東芝のまとめ情報

東芝』の解説

株式会社東芝(とうしば、)は、日本電機メーカーであり、東芝グループの中核企業である。

概要

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東芝は製品製造からサービスに至るまでの間に、多岐に渡る子会社関連会社を形成しており、関連企業の中核に位置する巨大企業である。東芝の事業テレビ半導体などの他にも、原子炉・重電機・軍事機器・鉄道車両など、重工業分野にも事業展開をしており、大手重電3社(日立製作所東芝三菱電機)の一角と呼ばれ、世界的知名度を誇っている。

冷蔵庫洗濯機掃除機電子レンジ炊飯器など、家電製品の国産化第1号の製品が多く(電子レンジと炊飯器以外は1930年代に開発された)、白物家電の日本におけるパイオニアであった。だが、粉飾決算事件を契機とし2016年に白物家電事業は一部株の売却によりブランドのみとなり、医療機器事業は売却された。

電機メーカーとしては、最初に委員会設置会社に移行した企業でもある(移行した2003年当時は、委員会等設置会社。現在の指名委員会等設置会社)。委員会設置会社となってからは、会長は代表権を有さない取締役会長となっていたが、2016年6月より代表執行役会長を新設した。歴代の社長ら役員は、財界活動に積極的であることも知られている。石坂泰三(第4代社長)と土光敏夫(第6代社長)が経済団体連合会会長に就任し、岡村正(第14代社長)が日本商工会議所会頭に就任するなど、財界四団体のトップを輩出している。そのほか、西室泰三(第13代社長)は日本経済団体連合会のナンバー2である評議員会議長に就任し、佐々木則夫(第16代社長)が現役社長の頃から内閣府経済財政諮問会議議員に就任するなど、日本の政財界に強い影響力を及ぼしている。特に石坂泰三は「財界総理」との異名を持つほどの影響力を誇り、東芝が財界で重きをなす礎を築いた。

ブランドタグラインは「 Leading Innovation>」(2006年10月2日制定)。

東芝は、三井グループの構成企業であり、二木会(三井グループ傘下各社の社長会)・月曜会(三井グループ各社の役員間の相互親睦と情報交換を目的とする会合)・三井業際研究所・綱町三井倶楽部に加盟している。

創業

創業者の、初代田中久重1799年 - 1881年)は、からくり人形「弓曳童子」や和時計「万年時計(万年自鳴鐘)」などを開発したことから、「からくり儀右衛門」として知られる。初代久重が東京銀座に工場(諸器械製造所)を興し、弟子であり養子の田中大吉(後の2代目久重(1846年 - 1905年)が東京・芝浦に移転させた。この工場の技術者の中に、後の沖電気工業創業者・沖牙太郎池貝創業者・池貝庄太郎宮田工業創業者・宮田栄助らがいた。

沿革

  • 1875年明治8年)- 初代田中久重が東京・銀座に電信機工場を創設。
  • 1882年(明治15年)- 田中大吉(後の2代目田中久重)が東京・芝浦に「田中製造所」を設立。
  • 1890年(明治23年)- 藤岡市助三吉正一が東京・京橋に「合資会社白熱舎」を創設、日本で最初の一般家庭向け白熱電球の生産を開始する。追従する他社を寄せ付けず市場をほぼ独占していた。
  • 1893年(明治26年)- 三井財閥より藤山雷太を招聘し、田中製作所から「芝浦製作所」として再スタート。
  • 1896年(明治29年)- 合資会社白熱舎が「東京白熱電燈球製造株式会社」に社名変更。
  • 1899年(明治32年)- 東京白熱電燈球製造株式会社が「東京電気株式会社」に社名変更。

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  • 1969年(昭和44年)2月 - 「東芝傘マーク」を書きやすい形状に部分修正し、方形の背景に白抜き表示を開始。 近年まで社員徽章・製品ラベルに見られた。
  • 1969年(昭和44年)10月 - フジテレビ系列で東芝一社提供によるテレビアニメサザエさん』の放送を開始。
  • 1969年(昭和44年)11月 - 「東芝傘マーク」が世界の一部の国で誤読を招いた(「Joshiba」と勘違いされた)ことから、現在の「東芝ロゴ」(サンセリフ系)を横長にしたような形状のロゴの併用を開始。
  • 1975年(昭和50年)- 創業100周年、家電製品で「東芝新世紀シリーズ」を販売。
  • 1976年(昭和51年)- 岩田弌夫が社長に就任、リストラの開始(家電製品の総発売元だった東芝商事を、地域別に分割して地域内販社と統合し再編=現在は東芝コンシューマ・マーケティングに再統合=など)。
  • 1979年(昭和54年)- 英文社名表記を「Tokyo Shibaura Electric Co., Ltd.」から「TOSHIBA CORPORATION」に変更、同時に現在の“TOSHIBA”ロゴの原型(横長のゴシック体)が広告用に併用され始める。
  • 1981年(昭和56年)- 佐波正一が社長に就任。
  • 1982年(昭和57年)1月 - 超LSI研究所設置・クリーンルーム建設に230億円の設備投資決定。
  • 1984年(昭和59年)4月 - 株式会社東芝に社名変更、後に本社機能を東芝ビルディング(港区芝浦)に統合。同年、世界初のセレクトルーム付き冷蔵庫「優凍生セレクト」発売。西川きよしCM起用し、大ヒット。
  • 1987年(昭和62年)- 東芝機械ココム違反事件発覚。
  • 1990年平成2年)4月 - 「東芝グループ経営理念」および「東芝グループスローガン『人と、地球の、明日のために。』」を制定。
  • 1992年(平成4年)- NAND型フラッシュメモリ技術を市場の拡大のためとしてサムスン電子に供与。
  • 1998年(平成10年)- テレビアニメ「サザエさん」の一社提供を終了。ただし提供自体はその後も継続している。
  • 1999年(平成11年)- ゼネラル・エレクトリックからシックス・シグマの手法を導入、社内カンパニー制採用。東芝クレーマー事件発生。
  • 2000年(平成12年)- 登記上本店だった川崎事業所(神奈川県川崎市幸区堀川町)を閉鎖、浜松町の東芝ビルディングが本店となる。
  • 2002年(平成14年)9月 - 東芝日曜劇場の東芝一社提供を終了し、同番組の提供を一時降板。7年後に復帰した。
  • 2003年(平成15年)1月 - 東芝の一部門より分社化し株式会社駅前探険倶楽部(現在の駅探)を設立。
  • 2005年(平成17年)6月 - 西田厚聰が社長に就任、積極経営に転ずる。
  • 2006年(平成18年)
  • 2007年(平成19年)
    • 6月 - 東芝EMI全株式を、イギリスのEMIグループに売却し音楽事業から撤退。売却後の社名はEMIミュージック・ジャパン(現・ユニバーサルミュージック合同会社/EMI Records Japanレーベル)。
    • 9月 - 銀座東芝ビルを東急不動産に1610億円で売却を発表。
    • 12月 - 日本企業で初めて、ワン・タイムズスクエア・ビルの最上部にブランド広告を掲示。
  • 2008年(平成20年)
    • 2月 - HD DVD事業からの撤退を表明。現時点から生産規模を縮小し、3月末で正式に撤退する。これを受け、次世代DVD規格はBlu-ray Discへの統一が決定した。
    • 4月 - 子会社の東芝ライテックと共に、2010年を目処に、一般白熱電球の製造・販売を中止する予定と発表。
    • 11月 - リーマン・ショック後、財政状態悪化により東芝ビルディング(本社ビル)梅田スカイビルを所有する東芝不動産を、野村不動産ホールディングスに1500億円で売却。
  • 2009年(平成21年)7月 - 佐々木則夫が社長に就任。
  • 2010年(平成22年)
    • 3月 - 同年4月1日より住宅用太陽光発電事業に参入すると発表。
    • 3月 - 1890年から続けていた白熱電球の製造・販売のうち、一般用途向け白熱電球の製造を日本で最初に中止した。
  • 2011年(平成23年)
  • 2012年(平成24年)
    • 3月下旬 - ウェスタン・デジタルに東芝ストレージデバイス・タイ社を譲渡し、ウェスタン・デジタルからハードディスク製造設備の一部を取得。
    • 4月 - 携帯電話事業を富士通に売却。
    • 4月 - 経済産業省の補助事業「エネルギー管理システム導入促進事業」におけるBEMSアグリゲータに登録される。
  • 2013年(平成25年)6月 - 田中久雄が社長に就任。
  • 2015年(平成27年)
  • 2016年(平成28年)
    • 3月17日 - 東芝メディカルシステムズの全株式をキヤノンに売却。
    • 4月1日 - 特許ライセンス関係を除くパソコン事業を、会社分割により東芝情報機器に承継。東芝情報機器株式会社は東芝クライアントソリューション株式会社に商号変更。大分工場のシステムLSI事業の一部を岩手東芝エレクトロニクス株式会社に承継。岩手東芝エレクトロニクス株式会社は株式会社ジャパンセミコンダクターに商号変更。
    • 5月12日 - 決算発表において、日本の事業会社として過去最大となる7191億円の営業赤字と、東芝として過去最悪となる4832億円の最終(当期)赤字となった。
    • 6月22日 - 粉飾決算事件を受けて、会計監査人が新日本有限責任監査法人からPwCあらた有限責任監査法人に交代。
    • 6月30日 - 東芝ライフスタイルから映像事業を会社分割し、東芝映像ソリューション(前日に東芝メディア機器から商号変更)に承継すると同時に、白物家電事業を残した東芝ライフスタイル株式の80.1%を、約514億円で美的集団に譲渡。
    • 9月 - 東芝山口記念会館日本テレビホールディングスに売却。
    • 12月19日 - 東京証券取引所が「特設注意市場銘柄」の期間継続を決定。
  • 2017年(平成29年)
    • 1月20日 - 東芝が買収を計画していた原子力関連部品メーカー『ニュークリアーロジスティクス』の買収計画断念が報じられた。
    • 2月14日 - ウェスティングハウス・エレクトリック・カンパニー(WEC)の「アメリカ合衆国での原子力発電所建設事業における『のれん代』計上額」における会計処理を巡り、不適切な対応があったという内部通報を受け、PwCあらた有限責任監査法人の承認が降りなかったことにより、第3四半期決算発表を財務省関東財務局に申請し認められたため、2015年決算に続き2度目になる第3四半期決算発表が急遽延期され、記者会見が開かれた。
    • 2月15日 - 東芝会長である志賀重範が会長職を辞任。
    • 3月13日 - 東芝テックの売却が報道されたが、東芝側はこれを否定。
    • 3月14日 - 過去の決算にも不正の可能性があり、調査を続行するため第3四半期決算発表を、2017年4月11日まで2度目の再延期を財務省関東財務局に申請し、認められる。4月11日に有価証券報告書が提出出来無い場合は『上場廃止』となる。
    • 3月15日 - 東京証券取引所と名古屋証券取引所が、東芝株を『特定注意銘柄』から『監理銘柄』に格上げ指定。
    • 3月29日 - 子会社ウェスティングハウス・エレクトリック・カンパニーが連邦倒産法第11章ニューヨーク州連邦裁判所に申請した。負債総額は98億1,100万米ドル
    • 3月30日 - 臨時株主総会を千葉市幕張メッセで開催し、半導体メモリ事業の売却が、株主の3分の2以上の賛成により、可決された。
    • 4月1日 - 半導体メモリ事業を東芝メモリに分社化。
    • 4月11日 - 第3四半期決算を発表したが、PwCあらた有限責任監査法人は四半期レビュー範囲制約による「結論不表明」とし、東証一部上場企業では極めて異例での決算発表となった。この日の記者会見では「内部統制は有効」と主張したが、東京証券取引所からの上場廃止が避けられないと見られている。
    • 5月15日 - 2016年度の決算発表が、PwCあらた監査法人の承認を得ることが出来ず、通常の「決算短信」ではなく、東芝内部で作成した「2016年度通期業績見通しに関するお知らせ」という独自のプレスリリースを公表するに留まった。債務超過に陥ったことで、東芝株は2017年8月1日付で東証二部に降格する事になった。ウエスタン・デジタルは、東芝の半導体事業売却が「合弁契約に反している」として国際仲裁裁判所に調停を申し立てた。仲裁の結果によっては、再建が極めて難しくなる可能性がある。

