安倍晋三のまとめ情報

安倍晋三』に 関連する人気アイテム

日本人が知らない集団的自衛権

恥ずかしながら、この本を読むまで海外の憲法学者では憲法九条がパリ不戦条約の文言をそのままなぞらえたもの、憲法九条での自衛権の放棄は国際法上あり得ないこと、安保法制が国連憲章51条をそのままなぞらえたものだとは理解出来ませんでした。
気になったので国際法での自衛権の扱いについて調べてみたところ、日本国憲法九条「国際紛争を解決する手段として」の戦争を放棄が書かれていますが日本国憲法が制定されるおよそ20年前ドイツ、日本も含む15ヶ国が参加してパリで調印し成立したパリ不戦条約で「国際紛争を解決する手段として」の戦争を締約国間で放棄しています。


このパリ不戦条約批准に際し、「自衛権の行使を留保する」との趣旨を明示した交換公文を取り交わしていたのです。つまり各国は、「自衛権の行使を放棄しない」との条件で批准をしていたから、不戦条約では自衛戦争(もしくは自衛のための武力行使)は放棄されていないということになるというカラクリになっていたのである(田岡良一「国際法上の自衛権」勁草書房157頁以下参照)。日本もパリ不戦条約に調印しパリ不戦条約は「自衛権を放棄していない」と交換文書を交わし帝国議会で公表もしているので憲法九条は自衛権と自衛戦争は放棄していないと解釈するのは当然すぎるぐらい当然でしょう。
日本は「国際紛争を解決する手段として」の定義を日本国憲法制定前から「侵略戦争の放棄であって自衛戦争の放棄ではない」と確認しているのです。安保法制が憲法違反だと叫ばれている日本の弁護士、憲法学者等は戦前に日本が「紛争を解決する手段」が侵略戦争のことであって自衛権の放棄ではない」とパリ平和条約の解釈で既に確認されている事への整合性が無い事をどう説明するのでしょう?憲法学を勉強した人々が日本では憲法解釈が優位だと言って、日本国憲法の解釈によって日本国において国連憲章51条を空文化するという恐ろしい説を持ち出すつもりでしょうか?日本の憲法学者は国際関係においては条約が憲法に優先するという条約優位の原則という憲法学の基礎中の基礎を知らない程の愚か者、勉強不足なのでしょうか?

また、国連憲章51条「安全保障理事会が国際平和及び安全維持に必要な措置をとるまでの間」と同じ文言が安保法制にもきちんと明記されています。つまり、安保法制と日本の集団的自衛権は国連憲章51条及び安全保障理事会の統制下にあるのです。安保理が「日本は自衛権行使を止めろ」と決議すれば日本は安保法制上必ず戦争を止めなければならない。このような事例を具体例を挙げながら小川先生は図入りで本当にわかりやすく書かれています。

小川先生はこの著書で「集団的自衛権の行使容認に反対する立場から叫ばれた「歯止めがきかない」という指摘も、国連憲章と日米安保条約の関係を押さえていない点で無責任な空論」と書かれていますが日米安保条約5条にも「安保理に戦争の報告をしなければならない。安保理が必要な措置を執った場合は終止しなければならない」と安保法制と同じ事が書かれています。
つまり安保法制も日米安保条約も国連憲章に縛られ国連の集団安全保障体制を強化する法なのです。そのような事例を無視し安保法制は戦争法案だと叫ぶ半田 滋氏、柳澤 協二氏、あるいは日本の憲法学者等は国際関係においては国内法、憲法解釈より条約が優先する条約優位の原則という基礎の中の基礎を完全に無視しています。日本の集団的自衛権は日米安保条約と国連憲章51条、4条、5条等に縛られる集団安全保障体制を強化法案で日本国憲法9条の「国際紛争を解決する手段」という文言は「侵略戦争の放棄であって自衛権は放棄されていない」とパリ不戦条約の時に既に定義されていたのに、それを勝手に代えて戦争法案だと言っている方々のほうが自分たちの憲法解釈で国際条約の条文、定義すら空文化することが出来るという「ヒットラー」的で非常に危険な存在です。この本には安保法案が戦争法案だと言っている方々がいかに国際法を無視し現実を無視したインチキで危険な存在かということを非常にわかりやすく理路整然に書かれています。

