宮崎勤のまとめ情報

宮崎勤』の解説

宮﨑 勤(みやざき つとむ、1962年8月21日 - 2008年6月17日)は日本の元死刑囚東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件警察庁広域重要指定第117号事件)の容疑者として逮捕起訴され、死刑判決が確定し、刑死した人物である。

生い立ち

幼少期
東京都西多摩郡五日市町小和田で、地域新聞会社「秋川新聞」を経営する、裕福な一家の長男として出生する。両親は共働きで多忙なため、産まれてまもなく30歳ぐらいの知的障害を持つ子守りの男性を住み込みで雇い入れている。幼少期の勤を、ほとんどこの男性と祖父が面倒をみていた。宮崎家は、曽祖父が村会議員、祖父が町会議員を務めるなど地元の名士であった。家族は祖父、祖母、両親、妹二人の7人である。
幼い頃から手首を回せず手のひらを上に向けられない「両側先天性橈尺骨癒合症」(りょうそく せんてんせい とうしゃくこつ ゆごうしょう)に罹患し、当時は日本で症例が150程度の珍しい身体障害があったが、医者から「手術しても100人に1人くらいしか成功しない。日常生活に支障がないなら、手術するにしても、もっと大きくなってからの方がいいだろう」と言われ、両親は「勤は幼い時から掌が不自由なのを気にしており、うまくいかないことを、掌のせいと考えてきたとされる。4歳の時に手術も考えたが、もし、手術して身障者のレッテルを張られたら、勤の将来に悪い結果となると判断し、そのままにした」と、積極的な治療を受けさせなかった。そのため、幼稚園ではお遊戯や頂戴のポーズもできず、周囲からからかわれても幼稚園の先生は何も対応しなかったため「非常に辛かった」と供述している。
小学校時代
小学生時代は「怪獣博士」と呼ばれるほど怪獣に夢中になったが、クラスの人気者というわけではなかった。成績は上位で、自身は小学校の頃から算数が得意と語り、宮崎の母は「うちの子は英語が得意なの」と自慢するなど、英数の成績は良かったが、国語社会科を苦手としていた。通信教育空手を習い、空手の型を同級生に見せることがあったする。この頃はパズルに夢中になり、自作のパズルを専門誌に投稿したり、雑誌のパズル回答者として雑誌に名前が掲載されることもあった。1982年短期大学在学中にNHKのトーク番組『YOU』のスタジオ収録に友人とともに出かけているが、アナウンサーが近づきインタビューをしようとすると、すぐさま他の出演者の後ろに隠れてインタビューを受けることはなかった。
俳優の川崎麻世は短大の同級生であるが、宮﨑の逮捕時のインタビューでは「僕は記憶力が良い方だし、クラスは全部で80人ほどだったから、忘れるはずはないんだが、そんな奴いたかって感じなんだ。同級生にも聞いてみたけど、誰も覚えていなかった」というほど影が薄い存在であった。
印刷会社に就職
1983年4月の短大卒業後は叔父の紹介で、小平市の印刷会社に就職し、印刷機オペレーターとして勤務。勤務態度は極めて悪く、評判も非常に悪かった。1986年3月に勤めていた印刷会社の上司から神奈川県への転勤を勧められたが本人が拒否した為自己都合退職する。家業を手伝うよう両親が何度か声をかけたが、自室にこもる生活が数ヶ月続いた。9月ごろから家業を手伝い始めるが、広告原稿を受け取りに行く程度の簡単な手伝いであった。
この頃アニメ同人誌を発行するが、態度や言動から仲間に嫌われ、1回だけの発行で終わっている。その後は数多くのビデオサークルに加入し、全国各地の会員が録画したテレビアニメや特撮番組のビデオを複製し交換・収集するようになるが、持つだけで満足してしまい、テープのほとんどは自ら鑑賞することはなかった。ビデオサークルでは、他の会員に無理な録画やダビング注文をするため、ここでも仲間から嫌われていた。逮捕後の家宅捜索では6000本近くのビデオテープを所有していたことが判明する。
1988年5月16日、祖父が死去。8月22日に第一の犯行を起こす。1989年3月には晴海のコミックマーケットに漫画作品を出品している。

