週刊新潮のまとめ情報

週刊新潮』の解説

週刊新潮』(しゅうかんしんちょう)は、株式会社新潮社から発行されている週刊誌1956年昭和31年)2月6日(2月19日号)創刊。

発行部数53万部は週刊文春に次いで業界第2位。発売日は毎週木曜日(地域によっては金曜日・土曜日)。

創刊

昭和20年代の『週刊朝日』を始めとした新聞社系週刊誌が全盛の中、1954年に副社長の佐藤亮一らにより週刊誌が企画され、佐藤が編集長、編集者に斎藤十一が加わって、1956年に発刊。『週刊朝日』とは異なる路線を目指した。

創刊号(2月19日号)のラインナップは、

創刊号は40万部を売るが、その後は20万部程度になる。谷崎の連載はモデル事件により6回で中断し、代わって石原慎太郎「月蝕」を連載。続いて柴田錬三郎「眠狂四郎無頼控」の連載も開始、11月12日号からは「吉田茂回顧録」も連載し、部数は50万部に達した。五味、柴田の人気は、剣豪小説ブームの引き金ともなった。

当時の編集方針を斎藤十一は後に「俗物主義」と呼び、新聞社が扱わないニュース、金と女に着目するものだった。創刊時から起用したライターには草柳大蔵がおり、アンカーマンとして特集記事をまとめるようになる。代表的な記事には、カメラマンとして土門拳が参加した「八月六日の遺産-初めてルポされたABCC(原爆傷害調査委員会)の実態」(1957年8月11日号)、「特別レポート 横綱審議会-大義名分を巡る攻防の五時間」(1958年2月10日号)などがある。その後に参加したライターには井上光晴、編集者として江國滋もいた。こうして次第に独自のスタイルを築き、部数は上向き、1959年新年号は100万部を発行するまでになった。

2010年11月時点での公称部数は50万部。

特徴

1997年まで統括責任者を務めた斎藤十一が確立した路線は、政治的には保守系・右派であり、現在では日本で最も保守的な立場を採る週刊誌となっている。自民党読売新聞などのスキャンダルも採り上げるが、基本ターゲットは左派の政党、議員、メディアである。政治家や芸能人のスキャンダル、殺人事件などの社会事件も数多く採り上げている。

日本の新宗教団体・創価学会とは敵対関係にあり、斎藤も彼らを当初から嫌って批判を繰り返していた。最近の政府を批判する記事では創価学会が支持する政党・公明党絡みであることも少なくない。以前は創価学会と敵対関係にある公明党元書記長矢野絢也のコラムを掲載していた。その攻撃的な記事から団体・個人から名誉毀損訴訟など数多くの訴訟を起こされている。

表紙絵

谷内六郎

郷愁と安らぎを感じさせる抒情詩的で独自の画風の表紙絵は、創刊時より谷内六郎が担当。谷内は当時は田園地帯であった世田谷で少年時代を送り自然豊かな環境で育ったのちに喘息の持病を持ちながら電球工場、町工場、看板屋、雑誌社給仕と転職を繰り返し、そのかたわら雑誌新聞に投稿を繰り返し、1955年には「漫画讀本」に発表した「行ってしまった子」で第1回文藝春秋漫画賞を受賞し画壇デビューを果たす。翌1956年には「週刊新潮」創刊と同時に表紙絵を担当。以降25年間にわたって59歳で急逝する1981年まで表紙絵を担当。

成瀬政博

1997年よりは、横尾忠則の弟で1989年長野県北安曇郡松川村に移住した成瀬政博が担当。2004年には安曇野アートラインにある個人美術館「Museum Cafe BANANA MOON」を開館。1F展示室に表紙絵原画季節ごとに作品の入れ替えを行いながら展示、販売している。

注目を集めた記事

  • 1972年4月、沖縄返還協定の際の日米政府の密約を報じた毎日新聞の記事について、機密文書を漏洩した外務省の女性事務官と西山太吉記者の不倫関係をスクープ。「機密漏洩事件―美しい日本の美しくない日本人」「泥にまみれた毎日新聞大戦争の終戦処理」と題した記事にする(川端康成のノーベル文学賞受賞におけるスピーチの捩り)。以後、マスメディアの報道は「情報源の秘匿」や「知る権利の侵害」の論争ではなく、単なるセックススキャンダル追及に変わる。西山事件を参照。
  • 1996年、門田隆将(当時は本名の門脇護)により「沈黙を破った北海道元婦人部幹部『私は池田大作にレイプされた』」として、創価学会の元女性信者の手記を掲載。その後、門田の助言を受けて女性らが民事で池田らを訴え、裁判報道の体裁をとってこの疑惑を35回にわたって報じた。この記事は1997年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」に選ばれた。一方で、2001年6月26日、最高裁判所は原告側の上告を棄却・不受理し、「訴権の濫用」として原告側の訴えを却下した一審・二審判決が確定した。
  • 1997年、神戸連続児童殺傷事件の犯人の少年の目にモザイク処理をした写真を掲載。また、同社のFOCUSはモザイク処理をしていない写真を掲載した。法務省がそれぞれの回収勧告を行ったが、新潮社は拒否した。
  • 2000年11月9日号で中川秀直内閣官房長官(当時)や自民党の姿勢を批判した記事の見出しは「この国の誇りある人々を失望させた首相、中川スキャンダルを人権侵害とのたまう自民党の厚顔、永年の利権に胡座をかいて猿芝居ばかりのあなた方に国民は呆れ返っている」と長かった。
  • 2005年7月21日号で、NHK大津放送局の記者が連続放火事件で警察から事情聴取を受けたと報じた。その記者は4か月後、非現住建造物等放火未遂の疑いで逮捕された。
  • 2006年11月9日号で、「うぐいす嬢との『ラブラブ・メール』流出『共産党』国対委員長」として、日本共産党の穀田恵二不倫をしているという記事を掲載する。これに対し穀田は編集長と記事作成者および情報を提供したとされる党を除名された元秘書ら3人を、名誉棄損罪で東京地方検察庁に告訴したが、不起訴処分となっている。
  • 2007年6月28日号で、「『愛人マッサージ嬢』の告白 議員宿舎を『ラブホ』にしちゃった 社民党『又市幹事長』」として、社民党又市征治の女性問題を掲載する。又市は、東京地方裁判所に出版差止の仮処分を申請するが却下され、3300万円の損害賠償などを求める訴訟をおこすが、その後、2008年6月に又市は一方的に請求放棄した。新潮社側はこの件を「愛人マッサージ嬢もあきれる姑息な又市副党首こっそり訴訟放棄」(2008年7月17日号)として報じた。
  • 2009年1月22日号で、自民党の鴻池祥肇内閣官房副長官が、知人女性に議員宿舎のカードキーなどを渡して宿泊させていたと報じる。鴻池は「大部分が事実と反する」と弁明したが、与党内からも辞任を求める声が上がり、厳重注意処分となった。1月29日号では、「議員宿舎妻 鴻池官房副長官に今度は機密漏洩疑惑」との記事が掲載され、麻生太郎首相は対応に追われた。
  • 2010年5月27日号で、『大関「琴光喜」が「口止め料1億円」と脅された!』と題された記事において、日本相撲協会の大関・琴光喜が野球賭博を常習的に行ない、口止め料として1億円を要求されたことを報じた。これを発端として、角界に蔓延する野球賭博と暴力団とのつながりが次々と明るみなり、一般紙や民放局だけでなく大相撲生放送するNHKも大々的に追跡報道した(大相撲野球賭博問題も参照)。
  • 2012年9月20日号で、『73歳「松下忠洋」金融担当大臣 痴情果てなき電話と閨房』と題された記事において、野田内閣松下忠洋金融相の女性問題を大々的にスクープ。しかし、本人が発売3日前の9月10日に自殺している。なお、現職閣僚の自殺は2007年5月の安倍内閣松岡利勝農相以来5年ぶりとなった。
  • 2013年2月14日号で、徳田毅・国土交通省政務官の女性スキャンダルを掲載(『「徳田毅」が慰謝料1000万円の「未成年女性」泥酔姦淫』)。徳田は政務官を辞任。
  • 2013年7月4日号で佐田玄一郎・衆議院議院運営委員長の女性スキャンダルを掲載(『4万円援助交際20回!女子大生とラブホテル!衆議院No.3「佐田玄一郎」議運委員長 常習的買春の現場報告』)。佐田は委員長を辞任。
  • 2014年10月16日に「『小渕優子』経産相のデタラメすぎる『政治資金』」というタイトルで、「『下仁田ネギ』4000本60万円を交際費で計上!」など、幾つかの政治資金収支報告書の事例を追及、毎日新聞も小渕氏の資金管理団体の領収書を情報公開で請求して分析し、「親族の店に362万円」など不可解な支出が多岐にわたることを報じた。この結果、小渕優子は経済産業大臣の辞任に追い込まれた。
  • 2015年6月18日号でトレーニングジム運営会社、RIZAP(ライザップ)について、彗星のように現れたブラック企業『2カ月で37万円「ライザップ」の客とスタッフが危ない!』という記事をスクープした。これに対し、RIZAPは新潮社に対して厳重に抗議し、記事の撤回と謝罪を求めると発表した。
  • 2017年4月27日号に「重婚ウェディング政務官中川俊直、愛人トラブルで“ストーカー登録” 妻はがん闘病中」というタイトルで、中川の女性スキャンダルを掲載。中川は経済産業大臣政務官を辞任し、自民党から離党した。
  • 2017年6月29日号で、『「豊田真由子」 その女代議士、凶暴につき』と題された記事において、豊田真由子自民党衆議院議員埼玉4区)が元秘書に暴言、暴行を行っていたことを報道し、秘密録音の内容の一部をYouTubeで公開した。豊田側は報道内容を認めており、豊田は販売当日の6月22日に自民党に離党届を提出した。折しも6月23日金曜日)は、2017年東京都議会議員選挙の告示日であり、自民党幹部を始めとして選挙への影響を懸念し、7月2日の都議選投開票の結果、自民党は東京都議会の議席を大幅に減らす大惨敗を喫した。週刊新潮は、音声データを動画共有サイトYouTubeにアップロードしており、連日に渡ってワイドショーなどで「このハゲー!!」などと放映さたこともあり、自民党東京都連会長の下村博文は、この暴言が惨敗の原因の一つであることを認めている。また、豊田や中川2012年第46回衆議院議員総選挙で初当選し、2014年第47回衆議院議員総選挙でも当選した、いわゆる自民党「魔の2回生」の1人である。この記事は第23回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞・大賞に選ばれた。
  • 2018年4月19日号で、『「森友危機」の折も折!ろくでもない「財務事務次官」のセクハラ音源』の記事で、財務事務次官福田淳一を取材していたテレビ朝日の女性記者に対して、セクシャルハラスメント行為を行っていたと掲載し、音声をYouTubeで公開した。福田は財務事務次官を辞任し財務省を依願退職、その後十分な反論・反証がなれていないことを理由に、セクハラ行為が認定されたとして、福田に減給20%・6カ月の懲戒処分を受けた。