製造や研究の拠点

自主拠点

  • 横浜事業所(横浜市磯子区
    • 磯子エンジニアリングセンター、電力・社会システム技術開発センター、半導体研究開発拠点であるデバイスプロセス開発センターを併設。
  • スマートコミュニティセンター(神奈川県川崎市幸区堀川町) - かつて本店所在地であった川崎事業所の跡地にある商業施設ラゾーナ川崎に隣接するラゾーナ川崎東芝ビル(地上15階建て)に置かれる。社会インフラ部門やクラウドソリューション部門などが集結する。2013年(平成25年)10月31日開所。東芝未来科学館を併設する。
  • 深谷事業所(埼玉県深谷市)- かつてはテレビ受像機開発・生産の一大拠点であったが、2012年(平成24年)3月にテレビ受像機の生産を停止。現在は電解機能水生成装置や航空機向けブラウン管の生産を行う。
  • 姫路半導体工場(兵庫県揖保郡太子町
  • 小向事業所(神奈川県川崎市幸区小向東芝町)
    • 1937年(昭和12年)操業開始の歴史ある工場。1952年(昭和27年)には、工場の所在する地名も「小向東芝町」となった。
  • マイクロエレクトロニクスセンター(神奈川県川崎市幸区小向東芝町)
    • 前身は1958年(昭和33年)操業開始のトランジスタ工場。1983年(昭和58年)に多摩川工場に改称。1999年(平成11年)にマイクロエレクトロニクスセンターが発足。
    • 半導体システム技術センター分室(神奈川県川崎市幸区堀川町)
  • 四日市工場(三重県四日市市) - 従業員数4500人超で、日本の半導体メモリ製造の拠点。スマートフォンやSSDなどに使われている、NAND型フラッシュメモリを製造。サンディスクと共同で製造合弁会社を設立し、第4製造棟まで稼働中。第5製造棟は2011年春に完成し、稼働予定。
  • 姫路工場(兵庫県姫路市余部区) - 従業員数1400人超で、個別半導体・蛍光灯の製造を行っている。かつて、姫路工場内に太子分工場があり、1966年(昭和41年)から東芝のブラウン管製造の拠点でもあった。2004年(平成16年)にブラウン管製造ライン停止、太子分工場は閉鎖し、前出の半導体工場が残った。
  • 京浜事業所(横浜市鶴見区)- 東芝の敷地内にあり、東芝の従業員以外は駅の外に出られないことで有名な海芝浦駅がある工場。ひとつ手前の新芝浦駅から敷地になる。
    • 入船分工場が新芝浦駅の隣の浅野駅にある。
  • 浜川崎工場(神奈川県川崎市川崎区) - 所在地は、多摩川を挟んで羽田空港の対岸にある浮島町。浜川崎駅からは遠い。

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主要子会社の拠点

かつて存在した拠点

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  • 青梅事業所(東京都青梅市) 旧称 青梅工場 - OA機器や産業用機器を開発、製造する工場として機能し、古くはワープロ、OAシスコン、OCR、郵便番号別分類装置等の生産拠点であったが、後に主にPC&ネットワーク社およびデジタルメディアネットワーク社、モバイルコミュニケーション社などのノートPCや携帯型音楽プレーヤなどのモバイル機器、HDDの設計/製造、DVD&HDDレコーダ液晶テレビ、ネットワーク端末ほか各種デジタル家電などの開発拠点となっていた。モバイル機器においては歴代の大型、小型機器で培った専用LSIの開発とLSI実装技術開発も行っていた。日野工場の閉鎖に伴い東芝製携帯電話端末の修理・サポートを受け持つモバイル事業統括部が設置されていた。土地を2016年(平成28年)12月に野村不動産へ売却し、2017年3月末に閉鎖予定。
    • パソコン事業などは子会社の東芝クライアントソリューション株式会社に移管されている。
    • 青梅デジタルメディア工場、モバイルコミュニケーションデベロップメントセンター、コアテクノロジーセンター、PC開発センターを併設。
  • 川崎事業所(神奈川県川崎市幸区堀川町) - 1908年(明治41年)、神奈川県橘樹郡御幸村に東京電気川崎工場として操業開始。1945年(昭和20年)に堀川町工場、1998年(平成10年)に川崎事業所と改称。戦前はタングステンランプ、戦後はブラウン管、半導体製造の拠点として機能。東芝(旧東京芝浦電気)の本社機能もここに置かれ、東京・芝浦の東芝ビルディングへの本社移転後も堀川町を登記上の本店としていた。1999年(平成11年)9月に生産を終了し、翌2000年(平成12年)に閉鎖。跡地は三井不動産との共同開発によりラゾーナ川崎となる。現在でもラゾーナ川崎敷地内に、堀川町工場の看板、消火用ポンプ、「東芝ブラウン管発祥の地」の碑などのモニュメントが残されている。
  • 柳町工場(神奈川県川崎市幸区柳町) - 1936年(昭和11年)操業開始。郵便物宛名自動読取区分機や自動改札装置等の自動化省力機器、電力計等を生産していたが、2005年(平成17年)に閉鎖。現在はキヤノン川崎事業所となっている。
  • 日野工場/日野モバイル工場(東京都日野市) - スマートフォンを含む携帯電話全般の設計を行っていた。なお、携帯電話の製造に関しては2009年(平成21年)10月まで当工場で行われていた。携帯電話事業の移管に伴い2010年(平成22年)10月に閉鎖。跡地は三井不動産へ売却され、現在は物流施設「MFLP日野」となっている。
  • 北九州工場(福岡県北九州市小倉北区)- 1920年(大正9年)に東京電気の小倉工場として操業し白熱電球の生産を始め、高度成長期にはトランジスターなどを生産し、半導体生産の拠点として稼働してきたが、2012年9月を以て生産を終了。跡地の利用希望企業が見つからないため、市は「土地所有者の東芝と知恵を出し合い活用方法を早急に検討する」としている。
  • 大分工場(大分市) - 半導体の製造。子会社のジャパンセミコンダクターなどに承継された。

1962年(昭和37年)3月発行のカタログ『東芝家庭電化器具62A』には現存工場である鶴見や府中、姫路などのほか、「名古屋工場(同市西区)の扇風機の製造」「大阪工場(茨木市)の冷蔵庫の量産」の記載がある。柳町工場は「家庭電気器具の主力柳町工場」と記載されている。

主要グループ企業

その他の出資企業

かつてのグループ企業・出資企業

家電製品

薄型テレビ

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東芝の薄型テレビはハードディスクやネットワークと連携し、テレビの映像を簡単に録画できる液晶テレビ「REGZA」を主軸としこれまで低かった同社の液晶テレビのシェア率を徐々に伸ばしているものの2008年度(平成20年度)国内の液晶テレビシェア12%は4位であった。

2009年(平成21年)に中国で液晶テレビの不具合が多発し、集団訴訟がおきている。次世代の薄型大画面テレビではSED方式をキヤノンとの合弁会社により共同開発するも東芝の出資会社であることに特許係争先の米Nano-Proprietary社が難色を示し、問題の早期解決を図るため東芝としての出資分をすべてキヤノンに売却した。しかし東芝からの従業員の出向は継続しており、SED方式のテレビは東芝からも発売を行う予定としている。

ここ数年は海外メーカーとの激しい価格競争が続いており、東芝は2015年に映像事業を抜本的に見直し、今後は画質や録画機能に関して高い評価と安定したシェアを持つ国内市場に注力し、4Kテレビを中心とした高画質モデルの自社開発・販売を継続していくことを明らかにした。海外市場については台湾コンパル社や中国スカイワース社へのブランド供与型ビジネスへ移行する。

レコーダ

HDD&DVDレコーダでは2001年(平成13年)に世界に先がけて製品化(RD-2000)を実現し、RD-Styleとして次々と新機種を発売。バグ、動作速度、機能性ともに順次改良されてゆく。その後、地上デジタル放送に対応するためシステムを一新しブランド名をVARDIAに変更。

