する動き

ISILが現れた当初から表記は一定していなかったが、ISILが樹立宣言で自称「イスラム国」を名乗るようになると、「その変更に従うメディア」と「従わず従来の表記を使い続けるメディア」が混在するようになった。

国際連合、日本国政府、アメリカ合衆国連邦政府は「過激派組織には、国家としての独立宣言を認めない」国家として承認しない)立場から、名称の変更を認めず ISIL を使用している。2014年9月21日、イスラム教スンナ派最高教育機関として知られるアル=アズハル大学イスラム法学者団体が、このテロ組織を「イスラム国」と呼ぶことは「イスラム教およびイスラム教徒に対する侮辱である」と強く批判し、アラブ諸国のメディアでは「イスラム国」または「国家」と受け取れるような文言を使わないよう求めた。

ところが、ISILによる日本人拘束事件で2015年1月24日に、ISILが湯川遥菜を殺害したとするメッセージをウェブサイトで表明して騒がれた翌25日、略称にすることもなく「イスラム国」という言葉を連呼しているメディアに対して、危機感を募らせたイスラム教団体名古屋モスクが、アル=アズハル大学の声明を元に「イスラム国という名称の変更を希望する」旨を題した文書を発表した。このため2015年2月9日、およそ30のモスクの代表者やイスラム団体などとの連名で、併せて21のメディアに対して、同じ文書を送付し「イスラム国」表記を止める様、要望書を提出した。

2015年2月4日には、駐日本国トルコ共和国大使館も以下のような声明を出し、日本のメディアに協力を求めている。

これらの要請に対し、日本放送協会(NHK)では2015年2月13日夜から「イスラム国」という呼び方を完全に廃止し、『過激派組織IS=イスラミック・ステート』という表記に変更した。

『朝日新聞』『東京新聞』『毎日新聞』では記事中の初出では『イスラム過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)』として残し、2回目以降は「IS」と略した。毎日新聞は「この変更が最善の表記という確信はないものの、「イスラム教の国」のように、単純な誤解をされないよう工夫していきたい」としている、2015年2月4日の放送分から「『イスラム国』を名乗る過激派組織=ISIL(アイシル)」と変更している。

大阪市のフジテレビ系列局・関西テレビ放送の自己批評番組『カンテレ通信』は2015年2月15日放送で「外国のメディアは「イスラム国」とは呼んでいないのに、なぜ日本のメディアは「イスラム国」と表記するのか」という視聴者の意見に対し、同局報道番組部は「国と名乗っているが国際社会は国家と認めていないため、フジテレビ系列では「イスラム過激派組織・イスラム国」と紹介している」と回答。これに対し、番組コメンテーターの若一光司わかぎゑふは番組内で、前述のイスラム教団体が名称変更を要望していることなどに触れ、イスラム教と混同する人が多いため「イスラム国」表記はやめるべきだ、と述べた。

世界気象機関では2015年4月17日、太平洋北東部に発生するハリケーンの命名リストからIsis(イシス)を外し、2016年のリストからは代わりに「Ivette(イヴェッテ)」を使うと発表した。。

世界中のイスラム教徒からは「あれはイスラム教を詐称した、ただの犯罪集団だ。断じてイスラム教ではない」とされ、世界各国のイスラム教団体が、ISILがイスラムを勝手に名乗ることに憤慨している。

政治

アブー・バクル・アル=バグダーディーを最高指導者とし、「財務担当」「国防担当」「広報担当」という役割を持つ行政機関の「評議会」が存在する。さらにその下にはシリア担当とイラク担当の副官が半数ずつおり、副官に任命された24人の県知事がその下におり、彼らが支配地域に配属され治安や徴税などを行っている、バグダーディーの下の最高指導部に「シリア担当」のアブー・アリー・アンバーリー(旧イラク軍少将、2015年12月12日シリアでイラク軍の空爆で殺害)と「イラク担当」のアブー・ムスリム・トゥルクマーニー(旧イラク軍中佐、2015年8月18日モスルで殺害された)がおり、どちらも旧イラク軍将校である。

ISILの広報担当が主張するには、「これはムスリムの国だ。抑圧されたムスリム、孤児、夫と死別した女性、そして貧困にあえぐ人たちのための国だ」「イスラム国の人々は生命と財産の安全を保障され、(従来の国境を越えてビザなしで)自由に移動できる」と主張している。この言葉はシリア内戦で疲れ果てた人たちの心をつかみ、ISILに支配された当初、これを歓迎した住民もいる。ラッカが支配下に置かれた時、住民たちはお祭り騒ぎになったという。

ISILには、これらの体制がイスラム法と合致しているか審査する宗教機関が存在する。仮に現体制がイスラム法に背いた場合、退陣を迫る権利を有しているという。

シャリーアイスラム法)の厳格な運用で戒律が極端に厳しく、酒、タバコが厳禁、女性には全身を隠し目だけを出す黒い服装の着用を義務付け、一人での外出も禁止、さらに夜7時以降は男女を問わず全員外出禁止令を発令。「ヒスバ」と呼ばれる宗教警察が市民を監視し、検問所を各所に設け、住民の出入りは厳格に管理される。警察官らは自動車で巡回し、警戒する。肌を露出している女性を見かけるとその場で鞭打ち100回の刑を課し、飲酒や喫煙が発覚すると刑務所へ入れられたり、指を切り落とされたりする。こうした厳罰により住民に恐怖心を植え付けることで支配していると『週刊新潮』は分析している。ただし、バンダルが解任された2014年頃からそれまでISILを静観してきたサウジアラビアもISILを非難するようになった(対外関係)。

行政

役所、裁判所、警察署などの行政機関は従来からの建物を使用しているが、職員の多くはISIL側の人間に代わっている。ただし発電所、浄水場など専門知識を要する施設では、元の職員がそのまま勤務している。ジャラーブルスやマンビジュといった町はユーフラテス川という水源から近いため水道は常時使えるが、電気の使用は1日3~4時間に制限されている。また、ラッカでは電気、水道ともに1日3時間程度しか使えない状況である。しかし、外交相手として承認した国家は存在しないので、そのパスポートが使える国は無い。

教育は様変わりし、英国ロンドンに拠点を置くシリア人権監視団体の職員の証言では、哲学や現代政治の授業は廃止され、『コーラン』を読み込む授業が増え、語学はアラビア語だけで歴史はイスラム史のみとなっている。自然科学分野では、現実に役立つエネルギー、資源に関する授業だけである。

イスラム国は6月下旬に新国家建設を一方的に宣言した後、モスルでバアス党の元党員や旧政府軍幹部を次々と拉致していた。2014に行われたISILによる大規模なイラク侵攻時にはバアス党勢力との交戦も確認されている。フセイン処刑後にバアス党指導者(地域指導部書記長)の地位を継承したイッザト・イブラーヒームは、当初ISILを称賛しイラク制圧に協力していたものの後に離反し、2015年にはイランとISIL双方をイラクの敵と糾弾しており、同年にイラク軍に殺害されたとされる。

住民

ISILは、シリアとイラクの支配地域で一時期、少なくとも800万人を武力的支配下に置いていたという。

理念・目標・政治的主張

日本エネルギー経済研究所中東研究センターの保坂修司副センター長は「イスラーム国の思想を理解するには、イスラームの基本的な思想、基本的な法学理論・政治理論を知らなければならない」と指摘した。ISILの者たちは、自分たちの存立の根拠を古い古典的な議論の中に見出そうとする傾向があり、例えばサラフィー主義カリフ制についてある程度理解する必要がある。]]

主張する領土

第一次世界大戦中の1916年に、イギリスはフランスやロシア帝国とともにオスマン帝国の領土を、アラブ人やクルド人などの現地住民の意向を無視して、自分たちの勢力圏を決める秘密協定「サイクス・ピコ協定」を締結し、戦後その協定に修正を加えて国境線を引いた。オスマン帝国領から西欧列強の植民地となった地域はその後独立したが、シリアレバノンイラクヨルダンといった国々に分割されたという歴史がある。西欧列強は中東の古い秩序を根こそぎひっくり返してしまった、武力によるイスラム世界の統一を目指している。

2014年、ISILは、「5年後に占拠する領土のプラン」を発表したと報道された(異論もある)。彼らが発表したとされる「領土」はスペインからアフリカ北部、中近東を経てパキスタン中央アジア中国西部にまで及んでおり、歴代のイスラム王朝の領土と重なっている。そしてその区割りは現在の国境とは異なっている。

2014年7月に行われた最高指導者アブー・バクル・アル=バグダーディーの演説では、ISILは将来的にはローマへ侵攻するとしている。

彼らが発表したとされる「領土」には、イラクを除いて古称によると思われる独自の名称が付されている。

ただし、中東調査会の高岡豊は、2014年11月の段階で、領土の主張は大義名分に過ぎず、ISILは支配した領域の統治を考えず、イナゴの大群のように移動しながら殺人、誘拐、略奪などを繰り返す運動体にすぎない、とした。また池内恵は、2014年11月の雑誌で「イスラーム国はオスマン帝国の復活を望んでいるのではなく、初期イスラム帝国のように、スンニ派アラブ人のカリフのもとに、イスラム教徒の諸民族や異教徒(キリスト教徒とユダヤ教徒)を支配下におく体制を目指している」とした。

イスラム法の重視・実行

バグダーディーはカリフ就任演説で「私はあなた方から支配権を担った。私はあなた方の中で最も優れているわけではない。私が正しい時には私を支援してくれ。私が悪かったなら私を正してくれ。」「あなた方がアッラーとアッラーの使徒に従順であったように、私に従順であれ。私がアッラーとアッラーの使徒に逆らうような行為や態度を示すのなら、あなた方が私に従順である必要はない。」と述べ、バグダーディーがシャリーアにしたがって行動する限り、支持してくれるように呼びかけており、シャリーアイスラム法)の重視を明言している。