圧倒的なリアリティと情報量

(参考になった人 13/18 人)

安保法案に反対するデモ集団が暴徒化しているのを自分の目で見てショックを受け、
「なぜマスコミは反対意見ばかりとりあげ、あんな偏った人たちを『民意の代表』のように報道しているのだろう?」
と疑問に思ったのが購入のきっかけでした。

本書は日本の安全保障にアメリカとの協力は不可欠と結論づけていますが、筆者に特定のイデオロギーは感じられません。
あくまで膨大な取材とデータを基にそう結論を出しただけで、間違った考え方には右派でも左派でも遠慮なく批判しています。


日本のマスコミに対しては原発関連や慰安婦問題でも誤報の常習犯として知られる朝日新聞を筆頭に、
どれだけ偏った思想と誤った知識で報道がなされているかを書いています。
その一方で、現場も知らず的外れな法整備と説明を行う政府・官僚にも容赦ありません。

専門家から見ればまた別の評価になるのかもしれませんが、
少なくとも自分のような入門者にとって「最初の1冊」としては最適だと感じました。

分りやすい解説が特徴でしょうか。

(参考になった人 1/1 人)

軍事の専門家が集団的自衛権と我が国の安全保障を解説する。専門軍事の用語を使わず
分りやすい解説が特徴でしょうか。集団的自衛権ってなんだ?そんな疑問にも対応しています。

集団的自衛権を放棄することは簡単だ。武装中立国で生きればよい。日米安全保障は、日本に取っては
格安の軍事同盟、安全保障であるが、武装中立国で生きる場合のコストとリスクを詳しく解説しています。
理想にはコストが必要だが、集団的自衛権を反対している方々も、天文学的な金が必要なことが分れば
黙ってしまいそう。

大増税は嫌ですからね。

日米軍事同盟に置いて、日本の過大なる貢献度も解説されている。米国にとって日本は絶対的な必要国なのだ。
集団的自衛権に神経を尖らせている国民は、世界では少ないと思うが、軍事アレルギーの方でも本書を読んでみる
価値はありそうです。「集団的自衛権」と「集団的安全保障」類似されて扱われることが多いが、その辺の違いも
詳しく網羅。

賊軍の昭和史

全くの日本史素人としてとても楽しく読ませていただきました。さすがの対談と思われました。

購入したのも、昭和だけではなく、古くからの官軍・賊軍という視点から、そのシンボルだといわれる「錦の御旗」と幕府の「日章旗」の関係などについて興味を持っているからです。具体的に錦や緞子がどのようなものであったかということから、長く使われていなかった「錦の御旗」が果たしてどのように認識できたのかまで、種々調べていたからです。

ただ、資料が少なく五里霧中だったところで、「材料調達は幾松」との記載に気づき、あちらこちら調べましたが、確認できませんでした。



このレビュー欄に相応しくないかもしれませんが、「三条の入れ知恵」という件もあり得そうな話であり、何らかの論拠があるかと思い探してます。どなたかご教示いただけるでしょうか。

日本国民を救ったのはだれだったのか

(参考になった人 6/6 人)

1945年8月14~15日の伊勢崎空襲を実体験として記憶している私としては、大日本帝国はどうしてもう少し早く降伏しなかったのかと疑問でした。軍国少年として「神州不滅」信じ込んでいた幼い私でも、本土決戦のために身近に配備された兵器や兵士たちはあまりにもお粗末であり、竹やりで戦車と戦えるとは思えなかったからです。本書を読んで、薩長閥をはじめとする「官軍」の考え方では、戦争を始めることはできても、それを終わらせる方法論が見出せなかったこと、「全滅を望んだ官軍的厚かましさ」がよく分かりました。賊軍の系譜を受け継いだ鈴木貫太郎が2.26事件を生き延びて昭和天皇の「ご聖断」を引き出した幸運を、いまさらながらかみしめています。全体主義的な潮流の再現が感じられる今日この頃に、多くの人に読んでいただきたい本です。