批判を受けた記事・問題となった記事

  • 1983年9月29日号で桐山襲の小説『パルチザン伝説』について「おっかなビックリ落選させた『天皇暗殺』を扱った小説の『発表』」を掲載した。『文藝』を発行する河出書房新社に対する右翼団体の街宣を煽る(菊タブー。新潮はこの時だけでなく、『週刊金曜日』の記事などに対しても同様の行為をしているが、皇太子夫妻に対しては自ら攻撃対象にしている。詳細は下記)。
  • 1994年9月1日号に掲載された「大石寺『僧侶』を衝突死させた創価学会幹部」に対し当該の学会員が新潮社に対して名誉毀損であると民事訴訟を起こす。1998年3月に原告側の主張を全面的に認め、新潮社が110万円の支払いを命じる判決が確定した。日蓮正宗住職交通事故死事件参照。
  • 松本サリン事件の報道の際、「毒ガス事件発生源の怪奇家系図」とする記事で被害者の河野義行の家系図を掲載した。翌年のオウム真理教事件の捜査で疑いは晴れたが、河野は多くのメディアが犯人扱いをした中で『週刊新潮』に対してのみ告訴を検討した。謝罪文掲載の約束により告訴を取り下げたが、約束は守られていないため、事実上はいまだ謝罪していない
  • 1996年、薬害エイズ事件について「エイズ薬害で『ミドリ十字』の殺人被疑者たち」(3月7日号)、「元凶は血友病の権威」(3月21日号)、「大量殺人の被疑者たち」(4月21日号)、「血友病の大権威『安部英』がエイズ薬害で得た利益」(4月25日号)などの見出しで、安部英・元帝京大副学長を批判し、安部が3000万円の損害賠償などを求めて民事提訴する。東京地裁は新潮社に300万円の支払いを命じ、東京高裁も一審判決を支持した。2005年6月16日、最高裁が一、二審判決を支持して新潮側の敗訴が確定した。
  • 1997年11月16日号で、「特集『ニセ』水俣病患者 260万円賠償までの40年」として水俣病の未認定患者への救済策を批判した。これに対して、水俣病患者平和会など6団体は抗議文を送った。
  • 2000年2月3日号(同年1月27日発売)で、「伏魔殿『日大』法学部長突如解任の怪」と題して、時の日本大学総長・瀬在幸安が、医学部の赤字を補填するために他学部から利益を誘導するシステムを作り、改革を主張した法学部長が解任されたとの記事を掲載。日大と瀬在総長が新潮社を提訴。名誉を傷つけられたとして、計1億円の損害賠償などを要求した。2002年10月30日、東京地裁は、新潮記事中の、法学部長の解任を不可解だとする部分については「おおむね真実」と認めたが、「魑魅魍魎」「伏魔殿」などの表現については「解任の不当性が明白になっていないのに、総長らを誹謗する表現を使用することは社会的に許容される限度をいささか超える違法なものといわざるを得ない」として、名誉棄損に当たると認定。新潮社に対し計200万円の支払いを命じた。
  • 2002年9月19日号で、『開運なんでも鑑定団』(テレビ東京)の番組制作会社ネクサスが、ロシア美術品を鑑定した際に裏金をもらったとする記事で、同社から提訴された。2006年3月27日、最高裁判所は賠償金550万円の支払いと同誌への謝罪広告の掲載を命じた一審・二審を支持する判決を下し、新潮側の敗訴が確定した。
  • 2003年2月20日号で、「インターネットから『盗用』していた朝日の看板コラム」と題し、『朝日新聞』のコラム「天声人語」2本にインターネット上に掲載されていた他人のコラムからの盗用があったとする内容の記事を掲載。朝日新聞社が事実無根として提訴する。一審では2本のうち1本について「盗用との判断に至ったとしても無理はない」として、新潮に150万円の賠償命令。二審では、2本とも盗用と信じる理由がないとして新潮の賠償額を500万円に増額した。2005年6月24日、最高裁が新潮社の上告を受理せず、敗訴が確定した。
  • 2003年7月10日号で、「『福岡一家惨殺事件』乱れ飛ぶ『極秘捜査情報』の真贋」として福岡一家4人殺害事件で、被害者の家族及び親族を犯人扱いする記事を掲載し、被害者親族から2200万円の賠償請求訴訟を起こされる。2005年8月、東京地方裁判所は「捜査当局から嫌疑をかけられた証拠はなく、真実と信じた相当な理由もない」として賠償金330万円の支払いを命じる。2006年2月28日、東京高等裁判所は、「精神的疲労が重なったところを一層苦境に追いやった。経営している会社が取引を拒まれるなど被害は大きい」として賠償額を770万円に倍増させる異例の判決を出す。同年8月30日、最高裁判所は『週刊新潮』側の上告を棄却し、新潮の敗訴が確定した。
  • 2003年8月6日号で、「(芸能座談会)今だから話せる芸能人10大カップル『離婚の真相』」として、元女優の平田友里恵(二谷友里恵。結婚改姓)と歌手の郷ひろみの名誉を毀損したとして、平田が3300万円の損害賠償と謝罪広告を求めて訴える。2005年5月13日、東京地裁は「記事は原告の社会的評価を低下させ、名誉を傷つけ、公共の利害に関する事実に当たらない」として165万円の支払いを命じた。
  • 2003年10月23日号で、八王子スーパー強盗殺人事件について『八王子スーパーで3人射殺と報じられた強盗犯の恐るべき正体』とする記事を掲載。記事で犯人扱いされた男性から名誉毀損で訴えられる。2007年7月28日、大阪地方裁判所は「真実と信じる相当な理由がない」「原告が八王子事件の犯人だと印象を与え、名誉を棄損した。『殺人鬼』という表現は公正な論評の域を逸脱している」として80万円の賠償を命じた。2008年1月31日、大阪高裁は「虚偽の事実を示し、冷酷な殺人者であるとの強烈な印象を与えた」として賠償金額を150万円に増額し、訂正広告の掲載を命じた。
  • 2003年11月27日号で、「パチンコ業者から『平沢勝栄』代議士に渡った『4000万円』」(ジャーナリスト上杉隆)との記事を掲載。自民党の平沢勝栄衆院議員が1億円の損害賠償請求訴訟を起こす。一審では「記事内容が真実と証明されたとはいえないが、新潮社側に故意や過失はない」として平沢の請求を棄却したが、二審では「記事の核心部分が真実であるとの証明ができたとはいえない」として300万円の支払いを命じた。2005年7月10日、最高裁が新潮社の上告を棄却し、新潮側の敗訴が確定した。
  • 2004年3月11日号で、「『毎日社長拉致』で新聞が書けなかった『社内抗争』と『ホモ写真』」(ノンフィクションライター森功)との記事を掲載。これに対し、毎日新聞と斎藤明社長が「事実に反しており、全くの虚偽」と厳重抗議し、4900万円の損害賠償請求訴訟を起こす。2006年1月18日の地裁判決では毎日新聞側の請求が棄却された。2006年10月18日の高裁判決では森功に対する損害賠償請求を認めず、新潮だけにタイトル部分の広告に対し100万円の賠償を命じた。2008年2月1日、最高裁が上告を棄却し確定した。
  • 2004年5月20日号で、「首相秘書官の『謀略リーク』に敗れた『福田』」と題して、週刊文春に福田康夫元官房長官の年金未納情報をリークしたのが飯島勲首相秘書官と報じ、飯島が1100万円の損害賠償と謝罪文を求めて提訴する。一審で「記事を裏付ける事実を調査することもなく取材が極めて不十分。重要な部分について真実であることの証明がなく、真実と信じる相当の理由もない」として新潮社に330万円の賠償を命じた。二審も新潮社の控訴が棄却された。
  • 2005年1月17日号で、NHK番組改変問題に関連した記事「朝日『極左記者』とNHK『偏向プロデューサー』が仕組んだ『魔女狩り』大虚報」を掲載した。これに対し朝日新聞は、見出しが事実に反するとして新聞広告の掲載を拒否した。新潮社宣伝部は「見出しに偽りはないので、見出しを変えるような措置はしなかった」と説明した。
  • 2005年2月17日号から7月14日号まで、5回にわたって元横綱の貴乃花親方の八百長や遺産相続に絡む疑惑を掲載した。これについて貴乃花夫妻が3750万円の損害賠償を求めて訴える。2009年2月4日、東京地裁は「真実ではない」として375万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じる。この判決は、「法的知識や裏付け取材の在り方の意識が不十分で、名誉棄損を引き起こしたのは社内に有効な対策がないことが原因」として新潮社の佐藤隆信社長へも賠償を求める異例の内容だった。
  • 2005年9月8日号で、建築家黒川紀章1972年に建築したマンションアスベストが使用されており、住民は建て替えを主張しているのに対し、黒川は、当該のマンションが「世界遺産候補となっている」と虚偽説明をして保存することを主張したとする記事を掲載した。これについて黒川は、記事で名誉を傷付けられたとして、同年9月5日に新潮社を相手取り、1億円の損害賠償を求め東京地裁に提訴したが、2007年4月11日、一審は黒川の請求を棄却、同年10月23日、二審でも控訴棄却で新潮が勝訴した。
  • 2006年1月4・11日号に掲載された「東京都内の小学校で大川総裁の息子がいじめに遭ったことについて、教団関係者が抗議ビラを配布し、教員や保護者らがおびえている」との記事が虚偽であるとして幸福の科学が損害賠償と謝罪広告を求めて提訴。2008年10月1日、東京地裁は「教団関係者が集団抗議をしたことは事実だが、それで保護者らがおびえていたとは認められない」。が、2010年2月15日、和解が成立した。
  • 2006年5月4/11日号の巻頭グラビアに、筑紫哲也夫妻が紳士服売り場で買い物する姿を盗撮し、「あれれ?これって『カカア天下』って言うんですよね?」とキャプションをつけて掲載し、夫人からプライバシー侵害で提訴される。2007年5月23日、東京地裁は「原告のプライバシー権及び肖像権を侵害した」として、新潮社に150万円の賠償を命令した。
  • 2006年7月13日号と2007年2月1日号で、「ルーシー・ブラックマンを殺害した」報じられた男性から3000万円の損害賠償訴訟を起こされる。一審は男性の請求を棄却し、二審は新潮社に20万円の支払いを命じる。2008年10月23日、最高裁で新潮側の敗訴が確定した。
  • 2006年11月9日号で、彦根市市長獅山向洋が市職員による飲酒運転に対し報告義務は不利益な供述の強要禁止に違反すると述べたのに対し「バカ市長」と批判した。獅山が2200万円の慰謝料と謝罪文掲載を求める民事訴訟を起こす。2007年7月19日、大津地裁は「記事の表現は行き過ぎの面はあるが、逸脱した内容ではない」として獅山の訴えを退けた。同年12月26日、二審の大阪高裁は「全人格自体を否定したととれる内容で名誉棄損にあたる」として、新潮社に22万円の支払いを命じた。2008年7月15日、最高裁は新潮社の上告を棄却し、二審判決で決定した。