ISIL側の主張によると、シャリーアの下に活動をしているとしている。『週刊新潮』によると、ISILは自らに都合よく解釈したシャリーア(イスラム法)を住人にのみ厳格に適用しており、イスラム教を悪用した恐怖政治で支配地域の住民らを支配しているなどを行っており、自分たちに対しては厳格に運用しておらず、どちらかと言えば住民を抑圧・弾圧したり虐殺行為を正当化する為にイスラム法の文言を利用している。イランの主要紙『ジャーメ・ジャム』によると、住民に対する厳格な戒律の強要は自らの道徳的逸脱の隠蔽のために行われているものであるという。同紙はISILが「国民」に戒律に従った服装をさせるために女性に衣類の無償配布を開始したことも報じている。また、同性愛はイスラム法に反することから、同性愛者を少なくとも30人以上処刑したとされている。ISILは、実効支配地域において、従来の教育制度を大きく改めることを表明している。歴史や哲学、公民、体育、音楽、図工などの世俗的な学校教育を全面的に禁止し、イスラム法(シャリーア)の極端な解釈に基づく過激な思想教育を児童に教えている。教師にも、イスラム法の講座を受けることを義務づけている。また、学費を無償としていたアサド政権と異なり、学費として1000シリア・ポンドを徴収する。

2014年、ISILはコーランに従って、奴隷制度の復活・運用を国際社会に公表した。ISILは、奴隷の取引額のガイドラインを発表しており、これに違反した者は処刑される。ガイドラインによれば、外国の出身でない限り、購入できる奴隷の数は3人までで、40歳から50歳のヤジディ教徒キリスト教徒の女性は27ポンド(約5千円)、10歳から20歳の少女は80ポンド(約1万4千円)、1歳から9歳の女児は100ポンド(約1万8千円)以上で売られ、年齢が若くなるにつれ奴隷の価格も増すようになっている。

イラク北部モースルの住民によると、ISIL統治期では、飲喫煙音楽絵画映画カメラ携帯電話の所持、結婚披露宴葬儀、同性愛、華美な服の展示が禁止されていた。学校は男女別で、女性はニカブ(目出しベール)着用と外出時の近親男性同伴が義務付けられ、美容院は閉鎖された。

歴史

2000年頃にアブー・ムスアブ・アッ=ザルカーウィーがヨルダンなどで築いた Jama'at al-Tawhid wal-Jihad(アラビア語:جماعة التوحيد والجهاد /タウヒードとジハード集団という意味、 略称: JTJ)を前身とする。この集団はアフガン戦争後、 イラクに接近し、2003年のイラク戦争後はイラク国内でさまざまなテロ活動を行った。2004年にアル=カーイダ(アルカイダ)と合流して名称を「イラクの聖戦アル=カーイダ組織」と改めたが、外国人義勇兵中心の彼らはイラク人民兵とはしばしば衝突した。

2006年1月にはイラク人民兵の主流派との対立をきっかけに名称を「ムジャーヒディーン諮問評議会」(略称:MSC)と改め、他のスンニ派武装組織と合流し、さらに2006年10月には解散して他組織と統合し、「イラクのイスラム国」(略称:ISI)と改称した。また、のちに指導者となるアブー・バクル・アル=バグダーディーは、この2006年ごろにアメリカ軍によって一時拘束されて、収容所に入れられていたという。バグダーディーは、収容所の中で存在感を示し、後にISILの幹部となる者達と関係を築いた可能性が指摘されている。

2009年10月25日と12月8日、ISIは首都バグダードで自爆テロを実行し、両日合わせて282人が死亡、1169人が負傷した。

アメリカ軍はISIがインターネット上の組織に留まり、実際にバグダーディー師と呼ばれる組織内の人物は存在しないと主張していたが、2010年4月18日イラクヌーリー・マーリキー首相はISIの首長アミールアブー・ウマル・アル=バグダーディーと同戦争相アブー・アイユーブ・アル=マスリーティクリート近郊で行われたアメリカ軍とイラク軍の合同作戦により死亡したと発表した。これに伴い、同年5月16日、アブー・ウマル・アル=バグダーディーの後を継いでアブー・バクル・アル=バグダーディーがISIの首長(アミール)に就任した。

2012年3月20日には、バグダードを含む数十都市で連続爆弾テロを実行し、52人が死亡、約250人が負傷した。

2013年4月、アブー・バクル・アル=バグダーディーは、シリアで活動するアル=ヌスラ戦線が「イラクのイスラム国」の下部組織であり、今後はアル=ヌスラ戦線と合併して組織を「イラクのイスラム国」(略称: ISI)から「イラクとレバントのイスラム国」(略称:ISIL)、別称「イラクとシリアのイスラム国」(略称: ISIS)に改称するとの声明を出し、シリアへの関与強化を鮮明にした。同年7月、検問所での通行許可を巡り口論となった自由シリア軍の司令官を殺害した。

2013年7月21日、アブグレイブ刑務所とバグダード近郊のタージにある刑務所を襲撃し、500人あまりの受刑者が脱獄、治安部隊21人と受刑者20人が死亡した。脱獄者の中には、武装勢力の戦闘員や幹部も多数含まれているとされる。組織側によると、今回の襲撃をもってイスラム教徒を牢獄から解放する一連の作戦は終了したとしている。

2013年8月、アレッポ近郊のシリア空軍基地を制圧。同年9月、自由シリア軍がシリア軍から奪還し1年近く支配下に置いていたトルコ国境沿いのを戦闘の末に奪取、制圧した。アッザーズ制圧の際、現地で活動していたドイツ人医師を拘束している。

「イラクとレバントのイスラム国」は、アルカイダと関連のある武装集団だが、2013年5月に出されたアイマン・ザワーヒリーの解散命令を無視してシリアでの活動を続けているなど、アルカイダやアル=ヌスラ戦線との不和が表面化している。この不和の原因は「イラクとレバントのイスラム国」の残虐行為が挙げられており、実際にアルカイダを上回る残虐な組織であるとの指摘するメディアもある。2014年2月には、アルカイダ側が「イラクとレバントのイスラム国」とは無関係であるとの声明を出した。シリア内戦の反政府派とも衝突しており、一部のシリアの反政府派は連合を組んで「イラクとレバントのイスラム国」を攻撃している。シリア反体制活動家は、「イラクとレバントのイスラム国」について「アサド大統領よりも酷い悪事を働いている」と語っている。

2014年2月には支配地域のラッカキリスト教徒に対して、課税(ジズヤ)及び屋外での宗教活動の禁止を発表した。

また、シリアの油田地帯を掌握し、原油販売も行っていると伝えられている。

2015年5月16日、アメリカの特殊部隊が同組織で資金源である原油・ガス取引などを指揮していた幹部、を殺害したと発表。人質救出作戦以外ではシリアで初の地上作戦となった。

2015年8月28日、8月24日にアメリカ軍がISILの首都ラッカに空爆を行った際、幹部を殺害したと明らかにした。同幹部は世界各地でテロをおこす「一匹オオカミ」型のテロ要員確保を担っており、米軍や政府の関係者約1300人の個人情報をネット上に公開し、彼らを襲撃するよう呼びかけていた

2016年3月25日、アメリカ国防総省は、3月24日にアメリカ軍特殊部隊が行った急襲作戦で、当時同組織ナンバー2であった財務大臣が死亡したと発表した。

イラクへの侵攻

2014年に入り、シリアの反アサド政権組織から武器の提供や、戦闘員の増員を受けたため、急速に軍事力を強化した。その軍事力を使い政権奪取を目指して、イラクの各都市を攻撃し始めた。2013年12月30日のイラク西部アンバール県ラマーディーの座り込み運動の解散をきっかけとして侵攻を開始し、1月にラマーディーと同県の都市であるファルージャを掌握、3月にサマラを襲撃した、6月6日、モースルに複数の攻撃を実施した。6月10日、モースルを陥落させた。武装集団は、数百人規模で9日夜からモースル市街地を攻撃し、10日までに政府庁舎や警察署、軍基地、空港などを制圧した。過激派系のウェブサイトは、武装集団が刑務所から約3千人の囚人を脱走させたとしている。6月11日にモースルのトルコ領事館を制圧し、同国の在モースル総領事を含む領事館員ら48人を誘拐した。6月15日政府軍との戦闘の末、を制圧、6月17日にはバグダード北東約60キロのバアクーバまで進撃し、6月20日までにの油田施設を包囲した。6月25日、イラク戦争で「キャンプ・アナコンダ」として知られているを攻撃しアジール油田地帯を制圧した。また、ニーナワー県を断水させた。「イラクとレバントのイスラム国」は占領したモースルでシャリーアの強制による支配を行い、イラク政府への協力者に対する殺害ならびに盗みや強盗をした者の手足を切る刑罰を課しており、モースルの住民は退去を迫られている。一方、6月17日にイラク首相府は「イラクとレバントのイスラム国」をスンナ派サウジアラビアが財政的に支援し、大量虐殺を引き起こした責任があると非難する声明を発表した。米共和党ランド・ポール上院議員は「イラクとレバントのイスラム国」が強化された理由の一つとして、アメリカ政府がシリア政権打倒のため「イラクとレバントのイスラム国」に武器を移送したことを挙げている。また、オーストラリアの外務大臣は150人のオーストラリア人が「イラクとレバントのイスラム国」に加入していると明らかにし、彼らの帰国の懸念を表明した。6月20日、国連人権理事会は「イラクとレバントのイスラム国」の侵攻によって100万人の住民が避難を余儀なくされていると声明を出した。