江戸時代の事をあまり勉強しない(いや教えて貰えなかった)自分にとって、明治維新の富国強兵そして大東亜・太平洋戦争での敗戦はすべてつながっていることに気づかされました。明治維新の賊軍とされた奥州越列藩の無念とは、(朝廷)天皇を誰よりも大切にしてきた(東)蝦夷の民の地を穢されたことではないでしょうか?薩摩藩が敵対していた徳川幕府を倒すために長州の革命(テロ)集団を利用し、偽の錦の御旗を立て東の心を揺さぶった心理作戦で勝ち取ったものだと思います。そして、その延長上にある、薩摩海軍、長州陸軍が、最後は、5.15や2.26事変を踏み台に変貌して大東亜戦争、最後に米国との戦争(太平洋戦争)とになり、2000年続いた平和国家日本を崖から突き落そうとした時に、神の力が働いたのかもしれないと思いました。

村山談話20年目の真実

村山談話の異様性と弊害がよくわかる

(参考になった人 86/90 人)

村山談話はその文面が秘密裡に作られ、閣議決定にも唐突に出された。事前に知らされていなかった閣僚達はわけのわからぬまま反応できず、談話の後も誰もが押し黙るという状態で、次の案件へと進んでいったという。
平沼赳夫大臣はこの時しっかり反応できなかったことを今でも悔いている。「閣議決定の後、もう一度談話を読み返してみたら、これが大きな問題であることに気がつきました。当時の私は初入閣直後で、まだ閣議というものがわかっていなかったこともあり、談話が発表されたときに黙っていたら、結果として賛成になってしまったのです。

閣議決定をしたら、それは政府の見解になります。だからこそ、私はあの日の閣議で、談話に対して反対の意見を述べなかったことに対して、一人の保守政治家として大変申し訳なく思っております」。

「植民地支配」「侵略」という文言について、この書の著者(村山談話検証プロジェクトチーム)の一人である和田正宗氏は今年3月に質問主意書で内閣に問うたところ、「植民地支配および侵略の定義については様々な議論があり、お答えすることは困難である」と書かれていた。すなわち、定義できない文言を総理大臣談話に盛り込むという本来あってはならないことが行われたわけである。
村山は、文言として飛躍している「侵略」「植民地支配」を、総理大臣談話として発表することで既成事実化することを狙ったわけである。戦後50年で過去の行為について謝罪して終わらせるのではなく、その後もそれを餌に付け入ろうとする勢力の発生すら意識し、未来永劫、日本が戦後史観の呪縛にとらわれることを企図したのである。村山の狙い通り、村山談話はその後も効力を失うことはなく、今も尚、強い力を持っている。そして歴代内閣の大きな足枷になっているのである。
いったん村山談話が規定してしまった流れを、それを良しとしないであろう安倍政権でも止めることができないでいる。「侵略」と「植民地支配」を定義できないのに踏襲しなくてはならない。村山談話がもたらした呪縛はとてつもなく大きいのである。
一国のトップが自虐史観的な歴史観を世界に発信した稀有な談話は、中国や韓国政府による日本の先の戦争における行いを「犯罪」とする主張を増長させ、その後20年間、談話を継承せざるを得ない状況をつくり上げ、その結果として、政府は「土下座外交」を続けざるを得なかったのである。