  • 2007年1月25日号で、「『治外法権』が売り物の『危ないカジノ』サンマリノ文化交流会館」との見出しの記事を掲載。在日サンマリノ大使館は名誉を棄損されたとして発行元の新潮社を提訴した。東京地裁は2008年2月22日、「カジノに関与しているかのような印象を与える記載が多数存在し、名誉を棄損した。多くの苦情が寄せられ、友好記念の金貨発行事業がいったん頓挫するなど影響は軽視できない」として名誉毀損を認定し、新潮社に300万円の賠償命令を出した。
  • 2007年9月27日号で、「やはり『密室』で総理を決めた『新5人組』の暗躍」として、野中広務・元自民党幹事長らが総理を決めたかに報じたことについて、野中が5500万円の損害賠償請求訴訟を起こす。2009年1月30日、東京地裁は、「取材源のほとんどが不明で、政治評論家から抽象的な話を聞いたにすぎない」として、新潮社に110万円の賠償を命じた。
  • 2007年11月8日号で、「秋田経法大を乗っ取った『創価学会』弁護士の『伝書鳩スパイ網』恐怖政治」とする記事を掲載。同大と理事長が1億5000万円の損害賠償請求訴訟を起こす。2009年3月30日、東京地裁は「噂の真実性を立証しなければ賠償責任を負う」「対象人物への取材すら行われていない」「真実と信じる相当な理由もない」などとして、新潮社側に600万円の支払いを命じた。
  • 2007年11月29日号に、「藤本美貴が元カレにせびる法外な慰謝料」とする記事を掲載、この記事を事実無根とした藤本及び兄が、東京地裁に損害賠償を求める訴訟を起こした。2009年8月28日、東京地裁は、同記事が真実であることを否定し、新潮社に400万円の支払いを命じた。新潮社は控訴したが東京高裁は控訴を棄却した。
  • 2007年12月20日号で、ドキュメンタリー映画『靖国 YASUKUNI』について「反日映画『YASUKUNI』に日本の助成金が出ている」と題した記事を掲載。森達也は「この記事が右翼団体街宣を誘発した」と主張した。
  • 2008年1月3・10日号で、2004年11月に発生した『奈良小1女児殺害事件』で死刑判決が確定し、その後再審請求を行った、当時41歳の男性死刑囚について、『もっと生きたいと言い出した少女誘拐死刑囚』とのタイトルの記事を掲載した。当該の死刑囚は、「事実と異なる」として、新潮社を相手取り訴訟を起こし、2010年4月30日に大阪地裁は名誉毀損を一部認め、新潮社に対し30万円の支払いを命じた。
  • 2008年5月15日、時津風部屋の力士暴行死事件の加害者として無関係の力士の写真を掲載した。翌日、相撲協会に直接謝罪し、次号に謝罪広告を掲載した。
  • 2008年6月12日号で、「ネットで『神』と崇められる『アキバ通り魔』」として、秋葉原通り魔事件の犯人が2ちゃんねるで礼賛されているとの記事を掲載する。しかし、2ちゃんねるの書き込みは単なるネタ(作り話や悪ふざけ)であり、「ジャーナリストが釣られてどうする」「ネタニマジレスカコワルイ」などと逆に新潮の報道に呆れる反応が相次いだ。
  • 2008年8月7日号で、「2億円『裏口入学詐欺』で訴えられた国民新党『亀井郁夫』副代表」との見出しで、当時国民新党副代表だった亀井郁夫が、広島市在住の女性から、女性の長男の裏口入学を名目に2億円を詐取したとの記事を掲載。亀井は、事実に反する記事で名誉を棄損されたとして、出版元の新潮社と女性に対し謝罪広告の掲載と1,100万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。東京地裁は2013年5月29日、記事が名誉毀損に当たると認定し、「裏口入学させることを約束して金銭を交付させたことを推認させる具体的な事実は認められない」として、新潮社に対し330万円の支払いを命じた。謝罪広告の掲載と女性に対する訴えは却下した。
  • 2008年11月17日号で、大阪大学準教授ヨコタ村上孝之について、「『研究室でレイプ』と告発された『阪大有名准教授』3度の結婚トラブル」と題した記事を掲載した。これについて村上は2009年4月19日に、「強姦の事実はない」として、同誌に対する民事訴訟を大阪地方裁判所に提起。2012年1月に同地裁は「大学院生の意に反した性交渉があり、内容は真実」と認定し、村上が敗訴したが、2012年7月27日に大阪高裁は「強姦はなかった」と認定、和解が成立した。
  • 2009年2月5日号(1月29日発売)から4回の連載として赤報隊事件に実行犯として関与したと名乗る男性の実名手記を掲載した。これについては後に虚報と判明した。ニセ赤報隊実名手記事件を参照。
  • 2009年3月12日号で、「市長夫妻に裏金要求を告発された山岡賢次国対委員長」として、民主党の衆議院議員・山岡賢次が、地元の市長に給与の肩代わりを要求したと報じた。3月12日、村岡は「記事はすべて事実無根」「市長選に対立候補を立てる民主党への悪質な選挙妨害」として、1000万円の損害賠償と謝罪広告を求めて東京地裁に提訴し、17日に東京地検に告訴した。が、山岡は2010年5月10日、一方的に請求を放棄。新潮は「裁判からコソコソ逃亡した雲の上発言『山岡賢次』(2010年5月20日号)と報じた。
  • 2009年6月24日、「中国報道官が『007の小説』と小馬鹿にした朝日新聞『金正雲・胡錦濤会談』大虚報のケジメの付け方」(2009年7月2日号)で、朝日新聞の記事が誤報であると報じたことについて、「信用を著しく毀損した」と主張し、朝日新聞社が抗議文を送り、謝罪と訂正を求めた。
  • 2009年6月25日、吉本興業の株主総会で、社長の個人口座に現金が振り込まれたなどと報じた記事について、警告書を送ったことを明らかにした。
  • 2009年7月8日、「『新聞業界』最大のタブー『押し紙』を斬る!」(2009年6月11日号)の「公称部数約1000万部の30〜40%が読者に販売されていない」「読売新聞は年間約360億円の不正な販売収入を上げている」などとする指摘について、読売新聞は「いずれも事実ではない」として5500万円の損害賠償や謝罪広告を求めて東京地裁に提訴した。2011年5月26日、「新潮の取材方法から見て正確性に疑問がある」と新潮社とライターの両者に385万円ずつ、計770万円の賠償命令。謝罪広告は認めなかった。2013年5月8日、最高裁は新潮社側の上告を棄却し、新潮の敗訴が確定した。
  • 2010年10月28日号で仙谷由人官房長官は10月25日、週刊新潮の記事で名誉を傷付けられたとして、発行元の新潮社に1千万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求め東京地裁に提訴した。
  • 2011年6月2日号で東日本大震災の義援金が未だ被災者に渡っていないとして日本赤十字社の“怠慢”を非難する記事を載せたが、実際には既に配分が始まっており、この件では赤十字から「検証も為されず、事実誤認、名誉毀損である」と5月27日付で抗議状を送られた。
  • 2011年11月17日号で、当時の外相だった玄葉光一郎が東京都内の飲食店での会合で親しい記者に「尖閣も中国に差し上げればいい」と発言したとの記事を掲載。玄葉は名誉を傷つけられたとして新潮社に3,300万円の損害賠償を求めて提訴。新潮社側は偶然居合わせたジャーナリストが発言を聞いたと主張したが、東京地裁は2014年2月26日、玄葉が話す姿を直接見ていなかったことや取材直後にメモを残していないなどジャーナリストの行動に不自然な点があり、真実と信じる理由もないと判断して名誉棄損を認定し、新潮社に対し385万円の賠償を命じた。2014年6月19日、二審の東京高裁も一審判決を支持し、新潮社側の主張を退けた。
  • 2012年9月20日号で、「時代の寵児(ちょうじ)『秋元康』研究」の「『AKB48』の原点となった『振り込め詐欺』の金!」との記事を掲載。AKB48総合プロデューサーの秋元が1億1000万円の損害賠償と謝罪広告を求めて訴える。
  • 過去に未成年者が加害者とされる殺人事件(少年犯罪)で少なくとも5度、未成年者の実名と非加工の写真を掲載した。未成年者については、少年法第61条により、家庭裁判所の審判に付された少年、又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者について、容貌などを出版物に掲載しない努力義務規定があるが、重大な殺人事件では「週刊新潮編集部の判断」で、未成年者でも実名報道として敢えて掲載する傾向がある。
    • 1992年3月19日号で、同年3月5日に発生した市川一家4人殺人事件の容疑者である19歳の少年(2001年に死刑確定)の実名と顔写真を掲載した。
    • 2005年10月27日号の特集「史上最凶『リンチ殺人』で死刑判決なのに新聞が載せない元少年3人の『実名と顔写真』」で、少年法第61条に反し、同年10月14日に名古屋高等裁判所で死刑判決を受けたばかりの大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件の被告人3人(事件当時未成年、2011年に死刑確定)の実名と顔写真を掲載し(実名報道)、愛知県弁護士会から抗議を受けた。
    • 2013年3月14日号 - 2013年2月に東京都で起きた吉祥寺女性刺殺事件で、警視庁に逮捕された2人の少年について、その実名と非加工の写真を掲載した。
    • 2015年2月12日号 - 2015年1月に名古屋市で起きた名古屋大学女子学生殺人事件で、愛知県警察に逮捕された女子大学生(当時19歳)について、その実名と非加工の写真を掲載した。週刊新潮編集部は「事件の残虐性と重大性を鑑みて、19歳という加害者の年齢も加味し、総合的に判断して実名と顔写真を載せた」としている
    • 2015年3月12日号 - 2015年2月に川崎市多摩川で起きた、中学1年生の男子生徒(当時13歳)が刃物で刺殺され、遺体が発見された川崎市中1男子生徒殺害事件で、主犯格として神奈川県警察に逮捕された少年(当時18歳)について、上記の名古屋市の事件と同じく、「事件の残虐性と社会に与えた影響の大きさ、そして少年の経験などを総合的に判断した」として、やはり実名と顔写真を公表する記事を掲載した
    • 週刊新潮」2017年10月26日号のコラムにて、朝日新聞は加計学園問題を端とする加戸発言を報道せず偏向したと報道したが、これは虚言を含んだ、事実に反する捏造だった。朝日新聞はこれを誤報であると実際の紙面を載せた上で、反論を掲載している。

