論理学のまとめ情報

論理学』の解説

論理学(ろんりがく、)とは、「論理」を成り立たせる論証構成やその体系研究する学問である。

概要

ここでいう論理とは、思考形式及び法則である。これに加えて、思考のつながり、推理の仕方や論証のつながりを指す。よく言われる「論理的に話す、書く」という言葉は、つながりを明確にし、論証を過不足なく行うということである。

論理学は、伝統的には哲学の一分野である。数学的演算の導入により、数理論理学(記号論理学)という分野ができた。現在では、数理論理学は数学と論理学のどちらであるとも(時にどちらでないとも)される。現在の論理学は、(それを論理学であるとするなら)数理論理学と、数理論理学をふまえた論理学、数理論理学でない論理学に分化している。

弁証法なども、「論理」なのであるが、論理学における論理とは異なる。これらは、論理というよりむしろ理論 (Theory)である。

なお、日本語の「論理学」という語は西周によるものとされている。

伝統的論理学

古代より世界各地において論理学の研究に関する文献が残されており、それらから中国の墨子が墨弁において推論や証明の形式的な方法を考察したことや、インドのディグナーガなどが論証の基本的な条件について整理したこと、またギリシアにおいてはエウクレイデス公理に基づいた論証を用いたことや、アリストテレスが推論の規則として三段論法(gr. syllogismos) を定式化したことが知られている。これらの研究の中でもインドと中国での研究は個別に進められたが、ギリシアでの研究は中世においてアラビアやヨーロッパに伝わり、ルネサンス以後の研究者にも参照されていることから、歴史的な研究成果として位置づけることができる。今日の論理学の体系は19世紀における研究成果に基づいているため、ここではそれ以前の論理学である伝統的論理学について概説する。

アリストテレスは伝統的論理学の体系的な研究に取り組んだ哲学者であり、彼はギリシャ語言語、論理を意味するロゴス (λόγος, logos) から「ことば」の学としてのロギカ(ギリシア語の形容詞 λογικ, logica)を構想した。アリストテレスは『オルガノン』において論証に使われる文章命題として捉え、それぞれの命題がどのように組み合わさることで正しい推論が可能になるかを考察している。特にアリストテレスの論理学での業績には三段論法の定式化が含まれており、これは二つの前提から一つの結論を導き出す推論の形式を指すものである。例えば「すべてのAはBである。すべてのCはAである。したがって、すべてのCはBである」は三段論法に則った論証であると言うことが可能である。

中世において西ヨーロッパには完全に伝わらなかったため、初期スコラ哲学まではアリストテレスはもっぱら論理学者として理解されていた。このような伝統的論理学の研究はポルフィリオスによるアリストテレス注解によって紹介され、スコラ哲学における論理学書は多くポルフィリオス注解の形で書かれた。学校が整備されるようになると、論理学は自由七科の一部門として専門諸学を学ぶ前の予備学として教えられ、ボエティウスアベラルドゥスオッカムのウィリアムなどがこの時代の論理学に寄与していた。カントが論理学を「アリストテレス以来進歩もなければ 後退もない、いわば完成された学問」と呼んだことからもわかるように、アリストテレスの研究成果は以後長い間、大きな変更を受けることなく受け継がれた。

近世においてはライプニッツが今日の数理論理学の先駆となる「普遍言語」を構想した。これは多種多様な自然言語に対して、命題の統一的記述を与える人工言語の構想である。ライプニッツ=ヴォルフ派の学者に属する哲学者バウムガルテンは、伝統的な上級認識能力すなわち理性の論理学に対して、下級認識能力の論理学としての感性学を提唱し、これをギリシア語で感覚を意味する aisthesis によって aesthetica と名づけた。

現代の論理学

19世紀後半にはジョージ・ブールオーガスタス・ド・モルガンゴットロープ・フレーゲなどが言葉の代わりに数学演算規則をあてはめ、「概念」や「観念」を記号に変換して現代の論理学を整備する。特にフレーゲの著作『概念文字』は述語論理の基本的な枠組みを提唱したことから、この研究の前後で伝統的論理学から現代の論理学へ移行したことが認められる。またゲオルク・カントール集合論の研究として新しい集合の概念を導入し、またデデキントによって数が集合の概念によって定義できることを発表し、くわえてペアノが論理記号だけを使用することを示したことは現代の論理学における重要な所期の発展と位置づけられる。この一連の研究動向の中で1902年ラッセルのパラドックスと呼ばれる矛盾が指摘された。