プロジェクトチームが安倍内閣の考えを分析したところ、「村山談話を否定しないが、肯定もせず、もう過去のこととしてしまう」「歴代内閣の立場を全体として引き継ぐということは、『侵略』『植民地支配』を認めなかった内閣の立場も引き継ぐ」というもので、村山談話の呪縛から逃れようとはしているが、過渡期であり、慎重にならざるを得ないというものだった。
先日発表された安倍内閣の「戦後70年談話」では、「戦争に何らかかわりのない世代に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」との表明があり、村山談話を形骸化させる第一歩は踏めたと思える。

どんな理由があるにせよ、政府も国民も村山談話を受け入れ、それを20年にわたって放置し続けた。責任は政治家のみならず我々国民にあると言っても過言ではない。日本を弱体化させる村山談話の呪縛を解き放つために立ち上がることが、今を生きる我々が果たすべき未来への責任である、とプロジェクトチームは主張している。

花田紀凱氏がプロデュースし、保守系野党議員などが共同で行った「村山談話検証」プロジェクトのプロセスとポイントを纏めた書物である。戦後70年を経過しても、
日本は「敗戦病」を引きずり、自虐史観を強制されてきた。その大きな要因になっている「村山談話」を徹底的に検証し、特に談話で使われている
二つのキーワード「植民地支配」と「侵略」、この言葉の定義をはっきりさせないまま、ただ謝罪することで中韓に絶好の外交カードを与えてしまったという
慙愧の念からこういった運動を提起し、国民の意識や歴史観を改めようという考えは私も大いに賛成だ。



ただ、この著書の後半部分で共同執筆者4名による対談があるが、当時の日本が「国策を誤り」「植民地支配」や「侵略」を行ったことはまったくあり得ないと
言い切っていることには、保守派を自負している私でもやや違和感を感じるところがあった。私は、日本がある意味身分不相応な勝利を収めた日露戦争以
後、1945年の終戦までの40年間ほどは日本の歴史の中でも特別な「鬼胎の時代」であったとする司馬遼太郎の歴史観に大いに同感している。左でも右で
もなく冷徹なまでの現実主義で鋭敏な論陣を張った故高坂京大教授も同様のことを言っている。この40年で統帥権を振りかざし、天皇や国会を無視して
軍部が独走、中国に進出していったことは、それがロシア進出を食い止めるための自衛策であるという議論で正当化することはかなり難しかろうと思ってい
る。

概ね日本の「植民地」への対応は、欧米諸国のそれに比して大きく異なりその被植民地国への統治も平和的で、台湾のように戦後も大いに評価してくれる
国もあることは事実であろう。ただ、その国の抵抗勢力の性格にもよるが、要は統治された国において抵抗する勢力が存在し、民族自決権を主張されると
植民地化は100%正義の御旗を掲げることは困難である。そして、歴然たる事実として日本は敗れた。東京裁判をその明白な例として、多くの真実や事実
にそぐわない罰を受けてきた。つまり、日本として戦後、不自由な議論を余儀なくされてきたことも残念ではあるが、国際政治上それを甘受しないといけない
時期はあったと思う。

この著者たちも認めているように、「植民地支配」「侵略」と言った言葉を使ったのは、村山富一が初めてではない。それ以前の自民党の多くの首相も
それを使ってきた。敢えて、「村山談話」でのこの言葉の定義を議論するより、もう日本は十分な謝罪と賠償を行った、国際的、歴史的観点から見て、
それは決して、中韓から指摘されて狼狽するレベルではない、というスタンスで踏ん張ることが今後の政権のスタンスとして重要だと考えている。その意味、
安倍政権が、この村山談話を含めて過去の首相談話を置き換える意味で、戦後70年目に発表した安倍談話を今後の日本のスタンスとして堅持すべきで
あろう。「今後の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」という立場を今後より明確にして、謝罪や賠償あるいは代替的な政策
を一切捨てることで、中韓が持ってきた外交カードの意味合いを限りなくゼロに近づけることが必要である。

