孫正義のまとめ情報

孫正義』の解説

孫 正義(そん まさよし、손정의、 1957年8月11日 - )は日本実業家。ソフトバンクグループの創業者として知られ、ソフトバンクグループ代表取締役会長社長ヤフー取締役スプリント会長、アーム会長、アリババ取締役、福岡ソフトバンクホークス取締役などを務める。自身が創業したソフトバンクグループの筆頭株主。

実業家の孫泰蔵は実弟。

出生・幼少期

不法入国者、大東亜戦争終戦後の朝鮮進駐軍の在日韓国人実業家の二男として佐賀県鳥栖市の朝鮮人集落に出生。4人兄弟であった。いわゆる通名は「安本正義」。

孫は佐賀県鳥栖市の朝鮮人集落で幼少期を過ごし、差別も経験する。豚や羊と一緒に生活する非常に貧しく不衛生な場所であったが、「今だから言えるが密造酒も家で作っていた」と佐野眞一のインタビューで述べるとともに、父親の三憲が密造酒製造販売と消費者金融・パチンコ業で大成功し、長じてはパチンコ店数十店舗を所有し、高級車を何台も保有するほどの裕福な時期もあったことも明らかにしている。

緑ヶ丘・第二幼稚園から北九州市立引野小学校に入学、福岡市立城南中学校に転入後、1973年久留米大学附設高等学校に入学。

アメリカ時代

高校入学後、司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』を愛読し、脱藩に憧れて渡米を決意し、夏休みを利用して米国カリフォルニア州にて語学研修のため4週間の短期留学。1974年に久留米大学附設高等学校を中退し、渡米(2月)。米国の英語学校 (ESL) に入学。米国サンフランシスコセラモンテ高等学校の2年生に編入。3年生、4年生へと飛び級高校卒業検定試験に合格したため、高等学校を3週間で退学(10月)。翌1975年に米国ホーリー・ネームズ・カレッジに入学。

1977年カリフォルニア大学バークレー校経済学部の3年生に編入。さらに1979年シャープに自動翻訳機を売り込んで得た資金1億円を元手に、米国でソフトウェア開発会社の「Unison World」を設立。インベーダーゲーム機を日本から輸入。結婚。1980年カリフォルニア大学バークレー校を卒業。学位は、経済学士。日本へ帰国後、会社を設立するために福岡市博多区雑餉隈に事務所を構えた。

起業家

1981年、福岡市博多区に事務所を移し、コンピュータ卸売事業の「ユニソン・ワールド」を、そして福岡県大野城市に「日本ソフトバンク」を設立。1983年における慢性肝炎での入院をきっかけに社長職を退き会長へ。この時、「お金じゃ無い、地位や名誉でもない、ばあちゃんがやっていたような、人に喜んでもらえることに、貢献できたら幸せだ。どこか、名前も知らない、小さな女の子に“ありがとう”と言ってもらえるような、そんな仕事がしたい」と思い、今に至る。「おばあちゃんは、いつも、人さまのお陰だ、と言っていたことから、人を恨んだりしてはいけない」とも語っている。その後、1986年をもって社長職に復帰、パソナ南部靖之エイチ・アイ・エス澤田秀雄とともにベンチャー三銃士と称された。1990年をもって日本に帰化

1990年、ソフトバンク株式会社に社名変更。

1994年ソフトバンク株式会社の株式を店頭公開。

1996年には米ヤフーソフトバンクの合弁でヤフー株式会社を設立。

同年、衛星放送プラットフォームの運営会社としてジェイ・スカイ・ビー(JスカイB)をルパート・マードックニューズ・コーポレーションと折半出資により設立、マードックが会長、自らは社長に就任。この際、旺文社より全国朝日放送(現テレビ朝日ホールディングス)の株式21%を取得するも、翌1997年3月に当時第3位株主だった朝日新聞社に全株式を譲渡して撤退。JスカイBは1997年にソニーフジテレビジョン(現フジ・メディア・ホールディングス)がイコールパートナーとして資本参加した。

1998年にはパーフェクTV!を運営する日本デジタル放送サービス(現スカパーJSAT)と合併、スカイパーフェクTV!(スカパー!)として放送を開始した。

1999年、証券市場の開設を企図し米国のナスダック・ストック・マーケットとソフトバンク株式会社が共同出資しナスダック・ジャパンプランニング株式会社を設立。翌2000年には大阪証券取引所とナスダック・ジャパンプランニング株式会社にてナスダック・ジャパン市場を開始。

ソフトバンク株式会社が東京海上火災保険オリックスとともに、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)の株式を取得。取締役に就任した。

