江崎グリコのまとめ情報

江崎グリコ』の解説

江崎グリコ株式会社(えざきグリコ、英語:Ezaki Glico Company, Limited)は、大阪府大阪市西淀川区歌島四丁目に本社を置く製菓会社である。

コーポレートメッセージは、“おいしさと健康”。英語によるメッセージ表記は当初「GOOD TASTE AND GOOD HEALTH」とされたが、1992年(平成4年)4月付で現行のCIが導入されたのに合わせ、「A WHOLESOME LIFE IN THE BEST OF TASTE」に改められている。

2015年10月1日に完全子会社だったグリコ乳業株式会社と経営統合し、菓子食品乳製品健康食品などを製造・販売する総合食品メーカーとなった。

企業の特徴

チョコレートスナック菓子ガムアイスクリームなどの菓子類と子会社の旧・グリコ乳業から継承した乳製品が主な商品だが、レトルト食品も多数発売している。また、後発ではあるが、カレールーや炊き込みご飯の素、各種サプリメントといった食品事業も行っている。菓子類の競合メーカーとしては、明治ロッテ森永製菓不二家ブルボンなどが挙げられ、食品類での競合メーカーには、ハウス食品・明治・エスビー食品などがあげられる。

メインバンクは旧三和銀行(現・三菱UFJ銀行)であり、三和銀行系列の親睦会であるみどり会に加盟している。

グループ会社にグリコ栄養食品アイクレオがある。そのうち、グリコ栄養食品から食肉・チルド食品部門はグリコハムに分社化されたが、グリコハムは江崎グリコが保有する株式をエスフーズに売却してグループを離脱、社名をフードリエと変更した。

アイスクリームの自動販売機による直販事業「セブンティーンアイス」や、オフィス向け菓子直販事業の「オフィスグリコ」、またグリコ製品を取り扱う専門ショップ「ぐりこ・や」も運営している。また、過去には、グリコアというファーストフード店舗を全国に展開していた。

1984年グリコ・森永事件以降は、全ての商品の包装が一度開封すると元に戻せないように設計されている。

ロングセラー商品の中には、ポッキー、プリッツ、ペロティ、パナップ、パピコ、カプリコなど、パピプペポの音を含んだ物が多い。

大阪・道頓堀

大阪市中央区道頓堀に架かる戎橋脇には西日本最大級のネオンサイン(初代は1935年(昭和10年)点灯開始、現在は2014年(平成26年)10月点灯開始の6代目)があることでも有名(詳しくは「道頓堀グリコサイン」の項を参照)。男性が両手と片足を上げたポーズをしている絵柄は、同社が最初に発売したキャラメル菓子の「グリコ」のパッケージからとったもので企業のシンボルにもなっており、「ゴールインマーク」と呼ばれる(一般には「グリコポーズ」と呼ばれる。グリコ (菓子)#グリコポーズを参照)。このマークは「グリコ」以外の同社及び子会社のグリコ乳業とグリコ栄養食品の全商品のパッケージにもglicoロゴとは別の箇所に小さく表示されている。

江崎グリコ創設者の江崎利一佐賀県出身ということもあってか、「サガ・ライトファンタジー」(毎年11月から1月中旬まで開催)の期間中、JR佐賀駅南口に道頓堀と同様のネオン看板が設置される。但し、道頓堀の物よりもはるかに小さく、バルーンの世界大会「佐賀インターナショナルバルーンフェスタ」の開催地に因んで背景にはバルーンが描かれているという相違点がある。

また東京でも、有楽町駅前の東映本社ビル(丸の内TOEIも併設)屋上にも自社のコーポレートメッセージが入ったネオンサインが設置されているほか、渋谷駅前のスクランブル交差点北東にある三千里薬局にも街頭ビジョン「グリコビジョン」(赤い壁面が目印)があり、オリジナルCMを流している。

UCC上島珈琲伊藤園と同じく宝塚歌劇団のスポンサーでもある(宝塚大劇場内に広告を設置しており、また宝塚歌劇の公演プログラムにも広告が掲載されている。以前は東京宝塚劇場内にも広告が設置されていた)。他には劇団四季のミュージカルにも協賛。また1993年(平成5年)より開幕したJリーグ清水エスパルスのスポンサーも開幕当時からつとめている。

また、2010年(平成22年)12月から2011年(平成23年)2月までの3か月にわたり、日本全国47都道府県をワゴンで縦断するキャラバン『グリコワゴン』が展開された。

テレビCMの最後に流れるグリコのサウンドロゴは、グリコ乳業のCMと共通であり、これは1992年の現行ロゴタイプ導入時より使用されている。当初のロゴ映像は全画面の白バックでglicoロゴの筆記アニメーションのみが表示されていたが、1998年頃に同ロゴ上部に「おいしさと健康」のスローガンが追加され、2002年頃に全画面の白バックをやめてCM映像の右下隅への表示に変更された。また、サウンドロゴは15秒用と30秒用で異なり、30秒用はやや間延びしたものになっている。

阪神甲子園球場

  • 2005年から阪神甲子園球場のバックネットフェンスの回転式看板に広告を入れている。主にグリコの主力製品の広告が出されている。また、バックスクリーン付近にも「グリコ」の広告を出している。