アマゾンからこの本が送られて来て手に取った時、正直ハズレたかなぁと思った。
保守派の本は中身の重要さに比して、だいたいがタイトルが悪い。その点では、本書はその点まずまず無難な線なのだが、帯の裏表紙側の文句、「戦後70年、村山談話を卒業する時がキターーー!」なのである。
小生くらいの年齢になると、この「キターーー!」には何やら軽薄感を越えた嫌悪がある。無理なのである。良く確認しなかった自分のせいだが、しかも出版社はイーストプレスである。
さらに、200Pに満たない分量で何ほどの事が言えているのだろうと思ったが、藤岡信勝氏が参加している事でもあるし何かしら得るところもあろう、と読み始めた。



読み進めるうち、小生の悪い先入観は打ち砕かれた。
長年、真実と考えてきた野坂浩賢の「政権ー変革への道」の村山談話成立過程の記述は大嘘であった。それを証明する複数のインタビューは生々しく、飾らない筆のせいで一層リアルである。
野坂浩賢は村山談話の正当性をより担保すべく著書で事実と異なる記述をし、これをマスコミやいわゆる良心的知識人は引用、活用し続けたのだった。この点を明らかにしただけでも本書の価値は高い。
小生にとって謎だった安倍総理の「歴代内閣の立場を全体として引き継ぐ、云々」の意味も本書ですっきり意味が解けた。安倍総理がいかに苦衷のなかで工夫されて発言しているか理解した。

本書によると、平沼赳夫氏は閣議において(ドサクサにまぎれて、ということであったとしても)署名された事を後悔し謝罪しているし、島村氏も同様のようだ。政治は結果責任であるので、そうした謝罪は当然であると思う。しかし、おおいに甘いとしか言いようがないものの、当時の感覚としては「これで中韓との問題解決に目処がつけられる」との思いがあったのだろう。
そこでもやはり外務省である。谷野作太郎、田中均といった親中、親朝鮮のいつものメンバーの名前がやはり出てくる。
彼らには結果責任はないだろうが外務省の高官として、中韓の特殊性を見抜けなかったのはなぜなのか。無能な外交官だった、というだけの事ではないだろう。
続編ではぜひ、ここのあたりの謎をといて貰いたい思う。

なぜ戦争は伝わりやすく平和は伝わりにくいのか ピース・コミュニケーションという試み

諭すでもなく、大風呂敷を広げて持論を展開するでもなく。多様な具体例を提示しながら、分析し、つないでいく。まさに、著者と私が「コミュニケート」しながら、一緒に、点と点を線にしていく作業を行っている感覚で読み進められました。

ネットの世界をのぞけば、溢れんばかりの情報に圧倒される一方で、情報鎖国とも言われる日本。何が正しくて、何が間違っているのか。そもそも「正しい」ってどういうことなのか。本書では、それらの問いに対して、言葉を「イメージ」するところから始まり、「言葉」の定義、「コミュニケーション」の在り方、その化学反応で生まれる「世論」について、具体例をもとに丁寧に分析しています。



「権力者の法則」「メディアの構造」「大衆の心理」の三位一体モデルによって戦争を起こし、拡大させていくという分析を、いまの日本の政治や社会に照らし合わせてみると、より多角的に、深く、状況を俯瞰することができるのではないでしょうか。

個人的には、第二部の「なぜ『戦争体験者』だけに話を聞いて来たのか?」という節がとても興味深かったです。第二次世界大戦終戦から70年を迎える今年、戦争体験の継承は、世界共通の課題です。その課題に真摯に向き合い、10年以上前から具体的に取り組んでいるアウシュヴィッツ・ミュージアムの試みには学ぶことが多いです。

「戦後70年を迎えたいまだからこそ、『体験者ではない世代』が語ることが、より一層意味を持ってきたように思われる。なぜなら、戦争体験との距離があるからこそ、現在の問題に転用しやすいからだ。直接の体験者というのは、時に現在よりも過去の方を『リアル』に感じることがある。」(本書199頁)