「国家」樹立宣言

2014年6月29日、「イラクとレバントのイスラム国」は同組織のアブー・バクル・アル=バグダーディーが「カリフ」であり、あらゆる場所のイスラム教徒の指導者であるとし、イスラム国家であるカリフ統治領をシリア・イラク両国の「イラクとレバントのイスラム国」制圧地域に樹立すると宣言した。また同声明において組織名からイラクとレバントを削除し、「イスラム国」と改変することを発表した。アメリカは、空爆の期限を設けず、今後も空爆を実施することを示唆している。同年10月に入って、空爆の作戦名は「生来の決意」(Operation Inherent Resolve) と名付けられていることが明らかになっている。

ただし、アメリカ軍の空爆は、ISILのイラク支配地域に限定されており、ISILの本拠地であるシリアでは実施されていないため空爆の効果を疑問視する人もいた。シリア国内のISIL拠点を攻撃しないのは、ISILと対立するアサド政権を支援する形になるためと指摘されている。8月22日、アメリカはシリア国内の拠点に対する空爆の検討を開始したと発表した。この時点で、ISILの支配領域の合計面積は、イギリスより広くなっている。

サムネイル

8月24日、ISILはシリア北東部のラッカ県にあるシリア政府軍の空軍基地を制圧、ラッカ県のほぼ全てを手中に収めた。この時、ISILは先日、シリア兵500人を捕らえたが、8月28日、このうち160名を処刑したと発表、処刑映像を公開した。

8月25日、アメリカ合衆国バラク・オバマ大統領は、アメリカ軍によるシリア上空での偵察飛行を承認した。

シリアのアサド政権は、ISILの勢力拡大に対して国際社会と協力する用意があると表明した。これまでアサド政権打倒を目指してきた反政府派を支援してきたイギリスアメリカ合衆国の協力も歓迎するとしている。8月31日、ドイツはISILが自国の安全保障の脅威になるとして、ISILと対峙するクルド人勢力に武器を供与する方針を発表した。ドイツは世界第3位の武器輸出国である一方で、これまでは紛争地域への武器輸出を見送ってきたが、方針を転換した。

9月1日、国際連合人権理事会は、ISILのイラクでの人権侵害を「最も強い言葉」で非難する決議を全会一致で採択、ISILの行為は戦争犯罪人道に対する罪に当たるとした。

9月19日、国連安全保障理事会は、全会一致でISILの壊滅に向けて対策強化を求める議長声明を採択した。また同日、フランスはISILのイラク北東部の補給所に対して、初の空爆を実施した。

9月23日にはアメリカ主導による有志国がシリア国内でも空爆作戦を開始した。さらに11月8日にはアメリカ軍などによって、ISILの幹部たちが乗る車列が空爆された。アル=アラビーヤが地元部族の話として伝えたところによると、この中に、最高指導者のアブバクル・バグダーディーが乗っており、バグダーディーは致命傷を負ったという。ただし、アメリカ中央軍は、この車にバグダーディーが乗っていたかどうかについて不明としている。

2014年11月24日、アメリカ政府はチャック・ヘーゲル国防長官の辞任を発表した。辞任発表の場にはヘーゲル国防長官も立ち会い、円満な辞任であるという形での発表であったが、ヘーゲルはオバマ大統領と対ISIL政策が対立したため辞任に追い込まれた面が強く、事実上の更迭と見られている。ヘーゲル国防長官は、泥沼の中東から、アメリカが足抜けするための出口戦略を後押しすることが期待されて国防長官に就任した人物であり、ISILとの戦争には消極的で、そのために再び中東への介入を強めるように転換しつつあるオバマ政権と対立していたとウォールストリートジャーナルは推測している。一方で国防総省はISILの危険性を早期に認識し地上部隊の派遣を具申したものの、あくまで軍事予算の削減により財政再建を目指し、軍事介入は限定的な空爆に留めたいホワイトハウスと対立していたとの見方もある。

2014年12月、イランF-4ファントム戦闘機イラク東部でISILに対する空爆を行った。

2014年12月24日、ISILは、米軍主導の有志連合の戦闘機撃墜ヨルダン人の操縦士を拘束したと発表した。パイロット拘束の後、ヨルダンとアラブ首長国連邦は空爆作戦への参加を停止した。

2015年1月26日、パキスタン・ターリバーン運動(TTP)元幹部とみられる人物を、ホラサン(ホラーサーン)州知事に勝手に任命した。ターリバーンはISILと協力関係にないが、TTPを脱退してISILに参加した人物とみられている。

2015年1月26日、コバニ包囲戦にて、ISILと戦っていたクルド人民兵部隊が、コバニをISILから奪還したと発表した。クルド人部隊と、アメリカなどの有志連合の空爆の連携が、有効に機能した結果とされる。世界的に注目されていたコバニの攻防で、ISILが敗北したことは、ISILの士気や、各地の支配に影響を及ぼすとの意見がある。コバニでの戦いでは、クルドとISIL双方の戦闘員や、住民など約1600人が犠牲となったとされる。

2月3日、ISILが、拘束していたヨルダン軍パイロットを焼死させる映像を公開。この映像の公開を受け、ヨルダン軍はISILに対する空爆を再開した。

2015年8月29日、トルコが米軍などとの共同作戦に初参加し、有志連合の一員としてISILへの空爆を初めて行った。2016年8月23日から24日にかけてISIL占領下のへの越境攻撃を行った。なお22日にはジャラブルスにほど近いクルド人民兵組織シリア民主軍がISILを放逐したマンジビも攻撃しており、対クルド作戦も同時に進めている。

2015年9月27日、フランス大統領府が、仏軍がシリアで初めてISILの拠点に空爆を行ったと発表。イラクでの空爆に参加する一方で、シリアではISILと敵対するアサド政権の延命につながるなどの理由で攻撃を見送っていたが、内戦の泥沼化で難民問題も悪化したことなどから方針転換した。3日に空爆を始めた。

2017年5月28日にシリアのラッカ近郊でISIL幹部の会合が行われたのを狙ってロシア空軍が空爆を行い、その結果バグダーディーが死亡した可能性があると同国国防省が発表している。

イラク・シリア国外への動き

2015年1月26日、ISILは、支持者に対し、各地での攻撃を呼びかける声明を出した。

これを受けての攻撃と思われる動きが世界各地で起きており、1月27日にはリビアの高級ホテルが武装勢力に襲撃され、9人が死亡する事件が起こった。この事件では、イスラム国「トリポリ州」を名乗る集団が犯行声明を出した。この事件では、現地の者だけでなく、アメリカ合衆国韓国フランスフィリピンなどの者も犠牲となった。2015年6月には中部スルトを完全に制圧し拠点を置いた。2016年8月10日には、リビア西部を統治する大統領評議会によって奪還されたものの、事実上の内戦下のリビアにおいて一定の勢力を保持している。

1月29日には、エジプト北部の北シナイ県の軍事基地や警察署などを、武装集団が襲撃し、少なくとも26人が死亡する事件が発生した。ISILに忠誠を誓い、ISILのエジプト部門となった過激派が犯行声明を発している。なおエジプト軍の報道官は、軍によって結社禁止となったムスリム同胞団が関与していると主張した。

内戦状態のイエメンでも勢力を拡大し、3月20日には、シーア派武装勢力「フーシ」が掌握する首都サヌアでフーシ派幹部を狙ったとみられる自爆テロを起こし、140人以上の死者が出るなど攻勢を強めた。4月30日には、イエメン軍兵士14人に死刑を執行したとする動画を公開した。

2015年7月には、アフガニスタン政府のザファル・ハーシミー報道官は、少なくともナンガルハール州ファラー州ヘルマンド州の3州にISILが進出していることを明らかにした。6月には、「ターリバーン」との間で戦闘が勃発し、双方の間でISIL指導者を含む12人が死亡した。

2015年11月には、フランスの首都パリ同時多発テロが発生し、129人が死亡した。この同時テロで、ISILが犯行声明を出した。フランスのオランド大統領11月13日非常事態宣言を発表し、全ての国境を封鎖した。

2016年8月13日、カナダオンタリオ州においてISILを支持する男性がテロを計画し、客として乗車したタクシーで自爆し死亡した。同月21日には、トルコ南部のガジアンテプで結婚式を狙ったISILによる自爆テロにより50人が死亡した。

2016年のリオデジャネイロオリンピックの際には、ブラジルへのテロ攻撃を呼びかけ、ポルトガル語が話せる人材をリクルートしていた。

2017年8月20日、イラク政府と連合軍がISILが支配するイラク北部の都市タル・アファルでの掃討作戦を開始し、31日戦闘への勝利と解放を宣言した。10月17日、アメリカ主導の有志連合の支援を受けるシリア民主軍がISILが首都と定めるイラク北部の都市・ラッカを完全に制圧したと発表(ラッカの戦い)。ISILは事実上崩壊。11月9日、シリア政府軍と親政府勢力はシリア最後の重要拠点となっていた東部デリゾール県の町、アブ・カマル(Albu Kamal)を奪還した。11月17日、イラク軍はISILがイラク国内で支配下に置いていた最後の町ラワへの攻撃を開始し、町を奪還したと発表した。これによりISILはイラク国内からは一掃された。

支配地域の推移

ファイル:Map of the Syrian Civil War, January 2014.jpg|

2014年1月

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2月

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3月

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4月

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5月

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6月

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7月

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8月

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9月

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10月

※2014年10月まではシリア国内の状態のみ表示

対立

「国家」を自称しているが、他国から国家の承認は得られていない(本当の意味は、英語の表現にあるように、diplomatic recognition 外交上の承認、という意味で、実際にもその通りの内容)。

当事国であるイラクシリアはもちろんのこと、日本や米国、欧州諸国などの政府も承認していない。さらに、周辺のシーア派スンナ派(スンニ派)イスラム教諸国の政府などからも国家としては承認されていない2015年1月時点で、ISILに対し公式に外交上の承認を行った国家は1カ国もなく、当然、国連への加盟も果たしていない。