NTTドコモの第一期アドバイザリーボードのメンバーを1年程務める。

大物経営者

2001年からヤフー株式会社と共同でADSL接続サービスのYahoo! BBの提供を開始。以降、それまでのPCソフト卸、PC出版から通信に本業の軸足を移す。

2002年、ナスダック・ジャパン株式会社が業務を停止。大阪証券取引所によりヘラクレスとして改組された。

2003年にあおぞら銀行の株式をサーベラス・キャピタル・マネジメント社に売却。

2004年には日本テレコム株式会社を買収し、同社代表取締役会長に就任。2006年10月には同社の代表取締役社長に就任した。

さらに福岡ダイエーホークスと福岡ドームダイエーから買収し、福岡ソフトバンクホークスオーナーに就任。

続けてボーダフォン株式会社(現ソフトバンク株式会社)を買収し、同社代表執行役社長CEOに就任した。

2011年東日本大震災が発生すると、義援金として個人で100億円および2011年から引退するまでソフトバンクグループ代表として受け取る報酬の全額を寄付することを表明し2011年7月14日100億円の寄付が終了した。さらに福島第一原子力発電所事故を受け、自然エネルギー財団を設立。『東日本大震災復興支援財団』を6月に設立。

2015年4月1日ソフトバンクモバイルの代表執行役社長から代表取締役会長に異動した(ソフトバンクモバイルは、同時に、ソフトバンクBBソフトバンクテレコムワイモバイルの3社を吸収合併)。

2017年には海外の大物経営者が名を連ねている中国清華大学経済管理学院顧問委員の一人となった。

2017年12月14日、MLS参入を目指すデビッド・ベッカム投資家グループへの参加が承認された。

設立経緯

自分で考案した「音声機能付き他言語翻訳機」を当時シャープ専務の佐々木正に約1億円で売り込み、大銀行の紹介・融資の手引きをされて1億円の融資を手に入れた。

その資金を元に米国で事業を起こし、1981年には福岡で不動産・産廃業を営む母方の親戚の在日韓国人から1億円の出資を受けて日本で起業する。佐野眞一は創業時に1億円を投じた在日韓国人の親戚が個人株主としては現在も最大の株主であるとしている。大久保秀夫との交流は以後も続き、BBフォン、おとくラインの販売など、ソフトバンクグループの法人向けの営業では常にフォーバルと協力体制を取ってきた。

ソフトバンクの前身

自動翻訳機の売込みで得た資金(1億円)を元手に、米国でソフトウェア開発会社の「Unison World」を設立。日本で、流行していた「スペースインベーダー」を、ブームが沈静化した後に大量に安価で買い取り、アメリカで売り出して大きな利益を得た。

「日本ソフトバンク」名義の会社を設立したのは1981年(昭和56年)であるが、孫自身は事あるごとに「私は、福岡の雑餉隈ざっしょのくまで、アルバイト社員二人とソフトバンクを始めました」と話している。雑餉隈の雑居ビルに存在した会社は、ソフトバンクの前身にあたる「ユニソン・ワールド」という会社であったが、孫自身はこの「ユニソン・ワールド」がソフトバンクの起業だと考えていることがこの言葉から分かる。孫は同社員の前で、立ち上げた会社を「10年で年商500億の会社にする」と豪語したが、これを聞いた二人は孫の可能性を信じることが出来ず非現実的な法螺話と受け取り、彼の力量を見限って辞めてしまったという話がある。

通名ではなく本名で起業

ソフトバンクの前身であるユニソン・ワールドを起業する際、日本名である「安本」ではなく韓国名の「孫」の名前で会社を興すことを決め、そのことを一族に伝えた。しかし親や親戚からは、在日が日常生活で差別されることはかなり減ったが、就職では間違いなく差別され銀行も絶対金を貸さない、お前の認識は甘い、ハードルは十倍あがる、わざわざ好んでその難しい道を行くのか、と猛反対された。それに対して孫は「たとえ十倍難しい道であっても、俺は人間としてのプライドを優先したい、俺はどれだけ難しい道だって堂々と正面突破したいんだ」 と答えた。一族からは「お前は青い」とも言われたが、父親は何も言わず黙って孫の話を聞いていたという。

孫の名前にこだわった理由はもう一つあり、それは渡米する際に心に決めた志と通名による起業が矛盾するということであった。孫は佐野眞一に対して「何十万人といる在日韓国人が、日本で就職や結婚や、それこそ金を借りるとき差別を受けている。でも在日韓国人であろうが、日本人と同じだけの正義感があって、能力がある。それを自分が事業で成功して、 証明しなきゃならないと思ったんです。これからの在日の若者に、それを背中で示さなきゃいけないのに、俺が 本名を隠してこそこそやったんじゃ、意味がなくなるじゃないか、アメリカに行った目的が達成できないじゃないか。あとから、あの事業を興したのは、実は孫でしたと言ったって……」と述べている。