逮捕

1989年7月23日、わいせつ事件を起こそうとしていたところを被害者の父親により取り押さえられ、宮﨑は強制猥褻容疑で現行犯逮捕された。

8月9日から連続幼女誘拐殺人事件への関与を認め、8月10日にその供述どおりに遺体が発見されたことから、同日の夕刊とニュースで宮崎の実名報道が始まる。翌8月11日に連続幼女誘拐殺人事件の容疑で再逮捕された。以後、次々と事件が明るみに出た後、後藤正夫法務大臣は、「死刑くらいでは収まらない残酷な出来事だ」と発言した。

精神鑑定

1989年8月24日、東京地方検察庁の総務部診断室で簡易精神鑑定を受ける。精神分裂病の可能性は否定できないが、現時点では人格障害の範囲に留まるとされ、これを受けて検察起訴に踏み切った。初公判では「全体的に、醒めない夢を見て起こったというか、夢を見ていたというか……」と罪状認否で訴えた。

公判開始後の1990年12月より、5人の精神科医と1人の臨床心理学者による精神鑑定が実施される。この鑑定では動物虐待などの異常行動に目が向けられ、祖父の遺骨を食べたことなどは供述が曖昧なため事実ではないとみなされた。1992年3月31日精神鑑定書が提出され、人格障害とされた。

1992年12月18日より、弁護側の依頼により3人の鑑定医により再鑑定が始まる。

裁判

第一審
1997年4月14日、東京地方裁判所死刑判決。判決時の被告は時折周囲をしらけた表情で眺めるくらいで、いつものように机上に広げたノートに何かを書き続けていた。法廷を出る際は、薄笑いを浮かべていた。責任能力に関しては、逮捕時の彼にそのような多重人格や統合失調症を疑わせるような異常な反応は見受けられず、逮捕による拘禁反応とみなした場合に最もうまく説明できることを理由に第2回鑑定は採用されず、責任能力は完全に保たれていたとされた。即日控訴
控訴審
2001年6月28日、東京高等裁判所で一審支持・控訴棄却の判決。同年7月10日上告
2004年奈良小1女児殺害事件被疑者が「第二の宮﨑勤」の発言を行ったことに対し、「精神鑑定も受けずに、『第二の宮崎勤』は名乗らせません」と宮﨑の名を用いたことを雑誌『』2006年1月号で痛烈に批判した。
上告審
2006年1月17日、最高裁判所が弁護側の上告を棄却する。弁護側は判決訂正を求めたが、2006年2月1日に棄却される。

死刑執行

法務大臣鳩山邦夫が執行命令書に署名し、2008年6月17日に東京拘置所で死刑が執行された。

宮﨑は冷静に執行を受け入れ、また宮﨑の母親は遺体との対面後、拘置所に処置を任せたという。

宮﨑の手紙

雑誌『』の篠田博之編集長に宛てた手紙には日本の現行の死刑方法における批判がしばしば書かれており、2006年には「踏み板がはずれて下に落下している最中は、恐怖のどんぞこにおとしいれられるのである」と絞首刑を批判、薬物注射による死刑導入を訴えていた。2007年の書簡には「この国の現行の死刑執行方法だと、死刑確定囚の人は、『私は刑執行時は死の恐怖とたたかわねばならなくなるから、反省や謝罪のことなど全く考えられなくなる』」とも記していた。編集部に宛てた手紙はおよそ300通、内容は拘置所内で読んだ漫画本のタイトルを並べただけの物がほとんどであった。知人にも合計で2000通近くの手紙を拘置所内から送っていた。また、死刑判決が決定してからは独房でアニメビデオを鑑賞することが許可されていた。

動機

事件の奇異さから憶測が飛び交い、宮崎自身が要領を得ない供述を繰り返していることから、裁判でも動機の完全な特定には到っていない。

鑑定に当たった医師たちによると、彼は本来的な小児性愛者ではなくあくまで代替的に幼女を狙ったと証言されている。第1次精神鑑定鑑定医の保崎秀夫は法廷で「成人をあきらめて幼女を代替物としたようで、小児性愛や死体性愛などの傾向は見られません」と証言し、簡易精神鑑定書は「幼児を対象としているが、本質的な性倒錯は認められず……幼児を対象としたことは代替である」としている。