沿革

  • 1919年(大正8年)、創業者である江崎利一カキの煮汁からグリコーゲンを採取し、それをキャラメルの中に入れた栄養菓子「グリコ」を製作。1922年(大正11年)2月11日に大阪の三越百貨店で「グリコ」の発売を開始したのが始まりである。その後「グリコ」は「ひとつぶ300メートル」のキャッチコピーをつけられ、利一の「子供の二大楽しみ、食べることと遊ぶことを同時に満たす」の考えにより、おまけを同梱したことにより、大ヒット商品となった。
  • 1921年(大正10年) - 江崎利一が大阪市西区にて合名会社江崎商店を設立。
  • 1922年(大正11年)2月11日 - グリコ発売。この日を「江崎グリコ創立記念日」と制定。
  • 1927年(昭和2年) - おまけ付きグリコ発売。日本最初の食玩
  • 1929年(昭和4年) - 株式会社江崎に組織変更。
  • 1933年(昭和8年) - 酵母菓子「ビスコ」発売。日本で最初の豆文広告が登場。
  • 1934年(昭和9年)
  • 1935年(昭和10年) - 大阪・ミナミ戎橋に巨大ネオン広告(初代、高さ33mのネオン塔)登場。
  • 1943年(昭和18年)
    • 日付不明 - 鉄材供出のため、大阪・戎橋の巨大ネオン広告を撤去。
    • 2月 - 江崎グリコ株式会社に社名変更。
  • 1949年(昭和24年)
    • 12月 - グリコ株式会社に社名を再変更。
  • 1955年(昭和30年)
  • 1956年(昭和31年) - グループ企業グリコ栄養食品、設立。
  • 1958年(昭和33年) - アーモンドチョコレート発売。
    • 1月 - 江崎グリコ株式会社に社名を戻す。
  • 1960年(昭和35年) - ワンタッチカレー発売。
  • 1962年(昭和37年) - 本社研究所を開設。
  • 1963年(昭和38年)
  • 1966年(昭和41年) - ポッキー発売。
  • 1970年(昭和45年) - タイ現地法人「タイグリコ」を設立。
  • 1972年(昭和47年)
    • 3月 - 創立50周年記念事業の一環として「江崎記念館」を設立。
    • 10月 - 毎日放送系テレビ番組「がっちり買いまショウ」の2代目提供スポンサーとなる。
    • 日付不明 - 大阪・戎橋に巨大ネオン広告(4代、陸上競技場のトラック部分が点滅するネオン塔)を設置。
  • 1978年(昭和53年) - パナップ発売。
  • 1980年(昭和55年)2月2日 - 創業者・江崎利一逝去。
  • 1982年(昭和57年) - ヨーロッパ現地法人「ジェネラルビスケット・グリコ・フランス」設立。「MIKADO」発売。
  • 1984年(昭和59年)
    • 3月 - グリコ・森永事件発生。社長が誘拐されただけでなく、同事件により多大な損失を出す。半年にわたり商品が店頭から消え、テレビCM(番組提供含む)も自粛。
    • 10月 - グリコ製品の包装システムが現在のものに変更される。
  • 1985年(昭和60年) - セブンティーンアイス自動販売機による展開を開始。高級アイス「エクセレントアイスクリーム」発売。
  • 1986年(昭和61年) - 生物化学研究所を設立。アイス「アイスの実」、レトルトカレー「LEE」発売。
  • 1987年(昭和62年) - キスミントガム発売。
  • 1988年(昭和63年) - 兵庫県神戸市に工場型テーマパーク「グリコピア神戸」をオープン。
  • 1989年(平成元年) - DONBURI(現・DONBURI亭)シリーズ発売(東京牛丼、横浜中華丼、京都親子丼の3種)
  • 1990年(平成2年)4月 - 大阪・花の万博に「ゴールデンパビリオン」出展。
  • 1992年(平成4年)4月 - 創業70周年を機に、英文ロゴを現在のタイプに変更(旧:ゴシック体で「」→新:筆記体で「」)。これをきっかけに、テレビCM、並びに提供クレジットの表示(これまでは「江崎グリコ」<江崎が通常のゴシック文字、グリコが商品ロゴにもなっている太めのブロック文字>も、このCIロゴに置き換えて使用するようになった。
  • 1993年(平成5年) - Jリーグ清水エスパルスのオフィシャルスポンサーとなる。
  • 1995年(平成7年)
    • 1月17日 - 阪神・淡路大震災発生。これにより大阪本社や大阪工場、グリコピア神戸が被災(一部で操業停止)。
    • 日付不明 - 熟カレー発売。
  • 1996年(平成8年)
    • 1月21日 - 大阪・戎橋の巨大ネオン広告(4代)を隣接するビルの改装工事に伴い撤去。
    • 日付不明 - 公式ホームページ開設。
  • 1998年(平成10年)7月6日 - 大阪・戎橋に巨大ネオン広告(5代、描かれた空の色が時間とともに変化する)を設置。
  • 1999年(平成11年) - 11月11日を「ポッキー&プリッツの日」に制定。これは1999年が平成11年で、「11年11月11日」と、1が並んだ状態を棒状である「ポッキー」と「プリッツ」に見立て制定したもので、日本記念日協会の認定も受けた。
  • 2000年(平成12年) - 本社、全製造拠点でISO14001取得。
  • 2001年(平成13年) - 乳幼児用粉乳・飲料製造販売のアイクレオ株式会社がグリコグループ子会社に。
  • 2002年(平成14年)6月 - 2002 FIFAワールドカップ開催を記念し、戎橋のグリコ巨大ネオン看板がサッカー日本代表ユニフォーム仕様となる(大会終了後は通常仕様に復帰)。
  • 2003年(平成15年)
    • 4月11日 - 大阪・戎橋のグリコ巨大ネオン看板が大阪市指定景観形成物に制定される。
    • 8月20日から11月4日まで、戎橋のグリコ巨大ネオン看板が阪神タイガースユニフォーム仕様となる(期間終了後は通常仕様に復帰)。
  • 2004年(平成16年) - カレーZEPPIN発売(CMには高橋克実を起用)。
  • 2006年(平成18年) - オトナグリコ発売。
  • 2010年(平成22年)12月 - グリコワゴンキャンペーン開始(~2011年2月)
  • 2011年(平成23年)
    • 1月11日 - 「関東グリコ株式会社」(埼玉県北本市)設立。
    • 12月 - 子会社の武生グリコの工場(福井県武生市)を閉鎖。
    • 4月 - 埼玉県北本市に関東グリコの菓子工場北本ファクトリーが完成し操業開始。関東では最大規模となる。
  • 2014年(平成26年)
    • 8月17日 - 大阪・戎橋の巨大ネオン広告(5代目)を老朽化に伴うリニューアル工事に伴い点灯終了。
    • 8月25日 - 大阪・戎橋の巨大ネオン広告の工事現場に綾瀬はるかがデザインされた特別仕様の工事幕を設置。
    • 10月23日 - 大阪・戎橋の巨大ネオン広告の取り換え工事が終わり6代目が公開された。両手を上げて走っているデザインは変わりないがネオン管からLEDに取り換えられプログラムによって背景などが変化する
    • 12月8日 - 「アーモンド効果」がYahoo!検索大賞2014・飲料部門を受賞。
  • 2015年(平成27年)
    • 10月1日 - 完全子会社のグリコ乳業を吸収合併。従来の菓子・食品事業に加え、乳製品も取り扱う総合食品メーカーとなる。
  • 2017年(平成29年)2月 - 創業95周年。

菓子

キャンデー・キャラメル

終売した製品
  • スカイミント
  • アーモンドダン(アーモンドを一粒毎にキャンデーでコーティングした物)
  • キャンレディー
  • ぷるるんぱ(棒付きグミキャンデー)

チョコレート

  • アーモンドチョコレート
  • オトナグリコ
    • アーモンドプレミオ
    • マカダミアプレミオ
    • バンホーテン・ディアカカオ
    • バンホーテン・プライムガトー
  • パキッツ
  • 食感系ひとくちチョコスナック
    • ガチゴリ
    • ポワン
  • GABA
  • ペロティ(棒付き丸型チョコレート。漫画・アニメ作品とのタイアップで、チョコレートにキャラクターが印刷されている)
  • ペロタン(ペロティと同様に、漫画キャラクターを印刷した棒付き丸型チョコレート)
  • フレンドチョコ
  • セシルチョコレートミルク
終売した製品
  • セシルチョコレート(現在はセシルチョコレートミルクとして販売)
  • アロマーモ
  • 焼きチョコ
  • ラクール(夏期限定)
  • カレノア
  • ロボQいちごチョコ
  • グリンコ学園(ライスチョコ、1983年(昭和58年))
  • 高原牛乳チョコレート(1991年(平成3年))
  • ビスキーボール
  • チョコナッキー
  • ツインアーモンドチョコレート
  • ショコラトルテ
  • ムースヘーゼルナッツ
  • ウォーキーウォーキー