NECとともに HD DVD を開発、ソニーの Blu-ray Disc (BD) と熾烈な規格争いを演じるが2008年(平成20年)2月19日、BDとの規格争いに破れ撤退を発表。損失処理に必要な金額は、1000億円以上とされている。詳細はHD DVD#東芝のHD DVD事業終息発表後の各方面の動きを参照。

2009年(平成21年)8月10日、BD参入に向けてブルーレイ・ディスク・アソシエーション (BDA) への申請しているとされるが、BDに負けたら土下座をすると発言した当時のDM社社長藤井美英の土下座は行われておらず、東芝側から土下座発言についての見解は一切出ていない。

その後、東芝は正式にBD陣営に参入、先にBDドライブ搭載の「dynabook」(ノートパソコン)を発売した。さらに、2010年(平成22年)2月Blu-ray対応レコーダー「VARDIA」を発売した。その年の9月にVARDIAからREGZAへとブランド名変更をし発売をした。REGZAブルーレイは、3Dに対応した機種が東芝では初の発売となった。

オーディオ

かつては「ボストン」や「Aurex(オーレックス)」のブランドでオーディオ商品を展開していた。また、ゼネラルオーディオの分野では、80年代初めから半ばにかけ、ヘッドホンステレオ「Walky(ウォーキー)」や、ラジカセ「SUGAR(シュガー)」といった人気ブランドを擁していた。

しかし、90年代初めには東芝本体の経営方針転換により、オーディオの自主開発を中止。順次ケンウッドシャープOEMに切り替わった後、それらの販売終了と共に東芝ブランドのオーディオは一旦市場から消えた。

2002年、ハードディスク搭載のMP3プレイヤーgigabeatをリリースし、東芝ブランドのオーディオ製品が約10年ぶりに復活した。このgigabeatは2007年まで5年間発売されていた。また、マイクロソフトが販売していたMP3プレイヤーZune(日本公式未発売)のハードウェアの開発・製造も同時期に行っていた。

なお、2003年からゼネラルオーディオ分野においても、グループ会社の東芝エルイートレーディングが企画・調達してくる形でCDラジカセラジオスピーカーシステムといった製品ラインナップが復活、東芝ブランド製品として家電量販店や、系列の家電品販売店「東芝ストアー」で販売している。2016年には更に機種を増やし実に26年ぶりとなる「Aurex」を冠したハイレゾ対応卓上型CDパーソナルシステムも発売。

管球・照明設備

現在は子会社の東芝ライテックに移された事業だが、1890年明治23年)に日本で初めて一般白熱電球の生産を開始し、電球の6大発明と言われる世界初の2重コイル技術と内面つや消し製法をそれぞれ1921年1925年(大正10・14年)に開発。

また1953年(昭和28年)には、国産初の蛍光灯の生産も開始した。とりわけ蛍光灯に関しては1954年(昭和29年)の丸形蛍光灯「サークライン」、1980年(昭和55年)の電球形蛍光灯「ネオボール」に代表される新しいタイプの商品を多く生み出している。また、NHKと共同で蛍光灯の電波妨害を防止する技術「ノイズレス」も開発している。

東芝は2008年(平成20年)4月、東芝ライテックと共に、2010年(平成22年)を目処に一般白熱電球の製造・販売を中止する予定であると発表。2010年(平成22年)3月17日付で一般白熱電球の製造を中止した。ただし、ミニクリプトンランプ、ハロゲンランプ、反射型ランプなど、現在の電球形蛍光灯LED照明などに置き換えられないものは除くとしている。また、調光用途等に一般白熱電球を使用する顧客向けに、当面少量の販売を継続するとも発表した。

なお、この電球製造中止予告を取り上げた企業広告シリーズ「電球への思い」編が、第38回フジサンケイグループ広告大賞のメディアミックス広告大賞を受賞した。

2015年3月には業界で初めて電球形蛍光灯生産より完全撤退し、以後はLED電球のみの生産へ完全移行している(電子点灯管と蛍光灯「メロウZプライド&メロウZロングライフ」・「ネオスリムプライド」シリーズは交換用途に絞って継続生産)。

扇風機

家庭用扇風機の翅数は、主に工作をしやすいという理由で、長く3翅が主流だった。三角対称な形状は、四角角対称な形状に比べて、歪みを取りやすく、中心点を取りやすいメリットがあった。

東芝は、よりモータの出力を効率的に使えるとして、1970年(昭和45年)末より、一部の特殊な機種を除き、4翅へと変更、「4枚羽の東芝」のキャッチコピーで、他社の製品より優れているイメージを前面に押し出した。定格回転数を下げることにより、モータ発熱の抑制、静粛性を高める事が可能であった。反面、交流モータの制御が未熟であったこの当時、歪みによる回転特性の悪化というデメリットもあったが、この時期以降、日本の部品製造精度が諸外国に比べて飛躍的に高まったので、問題とはならなかった。

現在では、電子運転制御によるよりきめ細やかな制御が可能になったので、これに対応して、他社では1枚あたりの面積を削った5翅プロペラが主流となったが、東芝製扇風機は宣伝上の意味を失った現在でも、4翅プロペラを踏襲している。2011年より省エネルギー性と静音性に優れたDCモーターを採用した扇風機を販売。

現在の工場は主に中国であり、設計・製造は東芝ホームテクノが担当している。

戦前の芝浦製作所時代のものが現在でも多数現存しており、骨董家電として人気が高い。

電子部品

HDD

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2003年(平成15年)12月には世界最小となる0.85インチハードディスクドライブを開発し、2006年au向けのCDMA 1X WIN対応携帯電話「MUSIC-HDD W41T」に搭載した。このHDDは、「世界最小のハードディスクドライブ」として2005年版のギネス世界記録に掲載されていた。

2012年(平成22年)にウェスタン・デジタルHGST(旧・日立グローバルストレージテクノロジーズ、日立GST)買収(同年3月8日完了)に伴う寡占化対策としてウェスタン・デジタルからコンシューマ向け製品の一部の製造設備及び知的財産とニアライン向け製品の一部の製造設備(HGSTの1TBプラッタの3.5インチドライブの製造設備及びウェスタン・デジタルの試験設備や知的財産の一部、東芝が取得するまでHGSTではその設備を用いた生産を継続。)を取得し、それまで製造していた2.5インチ以下及びエンタープライズ向け3.5インチのハードディスクに加えクライアント向け3.5インチのハードディスクの製造も開始した。なお、ウェスタン・デジタルには東芝ストレージデバイス株式会社の子会社で2011年のタイにおける洪水で被災し休止している生産子会社の東芝ストレージデバイス・タイ社を譲渡(2009年に富士通より取得した製造拠点、ウェスタン・デジタルが取得した後の処遇は未定だが、人員はウェスタン・デジタルのタイにおける生産拠点に統合する予定。

フラッシュメモリ

東芝は、舛岡富士雄を中心にフラッシュメモリの開発を進め、1980年 NOR型フラッシュメモリを、1986年 NAND型フラッシュメモリを発明した。

DRAMでのサムスン電子を始めとする、外国企業への技術流出の反省から、NAND型フラッシュメモリ開発では、サンディスクと共同で三重県四日市市の「四日市工場」で生産し、日本での製造を徹底して、秘密主義と集中投資の方針を貫き、2006年から2008年までの2年間、世界シェア2位の確保していた。iPod nanoなど、フラッシュメモリ型オーディオプレーヤーやSDメモリーカードなどへフラッシュメモリを提供していた。

プロセッサ

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CPUでは、古くは1973年フォード社からエンジン制御用マイコンの開発依頼を受けてTLCS-12という世界初のワンチップ12ビットマイコンを自社開発した。フォードの環境テストに合格し、市販車にはじめて搭載されたCPUであった。90年代末には、

ソニー・コンピュータエンタテインメントと共同でPlayStation 2用のCPU「Emotion Engine」を開発した。その協力関係は、PlayStation 3用のCPU「Cell」開発で続いていた。

コンピュータ、パソコン

コンピュータに関しては、1950年代に真空管を使用したTACのハードウェア開発を発端とし、TOSBACの名で製品をリリースしていた。

また国策として日本電気(NEC)と共に、メインフレームを製造(ACOSシリーズ77、実際にはACOS-6シリーズ)していたが、比較的早い時期に撤退した。日本電気と共同で設立したSI会社、「日電東芝情報システム」(のちに、NEC東芝情報システム、通称NTIS)で、ACOSシリーズのSI事業を中心にした事業を行なっていたが、2004年4月に東芝との合弁を解消した。

Unixサーバ・ワークステーションとして、Sun Microsystems社の製品をOEMでの販売をしていた。大・中規模サーバ系(Sun Enterpriseなど)は UX series、デスクトップサーバ・ワークステーションは AS series というブランドであった。ASシリーズでラップトップワークステーションの開発および販売も行っていた。

パーソナルコンピュータでは、8ビット機として「PASOPIA」(パソピア)シリーズ、16ビット機として「PASOPIA16」、独自に日本語化したラップトップ型PC/AT互換機J-3100」シリーズ、ノート型のPCでは「DynaBook」(ダイナブック(現在は「dynabook」)。海外向けはSatellite)を開発し、1993年(平成5年)から2000年(平成12年)までノートPCシェア7年連続世界1位となった。また、「Libretto」(リブレット)の人気が高かった。デスクトップPCについては企業向けのEQUIUM(エクィアム)を除き生産を終了した。

また、2007年度(平成19年度)のノートPC世界出荷台数は1270万台、当時のシェアは9.0%であり、2.5型、1.8型のHDDを他社へ販売していた。また、青梅事業所は、日本語ワードプロセッサ_ワープロの国産第1号機 (JW-10) を開発した。この経緯はNHKプロジェクトX〜挑戦者たち〜で取り上げられた。青梅事業所は、2015年に閉鎖・売却された。

他にも、企業向けにTOSWORD(トスワード)、個人向けにはRupo(ルポ)シリーズを販売した。名称としての「Rupo」は、東芝製携帯電話の文字変換ソフトとして2005年まで使われていた。

2015年の売上高は6663億円となり、赤字が続いていた。東芝、富士通VAIOの3社によるパソコン事業を統合計画は、2016年4月に検討解消となった。

医療機器

東芝グループでの社会・インフラ部門の中核をなし、東芝グループ内での評価は高かった。子会社であった東芝メディカルシステムズは、特にX線CTでは、海外メーカー(フィリップスシーメンスGE)と並ぶ代表的メーカーとなっている。CTの国内シェアは1位であったが、2016年3月17日に全株式をキヤノンに譲渡し撤退した。