一方で彼の性愛の対象は、成人の女性より幼女とする幼女性愛、幼女よりその死体とする死体愛、死体よりそれを解体したものとする死体加虐愛、さらにそれをビデオに撮ったものとする拝物愛、へ移っていった、とする意見もある。

アニメ・漫画の影響

宮﨑が暴力的、性的、猟奇的な内容の漫画やビデオを多数所持していた事から、一部マスコミではそれらの悪影響を主張する意見も見られた。実際はそれら内容の漫画やビデオは、宮崎の膨大なコレクションのごく一部であった。宮崎の趣味の特異性は、むしろジャンルに関係なく無作為に多数の漫画やビデオを収集していた事とされる。東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件#影響を参照。

この事件により「有害コミック騒動」が活発化してアニメ・漫画・ゲームなどが青少年に悪影響を及ぼすとする風潮が高まり、マスコミやPTAなどでの議論となった。後の「有害コミック騒動」で、事件の代表格である「幼女連続誘拐事件」が取り上げられている。

家族

稀に見る凶行であったため、家族へ及んだ影響も大きかった。人々の宮﨑への憎悪はそのまま彼の家族・親族へと波及した。

家族・親戚らの境遇
宮﨑は両親の他に姉妹二人がいたが、彼らに対して「お前達も死ね」「殺してやる」という旨の嫌がらせの手紙が殺到した。長女は勤めていた会社を辞め、すでに結婚間近だったが自ら婚約を破棄した。次女は在学していた看護学校にいられなくなり、自主退学に追い込まれた。二人の兄弟もいずれも辞職した。父親の弟は、5つの会社の役員を全て辞職した。
父親の弟2人も退職した上、次男は持っていた会社を妻の名義に変更。三男には娘が2人おり、宮﨑姓を名乗ることの影響を考え、苦渋の決断の末に「巻き込むわけにいかないから」と妻を説得して離婚、娘達は妻に引き取らせた。母親の兄の2人の息子は警察官、高校教師であったが辞職した。背景には週刊誌で暴露された影響があったと言われる。
父親の自殺
家族は宮﨑の逮捕から1年後に引越をした。宮﨑は父親に対して私選弁護人をつけてくれるよう要請したが父親はこれを拒絶。4年後の1994年に父親は自宅を売って、その代金を被害者の遺族に支払う段取りを付けると、東京都青梅市多摩川にかかる神代橋(水面までの高さ30m)から飛び降り自殺を遂げた。
作家の佐木隆三は父親の自殺を「現実逃避であり被害者家族を顧みない行為である」と非難した。佐木は他に、私選弁護士をつけるよう要請して来た宮崎を拒絶したことについても批判している。私選弁護人を選定しなかったことで国選弁護人が選ばれ結果国費が使われるからというのがその論旨であった。宮崎の父親には私選弁護人をつけるだけの経済力が十分あり、佐木は父親への批判として「家庭における父親の不在」というキーワードを挙げている。
父親とかねてから交流があり、事件後も父親とのコンタクトを定期的に続けた新聞記者は、「この事件を通して、加害者の家族は罪を犯した加害者以上の苦痛にさいなまれることを知った」「加害者家族が直面する現実を、初めて目の当たりにした」と語っている。
宮崎の父親は、自分が糾弾されるのは、息子が犯した罪を思えば当然だが、全く関係のない自分の親族らにまで非難の矛先が向けられ、辞職したり、逼塞することを余儀なくされていることに苦悩していると、インタビューで言及していた。
自宅跡地
現在、宮﨑の生家は取り壊されて空き地になっているが、事件が大きく影響して土地の買い手が現れず、完全に荒れ地となっている。

死刑執行の背景および波紋

鳩山邦夫法務大臣が死刑執行命令書に署名して2008年6月17日午前に東京拘置所で宮﨑の死刑は執行された。犯行動機は未解明のまま、精神鑑定も継続中であった。過去10年間における死刑確定から死刑執行までの平均は約8年であり、死刑確定から2年4ヶ月というスピード執行となる。