クッキー・ビスケット

終売した製品

スナック

終売した製品
  • パピー(男の子用・女の子用と2種類ある、おまけ付きのハート型コーンスナック)
  • パフコーン
  • フライドチキン(フライドチキンを模したスナック)
  • 細焼きカリリ
  • ベジーノ(近畿など一部地域限定で発売)

ガム

終売した製品
  • スポロガム(“グリコ”のガム版ともいえおまけも付いていた)
  • ギャグメイト(組み立て式のおまけ付きの、青リンゴ味のガム)
  • キスミント
  • SQUEEZE(スクイーズ)

健康志向食品

タブレット
終売した製品
  • サンドデリ

乳製品

アイス

コーン・モナカ
カップ
バー
  • キャデリーヌ
  • 生チョコ工房
フリースタイル
その他
  • カロリーコントロール和スイーツ(冷凍和菓子)
終売した製品
  • アイスバー
  • ジェットタイプグリココーン(ジャイアントコーンの原型)
  • エクセレント(高級アイスクリーム)
  • アーモンドクラッシュボール
  • あずき自慢
  • タンクボーイ
  • シャンテ
  • ポップキャン
  • ビスキーファイブ
  • スムージー
  • ポイカジ
  • スイーツ・イン
  • 和ごころ
  • まゆたま
  • 巻きスフレ
  • ショコラトリュフ
  • 花苺
  • ザックス
  • ザ・キャンデー
  • Def
  • スーパーエクセレントコーン
  • パッフェルコーン(巻いて巻いて牧瀬里穂のCF)
  • アイスドロップ
  • ヤングフィット
  • チョコボンバー
  • 和風特選・洋風特選(標準小売価格700円の高級マルチパック)
  • ふっくらブッセ←ブッセケーキの大幅リニューアル
  • やわらかお餅←もちっこアイスの大幅リニューアル
  • バニラin バニラ
  • トークジョイ
  • 坂道のチーズケーキ屋さん
  • キャデル(フローズンヨーグルト・ちはるのCF&イメージソング)
  • キッスコレクション(深津絵里CF、CFソングは尾崎亜美)
  • チョコサクリコ
  • ぴゅありー
  • ジャイアントコーンスペシャル(150円のアップグレード版)
  • 品質本位 アイスキャンデー
  • 果実まるごと→くだもの大好き にリニューアル
  • ヨーレル
  • ダニーボーイ
  • 街のショコラ倶楽部、南の果樹園、北の牧場
  • 果実たっぷりデザートアイス
  • ぷるるんゼリー
  • パモナ
  • プチまん堂
  • BONBA (ボンバ)

牛乳・乳飲料

高原特選牛乳シリーズ
  • 蔵王高原特選牛乳
  • 那須高原特選牛乳
  • 信州高原特選牛乳
  • 石見高原特選牛乳
  • 阿蘇高原特選牛乳
カフェオーレシリーズ
  • カフェオーレ・カフェオーレクリーム多め・カフェオーレ濃いめ
  • マイルドカフェオーレ
その他
  • グリコ牛乳
  • カルシウムの多いミルク
  • カルシウムと鉄分の多いミルク
  • カルシウムと鉄分の多い低脂肪ミルク
  • 濃くておいしいミルク
  • カルシウムと食物繊維の多いミルクココア味
  • おいしいコーヒーミルク
  • ドリップカフェ
  • 抹茶オーレ
  • いちごオーレ
  • マイルドいちごオーレ
  • マイルドフルーツオーレ
  • プッチンプリンオーレ

ヨーグルト

朝食ヨーグルトシリーズ
  • 朝食BifiXヨーグルト(おなかでふえる(ビフィズス菌)「BifiX」を使用、プレーンのはか、脂肪0・ストロベリー・ブルーベリー・フルーツプルーンアロエ・朝果実ミックス・白桃&ザクロ・香ばしきなこもある)
  • 朝食BifiXのむヨーグルト
  • 朝食BifiXのむビフィズス菌 脂肪ゼロ
  • 朝食りんごヨーグルト
  • 朝食みかんヨーグルト
  • 朝食りんごヨーグルト+洋なし
  • 朝食りんごsmoothie
  • 朝食みかんsmoothie
  • 朝食ももミックスsmoothie
その他
  • 高濃度ビフィズス菌飲料BifiX1000
  • ヨーグルト健康
  • おいしいカスピ海
  • ドクターPiroヨーグルト
終売した製品
  • いちごキディ
  • 10種の野菜とアロエのヨーグルト

プリン・ゼリー

プッチンプリンシリーズ
  • プッチンプリン
  • Bigプッチンプリン
  • ひとくちプッチンプリン
  • 手づくりプッチンプリン
  • 真っ黒Bigプッチンプリン
  • ひとくちプッチンプリン プチパンプキン
とろ〜りクリームonシリーズ
  • とろ〜りクリームonプリン
  • とろ〜りクリームonカフェゼリー
その他
  • ドロリッチ
  • カフェゼリー

飲料

100%ジュースシリーズ
  • 赤りんご青りんご
  • スイートオレンジ&温州みかん
  • 野菜&くだもの
  • りんごと秋果実ブレンド
その他
  • アーモンド効果
  • 野菜、足りてますか?
  • カロリーOFF 15種野菜&くだもの
  • スポロンウォーター
終売した製品
  • カプリソーネ
  • グリコ・コーラ(缶入りコーラ、キャッチコピーは“クールのきいたコーラです!”)
  • グリコ・パモナ(ミルクセーキ、パイン、ピーチ、の3種類あり)
  • グリコ・アップ(炭酸入りのリンゴ・ジュース)

幼児のみもの

  • 幼児優良牛乳
  • 幼児りんご
  • 幼児ぶどう
  • 幼児おいしい果実のビタミンC
  • 幼児野菜&フルーツ
  • 幼児ミルクといちご
  • 幼児1日分緑黄色野菜
  • 幼児スポロン

食品

ルウ

終売した製品
  • ワンタッチカレー(現在は「ぐりこ・や」及び公式ネットショップで復刻版を発売中)
  • ラ・ピュアレ
  • カレーデラックスソフト (ペースト状のカレールー)

レトルトカレー

終売した製品

スープ

  • Soup Time
  • おこげにプラス
    • はるさめ入りおこげのスープ
    • ワンタン入りおこげのスープ
  • ほっとなパイスープ
終売した製品
  • SOUP BAR

