法人のまとめ情報

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大往生したけりゃ医療とかかわるな

安らかな死に方の解説書

(参考になった人 175/187 人)

祖父をガンで亡くした。 嘔吐が頻繁に起きるようになったため検査してもらたところ、 かなり進行した胃がんであるとわかった。 このままではそう遠くない将来、 何も食べられなくなって衰弱死すると言われたため、 当然我々家族は手術を勧め、 しかし本人はどうせ放っておいてもじきにお迎えがくるのだから、 今更体にメスを入れたくないと言い張った。結局我々が無理やり手術を受けさせるも、 手術後、ひと月たって我が家に帰ってきたのは 物言わぬ亡骸となった祖父だった。物を食べられるように、と手術をしてもらったのに、 術後の苦しさと衰弱のあまり 一度も口から食べ物を入れることなく旅立ってしまったのは なんとも皮肉な結果である。

入院する前日まで趣味の畑仕事に精を出していたのだから、 我々の無理強いが祖父の寿命を縮めてしまったことは間違いない。 ほんとに申し訳ないことをした、と 今でも実家に帰ったときは祖父の遺影に頭を下げている。一方、祖母は五体満足でいつも元気な老人だった。 茶飲み友達と談笑していた姿を今でもよく思い出す。ある日、定期検査ということで入院したのだが、 数週間後には深刻なボケが出て、支離滅裂なことを喋りだし、 息子である父の顔を見ても誰だか判らなくなってしまった。明るく優しい祖母は 物忘れが激しいとか、孫の名前がなかなか出てこないとか そういった症状はあったものの、 決して命に関わるような状態ではなかった体を 数週間病院のベッドに縛り付けただけで 孫との意思疎通すら叶わない別人になってしまったのである。しばらくして祖母の意識が完全になくなり 日に日に衰えていく様を見て、 老人にとって病院の白い天井は 老いやボケを促進する劇薬なのかもしれない、 と感じた。意識を失い一日中寝ている祖母を せめて最後は静かに眠らせてやりたいと願い 流動食を流しこむような事は決してせず ただ見守るだけにした。数日後、祖母は文字通り眠ったまま亡くなった。故人の逝き方は、 残されたものの心に苦いしこりを残すこともあるが 愛する人が死んだというのに幸せであるとすら思える程の 癒しを与えることもある。 私にとっては前者が祖父、後者が祖母である。 それ程に祖父は惨めで苦しい死を迎え 祖母は穏やかな死であった。「おばあちゃん、最後は凄まじいボケ方したけど、 苦しまずに死ねてよかったよね」 祖母の祥月命日には必ずこのような会話が交わされる。祖母の延命措置をしなかったことは 祖父と同じ目に合わせてしまったことに対する 罪滅ぼしみたいなもので、 祖母の命の期限は祖母に決めてもらう、という 責任転嫁でもあったかもしれない。 「苦しまずに死ねてよかった」などという言葉を 祖母が聞いたら怒り狂うかもしれない。 しかし祖母の安らかな顔は我々の心を救ってくれたことに違いはない。野生動物は歯を失うと餓死する。 乳歯が永久歯へと生え変わり、 永久歯が使い物にならなくなる頃、 動物としての人の寿命を終えることは必然である。 この期間はおそらく30年程度であるはずだが、 栄養状態の改善、医療技術の進歩により 無理矢理に80歳まで「生かされている」のだろう。 そして動物としては正しくない生き方の歪が 高齢化社会の問題点の1つとしてクローズアップされる。自分のことが自分で出来なくなったら無理に延命しない。 延命措置は本人が望んだ場合に限る。 一見すると非人道的にも思えるこの考え方こそが 超高齢化社会を迎えた日本の選択するべき道ではないか。 延命しようとして祖父に残酷な死に方をさせ、 延命を拒否した結果、祖母が安らかに旅立ってくれた者にとっては そういう考え方が正しいように思えてならない。長くなったが、本書はそのような立場に立った、 「死に方」についての解説本である。 生死観は人それぞれである。 しかし故人の死に際が安らかであることは 本人にとってはもちろん、 後に残される者にとっても非常に重要である。文中、少々不謹慎な表現があるが、 そのような死に方をし、 そのような死に方をしてもらうにはこのような方法があるんだな、 と思いながら軽い気持ちで読まれるのが良いと思う。

ホスピス看護師です。無治療でも痛い癌はあります。中村先生が書いておられる「無治療の癌は痛くない」では誤解を生みます。 せっかく素晴らしい事を書かれているのに、そこに批判が集中しそうで心配です。例えば、「みぞおちが痛いなー」と思って胃カメラを飲んだら胃がんだったというような 「痛みがきっかけで癌を発見→治療」の方は沢山いらっしゃいますのでそういう方達からは批判されてしまうでしょう。本で書かれているように、全身に癌が転移しているのに痛みがなくて治療せずに枯れていくように亡くなって行く方も確かにいます。

