晩秋のまとめ情報

晩秋』の解説

晩秋(ばんしゅう)

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初秋

ロバート・B・パーカーによるスペンサー・シリーズの第7作目。1980年発表、1982年邦訳発刊、1988年文庫化。
1980年代、文庫化前のシリーズを何冊か読んだが、今般久し振りに手に取った。
父親からも母親からも真の愛を受けることなく育ち、何事にも関心を示すことなく固く心を閉ざしている15歳の少年ポールを、スペンサーが、郊外の森の中に一緒に小屋を造り、身体を鍛え、料理を作り、作家について語ることにより、一人前の人間としての自信を付けさせる過程を描いた異色の作品。日本では、30数作のシリーズの中でも最も人気があるという。


上記のようなテーマから、スペンサーが自らの生き方のプリンシプルを語る場面が多数登場する。
ポールの「どうしてアイスクリームを食べなかったの?」という問いに対して、「自分で決めた交換条件だ。ビールを飲んだらデザートは食べない。・・・男は、こうと決めたことは守らなきゃならねえんだ」
相棒のホークについて、「彼は怖い男だ。いい人間ではない。しかし、立派な男だ。その違いがわかるか?」
父親が自分を誘拐するかもしれないと怯えるポールに対して、「彼が試みるかどうかについてあれこれ考えるよりは、彼が試みた場合にどうするのがいちばんいいか、ということを考える方がいいんだ。彼がやるかどうか、きみには判断できない、彼の考え次第だ。きみは、彼が試みた場合にやるべきことを決める。それはきみの考え次第だ。わかるか?・・・自分がコントロールできる事項がある場合は、それに基づいて必要な判断を下すのが、賢明な生き方だ」
ポールにウェイト・リフティングを教える際に、「得意なものがなんであるか、ということより、なにか得意なものがあることの方が重要なんだ。おまえにはなにもない。なににも関心がない」
ポールがかつてバレエに興味があると言った際に両親が頭から否定したことに対して、「要は、自分はこうあるべきだ、という考えにとらわれないことだ。自分でできるものなら。自分の気にいっていることをするのがいちばんいい」
自らのスタイル・美学を持つスペンサーがあまりに格好良い。

読み始めると,おや,と思う.「男の中の男,だれもが惚れる男スペンサー」という触れ込みで読んだのだが,
出てきた男は気障な野郎で,おもしろくもないアメリカンジョーク(ジョンコリーとは違う)を飛ばしまくる.

しかも出てくる登場人物は皆クズ野郎.第2の主人公とも呼べる少年に至っては中身が何もないゼロ.
リアルなキャラクター達ともいえる.現代の受け身の情報過多の時代にも多くいる,
自分では何も決められない,したいことがない若者達(私も含め)とも共通している.



だからこそ,読み進めていくうちに少年が成長していくのがおもしろい.
スペンサーの不器用な愛情を注がれて,心の隙間を埋めていく.
自分のやりたいことを見つけ,自分の意思を持つようになる.
ダメな大人たちを置いてけぼりにして成長していく姿が気持がいい.

そして読み進めていくうちに,なるほど,男とはこうあるべきなのかと,スペンサーの魅力に引き込まれていく.

わたせせいぞうの作品に初めて出会ったのは「おとこの詩」。
その中の1話、毎日電車の向かいに座る気になる女性が読んで
いたのがこの本です。
その時からこの本に関心をもちながらも30年の月日が流れて
しまいました。

そして「やっと」この本を読む機会を得ました。不幸な環境で
育った15歳の少年ポールを主人公のスペンサーが1人前の男
にする物語。
場所、小道具、食事、お酒・・・カタカナで覚えにくいものも
ありますが、それらがなんともカッコよく思えるから不思議。



ボクは読み終わって、とてもいい気分になりました。そして、
「あの彼女」がどんな気持ちでこの本を読んでいたのか?
「この本」を読んでいた彼女はどんな人なのか?とても気にな
りました。(笑)

町奉行日記

山本周五郎氏の短編集には、必ず掘り出し物の名作がある。だから読み始めると周五郎氏の短編集は止められなくなってしまうのです。藩の内部に有る権益の汚濁を取り除く為、新奉行になった望月小平太の活躍を書いた表題作「町奉行日記」昭和34年6月(小説新潮)は、梗概が載っているので、それ以外に幾つか思ったお気に入りが有りました。