丼・惣菜

丼系
中華系
その他
  • 炊き込み御膳
  • お茶わん小町
  • 鍋物屋さんシリーズ
  • ごはんによくあうごちたま
終売した製品
  • 弁当紀行(電子レンジで温めるだけで駅弁風の味わいが楽しめる米飯シリーズとして登場。しかしあまりヒットしなかった)

カップフード

  • はるさめパスタ

幼児食

  • 1歳からの幼児食シリーズ
  • 幼児食ぱくもぐBigシリーズ
  • 幼児はじめてケア(タブレット)

終売した食品

健康食品

  • ブレオZ
  • ころあい(せんべい)
  • たんぱく調整
  • 黒酢20(飲料)
  • パワープロダクション(スポーツ食品)
  • エニマクリン(検査食)
  • ポリエクトミール
  • αGヘスペリジン
終売した製品
  • おつうさん
  • fweeks

キャラクター商品

過去

男性

グループ

グリコグループ

江崎グリコの傘下には以下の企業が存在し、全体で「グリコグループ」と称される。

現在
過去
  • グリコハム(旧:グリコ栄養食品、現:フードリエ):ハム・ソーセージの製造販売。2014年1月にエスフーズの子会社となり、同年8月にフードリエに商号変更した
  • グリコ乳業(旧:グリコ協同乳業):牛乳、飲料等の製造販売。2015年10月1日に江崎グリコが吸収合併した

生産関係会社

  • 仙台グリコ株式会社
  • 茨城グリコ株式会社
  • 関東グリコ株式会社
  • 三重グリコ株式会社
  • 関西グリコ株式会社
  • 鳥取グリコ株式会社
  • 九州グリコ株式会社
  • グリコ千葉アイスクリーム株式会社
  • グリコ兵庫アイスクリーム株式会社
  • 東北グリコ乳業株式会社
  • 那須グリコ乳業株式会社
  • 東京グリコ乳業株式会社
  • 岐阜グリコ乳業株式会社
  • 広島グリコ乳業株式会社
  • 佐賀グリコ乳業株式会社

その他の子会社

  • 江栄情報システム株式会社

日本国外への事業展開

  • タイグリコ()- 1970年設立、日本国外初のグリコ現地法人
  • ジェネラルビスケット グリコ フランス()- ポッキーの欧州版「MIKADO」を製造販売
  • 上海江崎格力高食品有限公司( 上海市
  • 米国江崎グリコ()
  • グリコカナダ()
  • グリコヘテ()
  • グリコインドネシア()

過去の提供番組

(関東地区を基準。★は番組自体現在も継続中)

主な協賛

など

過去
  • 国際花と緑の博覧会1990年(平成2年)に大阪で開催された博覧会(通称:花の万博)。「ゴールデンパビリオン」を出展していたほか、期間中グリコ製品のパッケージに花の万博の広告を掲載していた)

グリコピア

工場見学をしながら、お菓子の世界を「見る・知る・学ぶ」ことを目的に建てられた施設。ともに工場(ファクトリー)に隣接している。ともに見学所要時間は約70分で、神戸は電話のみ、イーストは電話もしくはインターネットによる予約が可能。休館日はともに金曜日、年末年始、お盆休みである。

  • グリコピア神戸

正式名称は「お菓子の工園 グリコピア神戸」。 1988年神戸市西区に完成した神戸ファクトリー内にオープン。1階がオリエンテーションホール、3階に「3Dシアター」や「チョコレートハウス」、「商品ギャラリー」を設け、2階と4階がポッキーとプリッツの工場見学コースとなっている。案内時間は1日6回。

  • グリコピア・イースト

正式名称は「わくわくファクトリー グリコピア・イースト」2012年4月に埼玉県北本市で操業を開始した北本ファクトリー内に同年10月オープン。1階には「カレッジホール」「グリコタウン」「フォトスタジオゾーン」が設置される。3階にはポッキーの製造工程の一部を見学できる「ポッキーストリート」と「スタジアムホール」、オリジナルポッキー(夏期はプリッツ)が製作できる「ミニファクトリー」があり、6階にはプリッツとポッキーの製造工程を見学できる「プリッツストリート」が設置される。案内時間は1日4回。

グリコワゴン

2010年平成22年)12月4日から2011年(平成23年)2月までの2カ月にわたり、日本全国を縦断し「おいしさと笑顔」を届けるキャンペーン「日本縦断 グリコワゴン」が展開された。北海道からスタートし、沖縄県まで全国47都道府県を赤色のワンボックスカー で縦断して行われた。ナビゲーターはお笑い芸人のつぶやきシローが務め、タレント10人が全国各地へ応援に駆け付けた。また、各地でテレビCMの撮影も行われた。2011年(平成23年)2月8日、最終目的地の沖縄本島にゴールし、47都道府県制覇を達成した。期間中のグリコワゴンの全走行距離は延べ9356.6 km になる。

参加タレント

主にホリプロ所属のタレントが参加した。

ナビゲーター(運転手)
女性
男性
テーマソング
  • かりゆし58(※ グリコワゴンのゴール地である沖縄県出身のバンド)「風のように」

みんなに笑顔を届けたい。

2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災からの復興をテーマとして、展開しているキャンペーン。前述の大阪・道頓堀のネオンサイン・阪神甲子園球場の同社広告などに、本スローガンが併記されている。

ほか、多くのアーティストと他商品CMに出演している女優を起用し、一つの歌を歌うと言う内容の企業イメージCMが放映されている。最後に前述のグリコワゴンが映る。

第一弾

2011年 7月〜放送。

第二弾

2012年 2月〜放送。タイトルは「みんなに笑顔を届けたい。冬篇」

脚注

注釈
出典

関連項目

江崎グリコ』に 関連する人気アイテム

社会は変えられる: 世界が憧れる日本へ

5つ星のうち 5.0日本の将来を照らす書

(参考になった人 8/9 人)

少子高齢化によって国民皆保険の先行きが危ぶまれている。

ガン、認知症、糖尿病患者の増大にともない医療費・介護料の伸びが著しく、国民の保険料、税金負担も過重となっている。

将来に渡って健康保険システムを維持するにはどうすればよいか?
この書は異色の現役官僚が示した処方箋だ。

経産省の研究で、血糖値の高い糖尿病予備軍の会社員数百人が日々の体重と運動量を記録しそれをもとに医師がメールで生活上のアドバイスを行った。その結果はめざましく、多くの参加者の血糖値の数値が劇的に改善した。