内視鏡の販売部門は2002年(平成14年)4月フジノンとの合弁としてフジノン東芝ESシステムを設立。2009年(平成21年)には出資していた40%の全株式を富士フイルムに譲渡した。富士フイルムとの協力関係は継続している。

重電機

重電部門では、発電用のタービン発電機復水器原子炉などの大型機器を製造する他、ゼネラル・エレクトリック (GE)社からライセンスを受け、日立製作所と共に日本における沸騰水型原子炉(BWR)のサプライヤーとして東京電力をはじめとする日本の発電事業者にBWRを販売しているほか、小型原子炉の開発も進めている。GE社とは核燃料の製造販売や将来型原子炉の共同研究などを通じて深い繋がりがある。

また2005年(平成17年)に発表されたBNFLによるウェスティングハウス(WH)社の原子力部門売却に応札し、落札に成功した。WH社は加圧水型原子炉(PWR)の世界的メーカーとして知られており、発電炉の主流としてPWRを据える欧州などに販路が広がる可能性がある。これにより日本のトップメーカーとしての地位を得た。

軍事機器

防衛省関連の製品として、地対空ミサイルなどを開発・製造している。

鉄道車両

鉄道車両(ただし電気機関車と、電車VVVFインバータ制御装置空調補助電源電動機主制御器マスター・コントローラー列車選別装置などの電装のみ)も手掛けており、日本では総合車両製作所川崎重工業の両車両メーカー阪急電鉄/阪神電気鉄道神戸電鉄北神急行電鉄を除く阪急阪神東宝グループ、特に神宝線)などの各鉄道事業者東海旅客鉄道(JR東海)などのJRグループ各社をメインユーザーとする。とりわけ、静止形インバータにおいて納入実績が非常に多い。

電装品では日本では初めてIGBT素子を用いたVVVFインバータ制御装置を製造(営団06系電車を参照)した。また国鉄103系(試験用改造車)やJR東日本E331系などで見られるDDMや、東京メトロ16000系阪急新1000系阪神5700系ほかが採用している同期電動機などの新技術の開発も行っている。

府中工場内には元国鉄103系電車2両が試験用として存在している。

機関車については、過去に電気機関車のEF58形EH10形EF60形EF63形EF65形ED61形(のちにED62形に改造された)、ED72形ED73形ED75形などを製造したほか、電気式ディーゼル機関車DF50にも東芝製が存在した。2000年代以降は、JR貨物向けの機関車を製造しているのは東芝と川崎重工業のみである。

また、東芝標準型といわれる凸型車体の電気機関車を製造しており、数多くの機関車が各地の私鉄に納入されている。また、中には国鉄に買収された機関車もある。代表的なものでは、ED35形ED37形などがある。1990年代以降は日本ではEH10形以来の8軸電気機関車・EH500形EH200形、ハイブリッド機関車であるHD300形、電気式ディーゼル機関車であるDF200形のインバータ制御装置部、中国アイルランドなどの日本国外向け電気機関車などを製造している。

かつてはJRからED76形電気機関車を譲り受け、1048(とうしば)号と改番し、VVVFインバータ制御の試作車として試験を実施したことがあった。この他中国では大連機車車輛(旧・南満州鉄道沙河口工場)と合弁会社を設立する等、積極的に日本国外へ進出している。

また鉄道車両以外では自動券売機自動改札機などの駅務機器から、電力設備や電子連動装置なども手がけている。

ファイル:JNR EF58 60.jpg|EF58形電機機関車

ファイル:JNR Class EH10 61.jpg|EH10形電気機関車
大阪市東淀川区内で静態保存中。

File:Hankyu 1105 at Okamoto Station.JPG|阪急電鉄神宝線神戸宝塚線)車両には、一貫して東芝製の電装品が採用されている。写真の車両は2代目1000系

File:Hanshin 5700 test run oishi.jpg|阪神電気鉄道5700系

ファイル:ED6214a.jpg|ED62形電機機関車

ファイル:EF63-1.JPG|EF63形電気機関車

ファイル:Ef65-500.jpg|EF65形電気機関車

ファイル:JNR EL ED721.jpg|ED72形電気機関車

ファイル:JNR ED75 757 20020731.jpg|ED75形電気機関車

ファイル:HD300-901 Shin-Akitsu 20100330.JPG|HD300形ハイブリッド機関車

ファイル:JRC-313-5000EC.jpg|JR東海313系電車

ファイル:Kotoden71.jpg|高松琴平電気鉄道71号 東芝が製造した唯一の電車。

ファイル:Dream1.jpg|ドリーム交通10形
走り装置を担当
軌道の強度不足により1967年運行休止。

ファイル:Tokyu New 6000 series EMU 013.JPG|東急6000系の東芝製VVVFインバータ制御装置

ファイル:KeikyuN1000-INV153-F0.jpg|京急新1000形の東芝製補助電源装置

計測機器

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携帯電話

携帯電話では、自社製の高性能3Dグラフィックアクセラレータ「MOBILE TURBO T4G」(一部のワンセグ対応機種は「MOBILE TURBO T5GP」が搭載される)を多くの機種に搭載している。また、グループ企業である東芝モバイルディスプレイ(旧 東芝松下ディスプレイテクノロジー)社製のポリシリコンTFT液晶ディスプレイもユーザーからの評判が高い。

携帯電話で初めて搭載した機能は、J-フォン(現ソフトバンクモバイル)のJ-T08(2002年12月発売)のQVGA液晶や、auのA5304T(2003年2月発売)のアプリをダウンロードできるBREW、auのMUSIC-HDD W41T2006年2月発売)の0.85インチHDD、auのW56Tの「KCP+」によるマルチプレイウインドゥ機能がある(2008年2月発売。同社のW56Tの実質的な兄弟機種のソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズ製端末W54Sと同時発売。ただし日本語入力システムなどの機能が一部異なる。KCP+のオペレーティングシステムKDDIテクノロジーおよび三洋電機(大阪、現:京セラ SANYOブランド)との共同開発である)。

現在、NTTドコモKDDI沖縄セルラー電話の各auブランド(旧・IDODDIセルラー)、ソフトバンクモバイル(旧・デジタルフォン/デジタルツーカー → J-PHONE → ボーダフォン(日本))、ウィルコム(旧・DDIポケット)、イー・モバイルの5つの携帯・PHS全キャリアに端末を供給している。このうち、NTTドコモ向けには、T2101V以降7年間端末供給が途絶えていたが、2009年(平成21年)6月20日docomo PRO seriesとして発売されたスマートフォンT-01Aで供給が再開された。しかし発売直後に一部の地域にダイヤル不具合が発覚し、発売を一時中止することとなった。

かつてはツーカー向けにも端末を供給していたが、ツーカーのサービス終了に伴い、供給を停止している。2008年(平成20年)2月には、イー・モバイルにも参入する事を発表した(イー・モバイル向けの第1号機は音声用端末の「H11T」)しており、ドコモへの再参入により、事実上東芝はシャープと同様、携帯・PHS全キャリアに端末を供給する事となった。すでにサービスを終了したキャリア(ツーカー・アステルドコモPHS)を含めた全キャリアに供給実績があるのは唯一、東芝だけである。ただし、ドコモに参入していない状態が長く続いたため、2008年上半期時点の国内シェアは5位と低迷している。

ソフトバンクモバイル向け端末には待ち受けキャラクターとして「くーまん」が採用されており、またau向け端末にはW53T以降のCDMA 1X WIN対応端末には待ち受けキャラクターとして「トウシバ犬」が採用され、このうちbiblioT002に限り待ち受けキャラクターとして「デコレ村ソーダ」が採用されている。

2008年(平成20年)4月よりスタートしたドラマ『ケータイ捜査官7』では、同社製の『SoftBank 815T』が改造され人工知能が付いた携帯電話が登場する。 その後、SoftBankから『フォンブレイバー 815T PB』として発売されている。また、製作にも協力している。

日立製作所がハイエンド機に力を入れているのに対して、東芝は普及型端末からハイエンド(高機能)機まで(ただしau向けの機種は法人向け音声用端末のE08T、およびIS02E31Tなどのスマートフォンを含む2008年以降の機種よりKCP+並びにKCP3.0の関係上、ほぼ高機能機のみの展開となっている)幅広く手がけている。一方ソフトバンクモバイル向け端末では国際ローミングに消極的な姿勢を見せており、2007年夏モデル以降はスマートフォンのX01T以外の全機種が国際ローミング非対応となってしまった。2008年夏モデルでは3Gローミングのみ対応(GSM非対応)となっている。

PHSはアステルグループとウィルコム(旧DDIポケット)に端末を供給。2001年(平成13年)発売のDL-B01以降供給が止まっていたが2007年(平成19年)にWX320Tでウィルコムに再参入。そちらのUI日本無線と共通の物となっている。

2009年(平成21年)5月20日東京都日野市の日野工場での携帯電話製造を同年10月に打ち切り、日本国内での携帯電話生産を終了する事を発表した。また、全機種を海外で生産し、その内自社生産分は、中国で生産するスマートフォンのみとなっている。

2010年(平成22年)6月17日、携帯電話事業を富士通と統合させることを発表した。同年10月1日に、富士通と新会社「富士通東芝モバイルコミュニケーションズ株式会社」(FTML)を設立し、東芝の当該部門のみを受け皿とする。

2012年(平成24年)4月1日、東芝出資分の富士通東芝モバイルの株式を、富士通に売却。携帯電話事業から撤退した。

2009年の所得隠し発覚
2009年(平成21年)7月2日、東芝と子会社東芝メディカルシステムズによる11億円の所得隠しが、東京国税局税務調査で発覚し、追徴課税を約4億5000万円支払うこととなった。
2011年の所得隠し発覚
2011年(平成23年)12月、同社子会社の東芝コンシューママーケティングで、東京国税局の税務調査により、2010年3月期に於いて約9億円の所得隠しが発覚し、東芝は同国税局に対し修正申告に応じた。