批判を受けた皇室関連記事

  • 1996年4月18日号の「秋篠宮殿下度重なるタイ訪問に流言蜚語」と題する記事で、「秋篠宮が宮中晩餐会を欠席してまでタイを頻繁に訪問しているのは現地に親しい女性がいるから」と報道、6月20日号では秋篠宮夫妻の不仲説を掲載した。これに対し宮内庁が抗議、宮内庁と『週刊新潮』との間で応酬が続いた。最終的には文仁親王自身が11月30日の誕生日の記者会見で「火のないところに煙がたった」と報道が誤報であると主張し、沈静化した。
  • 2009年9月10日号で、「雅子さまを悩ませる 東宮『マルチ・ビジネス』騒動」と題して、宮内庁東宮職の女性職員がマルチビジネスと指摘されることもある化粧品販売に傾倒し、他の職員にも勧めているとの記事を掲載。宮内庁は、記事内容は事実無根で、悪意ある中傷に当たるとして、新潮編集部へ抗議をおこなった。
  • 2010年6月10日号で、皇太子夫妻の長女・愛子内親王に関して、「イジメっ子対策で『給食向精神薬を混ぜては』と提案した『東宮』」と題した記事を掲載した。内容は、愛子の同級生の給食に、注意欠陥多動性障害(ADHD)の薬を混入するよう学習院に提案したというもの。これに対し、野村一成東宮大夫は「皇太子ご一家の名誉を損なう」と話し、また、宮内庁ウェブサイトに「皇太子ご一家や東宮職に対する中傷」と掲載し抗議した。
  • 2013年6月20日号(2013年6月13日発売)で、「『雅子妃』不適格で『悠仁親王』即位への道」の見出しで、風岡典之宮内庁長官が安倍晋三首相と菅義偉内閣官房長官に対し、天皇の生前退位と譲位、皇族の皇位継承の辞退を可能とする皇室典範改正を要請したとの記事を掲載。記事中には、要請は天皇皇后の意向で、皇太子秋篠宮も了解しているとの記述もあった。
    • 同年6月27日号掲載の特集記事「『雅子妃』不適格は暗黙の了解『千代田』の迷宮」では、上記の記事を引用して「官邸と宮内庁の軋轢」と題し、安倍晋三首相の宮内庁不信に繋がった背景として、麻生内閣時代に「麻生総理が陛下への内奏の際、旧宮家の復帰を提案したところ、陛下は良い返事をされなかった」という情報が宮内庁から外部に流されたが、これは旧皇族の復帰を望まない宮内庁が虚偽の情報を発信したものであるとの記事を掲載した。宮内庁は、記事内容は全くの事実無根であること、新潮編集部の取材申請(6月18日付文書)に対して、その旨を回答していたにもかかわらず当該記事が掲載されたとして、新潮編集部および編集長へ文書で抗議をおこない、訂正記事の掲載を要求した。

その他

敵対している創価学会や支持母体に持つ公明党から敵視されており、創価学会は機関紙の『聖教新聞』や系列誌の『』などを使い、定期的に「クズメディア」「デマ雑誌を追放しろ」などと新潮社を批判している。