つまり糖尿病になる以前に、医師の適切な指導で生活を改善することで発病を防ぎ医療費を抑えることができるのだ。

現在の保険制度では病気を防ぐ生活指導について手薄になっているので、まず制度を変えるべきだとの主張だ。

また、認知症対策については日本が高齢化の最先端であり、どう対処するか世界から注目されており、日本として世界に貢献できる可能性がある。

著者はこれまで不可能と言われてきた数々の改革を実現しており、この書が将来の健康保険制度改革の青写真となるのではないか。

「何故、経済産業省の官僚が社会保障の本を書いているのだろう?」これが本書を読み始めたときに私が感じた疑問であった。
しかしながら、読み進んでいくうちに、その疑問は氷解した。
本書は、高齢社会の「対策」を書いた本ではない。そもそも筆者は、「「対策」というと高齢者が邪魔者のように感じる」という思想を持っており、高齢者がこれからの時代も生き生きと生きていくための処方箋であることに気付かされた。
その他にも、官僚として取り組んできた諸問題を解決してきたエピソードが紹介されており、要は「前例を踏襲しているだけでは駄目だ。

時代に合わなくなった制度や法律は変えていけばいいのだ」と柔軟な思考で問題を解決しようという提言なのである。
我が国は、国際社会の中で良くも悪くも多くの諸外国から注目されている国なのだ。諸外国から、「日本っていい国だな。」と思ってもらえるような、そして国民自身が、「日本に生まれて良かった」と言えるような国造りをしていくために書かれた本なのだ。
筆者のような柔軟で実行力のある官僚の奮起を期待したいと国民の一人として切に願う。

5つ星のうち 1.0田舎暮らし

(参考になった人 9/22 人)

この本の筆者は2013年のCPhI-2013の講演の中で、経産省としては医療費が嵩むので特に老人の薬や生活習慣病の薬を創るべきでないと述べた思想の持ち主(弱者切り捨て)。読者コメントから少し思想がかわったかと期待して購入したが見事に外れて内容のない(特に近藤誠氏の様な薬を用いないで癌が治った偶然の例の話)ものであった。確かに高齢化に伴い医療費が嵩み増え続けるがそれを現状の制度の中で×の烙印を押すのは如何なものか。医薬・医療産業は資源のない日本ではもってこいの産業で、優秀な研究者を導入して伸ばす産業と私は考える。

創薬できる国(現状は新しい薬を創ることができる国は全世界で非常に少なく、日本はその1つ)として確立した上で海外から医療を必要とする人を受け入れて盛り立てることを経産省ならなぜ考えないのか?この様な本を書く暇があったら是非、経産省としては日本の皆保険が圧迫しない外国人の保険制度を各関係省庁と連携して確立させ日本産業として盛り立てれることを期待します。南インドの医療の参考例もある様に

コミンテルンの謀略と日本の敗戦

一、≪天皇機関説問題に疑問あり≫

① 江崎氏曰く「小田村寅二郎は・・・一高(昭和八年入学)では「一高昭信会」に入った。「一高昭信会」のリーダーは、東大法学部に在学中の田所広泰で、【三井甲之】、松本彦次郎、【蓑田胸喜】、【松田福松】らの指導を受けつつ、・・・三井甲之『明治天皇御集研究』などを学んだ。明治以降の「日本の伝統」を蔑視するアカデミズムの風潮に抵抗し、聖徳太子の十七条憲法や仏教思想、日本精神史、明治天皇と憲政史などを学ぶことを通じて、日本が他の保守主義についての勉強を行なっていたのである。

・・・小田村はその後、一年間の浪人生活を経て、一九三七年(昭和十二年)に東京大学法学部に入学したが、この浪人生活では・・吉田松陰の『講孟箚記』に心打たれたという。」(279p)
② 江崎氏曰く「・・・昭和恐慌などを背景に〈昭和維新〉運動が高まる中で、上杉慎吉の学説を信じた〈右翼全体主義者〉たちが突如として、美濃部の学説を〈国体に反するものだ〉として非難したのだ。」(135p)
③ 江崎氏曰く「・・私からすれば、わが国の歴史を知らない彼ら〈右翼全体主義者〉こそ、大日本帝国憲法の精神を踏みにじった「国体破壊」者たちだ。」(136p)
これを読むと、昭和8年から昭和11年頃に、小田村は「一高昭信会」で、蓑田胸喜・三井甲之らからの指導を受けていたことになる。美濃部達吉が〈右翼全体主義者〉から攻撃された時期は、ちょうどこの頃である。
④(美濃部の発言)「昭和八・九年頃であったかと記憶するが、私(美濃部)の多年公表し来たった憲法学説に対し、・・民間では、数十に上る右翼団体が相連合して〈国体擁護連盟〉を結成し、あらゆる手段を以って、私をあたかも国体を破壊せんとする乱臣賊子であるかの如くに攻撃し迫害した。」(136p)
そこでこの江崎氏の記述のデタラメさは、次の点にある。美濃部達吉の天皇機関説に対し、異常な執念を燃やして攻撃したのが、民間右翼団体「原理日本」を主宰していた蓑田胸喜であり、三井甲之、松田福松なのである。蓑田胸喜は、昭和十年に「美濃部博士の大権蹂躪 : 人権蹂躪・国政破壊日本万悪の癌腫禍根」という冊子を刊行している。この冊子の目次を見ると 〈一、 美濃部博士の『國體變革』思想に對する學術的綜合的批判/1~52〉とあり、52頁にわたって美濃部憲法学説を槍玉に挙げて激烈な批判を行なっている。松田福松も「美濃部達吉氏、『憲法学説弁妄』の虚妄理論と悖逆意志を剖析す」(「原理日本」85号)を著し、三井甲之も「菊池男爵対美濃部博士の論戦審判」(「原理日本」85号)を著して、美濃部博士を徹底的にやりこめている。しかも品格に欠ける罵詈雑言で美濃部博士を罵倒した。人格そのものを疑いたくなるような異常な攻撃であった。
しかも田所広泰(東大生)や小田村寅二郎(一高生)が、指導を受けていたとされる時期(昭和8~11年)こそ、蓑田胸喜・松田福松・三井甲之らが、美濃部憲法学説を猛烈に攻撃していた時期なのである。昨年出版された山崎雅弘の『天皇機関説事件』(集英社新書・2017年刊)においても「美濃部攻撃の陰の仕掛け人・蓑田胸喜」(同書・28p)に詳しく述べられている。江崎氏の考えでは、美濃部憲法学説を批判した蓑田・三井・松田ら「原理日本」は、右翼全体主義者であり、国体破壊者であったということになる。そして田所広泰・小田村寅二郎らは、「わが国の歴史を知らない国体破壊者」らの指導を受けたということになる。実際、小田村寅二郎の論文「東大法学部における講義と学生生活」(昭和13年「いのち」掲載)で批判された、横田喜三郎・宮沢俊義・河合栄治郎・矢部貞治・蝋山政道の五人は全て「原理日本」の刊行物・蓑田胸喜、松田福松共著・三井甲之序跋『国家と大学』(昭和13年11月刊)で槍玉に挙げられた人物である。このほかに田中耕太郎・末広厳太郎らが槍玉に挙げられている。小田村寅二郎の思想のベースにあるものは、美濃部憲法学説を徹底的に罵倒した蓑田胸喜らの「原理日本」の「しきしまの道」にあるということになる。江崎氏の議論が、いかに支離滅裂なものかはこれで明らかになる。