事件

東芝の労働事件
古くから過労死認定などの事例があり、近年では2008年、2009年に労災認定の事例がある。2011年にも工場における死亡事故が報道されている。2014年には、過労うつ病の女性社員の解雇裁判で、東芝の解雇の無効と東芝に全面的に過失があるとする、最高裁判決が出ている(最高裁判決平成26年3月24日第2小法廷)「東芝うつ病事件」。この裁判では、東芝は、会社ぐるみで口裏を合わせる等、原告の業務内容を隠ぺい工作したり、原告のホームページによると当時寮に住んでいた原告に組織ぐるみの嫌がらせを行っている。
東芝クレーマー事件
1999年(平成11年)に東芝製ビデオデッキの不調を訴えて、修理を依頼したところ、東芝の担当者は、購入者に対して「クレーマー」と暴言を吐いた。担当者の暴言を秘密録音した音声ファイルをウェブサイト上で公開されたことから、消費者の共感と同情を得て、不買運動へと発展した。
東芝粉飾決算事件
2015年(平成27年)7月20日、第三者委員会の報告書により、経営トップの関与による2009年3月期から2014年4 - 12月期で計1518億円の利益を水増しする粉飾決算を行っていたことが報告された。同報告書では過去7年間で1500億円を超える利益の水増しの事実に加え、「チャレンジ」と呼ばれる予算達成のプレッシャー、経営トップが関与して“不適切会計”が行われたと分析している。
この問題により、7月21日に田中久雄が社長を辞任するほか、副会長で前社長の佐々木則夫、相談役で前々社長の西田厚聰ら7人が取締役を辞任することが発表されるなど、歴代3社長含む経営陣が7年間に渡り、この事件を主導してきたとして東芝株主からも株主代表訴訟で訴えられている。
この不正会計処理の対象は、コモディティ化で利益の出にくくなったパソコン事業、リーマンショックで落ち込んだ半導体事業、2011年3月の福島第一原子力発電所事故の影響で、新規受注が落ち込んだ巨額の資金で買収した米ウェスティングハウス・エレクトリック・カンパニー原子力発電所事業などが発覚している。これらの事業の不採算によって財務体質が悪化し、赤字をごまかすために粉飾決算を行ったとみられている。
この粉飾決算の発覚を引き金に、2016年の第1四半期決算において経営危機に陥り、1万4千人規模の人員削減と注力部門への異動、不採算事業からの撤退といったリストラを行った。不採算事業である家電、パソコン、LED照明CMOSイメージセンサからは撤退し、発電機などの「エネルギー事業」、フラッシュメモリFlash SSDなどの「ストレージ事業」、およびエレベータなどの「社会インフラ事業」に注力する方針であると報道されている。経営再建の切り札として、医療機器子会社の東芝メディカルキヤノンに売却され、債務超過は回避された。
しかし、年度内に売却資金を得るために急遽利用した売却スキームが「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」の『脱法行為』ではないかと問題視され、キヤノンと落札を争っていた富士フイルムホールディングスが「グレーな手法」と批難したが、売却は公正取引委員会に承認された。また、家電部門は中華人民共和国美的集団に売却され、パソコン部門は切り離しVAIOに統合する協議が進められていた(2016年4月に解消)。
2016年3月期決算では、事業会社で最大となる7191億円の連結営業赤字となり、4832億円の最終(当期)赤字となった。2017年(平成29年)3月15日から、東京証券取引所名古屋証券取引所より『監理銘柄』(審査中)に指定された。

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東芝解体 電機メーカーが消える日

かつて日本の自動車メーカーと並んで無敵の進軍を続けているかに見えた日本の電機メーカー。その多くが、いまや見るも無残な形に落ちぶれ、その多くは瀕死の重傷を負い、なかには危篤状態にあるところもある。どうしてこんなことになったのか。その秘密が、本書には余すところなく書かれている。ひとことでいうと、日本の電機メーカーにとって、半導体もテレビも白物家電も携帯電話も、実は「本業の傍らで、ついでに余技としてやっている程度のビジネス」で、本当の本業は別のところにあったという。それが東京電力を筆頭とする電力会社9社との取引であり、日本電信電話公社との取引であったという。

と電力会社にしても電電公社にしても、電気料金・電話料金は国家による独占が認められている無競争の美味しいビジネスで、両者は日本国民に対して一方的に課せられる事実上の税金であった。それが故に日本の電気代は一時世界で最も高くなり、長距離電話料金は一時期アメリカの10倍もしていた。こういう高額な公共料金がじゃぶじゃぶ入ってくる電力会社、電話会社は、仕様についてはうるさいことを言うが、価格については全く注文を付けない電機メーカーにとっては最高の「良いお客」で、電機メーカーは電力会社・電電公社からじゃぶじゃぶ下げ渡される美味しい注文で、実は経営がなりたっていた。一時期、電力9社が発注する設備投資金額は日本全体の設備投資金額の4割にも上ったという。すごいものである。それは今も続いていて、札幌にしても仙台にしても富山にしても博多にしても、一番偉そうにしているのは電力会社であり、その周りに群がる企業は、どいつもこいつも電力会社からの注文で生きている電力会社の下男下女みたいな存在なのである。

このシステムは日本社会に良く馴染んだものであった。景気が悪くなると、政府は電力会社、電電公社に料金の値上げを認めさせる。電気料金、電話料金が上がると、電力会社、電電公社の業績は急回復する。業績回復を受けて両者は設備投資を追加する。すると電力会社・電電公社にぶら下がる電機メーカーは潤う。それだけではない。政府は労働組合幹部に耳打ちして賃上げ要求を出させ、会社に認めさせる。すると賃金が増えて消費が増え、景気はあっという間に回復する。もともとは国民に薄く広く課せられた電気料金、電話料金の値上げが原資なのだが、それが回りまわって景気回復の原資になったのである。なぜそれが可能であったかというと、電力も電話も国家が独占を認めた無競争の社会主義的な産業構造になっていたからなのである。こうして獲得した莫大なキャッシュをベースに、日本の電機メーカーはアメリカ企業からタダ同然でいただいた産業技術を磨きに磨き、いつの間にか本家を上回る「競争力」らしきものを身に着けた。それが表面化したのが1980年代で、日本は半ばずるをして得た現金と技術を武器に世界中に集中豪雨的な輸出攻勢をかけ、欧米企業を軒並み破滅へと追い込んで行った。半導体そのものを生み出し発展させたフェアチャイルド社が潰れたのも日本の攻勢の影響だし、その嫡子のインテルも倒産寸前にまで追い込まれた。自動車と並び半導体でも勝利を収めた日本は「21世紀を支配する国」であるかのように言われていた。

この「日本の黄金時代」は、しかしほどなく暗転する。ベルリンの壁が崩壊し、ソビエト連邦が崩壊して、冷戦が終了すると、それまで日本を反共の防波堤として保護し、育成するとしてきたアメリカの対日姿勢が根底から覆る。もはやソ連は地上から消滅し、そのあとにできたロシアは経済が半ば崩壊した失敗国家状態でアメリカの敵ではなかった。そこでアメリカは日本を反共同盟の友人から、資本主義社会での手ごわい競争相手として認知し、日本がアメリカに隠れてこそこそやっていた「ずるい政策」を一刻も早く放擲し、アメリカと同じレベルプレイイングフィールドで競争するよう求めて来た。それが日米構造協議である。このアメリカの突然の手のひら返しに、当初、通産省を筆頭とする日本政府は猛然と反発するが、やがて国家の安全保障のほぼすべてをアメリカ様に委ねている情けない半独立状態にある日本の現実を認識し、アメリカに対し譲歩に譲歩を重ねるようになる。しかし、日本の本当の「敗北」は、こうした通商交渉での譲歩ではなく、その陰で進行していたアメリカ企業による強烈な技術革新と、その技術革新がもたらした「競争条件・競争環境の変化」に日本がついていけなかったことにある。アメリカ企業が仕掛けてきたゲームチェンジに日本はなすすべもなく敗退したのである。日本の電機メーカーは、長らくアメリカが設計し、アメリカが製造していたものを、ひたすらコピーし、それと同じものを「より安く」作り、更には不良品率を下げ、更には「より技術を磨いて性能をあげる」ことだけをやってきた。そのさまは、ゼロ戦がひたすら機体の重量を軽くして旋回性能を向上させて空中戦の能力を高めていった様に似ている。しかし、ゼロ戦とのドッグファイトに巻き込まれたら勝つ見込みはないと見切ったアメリカ軍は、やがて「ゼロ戦とは真正面から勝負しない」作戦に打って出ることで、ゼロ戦との戦いに勝つ方法を見つけるようになる。要するにゲームのルールを変えたのである。日本の電機メーカーが得意としたのは半導体の中でも主たる収益源だったDRAMの製造であった。そこでアメリカの半導体メーカーはDRAMから撤退し、CPUという高い付加価値をもったものの製造に特化し、そこに利益の源泉を集中させるようなは産業構造に全体を展開させていく。返す刀で韓国や台湾にもDRAMを作らせ、DRAMメーカーを豊作貧乏状態に持っていくことで、日本メーカーがDRAMで利益を出せないような構造に産業全体を作り変えてしまったのである。こういう産業の構造全体が転換した時、日本の会社は変化についていけない。日本の社会で何より重視されるのは雇用の安定である。日本の企業はいくら競争環境が変わったからと言って、簡単に工場を閉鎖したり、従業員を解雇したりできない。東芝は今も19万人の雇用を抱えているが、おいそれと解雇には踏み切れないのである。アメリカは違う。IBMはかつて40万人をアメリカで雇用していたが、コンピューターの製造から全面撤退したことを境に雇用を半分の20万人にまで減らした。その後、IBMはコンピューター製造会社からクラウドコンピューティングなどを中心とするサービス会社へと換骨奪胎し再び成長軌道に乗り始めているが、アメリカでの雇用は増やしていない。こういうことを日本の企業はなかなか出来ないのである。日本で出来るのは国家主導による産業再生で、本書でも産業再生機構が批判的に取り上げれれているが、「日の丸産業の競争力維持」を目標に掲げる経済産業省と、ひたすら利益を追求する民間企業では、そもそも経済活動を行う目的が異なるので、経済産業省の意図にかかわらず、産業再生機構は上手く機能しないのである。「日の丸半導体技術」「日の丸液晶技術」を守るべく設立されたエルピーダ、ルネサス、ジャパンディスプレイが、民間企業にとっては不要となった人材と設備のゴミ捨て場扱いされているのは、こうした事情による。だからいつまでたっても産業再生は出来ないのである。