法務省は、2007年12月以降に執行された死刑囚の氏名を公表しているが、鳩山大臣下の執行13人中、宮﨑勤の執行は最も衆目を集めた。宮﨑の執行は「(宮﨑勤の事件は)最も凶悪な事犯の一つだと思うから、死刑執行すべきと思うが検討しろ」と執行手続きを開始させた旨、2010年末に民放テレビのインタビューで鳩山大臣が応えた。

2008年6月8日秋葉原無差別殺傷事件が影響を及ぼした可能性も指摘されていたが、ジャーナリストの上杉隆は宮崎勤死刑執行は秋葉原事件とは関係ないとしている。鳩山は同年3月に執行命令を既に出しており、秋葉原事件と関連があるとするには矛盾がある。アムネスティ・インターナショナル日本や、「死刑廃止を推進する議員連盟」など人権団体が同日、相次いで抗議を表明した。

日本弁護士連合会は宮崎誠会長名で「半年余りで13人の大量の死刑執行が行なわれた。政府に対し、死刑制度の存廃を含む抜本的な検討と見直しを行なうまでの一定期間、執行を停止するよう重ねて強く要請する」との声明を出した。宮﨑の国選弁護人を務めた田鎖麻衣子弁護士は同日、「数ヶ月前から再審請求の準備を進めていた。こうした事情を知りながら、死刑を執行したことに強く抗議する」との声明を発表した。5月末には鳩山邦夫法相に死刑を執行しないよう文書にて要請していたという

著書

雑誌『』編集部との往復書簡を掲載したものが出版されている。

  • 『夢のなか - 連続幼女殺害事件被告の告白』 創出版、1998年12月。ISBN 9784924718302
  • 『夢のなか、いまも - 連続幼女殺害事件元被告の告白』 創出版、2006年2月。ISBN 9784924718722

演じた俳優

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消された一家―北九州・連続監禁殺人事件―

サイコパス松永太が次々に話術を使って人々をマインドコントロールし、6人殺害・1人死亡、
その他1人自殺に追い込む・長期間監禁する、といった事件を起こす物語である。
世間ではコンクリート殺人・山口県光市親子殺人事件などに目が行きがちだが、北九州監禁
事件は世間にあまり知られていなく、そこがまた恐怖である。
松永太は自らの手を汚さず、被害者同士で殺人を犯させる。元千葉県警の壮年の警察官さえ
操ってしまった。
内縁の妻、緒方純子は共犯者として逮捕されたが、実際は両親・妹夫妻とその2児を殺害され
た被害者の面もあった。


緒方純子は死刑を求刑され、一審で死刑判決を受け、二審以降で無期懲役とされ、確定した。
当初事件の詳細を知らない私はいくら従犯でも6人殺し、1人死亡させているのだから死刑が
当然で無期懲役は不当と思われた。
だが本書を読むと連日通電され、指の肉が一部欠損し、長期間にわたって無表情になるほど
苛烈な拷問を受け、犯罪に加担させられている様をみると、死刑は重すぎる、
従犯による減刑で無期懲役にし、さらに心神耗弱で有期懲役にするか、心神耗弱による減刑
のみで、死刑から有期懲役にまで減刑するのが正しいとさえ思えてきた。無期懲役でも重すぎ
る、おそらく懲役20年が妥当ではないか。
松永太は凶悪かつ危険であり、死刑は至極妥当であり、実際にはオウム真理教松本智津夫
よりサイコパス及び洗脳する能力がいまだかつてあり、峻厳で危険であり、松本よりもこ
の松永太を早く執行すべきである。生かしておくと看守を洗脳して脱獄すらしかねない。
なぜかこの松永太は観念しているのか再審請求していない。
危険なので早く執行して欲しい。松本は生かしておく選択肢はあっても松永にはない。

5つ星のうち 1.0怒りしかない

(参考になった人 3/5 人)

この作者が純子を擁護することに不快。
事の発端は妻子あることを知った上で不倫から
始まった関係ということを皆忘れていないか?
全て自業自得。

反省していると、うなだれているのは同情を買うためのポーズ。
全て受け止めますとか言いつつ一審の判決で顔面蒼白になったと。
これこそ本性が垣間見えた瞬間だとなぜわからないのか。
自分が太と不倫したツケが回っただけのこと。