読み物

「読み切り」という形で連載された柴田錬三郎の「眠狂四郎無頼控」、五味康祐の「柳生武芸帳」など、連載小説を重視。また山口瞳のエッセイ「男性自身」(1963年 - 1995年)は看板作品として長期連載となった。現在、連載小説は他誌よりも1作品多い3作品を併載している。現在は巻頭で藤原正彦の「管見妄語」も掲載しているほか、櫻井よしこは「日本ルネッサンス」の長期連載を持っている。

主な連載小説

主な連載漫画

コマーシャル

長年、発売日前後に子供の声で「週刊新潮は明日(本日)発売です」「週刊新潮はただいま発売中です」というテレビコマーシャルをしていた。表紙の谷内六郎の童画風の絵と童謡「赤とんぼ」や「村まつり」の曲とナレーションは、パロディーが生まれるほど定着した。ラジオでも同じナレーションのCMが放送されている。

参考文献

  • 谷内六郎・谷内達子・橋本治・芸術新潮編集部共著 『谷内六郎 昭和の想い出』 新潮社、2005年。ISBN 4106021315
  • 高橋吾郎『週刊誌風雲録』文藝春秋 2006年

関連項目

thumb

週刊新潮』に 関連する人気アイテム

Black Box

5つ星のうち 1.0私刑執行人

(参考になった人 405/694 人)

事実として山口氏は検察、検察審査会によって不起訴が確定している。
よって、公には山口氏はレイプ加害者ではなく、詩織さんはレイプ被害者ではない。
本書は不起訴確定後に発売されている。

そのような状況下で、特定個人をレイプ犯として発信し続ける行為は私刑であり、個人の社会的抹殺を計り、名誉を著しく毀損し続けている。
不起訴になった人間を一方的に攻撃するような私刑が許されるならば、社会秩序が崩壊してしまいますぜ。

この本を読んで、山口氏が加害者、詩織さんが被害者だと感じた人は、既に検察、検察審査会よって否定された内容であることを受け入れるべきであろう。


それは本書の内容が事実ではない、もしくは、事実であっても起訴に至るような証拠にはならなかったことを意味する。
もし異論があるならば、洗脳された同情心ではなく、具体的な事実(新証拠)をもって反論する必要がある。

「記憶はありません、証拠もありません、でも、レイプされました」
って女が言ったら強姦罪になる世の中の方が怖いわ。

【以下は、本書の内容について気になったところを追記した。】
(時系列が前後しますが、基本的に本書の記述通りの順番に準処しています。)

全体の印象としては、詩織さんは思い込みが非常に強く、論理性も欠けていると思われる。
若くして海外生活が長いことによってか、日本人としての常識や機微にも欠けているようにも感じられる。
(その言動の不自然さから国籍を疑われているが、ただの難癖程度で信憑性のある情報ではない。ただ、海外生活者ほど日本人としてのアイデンティティーが強かったりするのだが、詩織さんからそれは全く感じられない。むしろ欧米至上主義という印象。)
また、ジャーナリストを自称しながら個人の感情的な描写に終始し、客観性も欠如している。
それらが単に人間性の問題なのか、それとも文章構成能力の無さによるものなのかは判別できないが、その両方にあるのでは?と感じた。

『 性被害についてオープンに話せる社会にしたい 』
何の定義付けもされてなくて、言葉として非常に軽くて中身がない。
一歩間違えば、被害者をさらしものにして傷つけるだけの主張。
自分のレイプネタを使って、ジャーナリストとして名前を売り、本を売りたいと考えるひとは普通いないということを自覚した方がいい。

ことあるごとに親の所得の低さを書いてるが、余程根に持ってる模様。

同棲のパートナーが意味なく何度か登場するが、それなりの性的経験はありますよアピール?

『 弟は小学校入学直前になっても言葉を発しなかった 』という記述以降、弟は一切登場しない。両親と妹は何度か登場するにもかかわらず。実際はどうだか知らないが、弟君は『 話せない子 』で終わってる。かわいそう。

中学の時に入院したことが詩織さんの転機となっているわけだが、その割に病名、症状が一切書かれていない。何か不自然。

詩織さんが山口氏と最初に出会ったニューヨークのピアノバーは日本でいうところのキャバクラである。キャバ嬢と客という2人の関係性を理解していると本件の本質が見えてくる。
また、詩織さんは就労ビザを持っていたとは思えないが、キャバ嬢として給金を得ていたことが事実であれば、不法就労していたことを本書でバラしていることになる。
本書ではビザが重要なキーワードになるわけだが、自身のビザの不備に疑念を持たれるようでは話にならない。

山口氏との食事の際、すでにTBSのプロデューサーに内定していたと詩織さんは思っていたようだが、本書の中にそれを想起させるような山口氏とのやり取りは書かれていない。恥ずかしいどころか非常識レベルの思い込みで勘違い。
このことだけでも自意識過剰な詩織さんの人間性がよくわかる。
また、山口氏以外の他の誰かと同席すると勝手に思い込んでいたとのことだが、2人きりで食事するつもりはなかったという言い訳か、思い込みが激しいかのどちらか。

1軒目の店を出るときに外が暖かかったからコートを忘れたというどうでもいいエピソードを入れたのは、酔っ払って忘れたわけではないというアリバイづくり?

ノートパソコンが置いてあったから盗撮されたと思う感覚は普通に変。そもそもカメラは付いていなかった(押収されたパソコンには)。
逮捕状が発行された理由の1つにこのパソコン内の動画にあると言及しているが、どっから出てきたのそんな話。妄想?捏造?

パニックで頭が真っ白と言っておきながら、使われていないベットをはっきり覚えているなどの矛盾点は後付け感ががある。
週刊誌情報で従業員の証言として片方のベットが使われなかった、血が付いていたとあったが、信憑性にとぼしく調書にとられなかった(何で詩織さんが調書の内容を知っているかはさておき)。それを補完するために記憶を捏造したとも考えられる。

医者にレイプされたことを伝えていないのに、私に気を遣えっていうのは傲慢なだけでしょ。
こんなにもかわいそうな私の思い通りにならないから相手を非難するというのが本書の主張の大半。

NPOに電話した際、面接しなければ情報提供は出来ないと言われたことに対して不満ばかり書いているが、なぜ面接しなければならないかを取材したらどうだろうか? ジャーナリストなら。

唐突に膝が痛いのを山口氏のせいにしているが、根拠は一切書かれていない。
と思っていたら、何の脈略もなく、揉み合いになった際に負傷したことにしている。トイレでの話はスルーですか?

私はお酒に強いはずという根拠のない根拠でデートレイプドラッグを使われたと吹聴するのはいかがなものか。常識的にはアルコール性健忘の可能性が疑われるわけだが、本書にそのような内容は一切書かれていない。わざとか無知か?

自分から「女性の方をお願いします」と言ったから女性の警官が対応してあげたのに刑事課じゃないと文句を言うのは筋違い。

事件について警察や弁護士に何度も同じ話をしなければならなかったということに対して何度も愚痴が書かれているが、1回で済んだ方がいいのか?
むしろ何度も何度も同じ話をすべきだろ。1回の証言で事実認定されて相手を有罪にできるとしたら、そんなに世の中は狂ってる。

頻繁に出てくる捜査員A氏だが、実在の人物かどうかはあやしい。仮に実在するとしたら、こんなに捜査情報、内部事情を当事者にバラすようなヤツは警察官失格。どちらにしても正義面したKYなかなりイケてない人種であることは間違いない。空港での逮捕未遂も含めて茶番の連続。「いま川に人が落ちた」とかもはやギャグ。ドラマとかなら愛されキャラかもしれない。というかA氏が詩織さんに恋しちゃったとしか思えない言動の数々。そういう脚本?
非常識発言を繰り返すM検事、K検事も実在するかどうかは怪しい。というか実在するならイニシャルにする必要はないんじゃない?
まあ、弁護士が同席してるわけでもないのに事細かに彼らの発言を覚えてるって時点で信憑性は薄い。つまり、かなりの部分で創作が入っているから実名を出せないのでは?
M検事については、山口氏が空港で逮捕されなかった直後に詩織さんが電話しているが、書類送検前、警察の案件であるのに、当事者が検事に直接電話するって嘘くせー 事実であるなら、なぜそういうことが出来たのかをきちんと記述すべき。ていうか、その時点での担当検事って何よ? 捏造臭がプンプンするけど。捏造するにしても警察と検察の区別がついているか怪しい。
K検事が前任?のM検事の対応を詩織さんに謝っているが、それによると、M検事が山口氏の逮捕と詩織さんの帰国、そして逮捕しないことまでお膳立てしていたらしい。もはやギャグ。

妹がレイプされたと想定した内容が書かれているが、すげーありがた迷惑だろ。姉による間接レイプ。口をきいてもらえないほど妹に嫌われたのは自業自得でしかない。

レイプされたはずの相手の山口氏と仕事についてメールをやり取りしているわけだが、友達と協力して文面を考えたとか言い訳しても、レイプはなく、仕事上の付き合いが出来る程度の関係であったという証拠にしかならない。