人によって好みが有ると思いますが、私感で言わせてもらえば「晩秋」昭和20年12月(講談倶楽部)です。父の恨みを晴らす娘は、冷酷な人間と定評の有った進藤主計だったけど、その本当の姿を知り思い止まる事になるのです。

主計の言ったセリフ「私は、これで心の荷を一つ下ろした。一番重い荷の一つだった、おかげで少し肩が楽になったよ。」これを読んで、さらに都留が鳴く。感動で体が痺れた様になってしまいました。感涙!超お勧めです。

「寒橋」昭和25年2月(キング)は、亡くなる父親が娘に娘婿が起こした不貞を「それは自分がした事だ、私を庇う為に娘婿が言っているのだよ。」と言って世を去るのです。娘の気持ちも晴れ夫婦仲も元に戻るのです。秘密をあの世まで持って行くこの父、なんて素晴らしい事か!娘の幸せを思えば父としては苦も無いのでしょう。思わず唸らされてしまいました。

「土佐の国柱」昭和15年4月(読売文庫)土佐の国には土着の豪族がいて、なかなか国を一つに纏める事が出来なかったが、斧兵衛は、敢えて豪族達と一緒に謀反を起こし、自分の身を捨てて豪族達と一緒に斬られ、国を纏める方策を考えだすのです。それが“笑を湛えた死に顔”と書かれていて感動しました。

その他に、人間は何の為に生きるのか?を書いた「金五十両」昭和22年9月(講談雑誌)。不肖な息子を始末せねばならない父親の苦しみを書いた「霜柱」昭和35年3月(オール読物)。また、「法師川八景」昭和32年(オール読物)などなど名話がズラリです。

主計や斧兵衛の様な役人や政治家が、今いたらどんなに良いか分かりません。本書に限らず周五郎氏の短編集は、読み手が十人いれば十通りの楽しみ方が出来ると思います。今まで長編主体に読んでいましたが、短編集にすっかり嵌ってしまいました。難しい文字もたくさん出てきますが、調べながら読むと、その奥深さも良く分かり、感動も倍加します。感涙必至!

本作品は短編集である。掲載作品はどれもこれも学びにまみれる。いつまでもそばに置いておきたい永遠の教科書である。小説という名の宝物か。

山周作品はどれもこれも重くて深いメッセージが強烈だが、この短編集はベストワンと言える。とりわけ、金五十両と修業綺譚は、日本人の課題図書と言い切りたい。

◎金五十両
人に裏切られ、生きることの虚しさを感じる時に読むとより心に響く作品である。人としての生き方、物事の捉え方考え方をこうもまっすぐに訴求しながらも、まったく嫌味を感じない。

読後の清々しさに心を打たれ、打たれた自分にまた打たれる。渦を巻くような感動の大きさを感じ取れる。この揺さぶりは本編の大いなる成果である。お金には変えられない出合いの幸福を感じる。文章表現の力量がとても追いつかないが、決して大げさではない。

◎修業綺譚
思うがままに生きる侍の視点を変える話。嫌味がなく、無理がなく、しかも笑える。得した気分にまみれるのもこの作品の良さだ。人が人に影響を与えるというごく当たり前な骨格ながら、こうも引き込まれるのも珍しい。単純な構成なのに納得度は極めて高い。人を巻き込み、得意な人に任せる美学が最後に身を結び、大変心地良い。この作品はリーダーシップのあるべき姿を訴求していると解釈した。

山周作品を読むと、すぐれた文章はすぐれた思考を育み、人生に彩りを与えることがよくわかる。いつの時代も生きるのは難しい。そんな中でひたむきな前向きさを愚直に続けることが大事だと教えらる。斜に構えると何てことはないのだが、なぜか心を打たれる。

表題の作品は「どら平太」という名前で映画化されている。監督が市川崑、主人公の望月小平太を役所広司が演じており、文句の付けようがない仕上がりである。この小説を読んでいなくても充分に楽しめる映画だ。