弁護士に説得されて控訴したとあるが、本当に猛省しているなら
弁護士に何を言われようと控訴せず一審の判決を受け止めるべき。


説得されて~ということが責任転嫁。殺しも太にさせられたという
責任転嫁。不倫する図太い神経を持っているしたたかな女。
策士。同情の余地なし。

この作者は死刑反対派なのか?DV被害者を守る会みたいな
わけのわからない人物も含め、こんな残虐大量殺人を犯した
重罪人を許し擁護することができる私って素敵で寛大だと
自己陶酔しているのではないか。

もしも自分の身内が姿形もなくミンチにされトイレに流されて
同じように擁護できるのか?極刑を求めるのではないのか?
面会で笑顔が見れた?人間らしさを取り戻せた?
殺された人は7人は笑うことすらできない。

5つ星のうち 5.0人間世界の残酷の極地

(参考になった人 3/4 人)

殺人者の長男のドキュメンタリーをテレビで見て事件を知りました。 ネットで調べた限りではかなり凄惨な修羅場が書かれていました。 この本を読む前までは内容深く知ることに抵抗がありました。 しかし読んでみると著者の視点で全て語られているのでそれほど胸くそ悪い感じにはなりませんでした。 それにしても現社会で、ナチスの強制収容所に勝るとも劣らない殺戮が家族間で行われ、かつ小学生の女の子までもが自分の家族の遺体解体作業に参加させられていたとは、、、 この監禁虐待による思考 理性 人格の崩壊は、人間世界の残酷の極地だ

消された一家―北九州・連続監禁殺人事件

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操ってしまった。
内縁の妻、緒方純子は共犯者として逮捕されたが、実際は両親・妹夫妻とその2児を殺害され
た被害者の面もあった。


緒方純子は死刑を求刑され、一審で死刑判決を受け、二審以降で無期懲役とされ、確定した。
当初事件の詳細を知らない私はいくら従犯でも6人殺し、1人死亡させているのだから死刑が
当然で無期懲役は不当と思われた。
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従犯による減刑で無期懲役にし、さらに心神耗弱で有期懲役にするか、心神耗弱による減刑
のみで、死刑から有期懲役にまで減刑するのが正しいとさえ思えてきた。無期懲役でも重すぎ
る、おそらく懲役20年が妥当ではないか。
松永太は凶悪かつ危険であり、死刑は至極妥当であり、実際にはオウム真理教松本智津夫
よりサイコパス及び洗脳する能力がいまだかつてあり、峻厳で危険であり、松本よりもこ
の松永太を早く執行すべきである。生かしておくと看守を洗脳して脱獄すらしかねない。
なぜかこの松永太は観念しているのか再審請求していない。
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この作者が純子を擁護することに不快。
事の発端は妻子あることを知った上で不倫から
始まった関係ということを皆忘れていないか?
全て自業自得。

反省していると、うなだれているのは同情を買うためのポーズ。
全て受け止めますとか言いつつ一審の判決で顔面蒼白になったと。
これこそ本性が垣間見えた瞬間だとなぜわからないのか。
自分が太と不倫したツケが回っただけのこと。

弁護士に説得されて控訴したとあるが、本当に猛省しているなら
弁護士に何を言われようと控訴せず一審の判決を受け止めるべき。


説得されて~ということが責任転嫁。殺しも太にさせられたという
責任転嫁。不倫する図太い神経を持っているしたたかな女。
策士。同情の余地なし。

この作者は死刑反対派なのか?DV被害者を守る会みたいな
わけのわからない人物も含め、こんな残虐大量殺人を犯した
重罪人を許し擁護することができる私って素敵で寛大だと
自己陶酔しているのではないか。

もしも自分の身内が姿形もなくミンチにされトイレに流されて
同じように擁護できるのか?極刑を求めるのではないのか?
面会で笑顔が見れた?人間らしさを取り戻せた?
殺された人は7人は笑うことすらできない。