20世紀初頭においてバートランド・ラッセルはこの矛盾を解決するためにアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドとの共著『数学原理』 (Principia Mathematica) を発表し、集合論に基づいて数学の研究成果を統合し、記号だけでそれらを証明した。ラッセルたちの仕事を引き継いだダフィット・ヒルベルトは集合論を証明論的に考察して矛盾が生じない適切な公理系を見出すことによって矛盾がない保証となると主張し、この主張を賛同者との協力の下でヒルベルト・プログラムとして推進した。しかし1930年クルト・ゲーデルによって不完全性定理が発見され、自然数論を含みかつ無矛盾である計算可能な公理系には、内容的には真であるが、証明できない命題が存在することが判明したために、ヒルベルトたちの研究計画は頓挫した。

最近の論理学の研究はヒルベルトが採用したような証明論的方法に対して公理がどのような事態を表現しているかを考えてメタ証明を行なうモデル理論的方法を使用している。これはポーランドで進められていた研究成果が1930年代アルフレト・タルスキによって紹介された。また集合論の研究が進んだことで、素朴な定義の諸問題が明らかにされており、いくつかの公理の組が提案されてきている。そのことで集合という概念に一つだけの定義を与えることは困難であり、現代の論理学も集合の概念の広がりを許容するさまざまな公理を採用している。1920年代からルドルフ・カルナップは現代の論理学の知見を物理学の理論の分析のために利用し、1950年代からは本格的に研究が進められている。

脚注

参考文献

  • ジョン・バーワイズ、ジョン・エチメンディ著『論理学の基礎と演習』大沢秀介ほか訳、慶應義塾大学出版会、2006年。ISBN 9784766413137
  • Carney, James, D. and Richard K. Scheer. (1974). Fundamentals of Logic, New York: Macmillan.
  • Copi, Irving. (1978). Introduction to Logic, New York: Macmillan.
  • Salmon, Wesley C. (1973). Logic. Englewood, Cliffs, NJ: Prentice-Hall.

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思考の整理学

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大人のための国語ゼミ

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本筋とちょっとずれるが
「私たちは、生徒として、学校で質問する技術を教えられてこなかった。これは従来の学校教育の欠陥である(p.210)」
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国語の授業ですが、言葉の意味や文法の使い方に主眼を置いたものではないと思います。大まかにいえば、人とコミュニケーションを上手く取るために国語を学ぶというもので、タイトルには大人のためとありますが、日本語を話す全ての人にとってためになる良書です。

特にビジネスマンは文章を書くことや読むこと、会議でプレゼンテーションをする、報告をするといった場面では、本書の教えは大変役立つと思います。ただ、交渉や提案といったシーンでは、本文にもありますように別の要素も必要ですので、必ずしも成功するとは限りません。

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自らのレビューは備忘録的なものですが、(実際に読む人はあまりいなくても)誰かの役に立てるよう、文章を書こうと改めて意識することが出来ました。

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論理トレーニング101題

野矢氏のいう「論理の力」が身に付いてくると、筋の通った主張ができるようになったり、相手の主張の不適切なところを見破れるようになったりします。また、色々な可能性や仮説を思いつけるようになるという点で、意外と心が広くなったりもします。この本は、そんな論理の力を向上させるための問題集です。
前半の1~50問は、文章に適切な接続詞(「そして」「ただし」など)を入れる問題が中心で、現代文の勉強の延長という感じです。問題を解いているうちに、「しかし」という接続詞がとにかく厄介なことに気付かされました。

後半の51~101問は、論証や批判など、バラエティーに富んでいます。高校の数学で習った、命題の裏や対偶の問題もあります。
101問ある問題を解く作業には、目に見える文章に隠された目に見えない論理がわかる楽しみがあります。中には答えを見ても納得できない問題が色々とありました。しかし、読者にでたらめを教えるのではなく、読者にでたらめを遠ざける方法を教えようとする熱意が、この本には溢れています。そういう意味で、とても良心的な一冊だと思います。