バブル時、日本では日本人は民族的に勤勉で、日本人の創意工夫は無敵で、このいわば民族的優位性があるがゆえに日本の産業は無敵の進軍を永遠に続けるかのごとき解説が盛んになされていた。しかし、いまから振り返ってみると、こうした解説は夜郎自大、増長以外の何物でもなかった。考えてみると、半導体にしても、コンピューターにしても、ゼロからこれらを考えだし、実用に漕ぎ着け、産業化したのはアメリカ人である。日本は自力だけではアメリカ人の足許にも及ばず、愛情あふれる寛大なアメリカ人が技術を寛容に供与してくれたおかげで、ようやく半導体を作れるようになっただけだった。そのアメリカの半導体産業を一時日本の電機メーカーは滅亡寸前にまで追い詰めた。それでも日本の電機メーカー経営者にはアメリカに対するリスペクトはほとんどなく「ついにアメリカに勝った」式の敗戦以来の恨みつらみを晴らして溜飲をさげるような爺さんが多かった。その爺さんたちが経営していたメーカーが、軒並み瀕死の状態にあえいでいる。こういうのを自業自得というのである。自動車産業は違った。トヨタにしてもホンダにしてもアメリカが大好きで、「自分たちをここまで育ててくれたのはアメリカ」という、アメリカ自動車大学に対する敬意と尊敬を抱く経営者が多かった。だからアメリカの自動車メーカーの生命線であったSUVの製造に日本の自動車メーカーはなかなか乗り出さなかった。いわゆる武士の情けをかけたのである。

本書には莫大な富を誇ったソニー創業家のひとつ盛田家の資産管理会社レイケイやパナソニック創業者の松下一族の資産管理会社松下興産がバブルにまみれ零落し、解散に追い込まれていく様も書いてある。金銭は相続できても、財産を形成する知恵と度胸を相続することは出来ない。人間の世の中とは、まことにはかないこと、平家物語の昔と変わらない。

電機メーカー各社の問題点を一覧できるカタログ的な書籍として、この業界の本としては比較的読み応えがあると思います。
電機業界でこの手の悪口を列挙した本はあまり見かけない気がするので、そういう価値を考慮して星3つで。

しかしながら、内容に関しては、正直どこかで読んだ話の寄せ集めで(著者が大手マスコミで発表した話が入っているのかもしれません)、
本書の提案する「電電・電力ファミリーですべての問題を説明する」という仮説はよく見るとあまり機能しておらず、
「各社のゴシップを、無理やり仮説に当てはめて、勢いで押し切った」ような内容となっております。



本書の問題点は、まるで日本の電機メーカーがすべて「電電・電力ファミリー」で、東電・NTTからの「血税」があったから
生きてこられたインチキ会社かのような印象を与えていることでしょう。
(実際、ここでの感想を見ても、そのように受け取っている読者が散見されます。)

実際は、2017年時点で著者の指摘が当てはまるのは、「NTTの下請け」に回帰しているNECと、東電・経産省の道連れになった東芝
くらいで、パナ・シャープ・ソニーはそもそもファミリーでも何でもないし、富士通はすでにSIerですし、三菱電機も問題なく経営されています。
日立はそもそも電力だけに依存しているような小さい会社ではありません。これらの会社は、東芝を除き、現在すべて黒字です。
ようするに、各社すでに、「自力で生きる力を持っている」のです。
本書は、NEC・東芝二社の問題を、これら電機メーカー全体に無理やり広げようとした感があります。
(また、現実問題として、東芝は、メディカル事業やメモリ事業といった「勝てる」事業を持っていたわけで、
「電力ファミリーの庇護のもとで競争力を失った」云々も的外れです。)
電機業界が、かつてのような「日本経済の盟主」であった時代と比べ落ちぶれているのは確かですが、その問題は、
本書が述べるような単純な論理で説明できるものではなく、もっと複合的な視点から論じなければいけないものです。

また、本書に通底する問題点として、著者の「電機事業=悪」、「ソフト・金融事業=善」という世界観が散見されるのも頂けないところです。
この手の世界観の論者は一定数見かけますが、ソフト産業を応援する書籍とかならともかく、電機業界を論じる書籍で
「電機事業は悪だから、一刻も早くやめるべき」と言わんばかりの論理展開があちこちに見られるのには違和感を感じます。
また、あとがきの「恐竜は滅び、哺乳類が生き残る」という物言いは、暗に巨大電機メーカーの存在を否定するような書き方に
なっていますが、そのわりに、各社をこき下ろす際にやたら「売上高」を使って「こんなに売上高が落ちている」とやっているのも
ダブルスタンダードのような・・・。
以下、個別企業の章において気になった点をいくつか。

NEC: 半導体事業を切り離した西垣氏を、「リスクのある事業をやりたくなかった」と擁護する一方、舌の根も乾かぬうちに、
他の事業を売却した現社長を「リスクを取らない経営をしていては、会社は潰れる」としてこきおろしています。
この手の、「攻撃する相手と擁護する相手で違う論理展開になるダブルスタンダード」は、本書を通してあちこちに見られます。

ソニー:出井氏に対しこれでもかというくらいの擁護をしており、エレキ事業を崩壊させた罪についてはほぼスルーしています。
著者の理屈に従えば、電電ファミリーでも電力ファミリーでもないソニーで、エレクトロニクス事業を
衰退させた出井氏は糾弾されてしかるべきだと思いますが、やはり出井氏が著者と同窓(早稲田文系)であるせいでしょうか?
舌鋒鋭く電機メーカーをこき下ろす書籍で、身内だけには甘いというのはどうにも印象が悪いですね。
また、上記「電機事業=悪」、「ソフト・金融事業=善」という世界観が最も色濃く見られるのがこの章です。
好調の電子デバイス部門をほぼスルーし、映画・ゲーム・金融で生きていこうとするソニーは素晴らしい、みたいな
論調になってますが、金融はともかく、映画・ゲームみたいな、エレキ以上にバクチ産業であり、
しかも雇用能力もない事業を持ち上げるというのは、どうにも浅はかに思えます。

また、章立てについて、三菱電機のようなうまくいっている会社はうしろのほうで扱いも少ないのに対し、
東芝・NECのような問題のある企業に関しては前の方で大々的に扱っており、これも「とにかく電機業界のイメージをダウンさせよう」
という意図が透けて見えるようでなんとも。著者の大西氏の著作を見ると、三洋電機・潰れかけの頃のシャープ・そして今の東芝と、
電機業界のスキャンダラスな部分のみを精力的に取材する記者のようなので、そもそもこの人はそういう意図を持った人なのかもしれません。

日本の大手電機メーカーの凋落ぶりを描いた話。
その原因は、電話料金と電気料金の利益を、NTTと電力会社を通じて電電ファミリー(NEC、富士通、東芝、日立)、電力ファミリー(三菱重工、東芝、日立)に流す=通信インフラ、電力インフラの整備を安定的に受注させる社会主義体制?が築かれてきて、電電・電力ファミリー企業は、集中と選択が進まずイノベーションが起きず、家電市場ほかで負け続け、通信・電気の自由化に伴い、甘い汁が吸えなくなりとどめをさされたとのこと。
大手電機メーカーの失敗の原因がコンパクトにまとめられており、戦後の日本型大企業経営の限界が克明に描き出されている。

企業の新陳代謝は必然で、誰かが書いていたが、これから元気のある企業は①創業者が経営者の企業=スタートアップ、②海外から経営者が乗り込んだ日本型大企業、③海外の日本支社・プロフェッショナルファームというのは納得。どこもM&A失敗しまくり、社内政治・創業者との対立で非合理的な意思決定しすぎ。以下、各企業の失敗の原因。
東芝:C-電力ファミリー、M&A大失敗(米原発企業WH)、原子力ビジネスおおごけ
NEC:C電電ファミリー、緩やかな死
シャープ:C新産業へのリソース移転失敗(液晶テレビで新興国との戦いに敗れる)、鴻海に買われ希望の光が
SONY:B-新産業へのリソース移転遅れ(テレビ、PC、携帯電話)、頑張ってリカーリングビジネスに転換中
パナソニック:B-新産業へのリソース移転失敗(プラズマテレビ失敗)、テスラの部品供給メーカーへ
日立:B-新産業へのリソース移転遅れ(白物家電)、インフラ事業へ
三菱電機:B比較的新作業へのリソース移転うまくいった(白物家電→FA)
富士通:C新産業へのリソース移転失敗(コンピューター、IBMのようにはなれず)

東芝 Toshiba 超高速U3 4K対応 microSDHC 32GB + SD アダプター + 保管用クリアケース

5つ星のうち 5.0安心

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価格はほかのメーカーさんとほぼ同じ。 アダプターもついているので一々差し替えなくてもすぐに使えるので楽です。 クリアフォルダーは郵送したりするのに使えるので便利です。 東芝はいろいろあって大変だけど、商品自体には関係ないし、平行輸入品でも東芝は東芝。 安心して使えています。 以前購入したものも数年経っても何の問題も起きていないので再度購入しました。

Amazonで購入 赤い色です。 アンドロイド7.1 スマホ Xperia XZs SOV35 に装着しましたが スマホで認識できません。 Auで確認して頂きましたが、東芝に問合せしてくださいとのことです。 多分、商品のせいでなく、仕様上の問題と思い、あきらめました。 別な(タブレット)用途で使用したいと思います。

報告ですが、アクションカムのDBPOWER EX5000に挿しても認識しませんでした。 別のアクションカムに挿したら使えましたのでそちらで使用します。 送られてきたパッケージがシンプルで良いですね。

東芝 温水洗浄便座 クリーンウォッシュ パステルアイボリー SCS-T160

5つ星のうち 5.0わーいお茶

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間違いなく、最高レベルのコスパです。 現状これ以上の費用対効果商品はありません。 そんじょそこらのデパートのトイレ設備より、やや高い機能と使用感です。 逆に、これでダメだと言う人は、一体何がどうダメなのか比較論で説明して欲しいくらいです。 強いて言うならば、最新式の泡洗浄機能付きには勝てない。 くらいのモンです。 少なくとも、安かろう悪かろうでないことだけは確かです。

5つ星のうち 5.0必要かつ十分

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2年前に住宅を改築した際に取り付けた機器が水漏れを起こし修理を とも考えたが1年でアフターサービスが切れ田舎住まいだと点検+交通費で5万はかかると言われこの製品を購入した 必要最低限の製品だがベストセラー商品だと同感した

5つ星のうち 5.0コスパ最高!