ISILは全世界のほぼ全ての国の政府と敵対している。

ISIL側は、中華人民共和国ロシアインドパキスタンソマリアモロッコインドネシアアフガニスタンフィリピンチュニジアリビアアルジェリア朝鮮民主主義人民共和国大韓民国台湾中華民国)、日本、ミャンマーなどあらゆる国を「攻撃対象」として名指ししている。

日本

日本政府もISIL包囲網に加わる共同声明を発表している。

米国

2014年9月22日、アメリカ国防総省はアメリカ軍がシリア北部のラッカにて、「ISILに対する空爆を実施した」と明らかにした。アメリカの国防総省は「攻撃には戦闘機、爆撃機が参加したのに加え、巡航ミサイル「トマホーク」も使用された」と説明。

バラク・オバマ米大統領は、2015年に入って以降、ISの勢力後退の認識を示してきたが、9月26日に『ニューヨーク・タイムズ』は、米国の対ISIL作戦の戦況について楽観的に見せる歪曲した報告書が作成されたとする内部告発があったと報じており、情勢認識が誤っていた可能性が浮上した。

湾岸諸国など

ISILが支配することを目標としている場所にある国々の政府は全て、(国土をほとんど奪われかねないので、ある意味、当然のことであるが)ISILを敵視している。ただしサウジアラビア総合情報庁は、シリア、イラク、イランを弱体化させるため、影でISILなどの過激派に資金提供を行ってきたとされる(→指導体制を参照)。

シーア派のイランはイラク軍と協力して越境攻撃も行い、反ISILの戦いを続けるイラクのクルド人勢力に武器を提供しており、かつては同じスンニ派を信じるためにISILの動きを静観していたサウジアラビア(前記の通りISILの陰のスポンサーとの指摘あり)などの湾岸諸国もまた、自国に対するテロの温床になりかねないとしてISILを強く批判するようになっている。

アラブ連盟は2014年9月7日に会合を開き、ISILを含む過激派勢力に対抗するために「必要なあらゆる措置を取る」という声明を発表した。

2014年9月11日、ヨルダンエジプトトルコサウジアラビアUAEオマーンクウェートバーレーンカタールの外相が、ジョン・ケリー国務長官と会談し、アメリカの軍事作戦に協力することを約束した。2014年9月19日、トルコは、シリアとの国境にある有刺鉄線を排除し、国境を開放、ISILから逃げてくるクルド人などをトルコ領内に受け入れた。

ISILはスンニ派を信仰しているとされるが、同じスンニ派であっても敵対する者は容赦なく排除する。イラクのスンニ派部族の中には、ISILと相容れずに戦っている者も少なくないが、ISILは彼らを大量に処刑、殺害している。

2015年7月には、ISILはファタハイスラエルガザ地区を支配するハマースに対して「宣戦布告」をした。

ISILと同じくサラフィー・ジハード主義を掲げるイエメンイスラム過激派組織「アラビア半島のアルカイダ」は、ISILがイエメンの地を「自国領土」としているために対立しており、ISILを非難する声明を出している。

テロ指定の状況

2015年1月時点でISILを「テロ組織」として認定しているのは、国連、EU、イギリス、アメリカ、ロシア、オーストラリア、カナダ、インド、エジプト、サウジアラビア、UAE、日本である。

支持

勢力を伸ばすISILを支持したり、傘下に入ったりするジハード主義組織は増えている。2014年6月、イスラム国の樹立が宣言された時、ナイジェリアの「ボコ・ハラム」は支持を表明している。2014年9月には、フィリピンのイスラーム主義過激派組織「アブ・サヤフ」がISILとの共闘を宣言した。

2014年7月、インドネシアで「ジェマ・イスラミア」の精神的指導者とされるアブ・バカル・バシルがISILへの忠誠を表明

。同月フィリピンアブ・サヤフもISILへの忠誠を表明した。

2014年10月14日、ISILと対立する「ターリバーン」と関係の深い「パキスタン・ターリバーン運動」の幹部6人がISILの傘下に入った。2014年11月10日、エジプトの過激派「エルサレムの支援者」()が、ISIL最高指導者アブー・バクル・バグダーディーへの忠誠を表明した。「エルサレムの支援者」は、後に「イスラム国シナイ州」と名を変えた。他にも、リビアの過激派「イスラム青年シューラー会議」が、ISIL出身の者に指導され、「イスラム国キレナイカ州」と名乗るようになっている。

2014年12月、環球時報東トルキスタンイスラム運動に所属するウイグル族中国人約300名がISILに参加したと発表した。その後「エルサレムの支援者」はISILのエジプト部門となり、同様にアルジェリア部門の中心となった「カリフの兵士」、リビア部門となった「イスラーム青年シューラ評議会」といった組織もある。

その他、ヨルダンでは「タウヒードの息子たち」、レバノンの「自由スンニのバールベック大隊」、インドネシアでは「ファクシ」という組織がISILを支持している。

兵力

ISILの構成員は1万数千人と言われているが、そのうち約6,300人は「イスラム国」の建国を宣言してからの加入者だと言われており、建国宣言から急速に勢力を拡大している。新規参加者のうち大半はシリア人とされる。アメリカ合衆国CIAは、戦闘員の数は2万人-3万1,500人に上るとする見方を示している。

戦闘員の人数は最小で3万。プロパガンダ動画には空撮スローモーションなどの演出が盛り込まれている。

アメリカフランスの研究機関によると、(2014年11月時点の分析で)チュニジアからは3,000人、サウジアラビアからは2,500人が戦闘員としてISILに参加している。

ヨーロッパ諸国では、ISILをはじめとするイスラーム過激派に加わった戦闘員が、帰国後に自国内でテロを起こす可能性を危惧している。イギリスキャメロン首相は、2014年8月29日、イギリス国籍のISILの戦闘員は少なくとも500人にのぼると語り、国外でテロ行為に関わった疑いのあるイギリス国民の出入国を抑制する方針を発表した。ただし、移動の自由を侵害しかねない懸念もあり、イギリスの自民党国際法違反と指摘している。2014年8月、ドイツメルケル首相によれば、ISIL要員は約2万人で、うち欧州出身者が約2,000人を占めると語った。ドイツからは、400人超の若者がISILの戦闘員となり、このうち100人はドイツに帰国しているとされる。ドイツのデメジエール内相は、ISILを支援するあらゆる活動を禁止する方針を発表した。アメリカ国防総省は、10人ほどのアメリカ人がISILに参加しているらしいと発表した。

非イスラム教国の中では、ロシアから最も多くの戦闘員が出ており、ロシア出身の戦闘員数は800人という説がある。

週刊新潮2015年2月5日号特集記事『「イスラム国」大全』によると、「こうしたプロパガンダや過激なイスラム思想に共鳴し、志願したものの現実に嫌気がさしている兵士も多くいる。あるフランス人兵士は、イスラムの教えに則った生活ができると参加したが、食事は1日1-2回で薄いパンチーズ羊肉だけで給料も出なくなった。正義のために闘ってきたが、殺戮の繰り返しに単なるテロリストに過ぎないと気付き始めた。2015年1月12日には禁止されているサッカー観戦をした少年13名が銃殺されたが、これをきっかけにそういった考えを持つ外国人兵士が多くなっている。しかし、自国でテロリストとして逮捕されるため帰国できない者も多くいる。部隊での昇進の基準は「たくさん人を殺すこと」であり、対象は民間人でも女性でも子供でもよく、ISILの理念に賛同しない者、と制度化している。下級兵士が昇進するためには「10人を殺害する」ことが条件になる。9人は殺害できたが、10人目が達成できないある兵士は「妻を殺害して目的を達成した」のだというが、中山泰秀外務副大臣がイスラエルに確認した所、そのような情報はないという回答であった。

2014年10月6日警視庁北海道大学の学生がISILに加わろうとしたとして、私戦予備および陰謀の疑いで事情聴取をした。学生はISIL司令官と太いパイプを持っているイスラム法学者中田考の紹介によって、ISIL幹部と接触しようとした。中田は幹部に学生を紹介し、ルートや通訳の手配をしたことについて警視庁公安部の事情聴取と家宅捜索を受けた。

戦闘員の募集手段、戦闘員の出身階層

かつて、ヨーロッパやその他先進国の国民でイスラム過激派に加わる者は、不遇な生活環境や家庭的に恵まれない若者が多かったとされるが、現在は中流・富裕層も多くいるとされる。フランス24によれば、ISILは、アルカイダと比較して、領土的地盤があり、資金が豊富で、巧みな広報戦略などの点で、参加者にとって魅力的に映っているとされる。FBIの調査によると、アメリカからのISIL参加者の人種・民族・職業・年齢に特有の特徴は見られないという。マレーシアからの参加者には一般公務員、軍人、研究職なども多く含まれており、特に公務員への浸透が問題となっている。またISILの元戦闘員の証言によると、ヨーロッパ出身者など、中東以外から来た戦闘員が、主に残虐な犯罪を犯すという。

ヨーロッパの家庭で子が戦闘員になった場合の状況

ヨーロッパに残された家族は、家族を失ったことの悲しみの他、社会からは「親の教育のせいでISILになった」という批判を受けるという二重の苦しみを味わっている。ベルギーでは、子供が過激派に参加している家族の会が、若者の過激派入りを予防する運動を行っていたが、ベルギー社会からは「過激派の仲間」として扱われ、リンチじみた中傷を受けて、家族の会は解散に追い込まれた。