東日本大震災復興資金の寄付

2011年4月3日、東日本大震災の被災者支援と復興資金として個人で100億円を寄付すると発表した。また、2011年から引退するまでソフトバンクグループ代表として受け取る報酬の全額も、震災で両親を亡くした孤児の支援として寄付するとも発表した。ソフトバンクも企業として東日本大震災に対し10億円の寄付を決定している。孫は3月22日福島県の避難所を訪れ、被災者数万人への携帯電話の無償貸与に加えて、震災孤児対象に18歳までの通信料の完全無料化を表明している。

2011年5月16日、寄付金の配分を発表した。内訳は、日本赤十字社・中央共同募金会・岩手県・宮城県・福島県に各10億円、日本ユニセフ協会などの「震災遺児への支援を行う公益法人」に6億円、茨城県・千葉県に各2億円。40億円は、孫と自治体が共同で設立、孫自身が会長を務める東日本大震災復興支援財団に託す。

2011年6月11日までに、財団分を除く60億円の寄付が各所に行われた。

2011年7月14日に、東日本大震災復興支援財団に残りの40億円が寄付として渡され、全100億円分の寄付が完了した。この寄付金は、10年以上の継続支援ができるよう、被災地の子どもたちを中心とした支援のみに100%使われていくという。

日本での脱原発と再生可能エネルギー推進、韓国での原発推進

孫は福島第一原子力発電所事故後、元ソフトバンク社長室長で元民主党衆議院議員であった嶋聡の民主党人脈を使って、当時の菅直人首相とともに、再生可能エネルギー(「自然エネルギー」)の普及と脱原発を掲げて活動を始めた。菅首相が政府委員や公職者でもない孫の意見にエネルギー政策を頼っため、孫の個人的な持論が民主党政権の政策に反映された、と批判されることもある。

2011年4月には発電コストについてはアメリカにおいて補助金の助けで風力発電原子力発電のコストが2010年に逆転したとし、再生可能エネルギーの方が原子力より安価であるとの考えを表明して、日本で自家発電などで生産された再生可能エネルギーを電力会社が買い取る固定価格買取制度を導入することに期待感を示していた。また、孫は「電力会社は悪なので、発送電分離によって解体すべき」「太陽光発電に支援を」「再エネ補助金を優遇せよ」「(固定価格)買い取り保証は超長期で」「原発はゼロに」と主張していたという。

孫はエネルギー間のバランスを考えず、再生可能エネルギーに偏重した政策を実施させ、しかもその後、自身が再生可能エネルギーで巨大ビジネスを展開したため、孫の動きを震災に便乗した補助金ビジネスとして「政商」と批判する声がある。実際に、民主党政権による固定価格買取制度の導入に際して、孫は菅直人首相に強く働きかけて同制度を成立させている。その際、孫は参考人として呼ばれた政府の委員会において、太陽光発電は造成コスト等も含めるとコストが非常に高く、最低でも40円/kWhの高い買取価格が必要だと主張した(孫はこのとき、太陽光発電は40円/kWhでは9割の地点で採算が合わず、本来は更に高い42~45円/kWhが必要であるが、「消費者への負担とのバランスを考えると」最低でも40円/kWhが必要だと強く主張した)。

そして実際に2012年、孫の希望通り、メガソーラー(大規模太陽光発電所)で「最低限の」40円/kWh、住宅用太陽光で42円/kWhで固定価格買取制度が開始した。これは太陽光発電を特に集中的に優遇し、申請時点の買取価格をプラント建設後20年間まで保証するというもので、この日本の太陽光発電買取価格は世界で最も高く、他の先進諸国に比べても2倍以上と、異常に高い。この制度によって日本国民が負担する賦課金額は、2016年時点で既に、年間2兆円という巨額に達しており、最終的には累計53~85兆円(廃炉・事故処理・賠償等を含む福島原発事故の被害総額(2016年推計)のおよそ2.5~4倍)程度に及ぶと試算されている。

固定価格買取制度が開始した2012年以降、孫の率いるソフトバンク・グループは初期参入を果たして、国内各地に数多くのメガソーラー(大規模太陽光発電所)を建設し、ビジネスを展開した。

また、この制度により、太陽光パネルの設置バブルが発生したと非難する声もある。すなわち、固定価格買取制度に補助を受けた太陽光ビジネスは、上記の政府委員会での孫の主張とは裏腹に、年利回り8%以上、日照がよい場所なら10%以上の極めて魅力的なビジネスであり、しかも設置の小分けが出来るようにしたことで投資家が群がった。日照の良い一部の地域ではビジネス優遇のため、ドイツのような設置への規制を設けなかったため、自治体のレベルで差がついた。森林伐採や日射被害、土砂崩れなど、景観や住環境の破壊が進み、住民からの反対運動も生じるようになった。