二、福沢諭吉の思想への理解ができていない
江崎氏曰く 「パイルが指摘するのは、徳川時代までの日本では、親から教えられた価値観や伝統や文化を受け継げばよかったのに対し、明治になってからの日本は、西洋から入ってきた新しい文化を取り入れることを義務付けられた点である」(本書、100P)
この方向付けに決定的な役割を果たしたのが福沢諭吉であるという理解が江崎氏にはできていない。福沢諭吉の『文明論の概略』を読むと、日本の伝統的な思想の破壊者であることが明白である。大隈重信の講演に「明治文明史上における福沢翁」というのがあるが、以下のように語っている。

大隈重信講演「明治文明史上における福沢諭吉」
「(福沢)先生の第一の目的は、この思想界に大変動を起こそうというのである。支那的思想、封建的、形式的思想、これを破壊しなければ、到底日本を文明に導くことはできぬという。そこでその当時、ちょうど英米において最も盛んなる功利主義を鼓吹した。而して儒教主義、封建主義、形式主義を根柢から破壊した。・・・国民の思想を根柢から破壊しようとかかった。ほとんど思想界の革命を企てた。大革命である。思想界の大革命者である。・・・全然、この思想界を破壊しなければ、日本を文明に導くことは出来ぬというので、今日までの事業はことごとく破壊である。

その時に当たって玉石ともに焼くことがあるかもしれない。何でもかまわぬ、一たび破壊しなければとても日本を文明に導くことは出来ぬということであったのである。・・・その当時に書いたものが残っている。それをご覧になると皆破壊であって、日本の旧来の道徳を根柢から破壊した。その破壊の余波が、婦人問題にも・・政治の問題にも・・・経済の問題にも及んでいるのである。あたかも「コップ」の水をぶちまけると四方に流れるというような訳で、破壊的運動の余波があらゆる方面に及んだのである。・・・而して「アングロ・サクソン」の文明と「アングロ・サクソン」の精神を日本の国民に先立って了解されて、これを日本の文明と結びつけて、而してこれを理想界に教えるくらいでははない。直ちにこの理想を実現しようという大勇気を出して運動をやられたのである。・・今日に到って国民が皆(福沢)先生の徳を慕うのは、即ち明治初年における破壊的大運動、日本の精神界に、思想界に大破壊を加えられた、これが基いである。」 (大隈重信演説談話集・岩波文庫)

たしかに福沢は「帝室論」も書いているが、思想史的には、上記の大隈重信の見解が基調にある。これが理解できないと、明治以降の近代化論が、わけの分からないものになってしまう。そこに江崎氏の思想上の混乱がある。

三、河合栄治郎の思想への理解ができていない
江崎氏曰く「・・一九三九年には、河合栄治郎はすでに東京大学教授の職を追われていた。当時の日本政府は、社会主義に傾倒しており、自由主義を唱えることは「国体」に反するとして弾圧された。」(253p)
河合栄治郎は、自ら語っているように「自由主義者でもあり、社会主義者でもある」。英国労働党のイデオロギーの信奉者でもある。河合栄治郎は「改革原理としての自由主義」という論文において、「自由主義なき社会主義は一揆主義に陥り、社会主義なき自由主義は改良主義に堕する。・・・しからば往くべき路はどこにあるか、自由主義と社会主義との何れをも主とすることなく、二者を打って一丸として双方を有機的統一連関に置くことである」(『自由主義の擁護』164p)と述べている。また「自由主義の弁明」という論考では、「私の社会主義の特徴は、哲学において理想主義を採り、実現の方法において暴力革命主義・無産者独裁主義に反対して、言論の自由と多数決によろうとするのである。・・・その骨子は、私有財産制度を現状のままに放任するのでは、資本主義の弊害を解決することができないから、これを改革することが必要である。しかし消費手段の共有にまで及ぶ必要がなく、また及ぶことはよろしくない。ただ生産手段の共有をもって足るということである。」(『自由主義の擁護』254p)

つまり、江崎氏は、福沢諭吉・河合栄治郎といった社会思想史のメイン・ストリームに位置する大思想家の思想を十分に咀嚼できていないことが致命的である。そのために思想を議論する上で前提となる概念的な整理に混乱が生じてしまっている。

三、右でもない左でもない自由主義者の系譜とは?
美濃部達吉、吉野作造、犬養毅が出て来るのはわかるが、そこまで言うならば、石橋湛山(少し出てきたが)、清沢冽、桐生悠々、尾崎行雄、斉藤隆夫、芦田均、植原悦二郎などが何故出て来ないのか不思議である。こういう人物が出て来ると、「右でもない左でもない自由主義者の系譜」というものが、思想史的にもしっかりした骨格を持つことになる。

四、戦争の本質は「謀略戦」であり「知能戦」にある
江崎氏のいう「コミンテルンの謀略」という概念が、あまりにも拡大解釈されている。コミンテルンという国際共産主義運動の司令部の政治工作と、単なる「社会主義思想」の思想的な影響とが、区別されずにすべてがコミンテルンの謀略(宣伝工作・政治工作)という概念で包摂されている。こういう表現は、歴史分析のあり方としては評価できない。こういう理解の仕方をしていくと、「本人たちは、気がつかないままにコミンテルンの思うままに操られたのだ」ということになるが、歴史認識の手法としては、あまりにも我田引水である。たとえば「戦争に負けたんだから、総ての作戦は、負けるための作戦の意味しか持たないことになる。敵の思うツボにはまったから負けたんだ」というようなものとなる。
むしろ「戦争の本質は、謀略戦である」、米・英・ソ連・独・日、中(国民党・共産党)それぞれが謀略を駆使して戦った。その謀略戦の勝利者が、米・英・ソ連であり、特にソ連が最大の勝利者であった。ただし今次世界大戦での最大の犠牲を払ったのがソ連でもあったわけだから、謀略だけで勝てたわけではない。コミンテルン・ソ連だけが「謀略戦」を展開していたわけではない。そのことを忘れると、本質を見失うことになる。

著者は、コミンテルンとNKVDとGRU(赤軍情報部)の区別が全く付いていない。全部一緒くたにして扱っている。例えば、有名なリヒャルト・ゾルゲはGRU所属である。これ以外にも、著者のソ連に対する知識のあやふやさが目に付く。
著者がコミンテルンに関して利用した資料は、『コミンテルン史ーレーニンからスターリンへ』(大月書店)の巻末付録全19店の内の4点のみ。しかも全文ではなく一部の抜粋である。以下にその資料を示す。
・1919年1月24日 「レーニンによるコミンテルン第1回大会への「招待状」」
・1920年7月28日 「レーニンの「民族・植民地問題についてのテーゼ」」
・1920年8月4日 「コミンテルン規約」
・1920年8月6日 「レーニンの「コミンテルンへの加入条件についてのテーゼ」」
この4点だけで、コミンテルンの実像を描き出そうというのだ。