物を教える、理解させるために文章を書く、プレゼンを行う、今までの自分が行なっていたことが、論理的だったのか?自己満足だけの文章で終わっていたのではないか?
読み始めはあなどっていた。自分には余裕でやっていけるだろう、と。読むだけ無駄かもしれない、とまで思っていた。
最初から打ちのめされた。しかも序章から。論理構成が破綻していることが、こんなにも見抜けない自分の文章力に愕然とした。
しかし、ここで諦めなくて良かった。わからないがなんとなく理解できる。問題のあとに解説がくるのも良い。

こねくりまわすような難しさはなく、平易な文章で理解をすすめてくる。
難しい理論なんか役に立たない。まずは、やってみて、やった数だけ理解できるようになる。実践あるのみ。著者の言い切るこのスタンスで最後までやりきると、自分の中で少し何かが変わったと感じることができると思います。良書。

本書は、余計なことを一切排除してひたすら本論である
論理トレーニングを例題にしたがってこなしていく本です。
すばらしい本だと思います。

巷に溢れている、この手の本では大抵、手法が
「なぜ論理的である必要があるか」とか「論理的に考えるメリット・デメリット」を延々と
述べ続け、本論はほんの少しか、ほとんどないものもある。

その点、この本は、読み進めることでトレーニングが進んでいきます。
読み終えたときに、達成感を感じることが出来ますが、もっとこの続きをという思いです。

著者の他の作品を手にすることで続きに入ることができるので、はまればこの方の著作を読み進める事になります。
損はありません。

新版 論理トレーニング

本書は「論理トレーニング」と銘打っているが、主に論証的な文章を書くことに主眼をおいて、そのような文章を記述する際の最低限の規則について解説している。論理学の入門書として読むと、本書の前半部は接続詞の効果によって、文章を構造的に記述する練習に大部分が割かれているので面を食らうが、私達が論証的な文章を書く際には、所謂、一般的に想像されるような論理の規則以外に、文法の規則をも視野に入れなければ、文章を書くことはできないので、その点をバランスよく学べるような工夫がなされている。本書は論理と文法のポイントについて広く浅く取り扱った折衷的な内容であり、純粋な論理の教科書というよりは、論証術の教科書といえるかもしれない。

なので文法書というわけでもないし、論理学の入門書というわけでもない。その点でタイトルには語弊がある。この本を読んでも、人の文章の荒らさがしと、接続詞だらけの不粋な文章しか書けるようにならないが、形式的に論証的な体裁の文章は書けるようになる。ただ文章を書くことの楽しみを体感できるようには決してならない。本書で解説されている知識を著者自身が、実際に本書の解説文の中で遵守しようと努めたせいか、その筆致は決して読みやすいものにはなっていないので(この感染性のイライラが本書に感化された読者を通じて日本中に伝播しないことを願う)、心得のある紳士諸兄は一読したら憎しみを込めてエロ本と一緒に燃やす等、東洋的自然の法則に還す儀式が必要だ。内容を忘れたら、その時に再度購入すれば良い。日常的な言語表現や友人との会話で、本書が紹介する規則を励行すると確実に嫌われるので、得た知識は、時と場合に応じて、慎しやかに、心の余裕を十分にもって、利用されることが望ましい。より発展的に学習したい場合は、現代日本語文法や伝統的論理学を並行して学ぶと良いだろう。いずれにしても、本書で得た知識を使う局面は限定されている。場合によって、接続詞を意識しすぎることが読者の読解を妨げる事にもつながるので、ほどほどにという注意はあってしかるべきではないのかと思う。この本の著者の振る舞いは調教師のそれであって、人間に対する教育者の振舞いではない。想定読者の設定も微妙。高校生程度ならばもう少し文章を書くことが愉しいと思えるような経験をさせた方が良いし、大学生ならば、上述の専門書にあたった方が大系的に学習ができる。となると、文章を書く才能のない社会人が短時間で最低限世間様に御目文字できるような質の文章を書くための調教書と考えた方がいいのかもしれない。文章が書けない大人は、本書でガチガチの拘束具で固められたような文体を学びコミュニケーションロスを減らすようにということなのか...ビジネスマナー研修後の右も左もわからない馬鹿な新入社員じゃあるまいしと毒づいてみる。ただ、年齢問わず本書の知識はもっておいて無駄なことはない。でも本書の規則に厳格に従うのは私は絶対に嫌ですーベロベロバァ〜p( ゚д゚)p