細胞組織

中東北アフリカの全域でISILの細胞組織の増加を示す証拠が増えてきており、リビアにはすでに3,000人の戦闘員がいるとされる。

装備

初期の段階では、戦闘員の多くはAK-47RPG-7を装備し、移動にはテクニカルを利用するなど、テロリスト然とした装備であったが、その後 事態が長期化するにつれてイラク軍から鹵獲したアメリカ製およびヨーロッパ製の武器M4カービンミニミ軽機関銃など)や、欧米からの志願兵が持ち込んだ戦闘服タクティカルベスト暗視ゴーグルなどの近代的な装備を利用し始めている。また、イラク軍の基地を制圧した際には、ハンヴィーMRAPなどの装甲車T-5559-I式カノン砲ZU-23-2などの地上戦力だけでなく、MiG-21 フィッシュベッドMi-24 ハインドといった航空機までも入手しているとされる。トルコの新聞社デイリー・サバー(Daily Sabah)によれば、戦車戦力の大半はT-55・T-62T-72などソ連およびロシア製の戦車と見られるが、米軍イラク陸軍を再建する際に提供したM1エイブラムスも鹵獲された可能性があるという。星条旗新聞によれば、使用武器はロシア製・中国製に次いでアメリカ製が3番目に多いとしてる。NGOの紛争兵器研究所(Conflict Armament Research)によれば、使用武器の生産国は半数近くの43.5%を中国が占めてルーマニアとロシアが12.1%と9.6%でこれに続くともされてる。無人航空機も活用しており、DJIスカイウォーカー・テクノロジーなど殆どは世界市場でメジャーな中国製の商用ドローンに爆発物を載せて攻撃を行ってる。

ISILは、数的には決して圧倒的ではないが、優れた西側兵器シリア内戦で得た戦闘経験を持ち、攻撃目標の適切な選択をすることで不必要な犠牲を出さない効率的な戦い方を心得ており、志願兵の流入と相まって勢力を拡大している。

2014年6月には、ISILはイラクフセイン時代に建設された化学兵器関連施設を制圧した。2014年10月24日には、ISILが、イラクで有毒の塩素ガスを化学兵器として戦闘に用いた可能性が報じられた。この化学兵器関連施設は、2014年12月1日に、イラクが奪還した。

2015年2月10日化学兵器禁止機関東京記者会見を開き、ISILが、イラク兵士に対して塩素ガスを使ったと、イラク当局から通報を受けたことを明らかにした。化学兵器禁止機関は、この通報について「疑いを持つ根拠はない」とする一方、ISILによる化学兵器の保有については把握していないとした。9月11日英国放送協会は、アメリカ政府筋の話として、ISILが化学兵器を製造し、少なくとも4回にわたって、マスタードガスを使用したと報じた。

評価

2014年8月22日、チャック・ヘーゲル国防長官は記者会見で、ISILの特徴として野蛮な思想と洗練された軍事力、潤沢な資金を併せ持つことを挙げ、「これまでに見たどの組織よりも洗練され、資金も豊富で、単なるテロ組織を超えている」と評した。ISILは、アメリカ合衆国の最大の敵として急浮上している。豊富な資金源を持つISILは、アル・カーイダをしのぐ影響力を持つ可能性も指摘されている。

アメリカのマーティン・デンプシー統合参謀本部議長は、2014年11月の段階で、ISILの掃討にかかる時間は、3年から4年の長期戦になるとの見方を示した。

資金調達、経済運営

かつては、ISILは湾岸諸国の(イスラムの)富裕層からの寄付(資金援助)や、イスラム世界全体からの寄付で資金を得ていると考えられていた。ただし、バンダルが解任された2014年頃からそれまでISILを静観してきたサウジアラビアもISILを非難するようになった。

収入は2014年には20億ドル近くに上ったが、2016年には8億7,000万ドルを下回るなど大幅に変動している。

自立的収入

商人や農民に寄付をさせ、公共交通機関から手数料をとり、支配地域にとどまる選択をしたキリスト教徒などからは「安全保証料」を徴収しているという、その後、制圧した原油が増加し、2014年8月下旬時点では1日当たり200万ドル(約2億800万)余りの資金を調達していると見られている。支配地域の拡大についても天然資源の確保に重点を置いているとされる。

2014年11月27日、石油輸出国機構(OPEC)の総会で、減産を見送り、12カ国の生産目標を当時の日量3千万バレルで据え置くことを決めた。これに伴って、原油価格が急落した。この原油安は、ロシアではロシア・ルーブルが暴落し、急遽、ロシア政府が12月16日に政策金利を10.5%から17%に大幅に引き上げたり、ベネズエラでは債務不履行の懸念が高まるなど、原油輸出国に大きな打撃を与えている。この原油安について、各所で陰謀論が唱えられており、代表的な所ではロシアプーチン大統領がアメリカとサウジアラビアによって仕組まれた可能性を示唆している。また、イランハサン・ロウハーニー大統領も陰謀論を唱える代表的人物である。同時期にアメリカホワイトハウスが出した発表において、オバマ大統領サウジアラビアアブドラ国王とISILへの対応に関して話し合いをしたとのことだが、原油価格について触れられたかどうかのデータは無い。

石油の国際価格が急落したことや、米軍主導の有志連合の激しい空爆により、ISILの懐具合は苦しくなっているとされる

ISILは住民からあらゆる物を略奪している。銀行発電所礼拝所パン屋に至るまで制圧している。利があると見れば、敵対するはずのアサド政権と親しい業者とも取引を行う他、元アサド派や、多数いる外国人にも要職を任せており、貧困層や母子家庭への支援も行っている。

ISILは、税金の他にも、他にも様々な名目で罰金を課しており、住民はその負担に苦しんでいる。また、ISIL支配域の医療、交通、水道、電気など公共サービスは、ISILの支配が始まってから、料金が大幅に上がっている)。ISIL自身の説明においては(オスマン帝国のことには一切触れられておらず)ウマイヤ朝のカリフであるアブドゥルマリクによる金貨が起源である、とする説明がなされている。ISILは、支配する域内で今まで流通してきた(そして「専制国の通貨システム」として彼らが忌み嫌っている)米国のドルイラク・ディナールを使用することは止めて、今回発行することになった独自通貨を使用するよう勧めている、という。2014年11月13日に朝日新聞の採用した分析・推測では、独自通貨を発行・流通させることは経済の統制を強める狙いもあるが、国家としての正統性を高める狙いもあるとされる

プロパガンダ戦略

ISILの構成員はTwitterYouTubeにアカウントを開設し、画像や動画を投稿するなどしてプロパガンダ活動を展開している。TwitterやYouTubeなどから相次いでアカウント停止処分を受けたため、2014年8月にはインターネット上での活動を分散型SNSのDiasporaへ移行する動きを見せたという報道もあるなど、SNSを利用したプロパガンダ活動は続いている。これに対し、TwitterやYouTubeなどはISIL関連アカウントを凍結する措置を継続しており、Twitterでは1万8000件以上のアカウントが凍結されたという。このように、ISILは、インターネットを使った巧みな宣伝術を持っているため、これが欧米からも若者が加わる要因にもなっている。プロパガンダ動画だけでなく、機関誌も制作している。

ISILの英語版ネット機関誌『ダービク』には2014年7月、創刊時に「アラーの戦士は村々を開放するだけではない。住民のニーズも無視しない。預言者は代理人を指名し、残された住民の面倒を見るよう命じた。たとえ苛烈な戦時にあってもムスリムたちを放置はしない。そのニーズには応える」と謳っている。また地域のインフラの整備を行っているとし、電気の復旧、農業地域での灌漑設備の建設・整備、高速道路、一般道路の補修などを手がけ、橋の修復工事の写真を載せるなどしている。同時に、小児がん対策や老人ホームの拡充など福祉、厚生、医療の充実を謳う記事や写真と、捕虜への虐待シーン、処刑地までの死の行進の写真などを同時に載せるなどしている。

8月19日、拘束していた米国人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー斬首し、処刑動画が投稿された。ISILは米軍による空爆への報復と主張している。8月20日ホワイトハウスはこの動画が本物であると発表した。フォーリー記者の処刑を担当した兵士は、動画の中で英語を話していたが、その発音イギリスの特徴のあることから、イギリス人の可能性が指摘されている。イギリスの警察などは、身元の調査を開始した。

国連人権理事会でISILの人権侵害を非難する決議が全会一致での採択される

2014年9月に国連人権理事会でISILのイラクでの人権侵害を非難する決議が全会一致で採択された。

だがその後も9月2日に米国人ジャーナリスト、9月13日に英国人の人道支援活動家。10月3日に英国人のタクシー運転手の人道支援活動家、11月16日に米国人の人道支援活動家の処刑映像が配信されているが、処刑された人物は全てオレンジ色の服が着せられている。オレンジ色の服の由来は、イラク戦争後、イラクの旧アブグレイブ刑務所では拘束されたイラク人捕虜がオレンジ色の服を着せられたことに因る。ISILは人質にオレンジ色の囚人服を着せてひざまづかせるという構図によってアブグレイブの報復を示唆しており、ISILの宣伝につなげている。

2014年11月3日オーストラリアシドニーで、シーア派の信者が銃で撃たれる事件が起こった。事件前、車に乗った男たちが「イスラム国は永遠」「シーアの犬め」と叫ぶ姿が目撃されており、トニー・アボット首相は、ISIL支持者による犯行との見方を示した。

2015年5月20日、ISILはパルミラを制圧、20人以上の男性の死刑を執行し、パルミラの支配者としての力を示した。パルミラ周辺での処刑は少なくとも217人に及ぶ。

5月27日には、ティクリート近郊で処刑されたとみられる470体のイラク兵の遺体が発見された。ISILは約1700人を処刑したとしており、遺体数は今後増えると思われる。

文化浄化

2014年7月、イラクのモースルにあったイスラム教徒とキリスト教徒の双方が崇敬する預言者ヨナの墓があるナビ・ユヌス (Nabi Yunus) 聖廟を爆破したほか、盗掘も行っており、これに関しユネスコイリナ・ボコヴァ事務局長が「カルチュラル・クレンジング(文化浄化)」であると批判した。