なるほど!と納得する一方で、当事者の「体験談」をいかに伝えていくことが出来るのか...人によって異なる「戦争体験」を、いかに自分の言葉で、もしくは自分の言葉を使わずに、語り継いでいくことが出来るのか。そのヒントをもらうためにも、いま、戦争を体験された方々と対話する必要があるのだと痛感しました。「君たちに戦争責任はない。でもそれをくり返さない責任はある」というアウシュヴィッツ生還者の言葉の意味を、私たち「ふつうの人」が、それぞれ自分の頭で考えないといけないのだと思いました。

さらりと等身大の言葉で読者を導き、それぞれのペースを尊重しながら、思考を深めてくれる本書。まさに今、巡り会いたかった一冊でした!

「平和プロパガンダで大衆をだまさないで」
自分は何十年もの間社会党に投票し
平和を最重要視し護憲派だった。
しかし中国が戦後に隠してきたチベットウイグル政策や世界大戦後に中国が
アジア各国を侵略した歴史を知ってからは
護憲派をやめ軍事力の大切さがわかった。

日本は本土空襲や原爆被害のために
戦争プロパガンダよりも
平和プロパガンダが戦後ずっと繰り返されてきたと思う。
だから為政者が戦争プロパガンダをしても
すぐには世論の大勢は動かない。


国民が世界の軍事バランスの現実を思い知るのは
首都が攻められるか、祖国を全土占領され手遅れになってからである。
著者は軍事の専門家ではないから軍事に関する事は全く分からないとインタビューで答えている。
世界の軍事情勢を一切考慮語せずして
安倍政権が軍事プロパガンダを国民にしかけていると警鐘を鳴らすのは
平和プロパガンダでありひどい暴論だと思う。
軍事プロパガンダは確かに危険だ。
しかし平和プロパガンダも同じくらいに危険だと思う。
かつてチベットは唐時代の中国に戦争で勝てる国だった。
しかし唐との間で戦わない約束をした。
しかしチベットは軍隊の増強を怠った。
そのため1950年代にチベットは
中国軍に攻められて全土を占領された。
一時期は人口が5分の1になるまで
チベット人は中国軍によって殺された。
平和を信じ不戦を信じ軍隊の増強を怠ればどうなるかを
チベットの歴史は教えてくれた。
よって「平和が大事だ」「武器を捨てよ」と大衆に訴えるのは
あまりにも無責任な行為であり
侵略国が侵略をしやすくなり
国民を侵略戦争の惨禍に遭遇しやすくする。
永世中立国のスイスでさえ現在も
全国民が交代で銃を持ち国土を防衛している。
「平和教育以外やる必要がない」と
著者は大衆をだまさないでほしい。
平和は軍事力が無ければ成立しないのである。

右でも左でもなく、ジャンプする

(参考になった人 5/7 人)

筆者は、広告代理店を経て、デザイン・コンサル会社を設立、大学で平和構築・紛争予防を教える傍ら、コミュニケーション戦略の観点から平和構築を考える「ピース・コミュニケーション」を提唱するユニークな活動をしている。
本書の特色は、政治的思想や歴史に重きを置いた「戦争論」「平和論」ではなく、メディアや世論が形成する大衆心理や「空気感」、そこにおけるコミュニケーションが果たす役割や影響を思想信条への偏りなく整理していることである。

イラクのクウェート侵攻時、戦争に乗り気でなかった米国の公聴会での、(クウェートから逃げて来た少女という触れ込みの)ナイラ証言が、クウェート政府系のロビイストによる「つくり話」であったという事実は、世論の形成が真実に基づくものとは限らないという現実を物語る。


ボスニア紛争において、「戦争広告代理店」が作った「民族浄化」というキャッチコピーが、セルビアのミロシェビッチ大統領の残虐行為を一言で伝える効果を生み、国際世論に大きな影響を及ぼしたことも「国際メデチィア情報戦」の威力を見せつける事例である。
こうしたメディア、広報戦略と世論形成の「習性」を知ることも、戦争を抑止することにつながる、というのが筆者の云わんとする処であろう。