資料が偏り過ぎ、少な過ぎではないか。都合が悪いからだろうか、他にもコミンテルンに関する有力な資料は存在するのに、それらは使わない。その中には、コミンテルンが日本を戦争に引きずり込んだと主張する著者にとって、目を逸らしたい資料もある。
『コミンテルン資料集』第4巻(大月書店)より、1928年のコミンテルンの第6回大会の決議
「帝国主義戦争に反対する闘争と共産主義者の任務 A プロレタリアートは帝国主義戦争に反対してたたかう(中略) 共産主義者は、帝国主義戦争が避けられないことを確信しているとはいえ、この戦争のために苛酷きわまる犠牲を強いられる労働者大衆とすべての勤労者との利益のために、全力をあげて帝国主義戦争に反対し、 プロレタリア革命によって戦争を予防するために、ねばりづよくたたかうのである。」(同書、380ページ)このように、コミンテルンは明らかに帝国主義戦争に反対の姿勢を示していた。コミンテルン日本支部であった日本共産党も、この方針を堅持し、戦前、戦中も日本の戦争に反対し続けた。コミンテルンは日本を戦争に引きずり込もうとしているのに、その支部は日本の戦争に反対だった。この矛盾を、著者は解決できていない。(先に紹介した『コミンテルン資料集』は、全部で6巻あり、有用な資料だが、著者は全く使っていない)
尾崎・ゾルゲについて。著者はこの2人が陰謀に関与していると主張するが、事実は異なる。彼らの任務は「情報収集」のみで、それ以外の活動は禁じられていたのである。以下、証拠を示す。
『現代史資料(Ⅰ) ゾルゲ事件(一)』よりリヒャルト・ゾルゲの手記
「私は諜報以外の活動、すなわち政治的性質をもった宣伝や組織的機能に従事することは、モスクワから固く禁じられていた。 従って、私のグループおよび私はどんな個人および団体に対しても、いささかなりとも政治的な働きかけをしてはならないことになっていた」(同書、204ページ)尾崎も、ほぼ同様の証言を残している。(尾崎の接近した政治グループはソ連嫌いが多く、働きかけは不可能だった)
また、近衛上奏文では、如何にも当時の日本での共産主義の影響が強かったかのように書かれているが、これは近衛の事実誤認である。保守派の歴史家、伊藤隆によると、「この時点で背後から操りつつある「左翼分子」が存在しなかったであろうことは今日ほぼ認められているところである」(『昭和期の政治』199ページ)したがって、当時の日本に共産主義のスパイが入り込んでおり、日本を戦争に引きずり込んだという主張も成立しない。
その他、気になった点を取り上げる。
・著者は民主的中央集権制とプロレタリア独裁を同義語だと思っているようだが、前者は共産党内部での話であり、後者は労働者による立法・行政・司法などの権利の奪取である。
・社会愛国主義を、愛国心を持つ事だと勘違いしている。第一次大戦への参戦を支持した社会民主主義者を批判する言葉である。
・1917年のロシア革命によってソ連が誕生したと主張するが、ソ連誕生は1922年である。
他にも色々あるが、この辺にしておく。

追記
フーバー回顧録が、コミンテルンの陰謀を主張する人達の間でバイブルとなっているようだ。だが、その中身をちゃんと読んでいるのだろうか。フーバーは、盧溝橋事件に端を発する日中戦争を、「日本による道義にもとる侵攻」と認識していたし、日本の事を「極東における侵略的軍国主義の中心」とも述べている。駐ソ連大使ブリットの報告には、日米を衝突させるのがソ連の希望であると述べられているけれども、これと同じ考えは既にレーニンが1920年の演説で主張しており、ただ単に漁夫の利を得たい、という以上の意味を持たない。実際、1938年に先程のブリットと交代したデイビーズは、「平和を守ろうとする露の体制の真剣さに疑いはない・・・両国間に利害の衝突はない・・・懸念されるコミンテルンの米国への侵入は両国間の協定によりある程度排除された・・・米国に関する限りソ連の共産主義による危険はない・・・」と報告している。ハル国務長官もコミンテルンについてソ連に抗議したが、ソ連にコミンテルンの責任を否定され、沈黙している。どうやらデイビーズ大使の報告の方が信憑性がありそうである。ルーズベルト大統領の周りには共産主義者がいた、ともフーバーは確かに主張しているが、それらは回顧録の中のほんの数か所であり、抽象的な記述で、具体的にどんな工作を行ったか、アメリカの政策にどんな影響を与えたかは書かれていない。
フライングタイガースも出てくる。しかし、それはあくまで義勇軍であり、しかも、彼らが日本軍と交戦したのは真珠湾攻撃後の12月20日である。有名な坂井三郎や、その他日本人パイロットの本にも、フライングタイガースの事は出てこない。(しかも、フライングタイガースの中で、本格的な戦闘機パイロットは僅か17名である)
真珠湾攻撃について。フーバーは、ウェデマイヤーレポートを始めとして色々な資料を提示して、ルーズベルトを批判している。だが、フーバーは、日本の海軍暗号を米軍が解読できるようになったのは1942年になってからという事、日本の連合艦隊は無線が漏れないように、「無線封止」、つまり無線を発信しないようにしていた事、重要な日本海軍の暗号は、ほとんど戦後に解読されたものである事を無視している。ルーズベルトが真珠湾攻撃を事前に知っていたという主張は成立しない。

話としては面白い、一気に読める・・・はまりそう。しかし、冷静に考えると、やはり陰謀史観の一種でしかないような気がする。コミンテルンの過大評価では。

ファシズムの末路はどこも似たり寄ったりなのだから、それは共産主義の陰謀というよりは歴史の必然と考えるほうが普通だろう。一方で、プロレタリアート独裁の末路も似たようなものだということも今となってはわかっているので、なんだかあの敗戦が、ファシズムの自然死でも、コミンテルンの陰謀でもどちらでもよかった。どうせ勝ちはしなかったのだから。

著者が望む「保守自由主義」って結局、戦前の上流階級・財閥などの既得権益者の考え方で今でいうところの「ネオコン」であり「リベラル」とは程遠い。

そのせいで広がりすぎた格差を、共産主義革命がただすのか、軍国主義的全体主義がただすのか、という中で日本は全体主義的翼賛体制が格差是正に働いたというのは事実ではあるだろう。だから、翼賛体制が共産主義的に見えるのは、それはある意味あたりまえ。

戦争自体は、遅れてきた日独伊という帝国主義国家は全体主義という効率化をもってして米英仏といった国家群と戦わざるを得なかった。その全体主義が国内の不平等を(悪い形の)平等に是正(?)していった。だからといって戦争に勝てるわけではない。ソ連の誕生は副次的なものだったろうし、コミンテルンの謀略は考えすぎではないかと。

