桜満開のまとめ情報

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桜の森の満開の下・白痴 他十二篇

5つ星のうち 5.0アンゴウ

(参考になった人 1/1 人)

アンゴウ、夜長姫と耳男、桜の森の満開の下の三作品がストーリーが良かった。 アンゴウはミステリーっぽくもあり、最後泣けますね。 その他は、オンナや戦争やエロスみたいな作品で、崇高でした。

この作品集には十四篇の短編が収められており、人間の魂を見詰める坂口安吾の姿勢の遍歴と、その小説への凝縮を辿ることができる。『吹雪物語』の執筆(昭和11年から昭和13年)或いは「文学のふるさと」の発表(昭和16年)を一つの境目と考えると、本作品集を興味深く読めるかもしれない。
坂口安吾の文学のモチーフは人間の魂の全的肯定にあり、それは人間生来の孤独、哀切(それを彼は「ふるさと」と呼ぶ)を冷徹に凝視することで為される。初期の作品に於いては、「ふるさと」に対する彼の態度は虚無的で感傷的だった。

その感傷の故に数々の美しい詩的な作品(本作品集では「傲慢な目」を特に挙げられるだろう)が生まれたが、一方では視線には冷徹が不足し、「ふるさと」に対する態度には厳格が稀薄だった。そのために「ふるさと」には現実感が欠け、憧憬ばかりが顕著になっている。しかし徐々に(本作品集では昭和21年の「白痴」から)、彼は「ふるさと」に急速に接近して行く。感傷的なものから現実的なものへ、憧憬から希求へ、受動から能動へ。この姿勢の変化とその徹底によって、彼は人間の魂の深層を照射し、人間の魂の全的肯定そして人間の生命力への全的信頼に達したのだ。

安吾先生は「肉欲」とか「肉体」とか「女体」とか言うキーワードを好んでいた割に、 性愛に走るのを拒み、理想論的な恋愛をガッチリ書こうとしていたようです。 その思想は「青鬼の褌を洗う女」や「女体」「恋をしに行く」で顕著だと思います。 プラトニック・ラヴに五月蠅い方には特にオススメです。 あと「戦争と一人の女」は無削除版のほうが記述が丁寧で読み易いです。 血生臭くもうつくしい「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」も読めて、 非常にお得な一冊です。

贋作・桜の森の満開の下

この戯曲で、野田秀樹は坂口安吾の原作(「桜の森の満開の下」、「夜長姫に耳男」、他のいくつかの小説やエッセイ)に、政治権力のもたらすこの世の息苦しさと言葉遊びの悪ふざけを加えて、古代史の櫃でひつまぶしにした。本当に欲しいものならば、愛でも芸術でもしゃにむにつかみ取ろうとするエネルギーの高い野田秀樹や坂口安吾が、みずからの姿を表象したプレゼンテーション。凡人にはやや疲れるが、役者と本のエネルギーを浴びて、その刺激に「いやあ、まいった、まいった」と思えればいいのでは?

ネタばれ注意: 以下は読後にお読みください。



クライマックスは最後の場。いまわの際に夜長姫は言う:「いいの。好きなものは、呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。」

耳男にとって好きなものとは姫。殺すしかない。最期に姫は耳男の愛を受け入れたことを恥ずることなく表明する。そのうえ「立派な仕事をして」と耳男の未来を祝福をし、さらに「その道しるべには何を刻んでくれるの」と案ずるほど愛している。そして、「いやあ、まいった、まいった」と耳男が応えたことに安心したか、桜の花びらの下に消えていく。耳男の答えは、ときめいたときに人々が発すると夜長姫がいった、いわば合言葉。この合言葉のいい加減さは、野田自身のテレかくし。あるいは俗物にも羞恥心があることを認めた野田の優しさ。

ところで、新潮社は「ご親切」だ。Kindle版の奥付に、「がんさく」とルビが振ってある。「あとがきに代えて」に野田はながながしく「にせさく」としたことを説明しているのに。

5つ星のうち 5.0思い出の作品

(参考になった人 7/7 人)

「堕落論」などで有名な坂口安吾の「桜の森の満開の下」の「贋作(にせさく)」な訳ですが、

同作者の「耳男と夜長姫」も同様にモチーフとして大幅に取り入れられています。

ここらへんのごった煮感は極めて野田秀樹らしいものであり、作品のみならず作家性をも

丸呑みにしてしまうミクスチャ感覚にただただ感嘆するのみです。

内容はと言えば、遊眠社とは思えないほど分かりやすい。

今見ると、遊眠社というよりは初期の野田地図っぽい方法論で書かれた作品のようにも見えます。



全体的に大仕掛けな舞台なので台本があっても他の劇団が上演するのは難しい代物ですが、

当時の遊眠社の総決算という意味も含め演劇人ならば目を通しておいて損はない戯曲と言えるでしょう。

それにしても、一つ一つのセリフのなんという美しさよ。

超スピードで繰り出されるセリフの応酬が遊眠社の特長の一つですが、

個人的に「小指の思い出」と「贋作・桜の森」の切れ味は頭一つ抜きん出ている印象を持ちます。

それは取りも直さず、台本の段階での完成度の高さあってこそ。

「声に出して読みたい日本語」っていうのはこういうのを言うんじゃないでしょうか。

5つ星のうち 5.0おすすめです。

(参考になった人 3/4 人)