アウシュビッツの元館長による、「(今を生きる)君たちに戦争責任はない。でもそれを繰り返さない責任はある」という言葉は、我々が肝に銘ずるべき言葉であり、戦争というものが特別な事を契機として起こるのではなく、じわじわと空気感が形成され、反対の声を上げるべき時に上げなければ、加速する流れに呑み込まれてしまうという歴史の教訓を再確認する必要があるかもしれない。
あとがきに書かれている「右か左かと問われたら、とりあえず上へとジャンプする(問われるその瞬間まで考え続ける)」という筆者の言葉は、戦後70年を経過した日本にとって必要なことのように感じる。

安倍晋三』の解説 by はてなキーワード

政治家山口県長門市(旧・油谷町)出身。自由民主党総裁内閣総理大臣(90,96代)。

父は安倍晋太郎。また、母方の祖父は岸信介元首相。弟は岸信夫衆議院議員

兄、寛信の舅は知的財産戦略本部コンテンツ専門調査会の座長、牛尾治朗(source)

妻は森永製菓相談役の娘で、地方局のラジオDJとして人気があった。

政治家

出典: フリー百科事典ウィキペディア (Wikipedia)』

衆議院議員 安倍晋三 生年月日 1954年9月21日


安倍 晋三(あべ しんぞう、1954年9月21日 - )は、日本の政治家。自由民主党に所属する衆議院議員。「晋三」という名前であるが、安倍晋太郎の次男である。岸信介の外孫で、佐藤栄作は大叔父に当たる。参議院議員岸信夫は実弟。

成蹊大学法学部政治学科卒。自由民主党幹事長。第一次小泉内閣の前内閣官房副長官

神戸製鋼所社員、外務大臣秘書官を経て1993年衆議院議員として初当選を果たす。2003年9月から自民党幹事長を務めた。


出身地 山口県大津郡

最終学歴 成蹊大学法学部

前職 神戸製鋼所

外務大臣秘書官

父の議員秘書

役職 元・内閣官房副長官

世襲の有無 3世

祖父・安倍寛岸信介

父・安倍晋太郎

選挙区 山口4区

当選回数 4回

所属党派 自由民主党

党の役職 幹事長

会館号室 衆・第一議員会館602号室

ウェブサイト http://www.s-abe.or.jp/

語録

  • 「今年を漢字一文字で表わすと、"責任"ですかね」
  • ホワイトカラーエグゼンプション残業代ゼロになるから、残業がなくなり少子化対策につながる」
  • フリーター派遣は働き方の多様性の問題。彼らが正規雇用になりたいとは限らない」
  • 「私は、コップの水が減ったとは考えず、まだこんなにあると考える」
  • そのまんま東氏は再チャレンジに成功した。自分の再チャレンジ政策はこういうものだ」
  • 「私はミヤタさん、いやミヤケさんを誇りに思う」(注:電車にはねられた宮本巡査部長に対して)
  • 「私はいま権力の頂点にいる」
  • 「松岡さんが亡くなって慙愧に耐えない」(注:「残念」といいたかった?「慙愧」なら「恥じ入る」ことだが)
  • 年金問題菅直人の責任」
  • コムスンは一生懸命やっておられる」

amazon:安倍晋三

国民年金保険料の納付未納期間について、回答を留保。http://f40.aaacafe.ne.jp/~matome/

日本会議国会議員懇談会」・副幹事長

真・保守政策研究会の中心メンバー→創生「日本」会長

安倍官房長官保岡興治法相らが、統一教会のダミー団体が5月に福岡県で開催した集会に祝電を送っていた。統一教会の宣伝として利用される恐れがある」などとして、両氏に祝電を送った経緯などを問う質問状と抗議文を送付したことを明らかにした。

http://web.archive.org/web/20060703063630/http://www.zakzak.co.jp/top/2006_06/t2006062044.html

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