証拠として取り上げられることの多い防犯カメラ映像だが、詩織さん自身の描写としても
『 歩くこともできず抱えられて運ばれる 』
『 山口氏に抱えられた私は、足が地についておらず、前のめりのまま、力なく引きずられ 』
『 引きずられるようにしてホテルに入った 』
『 意識のない状態で部屋に引きずり込まれた 』
とそれぞれ全く違う印象を受ける。
また、タクシー運転手の証言では
『 男性に抱きかかえられるような感じでホテルに入って行った 』
常識として、
・意識のない人間を運ぶことは不可能に近いほど非常に重労働である。
・そのような状態で一流?ホテルのフロント、ロビーを通過することは不自然極まりない。

山口氏が詩織さんを職権を使って口説こうとはしていないと認めたことが、詩織さん自らホテルについて行ったわけではないことに勝手に変換されている。論理が破綻している。
(何のことだかわからないでしょうが、そのままのことが本書に書かれている)

山口氏の携帯に電話をかけたが繋がらず、携帯は手元にないからとメールで返事が来たことを矛盾していると捉えているが、会社の携帯であるなら、現在の携帯の持ち主(会社の同僚)から、山口氏に連絡がいったと考えるのが常識的判断だと思う。というか、そんなことが気になるなら、本書に記す前に山口氏本人に直接聞けよって話。
このあたりは読んでいても非常にイライラさせられるが、まあ、本書の内容は一事が万事そんな感じである。

『 準強姦 』という単語を山口氏が使ったことに驚いているみたいだけど、そんな単語を知ってるなんてのは常識レベルだけどな。ジャーナリストなら。
詩織さん自身がメールで意識がなかった、レイプされたと書いてるわけで、単純に言い換えれば準強姦。

ホテルの部屋のゲロを清掃員が掃除しなかったとわざわざ書いてあるが、山口氏が掃除したというメールの内容をそこで引用しない嫌らしさ。

警察で人形を使ってレイプの再現をしたことに不満を述べているが、なぜそういう再現が必要なのか、無知なら取材してみてはどうだろうか?

警察が示談のために弁護士を紹介した(と詩織さんは思い込んでいる)のが悪いみたいな記述があるが、仮にそうだとしてもそれの何が問題だというのか?
まさか、逮捕状の行方を捜すために弁護士が必要なんて突拍子もないことを意思表示もせずに伝わると思う方がイカれている。真実が知りたいと(心の中で)言っておきながら、3ヶ月もまともな弁護士をつけなかった人間の心情なんて誰も推しはかれませんて。

家宅捜索前に警視庁からTBSに電話が入ったとあるが、内容については一切触れていない。こういうのを印象操作って言うんだろうな。

詩織さんが説明も受けていないし目録も見ていないから(パソコンの)データ復旧を警視庁がやっていないかもしれないと書かれているが、あんたいったい何様?

(山口氏に)「万が一(住んでいる)場所が知られたら」とあるが、知られたら何だというのであろうか? ただの被害妄想?
山口氏の声も聞けない、本に書かれた名前を読んだだけで体が硬直したとあるが、記者会見に山口氏を呼んでいたはず。
そのあたりの心境の変化が書かれていない。というかヤラセ?

タクシー運転手による「駅で降ろして下さい」発言が捜査報告書に入っていなかったと情報を得たとあるが、誰から情報を得たのか? 具体的な人物名がないなら何でも捏造できちゃうよ。

『 総理 』の出版が山口氏をスターダムに押し上げたとはずいぶん過大評価するもんだ。

『 北村さま 』=北村滋 と一切の証拠を示していないのに事実と断言しているのはジャーナリスト失格では?

政府サイドが報道自粛を勧めているという記述だが、なんでこんなすごいスクープを取材しないんだ? まさかデマではないよね?

突如身に危険を感じて、自宅周辺で不審な動きがあったとあるが、具体的な描写が何もないんだが? 被害妄想?
ちなみにBBCのなんちゃってドキュメンタリー番組の中では、ただ家の前にとまっている黒い車を怪しいとし、当たり前のように誤反応する簡易探知機で部屋の中の盗聴器の有無を調べたら反応があったという場面を映している。盗聴器自体は映っていない(実際にあったかどうか不明)のに、さも盗聴器が仕掛けられていたことに落胆しているかのような演出。

「ここまで政権と深く繋がっているTBSのワシントン支局長に物申すのだから」って、どっから出てきたのその話。政権の話なんて全然書かれてないじゃん。

ボタンをとめず、胸元の開いたシャツを着て会見をしたことに対してカッコつけた言い訳を書いているが、単純にだらしない恰好なだけだから。

【以下、本書の内容と公表されている事実(真実とは限らない)を踏まえての考察。】

詩織さんは自身が酒に強いという自信からデートレイプドラッグを使われたと主張している。しかしながら、デートレイプドラッグが使われたという証拠は一切存在しない。証拠が出てこない限りは山口氏の罪を問うことは不可能である。
一方で、相当量の酒を飲んだという証拠はある。泥酔していたということであれば、山口氏の証言、タクシー運転手の証言等々で辻褄が合うのだが、詩織さん自身がそれを否定してしまっている。根拠は、酒を覚えたての学生が言いそうな「私は酒に強い」、、以上。むしろ泥酔していたということにすれば、ワンチャンあったかもしれない。にしても、勝手に酒飲んで酔っ払ったのは詩織さん自身の責任であるのだが、本人のしょーもないプライドがそれを許さないのであろう。

ホテルの防犯カメラの映像という証拠に基づいた両者の見解は食い違っている。
映像を観た両者の主張は
・詩織さん:詩織さんの意識はなく、山口氏に抱えられたか引きずられたかして部屋に連れ込まれる。
・山口氏:詩織さん自身の足で歩いて移動。(←当然意識はある)
つまりはどちらかがハッタリをカマしているわけであるが、既に述べた通り、常識では意識のない人間を運ぶことは不可能に近いため、山口氏の主張に分があると考えられる。
詩織さんが自分の主張を通したいのであれば、山口氏がどのようにして詩織さんを運んだか、ホテルの従業員や利用客の様子を含め、ロビーやフロントをどのようにして通過したかを映像に基づいて詳細に描写するのが筋であると思うのだが、そのような内容は本書を含めて一切公表されていない。
仮にホテルに入ったときに意識のない状態であっても、この映像にどれほどの証拠能力があるのかは疑問である。準強姦とするには行為があったときに意識がなかったことを証明しなければならない。行為に及ぶのはホテルに入ってから数時間後であると考えられるため、ずっと意識がなかったのか、一時意識は戻ったがまた意識を失ったか、いずれにせよ行為に及ぶときに意識がなかったことを明確にしなければならない。
また、この件に関して、ホテルの従業員の証言が一切表に出ていないのは不可解でもある。

逮捕状が出ているにも限らず、山口氏が逮捕されなかったのは異例の事態であることは間違いない。それは当時の刑事部長である中村格氏が逮捕寸前で山口氏が有名ジャーナリストであることと、総理のお友達だと気付いて忖度した結果であろう。山口氏のように一般人と言えないような人物は本庁主導で捜査して然るべきであるのだが、所轄の勇み足で逮捕にかこつけてしまったのかもしれない(詩織さんに恋しちゃった捜査員A氏の言動を鑑みるに、それが真実なような気もする。本書の中では本庁ではなくて検察庁が逮捕前から捜査を主導するというとんでも内容になっているが)。仮にこれが事実であってもレイプが実際にあったかどうかは別問題である。詩織さん擁護派は逮捕しなかったことをことさら問題視しているが、逮捕した場合に起訴までどのようにして持ち込むのかというストーリーが欠けている。逮捕による拘留と任意捜査との違い、つまり、逮捕により起訴に足る決定的な新証拠が出てくる必要性があるが、誰もその可能性を示していない。
結果論で言えば、新証拠はなく、不起訴になったことからも、そもそも逮捕の必要性はなかったという結論になる。
逮捕状そのものに関して言えば、あくまで犯罪の疑いがあるから捜査のために逮捕することを裁判所が許可しただけあり、逮捕しなければならないという強制力はない。逮捕状の根拠たる証拠も、この時点で裁判所が真偽を判断したものではなし、有罪性を立証するものでもない。そもそも逮捕=犯罪者とするのはただの偏見である。
また、この件に関して、安倍総理(もしくはその周辺)の関与を疑う主張も散見されるが、一切の証拠がないのに延々と難癖を付けている構図はモリカケ問題と全く一緒である。つまり、アベガーによる計略にすぎない。

仮にレイプが真実であったとしても起訴、有罪になるかどうかは証拠次第である。詩織さんは最後の店から翌朝までの記憶がないわけであるから、具体的な証拠をもってレイプを立証しなければならない。
証拠がなければ起訴も有罪もないのは理の当然である。なぜなら日本は法治国家であるから。

5つ星のうち 5.0怖い!怖い!