5つ星のうち 5.0人間世界の残酷の極地

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殺人者の長男のドキュメンタリーをテレビで見て事件を知りました。 ネットで調べた限りではかなり凄惨な修羅場が書かれていました。 この本を読む前までは内容深く知ることに抵抗がありました。 しかし読んでみると著者の視点で全て語られているのでそれほど胸くそ悪い感じにはなりませんでした。 それにしても現社会で、ナチスの強制収容所に勝るとも劣らない殺戮が家族間で行われ、かつ小学生の女の子までもが自分の家族の遺体解体作業に参加させられていたとは、、、 この監禁虐待による思考 理性 人格の崩壊は、人間世界の残酷の極地だ

死刑でいいです―孤立が生んだ二つの殺人

5つ星のうち 5.0自分と似ている山地

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秋葉原事件等と同様、子供の頃は被害者、成長してからは加害者という典型例だと思った。

自分も母親は山地よりマシだったが、異常な家庭で父親から虐待を受けて育った。
うつ病の発症で、何度も自殺未遂し高校進学もできず、人間関係も苦手で、50過ぎた今でも、トラウマ治療を続けている。
だから、母親を殺した気持ちはよくわかる。
「虐待されたから仕返ししただけだ。反省はしない」という言葉にも非常に共感できる。
自分は、一昨年、老いて抵抗できなくなった父親に罵詈雑言をぶつけながら十数回蹴とばしてやり、少しはすっきりした。


だが、今でも、父親を殺したい気持ちは持っているし、ヒプノセラピー等の治療では、想像上で何十回惨殺したことか・・・

山地を発達障害だのアスペだのというが、正式に診断されたわけではないし、物心つく前から、あれほど異常で劣悪な環境ではまともに育つ方が不思議だろう。
あの家庭では、優しさ、思いやり、人とのコミュニケーション能力等を育む事は非常に困難だったろう。

心の傷は外からは見えず、本人も自覚がなかったが、山地のインナーチャイルドはズタズタに傷ついていたばずだ。
自分は子供の頃は、感情や体感を無意識に麻痺させ自己防衛していたが、山地の場合、あれ程残酷だった父親を美化までしている。
そこまでしなければ、精神が崩壊してしていたと推察される。

少年院では、反省ばかり求められていたが、もっと、同情、共感してあげてもよかったと思うし、現状では難しいだろうが、更なるトラウマの治療も必須だったろう。(大怪我を負っている者や重病者なら、もちろん退院させなかったろうが、彼は本来なら集中治療室に入院する程の心の傷を抱えたまま、退院してしまったのだ。)

勿論、姉妹殺人は決して許される事ではないが、山地の潜在的な長年の憎しみ、恨みの感情が不幸にも無関係な姉妹に暴発してしまったように思える。子供の頃、父親から虐待を受けていたヒットラーが、怒りの矛先をユダヤ人に向けてしまったように。
(自分はたまたま、うつ病になり自分を殺す方向に向かったが、根本は同じだろう)

某番組で、姉妹の父親が「死刑にならないのなら、俺が殺す。それが、叶わないなら、警察署の前で腹を切る」と語っていたが、当然の怒りであろう。

山地はあのままだったら、また、殺人を犯しただろうし、死刑は妥当だったと思う。

だが、せめて、被害者家庭の1/10でも、山地の家庭に温かさがあったら、あそこまでの惨劇は防げたのではないか。

凶悪犯罪者ではあったが、心の奥には、強い怒り、悲しみ、どこにも居場所がなく、心から分かり合える友もない深い絶望感があったであろう。
悲劇の連鎖を防ぐには、児童虐待やDVへの早期救済、被虐待児のトラウマ治療の保険適用化等が、必要ではないだろうか。

5つ星のうち 3.0彼を生かしたかった

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中学生の時から新聞配達をして家計を支えていた山路さん、そんな彼を虐待し続けてきた母親、中学生の子供が新聞配達をする家庭環境、4歳で母親の下着を真冬で戸外で洗濯させられていた等虐待の目撃もあり、もし行政がおかしいと気づいて母親と隔離させ施設に引き取っていれば
ついに母親殺害に至りはしても少年院生活は逆に彼にとってある意味初めて落ちついて、勉学に打ち込み、少年院の中では優秀であったことを読むとせつない。
少年院中にアスペルガーと診断され、まだまだケアが必要という医師の診断があったにも関わらず、身寄りもない病んだ若者を世に放り出してしまう制度。