5つ星のうち 5.0おもしろい

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表題作の「町奉行日記」のほか「土佐の国柱」、「晩秋」、「金五十両」、「修業綺譚」、「法師川八景」、「霜柱」などの短篇が10編収録されています。 「町奉行日記」は、ある藩の町奉行に抜擢された望月小平太が意表を突くやり方で濠外とよばれる無法地帯を浄化するという物語。 役所広司主演の映画『どら平太』の原作です。 映画のような派手な立ち回りはありませんが、遊蕩児小平太の作戦が見事に効を奏して小平太は一日も役所に出仕することなく、所期の目的を達成して江戸に帰ります。 娯楽性の高い佳作。

晩鐘

佐藤愛子さんのエッセイが好きでよく読んでいたが、小説は血脈に続き3作目となる。
繰り返し登場してくる元の結婚相手を、であったころから今に至るまでの経緯を執拗に、様々な登場人物を通して語らせる手法をとっているが、不思議に客観的で、本人の感情が伝わりにくい。でも、読んだ後、しばらくしてから、佐藤愛子という作家が書き続けてきたのは、このパートナーが作家になる当初から存在して、実は書くことにより、この複雑な人間を解き明かそうと長い年月努めてきたのではないか、実は佐藤愛子という作家の原動力であり、元結婚相手もそのことを見抜いて、このような金の関係を通じて切っても切れないようにしてかかわり続けたのではないか、というように感じた。


この作家および血のつながった親族は、人並み以上の力や相手のエネルギーを吸い尽くすようなところがあり、それは、「血脈」という長編小説で描き切ったと思うが、その周辺の人々の中で元結婚相手だけはわかりきれないままの心残りがあり、そのために最後と称して書いた小説であるように思う。私には佐藤愛子その人がパートナーをまだ本当にわかりつくしたのではないように感じるので、ぜひ、エッセイだけではなく、作家としてまた自分の感情を模索した小説を書いてほしいと思う。

寛容な男
鈍感な男
明るい詐欺師
ぼんくら
ひとは畑中辰彦を、そう呼ぶ。

「およそ人間ほど高く育つものはない。
深く滅びる者もいない」
これは、彼の口癖である。
彼は、夢を見ているのだろうか。
滅びることを恐れず
高みに上れると思ったのか。

だが結局、破綻した。
そしてまた、破綻した。

そのつけの後始末を、杉は回された。
別れた旦那なんか
無視すりゃいいだろう。


煮え湯を飲ました奴は
切り捨てりゃいいだろう。

なのに、彼女は心ゆくまで怒らなかった。
「辰彦は彼なりに
一生懸命に生きた」
杉は黙って、受け入れるという。

その時ふと、ミレーの晩鐘が浮かんだ。
一日一生懸命働いた農夫婦が
晩鐘を聞いて祈りを捧げる絵である。
彼女と農婦を重ねてみる。
はたして杉は、怒るだろうか。

5つ星のうち 3.0何だか暗い作品

(参考になった人 2/3 人)

ベテラン作家に対して失礼ですが、小説の愛子先生ってクライのですよねえ・・・。エッセイの愛子先生は面白いのですが。この作品は文学賞を受賞したそうですが、深刻に書いたほうが賞を取れるのでしょうか? それと、この旦那さんはどうしようもない人ですねえ・・・。離婚後もお金をせびりに来るし、またどうして主人公もお金を渡すのでしょうか? それと、主人公の友達が夫に浮気されて(?)、その夫は大人のオモチャを買って来たそうですが、それを聞き、「あんた、まさかそれを使ったんじゃないでしょうね」みたいなこと言ってるけど、それは彼女の自由だと思います。

私は、古本屋で買った愛子先生のジュニア小説のほうが面白いと思いました。それにしても、「娘と私の部屋」「娘と私の時間」がアマゾンで高い値段になってるけど、なぜ出版社は面白い本を売ろうとしないのでしょうか? 「血脈」とか「90歳 何がめでたい」とか、この作品とかを売る気はあるのに。それに読みたい愛子先生の本は絶版にしているようだし。本が売れないというのなら、読者が何を読みたいと望んでいるのか考えて欲しいと思います。

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