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コスパ最高!取付けは、ジョイントやホース類が同梱されており自分で簡単にできました。 フタもゆっくり閉まるので安っぽさは皆無。 脱臭機能付きで他の必要最低限の機能も付いているし、いい買い物出来ました( ^ω^ )

東芝解体 電機メーカーが消える日

かつて日本の自動車メーカーと並んで無敵の進軍を続けているかに見えた日本の電機メーカー。その多くが、いまや見るも無残な形に落ちぶれ、その多くは瀕死の重傷を負い、なかには危篤状態にあるところもある。どうしてこんなことになったのか。その秘密が、本書には余すところなく書かれている。ひとことでいうと、日本の電機メーカーにとって、半導体もテレビも白物家電も携帯電話も、実は「本業の傍らで、ついでに余技としてやっている程度のビジネス」で、本当の本業は別のところにあったという。それが東京電力を筆頭とする電力会社9社との取引であり、日本電信電話公社との取引であったという。

と電力会社にしても電電公社にしても、電気料金・電話料金は国家による独占が認められている無競争の美味しいビジネスで、両者は日本国民に対して一方的に課せられる事実上の税金であった。それが故に日本の電気代は一時世界で最も高くなり、長距離電話料金は一時期アメリカの10倍もしていた。こういう高額な公共料金がじゃぶじゃぶ入ってくる電力会社、電話会社は、仕様についてはうるさいことを言うが、価格については全く注文を付けない電機メーカーにとっては最高の「良いお客」で、電機メーカーは電力会社・電電公社からじゃぶじゃぶ下げ渡される美味しい注文で、実は経営がなりたっていた。一時期、電力9社が発注する設備投資金額は日本全体の設備投資金額の4割にも上ったという。すごいものである。それは今も続いていて、札幌にしても仙台にしても富山にしても博多にしても、一番偉そうにしているのは電力会社であり、その周りに群がる企業は、どいつもこいつも電力会社からの注文で生きている電力会社の下男下女みたいな存在なのである。

このシステムは日本社会に良く馴染んだものであった。景気が悪くなると、政府は電力会社、電電公社に料金の値上げを認めさせる。電気料金、電話料金が上がると、電力会社、電電公社の業績は急回復する。業績回復を受けて両者は設備投資を追加する。すると電力会社・電電公社にぶら下がる電機メーカーは潤う。それだけではない。政府は労働組合幹部に耳打ちして賃上げ要求を出させ、会社に認めさせる。すると賃金が増えて消費が増え、景気はあっという間に回復する。もともとは国民に薄く広く課せられた電気料金、電話料金の値上げが原資なのだが、それが回りまわって景気回復の原資になったのである。なぜそれが可能であったかというと、電力も電話も国家が独占を認めた無競争の社会主義的な産業構造になっていたからなのである。こうして獲得した莫大なキャッシュをベースに、日本の電機メーカーはアメリカ企業からタダ同然でいただいた産業技術を磨きに磨き、いつの間にか本家を上回る「競争力」らしきものを身に着けた。それが表面化したのが1980年代で、日本は半ばずるをして得た現金と技術を武器に世界中に集中豪雨的な輸出攻勢をかけ、欧米企業を軒並み破滅へと追い込んで行った。半導体そのものを生み出し発展させたフェアチャイルド社が潰れたのも日本の攻勢の影響だし、その嫡子のインテルも倒産寸前にまで追い込まれた。自動車と並び半導体でも勝利を収めた日本は「21世紀を支配する国」であるかのように言われていた。

この「日本の黄金時代」は、しかしほどなく暗転する。ベルリンの壁が崩壊し、ソビエト連邦が崩壊して、冷戦が終了すると、それまで日本を反共の防波堤として保護し、育成するとしてきたアメリカの対日姿勢が根底から覆る。もはやソ連は地上から消滅し、そのあとにできたロシアは経済が半ば崩壊した失敗国家状態でアメリカの敵ではなかった。そこでアメリカは日本を反共同盟の友人から、資本主義社会での手ごわい競争相手として認知し、日本がアメリカに隠れてこそこそやっていた「ずるい政策」を一刻も早く放擲し、アメリカと同じレベルプレイイングフィールドで競争するよう求めて来た。それが日米構造協議である。このアメリカの突然の手のひら返しに、当初、通産省を筆頭とする日本政府は猛然と反発するが、やがて国家の安全保障のほぼすべてをアメリカ様に委ねている情けない半独立状態にある日本の現実を認識し、アメリカに対し譲歩に譲歩を重ねるようになる。しかし、日本の本当の「敗北」は、こうした通商交渉での譲歩ではなく、その陰で進行していたアメリカ企業による強烈な技術革新と、その技術革新がもたらした「競争条件・競争環境の変化」に日本がついていけなかったことにある。アメリカ企業が仕掛けてきたゲームチェンジに日本はなすすべもなく敗退したのである。日本の電機メーカーは、長らくアメリカが設計し、アメリカが製造していたものを、ひたすらコピーし、それと同じものを「より安く」作り、更には不良品率を下げ、更には「より技術を磨いて性能をあげる」ことだけをやってきた。そのさまは、ゼロ戦がひたすら機体の重量を軽くして旋回性能を向上させて空中戦の能力を高めていった様に似ている。しかし、ゼロ戦とのドッグファイトに巻き込まれたら勝つ見込みはないと見切ったアメリカ軍は、やがて「ゼロ戦とは真正面から勝負しない」作戦に打って出ることで、ゼロ戦との戦いに勝つ方法を見つけるようになる。要するにゲームのルールを変えたのである。日本の電機メーカーが得意としたのは半導体の中でも主たる収益源だったDRAMの製造であった。そこでアメリカの半導体メーカーはDRAMから撤退し、CPUという高い付加価値をもったものの製造に特化し、そこに利益の源泉を集中させるようなは産業構造に全体を展開させていく。返す刀で韓国や台湾にもDRAMを作らせ、DRAMメーカーを豊作貧乏状態に持っていくことで、日本メーカーがDRAMで利益を出せないような構造に産業全体を作り変えてしまったのである。こういう産業の構造全体が転換した時、日本の会社は変化についていけない。日本の社会で何より重視されるのは雇用の安定である。日本の企業はいくら競争環境が変わったからと言って、簡単に工場を閉鎖したり、従業員を解雇したりできない。東芝は今も19万人の雇用を抱えているが、おいそれと解雇には踏み切れないのである。アメリカは違う。IBMはかつて40万人をアメリカで雇用していたが、コンピューターの製造から全面撤退したことを境に雇用を半分の20万人にまで減らした。その後、IBMはコンピューター製造会社からクラウドコンピューティングなどを中心とするサービス会社へと換骨奪胎し再び成長軌道に乗り始めているが、アメリカでの雇用は増やしていない。こういうことを日本の企業はなかなか出来ないのである。日本で出来るのは国家主導による産業再生で、本書でも産業再生機構が批判的に取り上げれれているが、「日の丸産業の競争力維持」を目標に掲げる経済産業省と、ひたすら利益を追求する民間企業では、そもそも経済活動を行う目的が異なるので、経済産業省の意図にかかわらず、産業再生機構は上手く機能しないのである。「日の丸半導体技術」「日の丸液晶技術」を守るべく設立されたエルピーダ、ルネサス、ジャパンディスプレイが、民間企業にとっては不要となった人材と設備のゴミ捨て場扱いされているのは、こうした事情による。だからいつまでたっても産業再生は出来ないのである。

バブル時、日本では日本人は民族的に勤勉で、日本人の創意工夫は無敵で、このいわば民族的優位性があるがゆえに日本の産業は無敵の進軍を永遠に続けるかのごとき解説が盛んになされていた。しかし、いまから振り返ってみると、こうした解説は夜郎自大、増長以外の何物でもなかった。考えてみると、半導体にしても、コンピューターにしても、ゼロからこれらを考えだし、実用に漕ぎ着け、産業化したのはアメリカ人である。日本は自力だけではアメリカ人の足許にも及ばず、愛情あふれる寛大なアメリカ人が技術を寛容に供与してくれたおかげで、ようやく半導体を作れるようになっただけだった。そのアメリカの半導体産業を一時日本の電機メーカーは滅亡寸前にまで追い詰めた。それでも日本の電機メーカー経営者にはアメリカに対するリスペクトはほとんどなく「ついにアメリカに勝った」式の敗戦以来の恨みつらみを晴らして溜飲をさげるような爺さんが多かった。その爺さんたちが経営していたメーカーが、軒並み瀕死の状態にあえいでいる。こういうのを自業自得というのである。自動車産業は違った。トヨタにしてもホンダにしてもアメリカが大好きで、「自分たちをここまで育ててくれたのはアメリカ」という、アメリカ自動車大学に対する敬意と尊敬を抱く経営者が多かった。だからアメリカの自動車メーカーの生命線であったSUVの製造に日本の自動車メーカーはなかなか乗り出さなかった。いわゆる武士の情けをかけたのである。

本書には莫大な富を誇ったソニー創業家のひとつ盛田家の資産管理会社レイケイやパナソニック創業者の松下一族の資産管理会社松下興産がバブルにまみれ零落し、解散に追い込まれていく様も書いてある。金銭は相続できても、財産を形成する知恵と度胸を相続することは出来ない。人間の世の中とは、まことにはかないこと、平家物語の昔と変わらない。

電機メーカー各社の問題点を一覧できるカタログ的な書籍として、この業界の本としては比較的読み応えがあると思います。
電機業界でこの手の悪口を列挙した本はあまり見かけない気がするので、そういう価値を考慮して星3つで。