2015年2月には、モスルの博物館で彫像などの所蔵品を破壊する映像を、インターネット上に投稿した。さらに同年3月、イラク北部ニーナワー県にあるアッシリアの考古遺跡ニムルド世界遺産パルティアの古代都市ハトラを破壊した。ユネスコは、「文化浄化という(同組織の)恐ろしい戦略の中でも岐路になる破壊行為だ」と非難した。

4月11日、古代アッシリアニムルド遺跡を爆破する映像を公開した。

2015年8月24日、約2000年の歴史があり、世界遺産であるパルミラの「バール・シャミン神殿」を爆破。パルミラに隠された文化財の保管場所の在り処を明らかにする事を拒否したパルミラの考古学者ハレド・アサドがISILによって首をはねられ、遺体は史跡のメイン広場のローマ時代の柱の1つに吊された。

2015年9月16日国際連合教育科学文化機関イリナ・ボコヴァ事務局長は、ISILがシリアの遺跡で「かなり大規模」な略奪を行っており、資金源としていることを明らかにした。

2015年10月5日、パルミラで「凱旋門」を破壊。凱旋門は遺跡の柱廊の入り口に位置し、東西文明の結節点として栄えた隊商都市を象徴する建造物の一つだった。

日本人の拘束と殺害

2014年8月、「民間軍事会社のCEO」としてシリア入りしていた日本人 湯川遥菜(ゆかわ はるな)がISILに拘束された。流血している彼を尋問している様子を撮影した動画が動画投稿サイトYouTubeにアップロードされ、波紋を呼んだ。当初は日本政府などに対する身代金要求はなく、シリア政府や武装組織「イスラム戦線」を通じて解放への交渉が行われていると報道された。2014年10月に湯川を追ってシリア入りしたフリージャーナリストの後藤健二も捕らえられ、2015年1月20日、「72時間以内に身代金の支払いがないとこの二人の日本人人質を殺害する」とISILメンバーが述べている動画が公開された。1月24日にISILは静止動画により湯川を殺害したというメッセージを流すとともに、身代金の要求は取りやめ、代わりに後藤とヨルダン収監されていたサジダ・リシャウィ死刑囚との交換を要求した。しかし人質交換も行われることはなく2月1日に後藤を殺害したとする内容の動画が公表された。

アレッポの小児病院から惨殺死体100体

トルコ国境に近いシリア第2の都市であるアレッポは激戦地となったが、ISILが刑務所として使用していた小児病院からは後に両手両足を縛られ目隠しをされた男性の遺体が100体以上発見された。原型をとどめないほど顔面を殴られた遺体や、口の中から頭に銃弾が貫通している遺体もあった。そのほとんどは一般市民であった。また、町の各所に爆弾を仕掛け無差別殺人をも行っていた。2015年6月11日、イラク人権相のバヤティはバグダードで記者団に「スペイサーの虐殺による597人の遺体を掘り起こした」と述べた。これは、イラクシリアにあるISILの支配地域に来られない支持者に向けて、これらの国や機関の具体的な攻撃対象を挙げ「近くにいる敵に聖戦を行わなければならない」などと呼び掛ける内容となっている。なお、名指しされた在インドネシアの日本大使館は「内容は承知している。これまで講じてきたテロ対策を続けていく」としている

参考文献

  • テロ組織『ISIS』の特異な戦略と主権国家体系への影響について(四天王寺大学紀要 (59), 101-126, 2014)

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そうだったのか! 現代史

現代史というよりは、池上氏の見た、事件の回想と当時の事件を資料によってニュースとして復元した印象ですが、内容は悪く無いです。
歴史の本として見るかは賛否両論あると思いますが、池上氏はジャーナリスト・メディア人としての立ち位置なので、冒頭の書き出しの通りでよいのかと思われます。
第2次世界大戦でさえ歴史学者の立場によって、見解が分かれますので、歴史の本として見るのは危険かもしれませんが、事件の顛末や、状況、当時のエピソードなどを振り返るのと、その事件を知らない世代がまず手に取って概要を知るには悪く無い本だと思います。


従いまして、歴史書とは申さず、教養の本としての出来は素晴らしいと思い、星5を付けました。
詳しく掘り下げたい方は、本書の引用文献から辿ってゆくといいかも知れません。
むしろ、そこにもこの本の価値があるのかと思います。

本書では、中国、ロシア、EUや中東といった国だけでなく地域に項目が設けられており、それぞれの現代史に関して概観できる一冊である。

また、金日成といった人物について都度まとめられており、理解を助ける工夫がなされているとともに、「コンピューターウイルス作戦」(p.11参照)などの豆知識も散りばめられていることから、興味を継続して読み進めることができる。

さらに、「どうして「個人崇拝」が絶えないのか」(pp.47-49)の項目で挙げられているように、本書は「史実」に留まらず、そこからさらに深く考察する機会を与えている。

以上のことから、本書は、世界の現代史について学べるだけでなく、それを元に考える力も醸成することのできる一冊である。

子どもと一緒に読みました。 東西冷戦ってなに? から、なんで北朝鮮の核実験を日本だけでなく世界が警戒しているのか それは、世界が繋がっていて利害関係が複雑に絡まっているからなんだ、と子どもに言ったところでわからないし大人としても説得力に欠ける。 そんなときにこの本に出会いました。 1日1章、10日位で終わります。 受験勉強にはあまり役に立たないかも知れませんが、まだ答えの出ていない現代社会について考える基礎にはなるかなとおもいます。

そうだったのか! 中国

この充実の内容でkindleでわずか600円とはお得すぎます。
内容ですが毛沢東以降~2010頃までの中国を一気に振り返ります。中国がなぜ反日の態度を示すのか、なぜ共産党がこれほど長期的に政権を握ってきたのか、毛沢東・鄧小平の功績と功罪、台湾・香港・チベットとの関係性、などなど内容は盛りだくさんです。本書を読むことで毛沢東の時代からの中国共産党の変遷を知り、今後の中国の行く末を自分なりに考えるヒントにもなりました。2010年に出版された書籍のため、習近平が共産党総書記に就任して以降の話は本書にはありませんが、池上さんの著書で「池上彰の世界の見方 中国・香港・台湾: 分断か融合か」が2016年に出版されているので新しい情報を知りたい方はこちらも見てみるとよいと思います。個人的には2016年に出版された本の方が分量が少なく内容的にも平易で、中国現代史の全体像を把握するにはちょうど良いと思うので、新しい方の書籍を先に読むことをおススメします。

「中国」で本の検索をすると、ネトウヨ系嫌中本っぽいのがたくさん出てくるので、どれを読むべきか見当がつかない。とりあえずネトウヨではなさそうだというだけの理由で池上氏の著書を読んだが、これはたぶんアタリです。
中国ってこんな極端な国だったのか・・・という素朴な感想。それなりに怖いです。
本書は、事実関係が丁寧に解説してあり、説得力があります。内容全てが正しいのか知りませんが、全体として、デタラメではなさそう。中国脅威論が出るのも理由なきことではないのですね。
大判の本なので、250弱という頁数の割には読むのが大変な感じ。個人の直感として言えば、新書換算で400ページくらいな感じでしょうか。とはいえ、時間をかけても読む価値はあると思います。
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この本の中のウソをいくつか提示したレヴューを書いた.最初に書いたのは出版してすぐだった いつのまにか削除されていた よほど都合が悪かったのだろう 2018年9月現在、池上彰の番組に集めた小中学生の3分の1以上が劇団員のサクラであることが明らかにされた その後 複数の著名ジャーナリストが「あなたのインタヴューを名前を伏せて池上彰の意見として使わせてほしい」 と依頼されたことを明らかにした Me too運動になりつつある

そうだったのか! 日本現代史

日本について知りたくて購入しました。勉強になりました。

<概要>
本書では、日本現代史について解説されています。主に戦後から小泉政権までの間に起こった出来事について書いてあります。

<勉強になった点>
「GHQの財閥解体により、大日本麦酒は日本麦酒(今のサッポロビール)と朝日麦酒(今のアサヒビール)に分割された」(p60)、「1947年、初めて社会党の政権が誕生した。総理大臣は片山哲。しかし、連立を組んだ保守勢力の反対や、社会党内部の反乱により、思うような成果を上げられず、9カ月で政権は崩壊した」(p100)、「1955年、保守勢力の日本民主党と自由党が合併し、自由民主党が誕生した。

結党大会は中央大学の講堂で行われた」(p109)、「1966年、日産自動車とプリンス自動車が合併した。現在の日産の人気車種『スカイライン』は、かつてプリンス自動車が生産していた」(p233)

「全共闘(全学共闘会議)運動は東京大学から始まった」(p307)、「1969年、安田講堂の攻防戦で300人が逮捕された。しかし、そのほとんどは他大学の学生で、東大生は『今後の闘争に備える』という名目で前日までに抜け出していた」(p310)、「その後、学生運動は全国に広がり、派閥争いも起きた」(p311~315)

「1969年、過激な『共産主義者同盟』の中から、より過激な『赤軍派』が誕生した」「赤軍派は、世界各地で『革命根拠地』を作り、そこを拠点に『世界同時革命』を起こそうとした」「1970年、赤軍派の一部がよど号をハイジャックし、北朝鮮に行った」「1971年、赤軍派の一部がレバノンに行ってパレスチナゲリラと手を組み、『日本赤軍』と名乗った」「1972年、日本赤軍がイスラエルのテルアビブ空港を襲撃し、24人を殺害した」「日本に残った赤軍派は『京浜安保共闘』と合流して『連合赤軍』と名乗り、群馬県のベースキャンプで射撃訓練をしていた」「その間、仲間をリンチにかけて12人を殺害した」「1972年、ベースキャンプが警察に見つかり長野県へ逃走。軽井沢のあさま山荘に立てこもった」「人質は無事だったが、機動隊員など3人が銃撃で死亡した」(p316~333)