でも、そういう方のほとんどは在宅や特養などの施設に行かれます。痛みがある患者様は、最後の死に場所として病院やホスピスを優先的に選択されます。在宅で往診や訪問看護を受けながら症状緩和している方もいらっしゃいます。中村先生は「痛みがない癌患者」に出会う機会がたまたまではなく、必然的に多い環境(特別養護老人ホーム)なのだと思います。痛みがない癌は、治療は不要だと思います。ざっくりと「癌になっても治療はしない」と決めてしまうのではなくて、その病気に応じたきめ細かい対処の判断が望ましいと思います。 癌でも抗がん剤が奏効する種類(小細胞肺がんなど)もあるので、放置するのは勿体無い場合もあると思います。沢山ある治療や代替療法の中で、あなたの場合にはこの対処がベストであると情報提供してくれるバランスのとれた医師はごく少数です。西洋医学と東洋医学、様々な代替医療を取り入れておられるのは帯津先生しか私は知りません。病気は治療してもしなくても流動的に変化していきます。急性期には自分にピッタリだった主治医の方針も、慢性期や終末期には意見が合わなくなって来る場合があります。その時は、勇気を持って新たに自分の望む医療を提供してくれる医師を探さなければいけません。中村先生の自然死に対する考え方(胃ろうや点滴はしない方が良い)は100%同意見なので星4つにさせていただきました。今後、本末転倒な医療による苦痛を味わう患者様がいなくなるように私も活動していきたいと思います。

三年前に出版されていたならば

(参考になった人 341/354 人)

<食べないから死ぬのではなく 「死ぬ時」が来たから食べないのだ>そうか、そうだったのか!この言葉を3年前に聞きたかったそれまで食欲旺盛だった97歳の母が 徐々に食事が取れなくなりました 私は 食べないと元気にならない、食べないと病気も 治らない そう思って 母の口をこじ開けて、スプーンを押し込んでいました母の為に・・と思ってしたことが 実は母には拷問だったのですね 私が犯した行為は、母が亡くなって3年たた今でも トゲのように胸に刺さっています病院では、鼻チューブ栄養を試みられましたが 消化できず、すぐ下痢として出てしまうので 次は中心静脈栄養になりました 首に注射針を刺して栄養を補給する方法ですが 当時は、早く母を元気にしたい一心で 私は処置に同意しましたしかし、 首に注射針が突き刺さった母の姿を見た時 あ〜こんな辛い思いをさせてまで生きなくてはいけないのかと 胸が痛み、心は揺れ動きました その間にも 血圧が上がったと言えば、下がる点滴を 下がったと言えば上がる点滴を処置されていました 私はいたたまれなくなって 「もう辞めてください、何もしないでください」と訴えました院長も婦長もわかってくださって その後は水も栄養もなしです それから一週間くらいたった頃 私の目の前で、母は安らかに死んでいく姿を見せてくれましたとは言うものの 栄養を止めてしまってよかったのだろうかと 3年間、内心、忸怩だるものがありましたが 本書を読んでやっと胸のつかえが下りました人は誰でも必ず死ぬんだ、と言うこと 死ぬこと(自然死)は怖くないと言うことを 教えてくれる本です重いテーマながら 著者のユーモアある文章で、時にはくすっと笑ったりして 読み進んでいきました3年前にこの本に出会いたかったです老若男女 すべての人に読んで欲しいです 特に病院の先生には蛇足ながら 本書を読んでから 私が書いていた「エンディングノート」の一部を 書き換えました

福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書

事故の拡大原因の技術的な側面については慎重な姿勢を取っている。 たとえば『』が「あの期に及んで廃炉を避けようとしたのではないか」という推測付きで指摘した「2・3号機への海水注入の遅れがなければ2・3号機のメルトダウンは防げたのではないか」という論点への言及は避けている。3/12夜の官邸での1号機海水注入決定のドタバタは描かれている(p.82-83)が、3号機への注入が3/13午後、2号機は3/14夜になった経緯の記述は不明瞭である。官邸の動きの記録もなぜか3/12夜から3/14夜に飛んでいる(p.83からp.84)。

東電のヒアリング拒否のもとでの欠席裁判は避けているように思われる。私が本書を手に取った動機の一つが、本書がマスメディアに取り上げられた際に、菅首相(当時)の言動のあげつらいにスポットが当たりすぎているような気がし、それを現物で確かめたい、ということがあった。退陣までの迷走などもあり、私にも菅前首相を弁護する意欲も義理も無いが、どこか不自然なものを感じたのだ。 本書に当たると、確かに菅前首相のリーダーシップについて歯に衣きせぬ論評が行われているが、これだけ情報の通りが悪く東電本店の動きが悪い中で誰がこれ以上できたのか、という部分にも多くの記述が割かれている。マスメディアは自らが続けてきたバッシングを補強する内容を、他の重要な論点を脇に置いて、重点的に伝えたのだ。 マスメディアに関連しては、患者を置き去りにした、とバッシングを受けた双葉病院についての記述もあった。院長は警察の指示で警察車両に乗り、また戻るつもりで病院を離れたが、別ルートで病院に入った自衛隊はそれを知らなかった。この「病院関係者がいなかった」がマスメディアを通すと「患者を放置して逃げた」の断定になる。マスメディアは報道機関ではなく、断罪機関なのだ。この報告書では、原因の考察では関係者の個人的資質や雰囲気の醸成といったところにまで踏み込むが、再発防止への提言では断罪でなく仕組みの提案に努め、そのていねいな検証ぶりは、マスメディアの論調とは一線を画している。(最初に書いたように東電の初動対応の評価に踏み込めていないのは残念だが。)一方、そうした改善への提言の数の多さに圧倒されることも事実。 そうまでしても「放射性物質が存在する限り、(中略)無数にありうる(危険の)顕在化のプロセスを全てなくすことは不可能」(p.288)なのだ。 私たちは何というものを持ってしまったのだろう。ロスアラモスに太陽が出現した瞬間から、どれだけの人間がこの感慨を抱いたのか。