日本は誰と戦ったのか コミンテルンの秘密工作を追及するアメリカ

戦後70年余、いまだ戦後が続いている。
そう思うのは、新しい事実が公表されているにも関わらず、戦後の歴史観が一向に変わらないからだ。
昭和16年(1941年)の真珠湾攻撃は、いまだ日本のだまし討ちと信じている人が多い。それだけではなく、教育現場の教員も、自身が生徒であったときの歴史観を現代の児童、生徒に教えている。どこかで、修正されてしかるべきだが、いまだ、是正はされない。
本書はその既成の戦後史を全面的に覆す一書である。「おかしい」、戦後の歴史は「おかしい」と思いながら、何が、どのようにと思い続けてきた方々には、明快な解答集ではなかろうか。


今年、明治維新150年というが、果たして、何か目新しいことがあるのかといえば。ない。せいぜい、バラエティーにNHK大河ドラマぐらいか。本来、見直さなければならないのは、幕末からの日本を取り巻く環境。諸外国による主権侵害。その主権を回復する歴史を振り返るべきではなかったか。
日露戦争も、日本の奇跡的な勝利に終わったが、ロシア帝国はポーツマス講和条約締結後、即座に反撃を開始している。その延長線上にあるのが、コミンテルン・スパイによる日本かく乱である。
このコミンテルン・スパイの暗躍については、工作員の驚くべき潜入ぶりである。
戦前の日本ではゾルゲが有名だが、戦後はハーバート・ノーマンである。
本書を読み進みながら思ったのは、本書に登場する人物を詳細に追うのは当然として、歴史上の事件などを遡ってみるのも良い。これぞ、明治維新150年事業と思う。
歴史を取り返さなければ、一国の未来はない。そう警告している。

この人の本は、「中西輝政」氏の系譜からはじまる、米国の文章公開を元とする。
この本を読んで、なるほど!とかそうだったのか!と思う方に、お聞きする。
「ベェノナ文章」なるものを、原文対比で見たことがありますか?とおたずねしたい。
まず、そこから考えなくては、鵜呑みにする怖さは避けられないでしょ!
そのうえで、本国・米国でのこの文章の、批判や掘り下げが無くては、つまらない。
もしかしたら、文章が長い為、都合の良い部分を、つまんでいたり、感想を真実に置き換えていたりすることもあるのでは?
本国で、それほど評価されていないのは、陰謀のせい?
こりゃ、らっきょの皮むきだ。
歴史はいくつも、真実で出来上がっている。評価はタネ本を見てからでも、遅くは無いですね。

アメリカの機密文書の開示され、研究が進み、アメリカの保守派が活気づいている。 これを日本人はあまり知らない。 江崎道朗氏の指摘は、アメリカは1枚岩ではないんだよ、ということである。 日本だって別に1枚岩じゃない。 というか、民主主義であれば健全なことのはず。 この当たり前の指摘を通じて、アメリカはいまどうなっているのか、ということを 第二次世界大戦までさかのぼって、丁寧な解説がなされている。

マスコミが報じないトランプ台頭の秘密

5つ星のうち 5.0アメリカの派閥は

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心情、志向で言うと2大政党だけではない。政府系のマスコミがない。共産系思考が深く入り込んでいる。ルーズベルト以来そちらのコントロールが強い。FTAでアメリカがメキシコに安い小麦を売って小麦農家が崩壊。仕事を求めてメキシコ人が五大湖工業地帯に大量に来て賃金が下がった。錆びた地帯と呼ばれるようなったそれらの工場は?人件費の安いメキシコに移転していた。違法でも入国して住んでしまえば生活保護をし、州によっては投票権まで与えてしまうアメリカ。犯罪者集団の温床となっている町もあると言う。刑務所も一杯でその経費もバカにならない。

テレビ番組も持つ知名度とビジネス成功者で自費で選挙活動出来るため人が言い難い違法移民のことを追い出すと言うトランプ大統領(執筆時候補)を、不満がたまった白人ロワーやジェンダーフリーなど左翼思想で古き良きアメリカの家庭が少なくなったと憂う人たちが支持した。表面的に過激なことを言って一時的に一部の人たちが支持しているだけとする報道とのギャップが理解できた。
最終投票前後の日本の動揺を見ても、報道や政府も一部の政党からしか情報を得ていなかった偏りを実感できた。
どちらの政党が勝つか、微妙な州は数えるだけで、そこに集中し逆転したのがトランプ。優秀なブレーンが付いている事は明らか。誰がトップでも高級官僚実務を仕切る日本と大統領が変われば総入れ替えのアメリカ。官僚にあしらわれた民主党政権とは大違い。
大統領になって公約通りに行おうとしているトランプはある意味誠実ともいえる。移民と鎖国どちらがいいかの極論ではなく、行き過ぎたので戻そうとしている本質を見ないと交渉しながら妥協点を見出し変わり身も早いこのしたたかな大統領を見損なうかも。

トランプ当選前は、マスコミの論調はヒラリー・クリントン当選確実で一色だった。
日本の論客では数人トランプかもしれないと言っておられたが、そのうちの一人。
本の内容は、アメリがの保守派と左派の関係やトランプが何故人気が有るのかに触れている。

裏に回ると黒い噂ばかり(噂だけではないのだが)のクリントンが大統領になるのは日本にとってはマイナスだと思っていたので、トランプに当選して欲しいと思う部分もあったが(トランプは少し余計な事を言いすぎるのが難点だが)やはり今となっては良かったと思っている。



今は支持率が下がっているが、アメリカに巣食う左寄りの連中(コミンテルンの残滓だと知ったのは江崎氏のおかげ)との闘いは始まったばかり。

そういった事にも気づかせてくれる本だと思う。

オバマ前大統領とトランプ大統領との決定的な違いは何か。 それは民主党と共和党の違いなどではない。 アメリカの政界・メディア界・学界に入り込んでいる旧コミンテルンの諜報活動家、アメリカ社会を深層において操っている共産主義勢力からアメリカを取り戻す決意があるかどうか。 ここが決定的な違いである。 ソ連崩壊以降、ソ連の対米工作の全貌が暴露され、「ヴェノナ文書」としてまとめられ、それによって現代世界史の再認識が始まった。 本書は、その過程を分かり易く教えてくれる。

江崎グリコ』の解説 by はてなキーワード

菓子メーカー大手でチョコ、冷菓主体からレトルト健康食品も。

2002年にグリコ乳業完全子会社化。

道頓堀グリコネオンは大阪のシンボル。

創業者である江崎利一がカキの煮汁からグリコーゲンを採取し、それをキャラメルの中に入れた栄養菓子のグリコを製作。1922年2月11日に大阪三越百貨店グリコの発売を開始したのが事業のきっかけとなる。1929年2月22日に会社を設立した。

江崎グリコ』by Google Search

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