<気になった点>
阪神淡路大震災やオウム真理教事件について解説されていないということが気になりました。

<目次>
はじめに
第1章 小泉内閣が生まれた
第2章 敗戦国・日本―廃墟からの再生
第3章 自衛隊が生まれた―憲法をめぐる議論始まる
第4章 自民党対社会党―「55年体制」の確立
第5章 安保条約に日本が揺れた
第6章 総資本対総労働の戦い
第7章 日韓条約が結ばれた
第8章 文部省対日教組―教育をめぐって抗争が続いた
第9章 高度経済成長―豊かな日本への歩み
第10章 「公害」という言葉が生まれた
第11章 沖縄は返ってきたけれど
第12章 学生の反乱に日本が揺れた
第13章 日本列島改造と田中角栄
第14章 バブルが生まれ、はじけた
第15章 連立政権の時代へ
第16章 そして歴史は刻まれる
主要参考文献

時代の移り変わりを認識し、自分たちが築いていきたい未来を再確認する。
自分次第でやりたいことが出来る自由があるからこそ、それと伴って共有できたらいいこと。

原発問題、沖縄の基地問題、政治家の汚職事件などは依然としてあれど日本は随分と、平和になったものだ。
戦後の様々な事件の数々を振り返って、つくづく、そう思った。

いや、今には今の形の社会問題は数多くある。
戦争が起きてるのと同じくらいうつ病で自殺する人もいるし、凶悪犯罪も後を立つことはない。


水俣病の患者や遺族はまだ生きている。
サリン事件の被害者も生きている。

そう考えると、今の時代の方が幸せかと言い切れない部分はある。
(投薬医療の問題、放射能、電磁波、日本食や文化財産などの破滅などもわりかし最近の話だ)

でも、公害による光化学スモッグは減り「太陽の本当の色を知らない子供」はいなくなったはずだし、日本の自衛隊が沖縄県民を殺すこともないし、連日大規模な学生運動で死者が出ることもない。
(駐留アメリカ兵士による暴行事件は未だに起きるが。)

自国民として、自分の国が戦争に負けて以来、どのような軌跡を歩んできたかということは、社会に生きる人間として学ぶべきだと思っている。
なによりも変わったのは、おそらく精神構造や思想面においてではないだろうか。

生活スタイルの多様化や個性化、言論や思想の自由によって自分次第で自由に生きれるようにはなったし、ナショナリズムを高々に叫ぶ人もいないし、愛国心を権威で強制されることもない。
だからこそ、これから私たちがどのようにこの国や社会を創造していきたいのか、一人ひとりが自分や他者に問いかけて、運命共同体として助け合って生きていけたらいいなと思う。

5つ星のうち 5.0とにかくわかりやすい

(参考になった人 1/1 人)

この本のすごいところは、日本史をあまり知らなくても この本だけで、背景からすべて理解させてしまうところ にある。 この本である程度理解してから、もしくは面白さを感じて から日本史の教科書に入るというのも十分ありだと思う。 他のシリーズも良い出来で、ただどの本も分厚く、さっと 読みたい人にとってみるとちょっと時間がかかるので、 そこがネックだと思う。 でもこの本は本当によくできてると思う。 朝鮮半島の本も 早く文庫にしてほしい。

そうだったのか! アメリカ

ニュースや国際情勢にあまり興味がないまま大人になりました。ですが結婚し、海外に住むようになってから私の周りでは政治やニュースの話題をする人が増え、このまま無知では恥をかくぞと思いました。アメリカは私が昔から憧れていた国。でも実はアメリカのことよく知りません。アメリカって本当に私が憧れるような国なんだろうか?詳しく知ってみれば悪いところもたくさんあるかもしれない。アメリカってどんな国なんだろう?と思い、購入を決意しました。この本を読んだ今、アメリカに対する憧れはだいぶ薄れました。でもインターネットのニュースや新聞が今までよりも理解できるようになりました。アメリカに関する記事を読むと「ああ、知ってる!あの事ね。」とすぐ理解できるようになり、ニュースを読むのが今までよりちょっと楽しいです。

5つ星のうち 5.0アメリカ通に

(参考になった人 0/0 人)

アメリカの大統領選挙制度(予備選挙から本選挙)を知りたくて、この本を読んだ。 制度の説明にとどまらず、制度背景まで書かれていたためよく理解できた。 10年近く前の本だがアメリカの宗教問題について書かれていることから、昨今の共和党トランプ大統領が策定しようとしているトランスジェンダーの制限を善し悪しはともかく制度背景は理解できた。 良本

アメリカについて書いた本は数多あろうが、この本が最もバランスよく、政治、経済、人種差別、大統領、議会、社会問題、現代史、宗教の影響、と包括的に把握できるだろう。 アメリカ人とビジネスをする人や、アメリカで生活する人はこの本を何度も読み返し、アメリカ社会に流れる原理原則、メカニズムを自分で理解しておくと助けになるだろう。

そうだったのか! 現代史パート2

原著は2003年。著者は元・NHKのジャーナリスト。
曰く・・・
イラクは1960年頃から核兵器開発を模索していた。ソ連から協力が得られないので真っ先に日本に声を掛けたが拒否される。次にフランスに声を掛ける。シラク大統領は国内の反対を押し切ってイラクに原子炉を建設する協定を結ぶ。見返りにイラクはフランス兵器を大量購入。イスラエルは燃料装填寸前に原子炉を空爆する。この空爆がなかったらアメリカは湾岸戦争に踏み切れなかったかもしれない。
BBCがアラビア語放送を廃止したため、職を失った記者たちがアルジャジーラに参集した。