これはあまりに危険すぎる。人を殺したい欲望の残る人を世間に放り出したのだから。常に彼の心のケアをする体制があり状況に応じて対処する体制があれば姉妹の命を守り、また彼の命を散らさないで済むことも出来たのではと。出所後に住み込みで働いたパチンコ店でも真面目に働いていたという。しかし彼の過去を知る悪い人物に出会ってしまう。なぜ彼が悪い仲間に引き込まれてしまったかその心理を知りたかった。本書ではそれに対する推理はないのが惜しい。彼の昔の恋愛などにページを費やすより心理面をもっと深く掘り下げて欲しかった。「生まれるべきではなかった」と言う彼の言葉は辛すぎらる。幼児期から虐待にあったりいじめにあった人アスペルガーである人を望みがあればケアする制度を作るべきとしかいえない。死刑を待ちながら「ローマ人の物語」など難しい本を読んでいたという。
本来は頭もいい人だったのだろう。

丹念な取材に基づいて事件の背景や本質をあぶり出している、好著だと思う。

共同通信の記者が書いている。公平で客感的な文章で、押し付けがましいところもなく、読みやすい。

これまで発達障害のことなどはほとんど知らなかった。惨虐で理解しがたい殺人も、その事件のみをみて犯人は悪いやっちゃな〜と思っていたが、そんな単純な話ではないことがよくわかった。いろんなことを考えさせられた。

ただ、読めば読むほど思ったのは、程度の差こそあれ、誰でも多少はよく似た何らかの"障害"があるやんか、ということ。

悲観的になったり人の気持ちがわからなくなったりするもんね。貧乏になったりしたら、どこかがおかしくなるなんてすぐ。だから自分も精神的に安定するよう気をつけたいし、誰に対してもサポートの気持ちは持っていたい。

周りには特に発達障害の人はおらず、少年院や精神科の専門家でもない、私のような人にこそ是非読んでもらいたい。理解が広がれば社会がよくなると思う。住みやすくなると思う。

昭和史の10大事件

余りに読み易すぎて、深いものは残らないが、過去になりつつある昭和をよく知るいい機会になった。 昭和元年は1週間しかなかった(p17) 満州国建国後、日本の景気はどんどん良くなった(p59) 東京裁判で、戦争を指導した陸軍参謀本部、海軍軍令部の連中は、一人も死刑になってない(p111) もし日本人が東京裁判を裁いていたら、ものすごい恨みが現在でも残っていた(p111) 半藤さんの「昭和史」「幕末史」「あの戦争と日本人」はおすすめです。

対談形式の内容なので、自分にとっては期待はずれでした。 作者は1人のほうがいい、と再確認しました。 対談形式で自説があいまいに感じます。

5つ星のうち 3.0内容薄め

(参考になった人 1/1 人)

比較的ライトな感じの対談形式のためか、内容はかなり薄めで、通勤電車の中でも1日〜数日で読めそう。 半藤一利ファンアイテムかなー。

宮崎勤』の解説 by はてなキーワード

人名。

彼の引き起こしたM君事件により「おたく」の存在が社会的に注目された。

現在、オタクが誤解され、差別を受けている主な原因の一つと言われている*1

 

1988年から翌89年にかけて発生した東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件?警察庁広域重要117号事件・犠牲者4名)の被告人

1989年7月23日、別件の現行犯で逮捕される。

1989年8月24日簡易鑑定

1997年4月14日東京地裁にて有罪(死刑判決

2001年6月28日東京高裁にて被告側の控訴棄却

2006年1月17日最高裁にて被告側の上告棄却裁判官4名全員一致の判断)。これにより、死刑判決が確定。

2008年6月17日死刑執行

 

事件後は、出版業界(とくに漫画やアニメなど)などで性的な表現に対する自主規制が厳しくなった。

宮崎勤』by Google Search

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