夢の遊民社のファンで、野田秀樹の戯曲のセリフの言葉あそび(?)が大好きでした。 「野田秀樹の戯曲で卒論を書きたい」と希望出したら 教授会にかけられ物議を醸し、却下されました。 (笑) 20年以上前ですが・・・今ならどうかな?おすすめです。

桜の森の満開の下・白痴 他12篇

5つ星のうち 5.0アンゴウ

(参考になった人 1/1 人)

アンゴウ、夜長姫と耳男、桜の森の満開の下の三作品がストーリーが良かった。 アンゴウはミステリーっぽくもあり、最後泣けますね。 その他は、オンナや戦争やエロスみたいな作品で、崇高でした。

この作品集には十四篇の短編が収められており、人間の魂を見詰める坂口安吾の姿勢の遍歴と、その小説への凝縮を辿ることができる。『吹雪物語』の執筆(昭和11年から昭和13年)或いは「文学のふるさと」の発表(昭和16年)を一つの境目と考えると、本作品集を興味深く読めるかもしれない。
坂口安吾の文学のモチーフは人間の魂の全的肯定にあり、それは人間生来の孤独、哀切(それを彼は「ふるさと」と呼ぶ)を冷徹に凝視することで為される。初期の作品に於いては、「ふるさと」に対する彼の態度は虚無的で感傷的だった。

その感傷の故に数々の美しい詩的な作品(本作品集では「傲慢な目」を特に挙げられるだろう)が生まれたが、一方では視線には冷徹が不足し、「ふるさと」に対する態度には厳格が稀薄だった。そのために「ふるさと」には現実感が欠け、憧憬ばかりが顕著になっている。しかし徐々に(本作品集では昭和21年の「白痴」から)、彼は「ふるさと」に急速に接近して行く。感傷的なものから現実的なものへ、憧憬から希求へ、受動から能動へ。この姿勢の変化とその徹底によって、彼は人間の魂の深層を照射し、人間の魂の全的肯定そして人間の生命力への全的信頼に達したのだ。

安吾先生は「肉欲」とか「肉体」とか「女体」とか言うキーワードを好んでいた割に、 性愛に走るのを拒み、理想論的な恋愛をガッチリ書こうとしていたようです。 その思想は「青鬼の褌を洗う女」や「女体」「恋をしに行く」で顕著だと思います。 プラトニック・ラヴに五月蠅い方には特にオススメです。 あと「戦争と一人の女」は無削除版のほうが記述が丁寧で読み易いです。 血生臭くもうつくしい「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」も読めて、 非常にお得な一冊です。

ホーンテッド・キャンパス 桜の宵の満開の下

オカルト研究会の面々が、大学の学生に起こった不思議な事件を解決していくという枠組みは今まで通りで、
大体オカルトな現象は男女間のもつれによる所なのですが、この第3弾は、事件のバリエーションがかなり広がっています。

特に1話目の昔話に絡んだオカルト現象で、各地の類次した昔話を比較考察しつつその昔話の裏に隠された田舎の閉鎖的な風習を解き明かし、解決に導いたあたりは、なかなか上手いし、深いです。

また、作品全般を通して、主人公とヒロインの甘酸っぱい恋や、個性的な学生たちを交えた楽しげな学生生活が描かれているためか、日常的なリアリティーが漂っており、一般的にありがちなオカルトなネタの気持ち悪さや胡散臭さを感じさせません。
オカルトなんて!と、一笑に付さず、ぜひとも皆さんも読んでほしいです。

5つ星のうち 5.0早く結ばれてくれ

(参考になった人 8/9 人)

う〜ん。
良かった。
新キャラの小山内くんだったかな。
その子もすごくよくて、一口に言えば面白い。
今回の物語(2人の距離)は大きく動いた訳でもなく、
進展がないとも決して言えない。
要所要所で色々と匂わせる描写があり、非常に気になった。
わたし、気になりまry
こよみと森司の距離は着実に縮まっている。
こよみの森司に対する感情も、森司のこよみに対するそれと
同じように、恋に近いものになってきたのではなかろうか(独断と偏見による)。


全てを含めて、今回は読んでほんとに良かった。
偉そうな文章、失礼しました。

藍にもそういうのをいれてほしいな。
藍の恋する姿も見てみたい。

5つ星のうち 5.0面白いと思う

(参考になった人 2/4 人)

私は非常に気に入っています。 ホラーと恋愛の両立だとこれぐらいになるんだと思います。 本格的なホラーを望むなら他をあたって下さい。 大学生のときにこんな学生ライフを味わいたかったです。

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