ブレジンスキーによれば、ソ連のアフガニスタン侵攻の前にアメリカはアフガニスタンの反政府勢力に秘密の援助をしている。これによってソ連侵攻を誘発し、ソ連をアフガニスタンの泥沼に引きずり込んだ。
パキスタンは、インドと対立する関係上、背後のアフガニスタンを安定させたい。そのために、パキスタンの難民キャンプで育ち、パキスタンの神学校で教育されたタリバンを支援した。皮肉にも、アフガニスタンからパキスタンにイスラム原理主義が逆流する。タリバンの応援に駆けつけ、パキスタンに戻った神学生らがパキスタンでもタリバンのような政権を樹立しようとしてテロ活動が盛んになった。
ヨルダン川西岸地区は、パレスチナ完全自治区、パレスチナ自治政府はあるが治安維持をイスラエルが担当する地区、自治・治安維持ともイスラエルの未返還地区の3種類。町と町をつなぐ幹線道路はイスラエル軍が管理しているので、隣町へ行くにもイスラエル軍の検問所を通らねばならない。ガザ地区は3分の2が返還され、残りはイスラエルが占領したまま。
パレスチナ政府は腐敗している。パレスチナ自治区には言論の自由はない。アラファト議長や自治政府を批判すると逮捕されたり行方不明になったりする。しかし、いったんイスラエル軍が自治政府を攻撃すると住民たちは反イスラエルでまとまるため、結果としてアラファト独裁体制が維持されてきた。
ソ連に組み込まれていたカフカス地方のチェチェン人は、独立を訴えるドゥダエフを大統領に選ぶ。ドゥダエフはチェチェン共和国の独立を宣言し、ロシア連邦への参加も拒否。ロシア連邦からの財政支出が止まったためチェチェンは混乱。エリツィンは内戦に介入するがロシア軍は大苦戦する。
エリツィンのあとを継いだプーチンは、チェチェンに侵攻。チェチェンを直轄統治とした。チェチェン制圧がプーチン人気の源泉であり、強いロシアのシンボルともなっている。
北朝鮮への侵攻における想定コストに驚いたクリントン大統領は、北朝鮮の各施設を対象とした限定的空爆を計画。この緊張状態を危惧したカーター元大統領は金日成と会談して米朝合意をまとめた。カーターはノーベル平和賞を受賞する。
第二次世界大戦末期にソ連軍は満州に攻め込み、日本降伏後も朝鮮半島に侵入。慌てたアメリカは38度線以南を占領し、ソ連が以北を占領する分割占領案を提示し、ソ連がこれを受け入れた。こうして、南北分断となった。
北朝鮮に衛星国家を作るため、スターリンはソ連極東軍に朝鮮人指導者を推薦させる。それが金日成。スターリンとの4時間面接で、金日成は緊張してひたすらうなずくだけ。スターリンはこれに満足し、金日成を指導者に決めた。
主体思想は、人間こそが社会の主体であり、人民が主体的に判断・行動することが大切であり、人民が正しく行動するためには正しい指導が必要であり、その指導の思想とは金日成の革命思想であり、金日成の思想にしたがうことが正しい主体的な判断、ということになる。
イギリスがインドを植民地にしていたころ、インドにはイギリス直轄領と数多くの藩王国があった。藩王国は全体の35%を占め、形式的には独立国であり、封建領主である藩王(マハラジャ)が支配する。実際は、イギリス政府の保護下にあり、イギリスにしたがう限り領主としての支配を維持できた。
ヨーロッパの強国に植民地支配されてきた地域では、反発の原動力として民族の誇りが強調される。インドでも、イギリスの植民地支配からの独立を求めてヒンズー教徒であることを自覚する運動が高まる。そうなると、イスラム教徒に対する反感が育まれる。このため、インドは二つの国(インドとパキスタン)に分かれて独立することになった。
インドとパキスタンに分かれると、国境線をどこにするかという問題が出てくる。インド側に入ることになったイスラム教徒はパキスタン側へ大移動し、パキスタン側からはヒンズー教徒とシーク教徒がインド側へ大移動する。移動人数は双方あわせて1000万人以上。2つの大移動のすれちがいで衝突も起こり、双方あわせて100万人近くが死んだといわれる。
インド、パキスタン、中国の3カ国に囲まれるカシミール地方のマハラジャは独立国を目指す。パキスタンはイスラム教徒の多いカシミールを併呑しようとする。マハラジャ本人はヒンズー教徒。慌ててインドに救援を頼む。こうして、インドとパキスタンは第1回目の衝突をする。インドは東西陣営のいずれにも属さない中立方針だったが、アメリカはインドが仲間にならないのでパキスタンに肩入れする。更に、ダライ・ラマがインドに亡命すると中国が激怒。インドからチベットへの物資流入を阻止するため、カシミールに軍を入れる。この中印戦争は中国の圧勝。中国はカシミールの一部を占領する。アメリカは中国封じ込めのため、今度はインドを支援する。そうなると見放されたパキスタンは中国に接近する。
パキスタンは東パキスタンと西パキスタンに分離した国家だったが、搾取された東パキスタンが独立し、これがバングラデシュとなる。
中国が核兵器を開発すると、危機感を抱いたインドも核兵器を開発。すると、パキスタンも対抗して核兵器を開発。
第二次世界大戦の末期、トルーマンは戦後世界のことを考え、ソ連との対立を予見し、ソ連より圧倒的に強い立場を確保するために日本に原爆を落とす。ドイツに味方したイランは米ソに軍事占領されたが、ソ連は撤兵しない。このとき、アメリカはソ連に撤兵しなければ原爆を落とすと脅す。ソ連は撤兵する。
ソ連の原爆はアメリカのものと酷似している。ソ連のスパイがアメリカの設計図を写し取った。イギリスの物理学者が共産主義に傾倒し、ロスアラモス勤務中に原爆開発の情報を逐一ソ連に流していた。
南アは、周囲の黒人国家から非難されることに危機感をもち、密かに原爆を開発。小型化され、ミサイル搭載も可能だった。南アは突如、核兵器の存在を認め、それを放棄したと発表。デクラーク大統領はアパルトヘイト政策の放棄を決断するが、アパルトヘイトを放棄すると次の大統領は黒人になるので、黒人政権に核兵器を渡すことをいやがって原爆を放棄したのではないか、という説がある。
チェルノブイリ原発事故が起こったとき、ソ連当局はミルクを廃棄せず、チーズやバターに加工して貯蔵するように指導。貯蔵しておくあいだに放射能レベルが低下するのを期待してのことだった。
ビルマ国内で独立運動を展開していたアウン・サン(学生運動のリーダーで、アウンサンスーチーの父)は、国内で逮捕状が出たため中国に逃げる。これを知った日本軍はアウン・サンを中国国内で捕まえてビルマ独立構想をもちかける。蒋介石を叩くため、補給ルートにあたるビルマ・ルートを破壊したかった。日本の秘密組織である南機関は、アウン・サンなどビルマの青年に軍事訓練を施す。訓練は熾烈だったが強い師弟関係が芽生えたという。
日本は、直接ビルマに攻め込むという方針に変更し、ビルマ独立義勇軍と日本軍はビルマでイギリス軍(インド人主体)と戦闘し、日本はビルマ全土を占領する。しかし、日本はビルマを軍事占領したためビルマ人の反感を買う。日本軍に裏切られたアウン・サンは反乱を起こしビルマを掌握するが、新憲法採択の5日前に政敵に殺されてしまう。
ビルマ人に姓はない。アウンサンスーチーというのは全部名前。
独立後のビルマは混乱し、ビルマ社会主義計画党のネ・ウィンが一党独裁体制を確立。共産主義ではなく、素朴な社会主義。経済は停滞し、騒乱状態となる。このとき、イギリスからビルマに帰国していたアウンサンスーチーのもとに民主化を求める学生たちが結集し、アウンサンスーチーが前面に出ることになった。
ティモール島の東半分はポルトガル、西半分はオランダの占領地だった。太平洋戦争が始まり、日本軍が南下しはじめると、オーストラリアはティモールが爆撃基地になることを怖れて友軍のオランダとともに東ティモールに侵攻。日本は中立国・ポルトガルの領地を攻めるつもりはなかったが、これで攻めない理由はなくなり、ティモール全体を占領する。実際、ここを拠点としてオーストラリアを激しく空爆する。
日本が敗戦すると、インドネシアはオランダから完全独立するが、東ティモールはふたたびポルトガル支配に戻る。ポルトガルでは軍事クーデターで成立した新政権が植民地放棄を打ち出し、東ティモールはポルトガル主導で独立しようとしたが、今度はスハルト大統領のインドネシアが狙う。国連はインドネシア撤退を要求するが、日米はインドネシア支持。経済への配慮を優先させた判断だった。アメリカも東西冷戦の中、東ティモールが親ソになることを疑い、インドネシアによる東ティモール侵略を黙認。
スハルト大統領が退陣すると、後任のハビビ大統領は住民投票を認め、東ティモールは独立の意思を示す。
みたいな話。

5つ星のうち 5.0現代史の入門書

(参考になった人 0/1 人)

現代史について知りたくて購入しました。非常に勉強になりました。

<概要>
本書は現代史の入門書です。9・11テロ、イラク戦争、パレスチナ問題、北朝鮮の脅威、核拡散、チェルノブイリ事故などについて解説されています。全体的に、原発や核兵器に関する記述が多いです。

<勉強になった点>
「アラブ人には姓がなく、父親の名前を自分の名前の後に付ける。イラクのフセイン大統領のフルネームはサダム・フセイン・アル・ティクリートで、ティクリート地方のフセインの子サダムという意味」(p19)、「『ビン』は『~の息子』という意味。

アル・カイダのビンラディンのフルネームはオサマ・ビン・ムハンマド・ビン・アワド・ビン・ラディンで、ラディン家のアワドの息子ムハンマドの息子オサマという意味」(p46)

「イラクのフセイン大統領は、1960年頃から核兵器の開発を試みた」「当初、ソ連や日本に声をかけたがうまくいかず、最終的に、フランスと手を組んだ」「フランスはイラクに原子炉を建設する見返りとして、武器の大量輸出と石油の安定輸入の権利を得た」「これを知ったイスラエルは激怒し、1981年、戦闘機の爆撃でイラクの原子炉を吹き飛ばした」「ウラン燃料が原子炉に装填される直前を狙ったので、放射能漏れはなかった」(p25~27)

「金正日(キム・ジョンイル)は、1942年、ソ連のウラジオストック近郊の軍の野営地で生まれた。当初はソ連名で『ユーラ』と名付けられた」(p164)、「1971年、東西パキスタンのうち、東パキスタンがバングラデシュとして独立した」(p256)

「広島に原爆を投下したアメリカの爆撃機『エノラ・ゲイ』は、パイロットの母親の名前」(p270)、「アメリカは原爆投下の候補地として、小倉(現在の北九州市)、広島、新潟、京都の4つを考えていた。しかし、陸軍長官ヘンリー・スティムソンが京都への投下に反対し、代わりに長崎が追加された。1945年8月9日、原爆を積んだ爆撃機は、第1候補の小倉を目指したが、上空が雲に覆われていたため、第2候補の長崎に変更した」(p284)

「1961年、アメリカのコールズバロで、爆撃機が事故により墜落し、核弾頭2発を落とした。そのうちの1発は6個中5個の安全装置が外れていた」「1965年、日本の沖縄近海で、水爆1発を積んだアメリカの戦闘機が事故で海中に沈んだ。水爆は今も未回収のまま」「1966年、スペインのパロマレスで、アメリカの爆撃機が事故により墜落し、水爆4発を落とした。そのうちの2発は放射能漏れを起こしていた」(p301)、「南アフリカは、1980年頃にこっそり核兵器を開発し、その後廃棄していた」(p313)

<感想>
沖縄の近海に水爆が沈んでいるということを初めて知りました。

<目次>
はじめに
第1章 誰がフセインを育てたか―イラクが軍事大国になるまで
第2章 アフガニスタンが戦場になった―ソ連軍侵攻と米軍の攻撃
第3章 パレスチナの大地は再び血塗られた
第4章 「モスクワの悲劇」はなぜ起きたのか―チェチェンの人々
第5章 北朝鮮はなぜ「不可解」な国なのか
第6章 南アジアは核戦争の恐怖に怯えた―インドとパキスタンはなぜ仲が悪いのか
第7章 核兵器の拡散―続く戦後世界
第8章 放射能の大地が残った―チェルノブイリの悲劇
第9章 「花の髪飾り」の抵抗―アウン・サン・スー・チー
第10章 21世紀最初の国が誕生した―東ティモール独立
主要参考文献

5つ星のうち 5.0とにかくわかりやすい

(参考になった人 1/1 人)

現代史を学ぶ上で、出版時期の古さを除けば、 これほどやさしく理解できる本も少ないと思う。 特に前提知識がなくても、この本だけで理解 できてしまうので、誰にでもおすすめできる。 本著者の最近は、ライトな本の出版が多く、 内容的に物足りない感じがするので、この本を Updateしてくれた方が、しっかり理解したい という読者には役立つと思う。 このシリーズを 副読本として学校に配った方がいいという コメントを見たが本当にその通りだと思う。 日本史版でもこのシリーズでも学生に渡せば、 それだけでテストの平均点が上がるのではない かと思う。

ISIL』の解説 by はてなキーワード

イスラム派過激グループ。「イラクとレバントのイスラム国(Islamic State in Iraq and the Levant)」の略称であり、「イラクとシャームのイスラム国(Islamic State of Iraq and Syria)」か「イラクと大シリアイスラム国(Islamic State in Iraq and al-Sham)」とも訳される。

概要

2013年よりアルカイダや欧米などの過激派グループより約数千人が国を超えて集まり、独立して設立された。2014年6月現在、シリアイラクを支配地域とし、油田地帯であるラッカなどを支配している。リーダーはアブー・ドゥア(Abu Bakr al-Baghdadi)であり、2011年にはアメリカ合衆国により特別指定グローバルテロリストに指定され、確保か死亡に多額の賞金をかけている*1。目的は中東の国境を書き換え、イスラム国家やイスラム法の過激な解釈によるカリフ制などの統治を望んでいる。

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