(参考になった人 38/41 人)

日本はやっぱり弱者にはきつい国だと思います。

まず、「あなたに隙はなかったか」という人がいますが、よくある言い方ですね。
強盗に入られた家の人に「気の毒に。でも隙はなかったのですか?」と聞きますか?
もし聞いたとしても、隙があったら犯罪が減じられるわけではありません。
よく痴漢にあった人に言われる言い方です。傷ついた人をもっと傷つける言い方。
日本は男社会なんだなと思います。男が酒を飲んで性犯罪にあってもそんな言い方はされないでしょう。



そもそも性犯罪をわたしは、性欲の発露以上に、パワーゲーム的なものがあると思います。
自分の力で、制圧したいという自分のパワーを見せつけたり確認したりするもの。

パワーと言えば最近のスポーツ界でも問題になっています。
権力の在る者が、立場の弱い者に振るうパワーです。
日本はつくづく、パワーに弱い社会です。

またかよ、と思ったのは、それだけではありません。
なんとレイプをした山口敬之氏は、安部首相のおかかえジャーナリストだったのです。
名前で引いたら本が出てきます。
また、お友達を大事にする安部さんの力が働いたのだな、ということです。
モリカケ問題も同じ時期で、山口氏まで不祥事をおこしたらやばいと思ったのでしょうか。
逮捕状まで出たのに、逮捕されない。その事件を捜査した警察官は、任務を解かれて、別の担当者に替わってしまう。怪しいですね。
そういうやり方をするんですね。

山口氏は、こんなに大事になると思ってなかったのでしょう。
これまでも、同じようなことをしてパワーで握りつぶしてきたのでしょうから。
ところが、詩織さんは泣き寝入りするような人ではなかった。

「隙がなかったのか」という言葉が、どれだけ多くの人を傷つけて泣き寝入りさせてきたかと思うと、使ってはいけない言葉だと思います。セカンドレイプです。
以前は子どもへの性的虐待にも、「娘が父を誘惑したのではないか」、娘にも責任があるのではないか、などの意見があったと思う。そんな、あほな。

信頼してたら、隙ぐらいありますよ。
もし、気をつけていても、物理的に力の強い男が女性を騙して襲おうとおもったら、できてしまいます。
いつまで、こんなことがおきるのだ?

座間の連続殺人、津久井やまゆり園の事件、弱っている人や弱い立場にある人は隙だらけです。その隙を狙って、攻めてやろうなんて人は、考え方が犯罪者と同じです。
一歩も隙を見せられない「人を見たら泥棒と思え」というような社会は悲しいじゃないですか。
人を信用しても大丈夫な社会になってほしい。

有名国立大学生の集団レイプも、毎年のように聞きます。
山口敬之氏もその大学生も、心が育ってないんだよ。
調子に乗って全能感丸出しなんだよ。
反撃されたら逃げるしかない、お子様並みの態度を取るのもそういう人たちの行動パターンだ。

しかし、マスコミではなかなか取り上げられないね。
政治の裏の力って怖い!

まず、この方のバイタリティーと才能に敬意を表します。生まれ持った感性も日本人ばなれしている。ヘンな言い方ですが、世の中で数多く起きているひとつのレイプ事件をこれだけの社会問題にできたのは彼女の美貌と知性とジャーナリストとしての優秀なパフォーマンスでしょう。

まだ、彼女は20代。警察も民事もこれだけ動いているので取れる確証は取りきった上での現状なのだと思いますが、20年後にもう一度振りかえって欲しい。お酒の量は本当に適切だったのか。というのは私も彼女と同世代の時はウイスキーを一晩でボトル半分ほどお酒を飲むことに抵抗はなく、酒の強さには自他共に認める自信があった。


そこまで酔っ払っていた自覚を持っていたことは自分では一度もありません。しかし、バーナード・ ラッセルが「幸福論」の中で「酒を飲むことは、一時的な自殺にほかならない」と書いている通り、自身の酒に対するその自覚が事実であり本当に正しいのかー

デートドラッグの被害に本当に遭っていたのならお気の毒ですが、お寿司やさんの証言、タクシー運転手の証言を読む限り、ご自身が思っていた以上のアルコールを本当に飲まれていなかったのでしょうか。

私もストーカーの継続被害で悩まされた事があるので、著者ほど大がかりな事にはまきこまれていないとしてもその苦しみはよくわかります。この恐怖に自分が支配されなければいけないことです。私の時はその場で110番できたのが良かったのかもしれないが、性犯罪は経験者でないと絶対に分からない部分があり、そして時には親族にさえ「警察沙汰に関わるのは素人じゃ無理。相談されても困る」とその苦しみを理解してもらえないという悪循環を見いだします。

残念ながら、著者の活動が日本国内でMe too 運動に繋がることは現状では難しいでしょう。劇場型犯罪のようで、共感は得られても自分を名のりだす被害者の中には彼女のアクティビティが眩しすぎて引け目を感じてしまう人もいると思います。BBCのドキュメンタリーも拝見しました。ドメスティックな感性の日本人により多くの共感を得るためには、ご自身の作品に別途でもいいので日本語でフォローを入れること、並びにご自身も当日ある程度のお酒を飲んでいたという「自分にも隙があった」事を素直に認める姿勢があるとスムーズだったかもしれません。余計な老婆心ですが。。

この件で、海外メディアでのインタビューを幾つか見ましたが彼女はより強くなっているのでは。Toward the right-- の客観的視点での著者のご活躍をこれからも期待します。読み物としては佳作、ですので★3つとします。

数学する身体

ビッグデータからあなた自身も知らないあなたの正体が丸裸にされる、だの、人工知能のほうがあなたより正確で迅速に仕事ができるようになる、だの、数字や数学の行き着いたところにはアンヒューマンなレトリックばかりの昨今、本書はほとんど心温まるといっていいほどの、人間賛歌としての数学の物語である。この本を読むと小学校からプログラミングを必修科目にしろとかいう話がいかに無意味なものであるかがよくわかる。

数学は「数える」という素朴な行為から何度かの大きなイノベーションを経て、数学理論自体、計算そのものを数学的対象とする(と書きながら、もうわけがわかっていないが)までに発達し、人間の数学的営みはコンピュータという機械が代行するようになった。

たとえば人間の非論理的で、不定形で、曖昧な行動や感情といったものをデジタル技術が適切に「処理」して、私達の判断の精度を上げるために使われている。いわば数学はわたしたちが生身の人間であるがゆえの弱さや限界を補完する技術である。

しかし、ここに至るまでの数学の歩みを辿ってみると、数学はさいしょからコンピュータやAIを目指していたわけではなく、自然を理解したい、人間(他者)を理解したい、自分を理解したい、世界を理解したい、という欲求の歴史だった。「新たな数学が生まれる場面に生きた人間の姿があり、冷徹に見える計算や論理の奥に血の通った人間がある」。

哲学者がそのまま数学者でも物理学者でもあったギリシャ時代には、数学的志向は図と自然言語のみに頼っていた。われわれが使っているインド-アラビア数字のような0を含む位取り記数法が普及したのは6世紀以降といわれ、それまではよほど高度な教育を受けた人でなければ二桁の掛け算などできなかった。演算用の+-×÷=などの記号が出現するのは16世紀。そしていま高校数学で誰でも目にする二次方程式の一般式を可能にした代数表現を用いて古代ギリシア以来の幾何学的問題を統一的に解決する「方法」をデカルトが開発したのが17世紀。デカルトの『幾何学』は「西欧数学の精神を象徴する作品」となり、これを足場にニュートンやライプニッツなど新世代の数学者が微積分の基礎を打ち立てる。しかし数学の「技術」が発達して数の世界の奥義に近づいたとかと思いきや、「直感を裏切るような現象」が次々に表れる。

そこで現れたのがヒルベルトという天才イノベーター。現代数学の草分けともいえる人である。彼の「数学をしている自らの思考について数学する」というアプローチは、ゲーテルの「不完全性定理」によって挫折するが、その精神はブルバキ派の構造主義、チューリングの「計算についての数学」に受け継がれ、それぞれの土壌で花開く。とりわけ、チューリングの研究は、コンピュータを生み、その技術はわれわれがいま、パーソナル脳アシスタントとして使っているスマホの基礎になっている。われわれはたとえば数十年前の、世界で一番賢いといわれる人物を上回る知識量と計算能力を掌のなかに持っているわけだが、それでどれだけ世界、他者、自分、のことをより深く理解できているといえるだろうか。

脳や宇宙まで、われわれが認知しうる知のゼロポイントから現在の到達点までを読みとく言語としていちばん有能であると思われる数学も、わたしたちが行為と知覚の往復運動のなかでつくりあげた独自の環境であるところの「環世界」(by ユクスキュル)のなかでのみ通じる言語である。著者の言葉を借りれば「脳の中だけを見ていても、あるいは身体の動きだけを見ていても、そこに数学はない。脳を媒体とした身体と環境の間の微妙な動きが、数学的志向を実現している」のである。