文章の論理について学ぶなら(論理「学」でなく)、本書か『論理トレーニング101題』のどちらかでしょう(もちろん両方読んでも構いませんが)。
もちろんただ読むだけなら意味はありません。設例や設問では、自分の考えをノートにまとめたうえで、解説と見比べるとよいでしょう。
時間がかかりすぎると思われるかもしれませんが、「読書百遍、意自ずから通ず」です。百冊の駄本を乱読するよりは、一冊の良書を熟読すべきです。そして、本書はそれに値します。

ただし、大学に入ってから学習する本ではありません。

何か新しい知見が得られるわけではなく、当たり前のことを当たり前にできるように磨きなおす本ですから、大学における学習の前提として、大学に入る前に終わらせておくべきでしょう。

それでも「難しい」と感じる方は、NHK高校講座の『ロンリのちから』を見てから読むとよいでしょう(NHK高校講座のホームページで見ることができます)。
本書の著者が監修しているので、本書のダイジェストのような内容になっています。

論理学の入門書ではなく、論理をトレーニングする著書だと謳ってはおられますが、むしろ演繹に関しては思いっきり伝統的論理学の方面に引きづられた内容となっておりました。論理学の教科書では伝統的論理学を説明する際にまずは名辞やクラス概念について定義し、そしてオイラー図等を利用して視覚的に理解できるように配慮されてありますが、しかし本書にはそのようなことはありませんでした。クラス概念が定義されていないことから、非常に曖昧さのある説明と設問になっていたことが気がかりではありました。それでも、他の項についての内容は著者の視点から捉えた論理の日本語のつながりを意識したトレーニングを行う旨の内容となっており、その点は楽しめるかと思われます。

改訂3版 グロービスMBAクリティカル・シンキング

私はシステムを開発するエンジニアでしたが、最近、データを分析するサイエンティストに転職しました。
その結果、お客様に対してデータやシステムの説明をする事が増えました。

今まで感覚でシステムを触っていたので、うまく言語化する事が出来ず、悩んでいたところ、この本に出会いました。

この本では、システム開発で考えることを、ビジネスレベルに置き換えてわかりやすく言語化されています。

仮説の立て方、検証の仕方などを体系的に記されてるので、今までの知識の深化にも役立ってます。

システムに関わらない素人はこういう理解の仕方をするんだ。という風な勉強にも役に立ってます。

システムエンジニアにすごくオススメです。

この本は問題解決について単なる定義ややり方が記載されているだけでなく、思考の考え方についても記載されている。 故に読み込むには結構時間がかかる。 グロービスのクリティカルシンキング講座を受けつつこの本を読むと理解度がかなり上がるが、クリティカルシンキング講座を受けずにこの本だけ読むと理解仕切れないと思われる。 (記載内容が浅いのではなく、講義の予習復習トレーニングを行いながらこの本を読むといったことで理解度が上がることになる。 本が良くても読むだけでは理解しきれないある意味深い領域。 )

グロービスが、こういうタイトルを銘打って出版されれば騙される人は間違いなくいるだろうが、この本の中身はほぼ全てがロジカルシンキング。 ロジカルシンキングの図書としては悪くない。 レビューでいい点を付けている人はロジカルシンキングとクリティカルシンキングの違いを分かっておらず付けているだけで、おそらく悪意はないだろう。 繰り返すが、クリティカルシンキングを学びたければ絶対買ってはいけない。

logic』の解説 by はてなキーワード

Apple*1オーディオ/MIDI統合形シーケンスソフト。ハイエンドから順にPro、Expressがある*2

気が付けば、ProToolsやNuendo等オーディオメインなDAW以外では、ほぼ唯一の10万円台音楽ソフト。2007/9/13、Studioパッケージで59800円という破格の値段でVer.8を発表し、話題となった。

操作性やコンソールデザインはジャーマンクラフトシップに溢れ、良く言えば効率重視、悪く言えば互換性無視。特に、MIDIルーティングをオブジェクト指向プログラミングで構築可能な「エンバイロメント」でつまづく人が後を経たなかった。……が、Pro8よりエンバイロメント周りの環境が整理され、触りたくなければ複雑な部分には触らずに操作できるようになった。

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