規制の独立性に問題あり

(参考になった人 3/3 人)

最大の欠点は東京電力へのインタビューが実現されていないこと。 その部分が報道で確認されている部分以上の内容を含んでいません。 本書では地震の発生と津波の襲来からメルトダウンまでの経過の資料価値として興味深いですが、 地震での損傷という点でみると、論評としては地震による損傷の証拠は無いとしながらも、 当時の東京電力の作業員の「生蒸気の漏れ」を疑わせる目撃談や放射能レベルの上昇など、 地震による損傷を状況証拠的に疑わせる記述もあり、 この辺りは後の検証まで未解明であると思いました。 事故当時の官邸の対応については、管直人首相のトップダウンで前のめりな対応や福島原発所長の吉田氏の 独断がやや危険であるという論評になっています。

個人の資質の問題については、後からの論評はかなり困難を含むというのが個人的な印象です。 それよりも、この検証でよくわかるのは、原発の事故対応の当事者として法的にも組織としても明確に規定されている 存在が無かったのではないかということです。 このあたりは本書の後半部分の記述でもIAEAやアメリカのNRCなどから、 「規制官庁としての独立性に問題がある」という言い方で直接的にも間接的にも指摘されてきたことがわかります。 原子力安全委員会は形としては独立性があるが、実際の規制業務は保安院が行うことになっているため、 組織の規制業務としては一貫性がありません。また、その保安院は原子力発電に対する規制業務が 保安院の業務の一部でしかなく、幹部職員に専門性がないこと、組織としては経済産業省の下部組織であるため 推進側と規制側の二重構造になっているなどの問題点がみえてきます。 安全評価とシビアアクシデント対策、深層防護についての解説は個人的にはとても明細だったので勉強になりました。 とくに深層防護について、IAEAでは第1層から第5層まで規定されているということと、 深層防護が単に安全対策を多重化して事故確率を減らす行為ではなく、 各層が各々独立して安全性が確保される様にしなければならないと想定されていることなど、 とても興味深い解説でした。 最後の付録としていわゆる「最悪時のシナリオ」は資料として貴重です。 土壌汚染の放射線の自然減のシナリオとして、 チェルノブイリの強制移転レベルの汚染の場合 その土地に留まると数十年で累積でどの程度被ばくするか計算しています。

発売日当日に購入しました。 本文403頁で、活字がビッシリです。 今後、インターネットで公開しても、本気で読む気があれば書籍のかたち購入する価値はあると思います。 報道番組等で紹介された、菅首相をはじめとする政府高官の記録も興味深いのですが、自分としては以下の2点に関する詳細な分析・指摘が興味深かったです。 ' 1.立地地域の住民を説得するための「安全神話」が結果的に、安全対策の足枷となっていったこと。 電力会社も原子炉メーカーも、「絶対に安全なものを、さらに安全性を高めるなどということは論理的にありえない」、という観点で原子力発電所の仕様改善や対策に消極的だった。

また、原子力安全委員会もその流れに沿った指針を策定していた。 (「長時間にわたる全交流動力電源喪失は、早期の電源復旧が期待できるため、考慮する必要はない。」、としていた。) '2.原子力コミュニティの利権構造 「東京電力はですね、自家発電事業者が東京電力の電線を用いて送電させてくれと言ってきてもことごとくたたき落とす。そのために利用するのが国の規制。つまり東電は『我々はいいんですけど、国の規制でできませんから』と言って独占体制を固めてきた。 (中略) 保安院というのは東電に頭が上がらないとは言わないんですけど…。(元経済産業相高官からのヒアリングから)」 「原子力ムラ」は、多種多様な癒着構造を持っており、与野党双方の政治家への献金、マスメディアへの巨大な広告費、原子力関連研究者への寄付、政府からの天下り・出向の受け入れ、自治体への国の交付金支給などのかたちで「ムラ」は結びついている。 「話題の本」というつもりで手に取りましたが、多くの方が心血を注いだ素晴らしい力作だと思います。 事故の教訓を次代に引き継ぐためにも多くの人に読んでもらいたい内容です。

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自然人以外で、法律の規定によって権利義務の主体となることができるもののこと。公法人私法人社団法人財団法人営利法人非営利法人などに分けることができる。

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