人類の記録にはじめてあらわれる数字は紀元前3300年前、シュメール人によって粘土板に刻まれた絵文字だった、というところからはじまって、本書はギリシャ、インド、アラビアを経由してわれわれが学校で学ぶ西欧の近代数学までを辿る旅である。その流れは、アラン・チューリングと岡潔という二人に行き着くが、「この二人を同じ一冊の中で暑かった本は、これまでなかったのではないか」と著者は終章で述べている。「身体を乗り越える意志のないところに、数学はない」「身体のないところに数学はない」と確信する著者にとって、「心」と「機械」をつなぐ手がかりとして数理論理学の世界に入って行ったチューリングと、自己を深く掘り下げていくよすがとして数学と向き合った岡潔に、行き着くのはごく自然な流れであっただろう。

「チューリングが、心を作る[コンピュータを発明する]ことによって心を理解しようとしたとすれば、岡の方は心になることによって心をわかろうとした」。岡潔は、「『自我』と『物質』を中心に据える現代の人間観・宇宙観」が、自他を超えて通い合う情を分断し、わかるはずのこともわからなくなったことを憂いていた。その憂いこそこの若き数学者が出発点にしているのだろう。いま、宇宙やAIといった、数学の最先端の技術をツールとして使っている人たちがもっとも心の問題に関心を寄せているとも聞く。

わたし自身はおそらく中学生の頃から数学に苦手意識があり、それはいまも多くの「文系」といわれる人が共有しているであろうコンプレックスとして残っている。しかし苦手と思っている対象は、情緒から切り離されたプログラムやアルゴリズムで、数学そのものではないのかもしれない。若い人が算数を卒業して数学の門をくぐるときにこの本を読んだなら、文系理系といった分類にあまり意味がないこと、数字に強いとか弱いといった評価が必ずしも数学とは関係ないということを理解し、道具としてではなく思想としての数学、人類の営みとしての数学に関心を寄せることもあるのではないかと思う。

本書は、東大工学部・理学部数学科を出た(文Ⅱから理転)独立研究者・森田真生(1985年~)が2015年に発表した初の単著で、史上最年少で小林秀雄賞を受賞したもの。(2018年文庫化) 著者は現在、数学をテーマとした著作・講演活動などを行う。
本書で著者は、古代ギリシアからの数学史、ナチスドイツの「エニグマ暗号」を解読し「人工知能の父」とも言われる英国人アラン・チューリング(1912~54年)、そして、多変数解析関数論の研究で世界的な業績を残した数学者・岡潔(1901~78年)を語りながら、「数学とは何か」、「数学にとって身体とは何か」、「数学とは何であり得るのか」を問うている。

その過程では、数多の数学者のほか、建築家の荒川修作、『生物から見た世界』のフォン・ユクスキュル、脳科学者のラマチャンドランなどにも話は及ぶ。
しかし、解説で鈴木健氏が言っているように、著者の関心は明らかに岡潔に注がれており、著者が岡潔の『日本のこころ』に出会ったときに、「私は、岡潔のことをもっと知りたいと思った。彼が見つめる先に、自分が本当に知りたい何かがあるのではないかとも思った。簡単に言えば、「この人の言葉は信用できる」と直観したのだ。」という確信に基づいて語る言葉は、私には強い印象を残すものであった。
「「情」や「情緒」という言葉を中心に据えて数学や学問を語り直すことで、岡潔は脳や肉体という窮屈な場所から、「心」を解放していこうとした。・・・岡潔は確かに偉大な数学者であったが、生み出そうとしていたのは数学以上の何かである。」
「岡は科学を丸ごと否定しているのではない。彼は「零まで」をわかるためには「零から」をわかるのとは違う方法が必要であると言っているのだ。」
「自他の間を行き交う「情」の宿る個々の肉体は狭い。人はその狭い肉体を背負って、大きな宇宙の小さな場所を引き受ける。その小さな場所は、どこまでも具体的である。友情もあるだろう。恋愛もあるだろう。人と交わした約束や、密かな誓いもあるだろう。苦しい離別もあれば、胸に秘められた愛もあるだろう。そうしたすべてが、ひとつひとつの情緒に、彩りを与える、そこに並々ならぬ集注が伴うと、それが形となって現れる。岡潔の場合、数学となって咲いた。」等々
私は、岡潔の『春宵十話』は以前読んでおり、その中にあった「数学とはどういうものかというと、自らの情緒を外に表現することによって作り出す学問芸術の一つであって、知性の文字板に、欧米人が数学と呼んでいる形式に表現するものである。」という表現に衝撃を受けたが、その真意は十分には分からなかったし、本書についても、一読しただけで著者の言わんとすることが消化できたとは思えない。
しかし、著者が「あとがき」に記している「よく生きるために数学をする。そういう数学があってもいいはずである。この直感に、私は形を与えていきたい。」という思いには直感的にシンパシーを覚えるし(更に、岡潔も著者も「よく生きるために●●をする」の●●は「数学」である必要は必ずしもないとも言っているのだ)、それを少しでも身体で感じられるように、今後時間をかけて思索してみたいと思うのである。
(2018年5月了)

遅ればせながら読みました。相当面白かった!!

抽象概念というイメージが先行する数学が、身体の構造や感覚と密接に関連したところから発生したところは、まさに「数学する身体」
それが記号の発達により、記号を駆使した計算が本来の意味を超えて抽象化していく。

そのような抽象した概念としての計算、数学に機械を通じて心を表現したチューリング、圧倒的な情緒をもって数学を構成した岡潔という
位置づけはとても興味深く、また惹かれるところ。
数学は抽象化しても、感情を含む身体から離れたわけではない。

まさに「数学する身体」!!

抽象的思考の権化、数学を、その歴史を展開しながら身体性と関連付けて解説する構成は面白い視点だと思いました。
これは著者の個人的な経験と深い思考からもたらされたのでは?という印象を抱きつつ
明解かつテンポの良い構成力で、数学を身近なものに紹介できる、稀有な人だと感じました。

面白い一冊でした。

週刊現代 2018年8月4日号

5つ星のうち 1.0尻対決で

(参考になった人 0/0 人)

丸山さんよく出せますね もう一人の若いヌードグラドルが全部見開きで 袋とじですか 出世しましたね 金太郎観たいな顔して はっきり言って見たくもありません 個人的に受付ない 尻が良くても顔みたら 立ちません Tvで拝見したら チャンネル変えてすみません

「週刊現代」 2018年8/4号、先ずは、「ダマされ老人になってはいけない」を取り上げます。
いかに現金至上主義の日本でも、近い将来キャッシュレス化がかなりのスピードで進行することは確実と思われます。
現在でもLINEなどを利用すれば、手数料がかからず送金できるのです。
そうなると、手数料のかかる銀行ATMなどは利用されなくなり、
銀行は、手数料が稼げる投信、保険の販売にいっそう注力するようになります・・・現在でもそうですけどね・・・・。
しかし、この銀行の投信販売ですが、しばらく前ニュースであったように、その半数以上が損をしているというのです。


確かに、手数料の高い投信や複雑な設定のものを勧めてくることが多いですから、これは注意しないといけません!!
しかしながら、本誌のように300万円で会社を買ったり、
放っておくだけで5%の投資というのもこれもなかなか難しいのではないでしょうか?!
次は、「かかりやすい病気は職業で決まる」を取り上げます。
「認知症」ですが、これは脳にストレスを与えすぎたり、また逆にストレスが少なすぎても発症しやすくなるそうです。
職業としては、学校の先生、地方公務員、など、また、パイロットは、極度のストレスがかかることから、
心筋梗塞などで早世する傾向があるようです。
また、動脈硬化、心筋梗塞の要因に歯周病がありますが、
この歯周病は、不規則な勤務形態の人がかかりやすい傾向があるそうです。
ともかく健康には、留意したいものです!!

週刊新潮』の解説 by はてなキーワード

1956年新潮社が創刊した週刊誌

スキャンダルに注視する大衆的保守主義を標榜しているらしい。

戦後初の出版社系週刊誌であり、創刊には斎藤十一が尽力。

ライバル誌に週刊文春など、発売日は共に木曜日(地域によっては、前後する)。

1981年の最終号まで、漫画家谷内六郎が表紙を飾った。

記事の”意地悪さ”は日本一。(それが売り)

また、タイトルの上手さも雑誌の中では一番と言われる。

(「○○の美談に眉をひそめる俗世間」など)

創価学会とは数え切れないほど裁判をするほど仲が悪い。

コムスンの宣伝的な記事を長年に渡り連載。そのため批判が甘いと週刊現代に書かれた。

http://www.comsn.co.jp/comsnpress/shukanshincho/index.html

週刊新潮』by Google Search

This page is provided by Matome Project.
Contact information.