しかしながら、内容に関しては、正直どこかで読んだ話の寄せ集めで(著者が大手マスコミで発表した話が入っているのかもしれません)、
本書の提案する「電電・電力ファミリーですべての問題を説明する」という仮説はよく見るとあまり機能しておらず、
「各社のゴシップを、無理やり仮説に当てはめて、勢いで押し切った」ような内容となっております。



本書の問題点は、まるで日本の電機メーカーがすべて「電電・電力ファミリー」で、東電・NTTからの「血税」があったから
生きてこられたインチキ会社かのような印象を与えていることでしょう。
(実際、ここでの感想を見ても、そのように受け取っている読者が散見されます。)

実際は、2017年時点で著者の指摘が当てはまるのは、「NTTの下請け」に回帰しているNECと、東電・経産省の道連れになった東芝
くらいで、パナ・シャープ・ソニーはそもそもファミリーでも何でもないし、富士通はすでにSIerですし、三菱電機も問題なく経営されています。
日立はそもそも電力だけに依存しているような小さい会社ではありません。これらの会社は、東芝を除き、現在すべて黒字です。
ようするに、各社すでに、「自力で生きる力を持っている」のです。
本書は、NEC・東芝二社の問題を、これら電機メーカー全体に無理やり広げようとした感があります。
(また、現実問題として、東芝は、メディカル事業やメモリ事業といった「勝てる」事業を持っていたわけで、
「電力ファミリーの庇護のもとで競争力を失った」云々も的外れです。)
電機業界が、かつてのような「日本経済の盟主」であった時代と比べ落ちぶれているのは確かですが、その問題は、
本書が述べるような単純な論理で説明できるものではなく、もっと複合的な視点から論じなければいけないものです。

また、本書に通底する問題点として、著者の「電機事業=悪」、「ソフト・金融事業=善」という世界観が散見されるのも頂けないところです。
この手の世界観の論者は一定数見かけますが、ソフト産業を応援する書籍とかならともかく、電機業界を論じる書籍で
「電機事業は悪だから、一刻も早くやめるべき」と言わんばかりの論理展開があちこちに見られるのには違和感を感じます。
また、あとがきの「恐竜は滅び、哺乳類が生き残る」という物言いは、暗に巨大電機メーカーの存在を否定するような書き方に
なっていますが、そのわりに、各社をこき下ろす際にやたら「売上高」を使って「こんなに売上高が落ちている」とやっているのも
ダブルスタンダードのような・・・。
以下、個別企業の章において気になった点をいくつか。

NEC: 半導体事業を切り離した西垣氏を、「リスクのある事業をやりたくなかった」と擁護する一方、舌の根も乾かぬうちに、
他の事業を売却した現社長を「リスクを取らない経営をしていては、会社は潰れる」としてこきおろしています。
この手の、「攻撃する相手と擁護する相手で違う論理展開になるダブルスタンダード」は、本書を通してあちこちに見られます。

ソニー:出井氏に対しこれでもかというくらいの擁護をしており、エレキ事業を崩壊させた罪についてはほぼスルーしています。
著者の理屈に従えば、電電ファミリーでも電力ファミリーでもないソニーで、エレクトロニクス事業を
衰退させた出井氏は糾弾されてしかるべきだと思いますが、やはり出井氏が著者と同窓(早稲田文系)であるせいでしょうか?
舌鋒鋭く電機メーカーをこき下ろす書籍で、身内だけには甘いというのはどうにも印象が悪いですね。
また、上記「電機事業=悪」、「ソフト・金融事業=善」という世界観が最も色濃く見られるのがこの章です。
好調の電子デバイス部門をほぼスルーし、映画・ゲーム・金融で生きていこうとするソニーは素晴らしい、みたいな
論調になってますが、金融はともかく、映画・ゲームみたいな、エレキ以上にバクチ産業であり、
しかも雇用能力もない事業を持ち上げるというのは、どうにも浅はかに思えます。

また、章立てについて、三菱電機のようなうまくいっている会社はうしろのほうで扱いも少ないのに対し、
東芝・NECのような問題のある企業に関しては前の方で大々的に扱っており、これも「とにかく電機業界のイメージをダウンさせよう」
という意図が透けて見えるようでなんとも。著者の大西氏の著作を見ると、三洋電機・潰れかけの頃のシャープ・そして今の東芝と、
電機業界のスキャンダラスな部分のみを精力的に取材する記者のようなので、そもそもこの人はそういう意図を持った人なのかもしれません。

日本の大手電機メーカーの凋落ぶりを描いた話。
その原因は、電話料金と電気料金の利益を、NTTと電力会社を通じて電電ファミリー(NEC、富士通、東芝、日立)、電力ファミリー(三菱重工、東芝、日立)に流す=通信インフラ、電力インフラの整備を安定的に受注させる社会主義体制?が築かれてきて、電電・電力ファミリー企業は、集中と選択が進まずイノベーションが起きず、家電市場ほかで負け続け、通信・電気の自由化に伴い、甘い汁が吸えなくなりとどめをさされたとのこと。
大手電機メーカーの失敗の原因がコンパクトにまとめられており、戦後の日本型大企業経営の限界が克明に描き出されている。

企業の新陳代謝は必然で、誰かが書いていたが、これから元気のある企業は①創業者が経営者の企業=スタートアップ、②海外から経営者が乗り込んだ日本型大企業、③海外の日本支社・プロフェッショナルファームというのは納得。どこもM&A失敗しまくり、社内政治・創業者との対立で非合理的な意思決定しすぎ。以下、各企業の失敗の原因。
東芝:C-電力ファミリー、M&A大失敗(米原発企業WH)、原子力ビジネスおおごけ
NEC:C電電ファミリー、緩やかな死
シャープ:C新産業へのリソース移転失敗(液晶テレビで新興国との戦いに敗れる)、鴻海に買われ希望の光が
SONY:B-新産業へのリソース移転遅れ(テレビ、PC、携帯電話)、頑張ってリカーリングビジネスに転換中
パナソニック:B-新産業へのリソース移転失敗(プラズマテレビ失敗)、テスラの部品供給メーカーへ
日立:B-新産業へのリソース移転遅れ(白物家電)、インフラ事業へ
三菱電機:B比較的新作業へのリソース移転うまくいった(白物家電→FA)
富士通:C新産業へのリソース移転失敗(コンピューター、IBMのようにはなれず)

東芝』の解説 by はてなキーワード

電機メーカー。TOSHIBA

古くは1875年の田中製作所の設立にまで遡れるが、現在の東芝の元となる東京芝浦電気1939年に誕生、これが1984年、東芝と改称された。

一般消費者には白物家電やパソコン(一時期は7年連続世界シェア1位)などでおなじみだ。ノート型パソコンを初めて開発したのは東芝青梅工場で、発明者は東芝副社長にまでなった。一方で、発電所施設なども手がける重電メーカーでもある。

さらに変わったところでは、ブルートレイン貨物列車を牽引する電気機関車も製造している。

また、日本語変換技術は東芝が技術として形とすることに初めて成功するなど、社会的に大きな意味を持つ技術を開発する企業としても知られている。

その製品が現在にもまた歴史的にも重要な価値を持つのは当然だが、会社自体が日本の労使関係や経営についてのケース・スタディの素材となることもある。企業側としてもそれを意識してのことか、従業員自殺者を減らす取り組みをいち早くから行い成功させるなど、社内環境の改善に力を入れている。サラリーマン向け雑誌等の企業評価項目では、倫理性や社会性を大きく評価され、それらの項目では日本企業トップ5に入るほどである。

かつてのレコード会社東芝EMI英国EMIと合弁で設立した会社だったが、2006年に東芝の持ち分を英国EMIが引き取ることになり、翌2007年に「EMIミュージック・ジャパン」となって東芝の手を離れている。

携帯電話

他のメーカーのような派手さはないが、「東芝の電波は良い」とはヘビーユーザーなら誰もが認めるほど、携帯電話の受信感度は良好*1で、受信感度にこだわる為に買い換える客も多い、らしい。

昔はKENWOODが最高だったが今は携帯電話事業から撤退している為に、「電波の東芝」と言われるようになった。

……のだが、2011年8月3日携帯電話事業での富士通との合弁会社富士通東芝モバイルコミュニケーションズ」の保有株式をすべて売却、携帯電話事業から撤退することとなった。

東芝クレーマー事件

ビデオデッキの故障修理に関して、顧客からのクレームに対しての一部始終をインターネットに公開されてしまった事件。そのやりとりがあまりにも生々しかったため、各所(主にWeb上)で非常に大きな反響を呼び、東芝のビデオデッキなどは大きく販売数を減らすことになってしまった。

歴史的にはインターネットなどの通信網の利用で、個人が手軽に情報発信し、社会的影響を与えることができるようになったという事実を知らしめた事件である。

しかしこの事件を教訓に、組織全体で顧客満足度の向上に取り組んだ結果、東芝の顧客対応は現在あらゆる点で高い評価を得ている。

鉄道関係

日立製作所とは異なり、電気機関車や電車の電機品、自動改札機や券売機などの駅務機器に絞られている。また、自動改札機を製造するメーカーは日本に3社しかないがそのうちのひとつである。*2

武蔵野線北府中駅の近くにある府中工場ではJR貨物向けの電気機関車を製造しており、最近ではEH500EH200を製造している。また、府中工場の構内には103系VVVF試験車が2両留置されている。

阪急電鉄阪急阪神東宝グループ)とは関係が深く、阪急電鉄の車両は京都線系統*3を除きすべて電機品が東芝で統一されている。北大阪急行の車両にも東芝VVVFが装備されており、阪神電鉄でも一部形式の制御装置は東芝製である。ただし、阪急阪神東宝グループでも神戸電鉄北神急行は電機品に東芝ではなく三菱電機を採用している。

そのほかに、東海旅客鉄道JR東海)とも関係が深く、同社のVVVF車はすべて東芝VVVFが使われている。

テレビ番組

2002年までTBS系列で日曜夜に長らく「東芝日曜劇場」の一社提供を務めていたが、その後は一社提供スポンサーから撤退(他のスポンサーによる複数社提供)する時期が続いていたが、2009年秋期に放送された「JIN-仁-」より、7年ぶりに複数提供社の一として返り咲いた。

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