孫を取材し尊敬していたという旧知の堀義人も孫をツイッター上で「政商」だと批判し、その批判から孫と討論会を実施する運びとなった。民主党の原口一博は孫の立てた大規模太陽光発電所(メガソーラー)構想に対して「太陽光か原発かという選択肢ではありません。『大規模・独占・集中・排除』か『小規模・分散・自立・共同』で選択しないといけない」と忠告したという。

なお、孫の脱原発運動は日本限定の活動であり、訪韓して李明博大統領と会談した際には「脱原発は日本の話。韓国は地震が多い日本とは明らかに異なる」「安全に運営されている韓国の原発を高く評価している」と韓国の原子力発電所を高く評価しているという。また、再生可能エネルギー分野でも日韓協力の体制を敷くことに前向きなコメントを残している。

データセンターの韓国設置について

東日本大震災を受け孫が経営するソフトバンクは電力供給と料金面で有利な韓国にデータセンターを立ち上げることでKT社と合意した。孫は韓国にデータセンターを置く利点として、「近い」「安い」「高いICTの先進性」の3点を挙げ、「韓国は非常に『近い』外国であり、産業用電気料金が日本の半額で『安い』」ことを挙げている。

堀は上述の産経新聞記事にて、この件を原子力発電で電力を賄っている韓国に産業を移転し日本の産業を空洞化させるものとして批判している他、池田信夫はニューズウィーク日本版の連載コラムにて「メガソーラーで日本の電気代を上げて他社のコストを圧迫する一方で、ソフトバンクは韓国の原発でつくった安い電気を使ってもうけようというわけだ」という批判を紹介し「彼の挑戦がもう少しツボにはまれば、霞ヶ関にも応援団はかなり出てくるだろう」と評している。

好きな企業家と自身の将来計画

「最も好きな起業家」は本田宗一郎であるという。孫は19歳の時に「20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を最低で1000億円貯め、40代でひと勝負し、50代で事業を完成させ、60代で事業を後継者に引き継ぐ」という人生50年計画を立て、今もその計画の実現に向けて走り続けているという。

小学生時代の逸話

小学生時代の夢は画家で、好きな画家はゴッホ

孫の父・三憲は小学生の正義に対し「今度お父さんが出す新製品に、何か言いたい事はあるかな」と問い、子ども扱いせずに関係者の一人として意見を聞いていた。こうした体験が後に経営者としての手腕に繋がって行った。また「お前は在日朝鮮人だから、普通の日本人より頑張らないと出世出来ないぞ」と語っていた。

藤田田を訪問

高校時代、藤田田の『ユダヤの商法―世界経済を動かす』という書籍(KKベストセラーズ、1972年)を読んで感動し、面会するために藤田の会社に行く。最初は門前払いを受けるが、何度も訪れて根負けした藤田についに社長室に通されたという。そこで「今度渡米するのだが、アメリカで何をすべきか」と尋ね、コンピューター関連を学ぶように助言された。その後成功した孫は藤田を食事に招待し、藤田はあの時尋ねてきた高校生が孫正義だったかと驚き、非常に感激し、孫の会社に自社パソコン300台を発注したという。

大学検定試験の逸話

カリフォルニア州での大学の検定試験の際に「この問題は日本語ならば必ず解ける」と言い、辞書の貸し出しと時間延長を試験官に申し出た。試験官は、自分の上司にあたる人間に相談。さらにその上司は、自分の上司に相談。そうこうしているうちに、最後は州知事にまで孫は電話で交渉して、「辞書の貸出し」と「時間延長の要求」をのませたという。

さらに、州知事との交渉において知事は「厳密な終了時間」を決めておらず、「辞書を引くのに適当な時間だけ延長する」という結論が出されたことから、無期限の時間延長と孫は独自解釈して、最後までテストを受けて合格したという。

著名な発言

将来はヤフーを子会社化
もっとも米国のYahoo!はかつてソフトバンクが筆頭株主だった。
噂にはコメントしない
ソフトバンクの新機種発表会で、「iPhone 3Gの発売はソフトバンクからか」と質問された時の発言。「iPhone 3GS」の発売前にも、同じコメントを残していた。
首相四年連続辞任時に「日本の不幸」
2010年、Twitterユーザーから首相辞任にコメントを求められた際に、「4人の首相の任期が1年程度。民間会社ですら社長任期が1年では大きな事は成し得ない。日本の不幸」と述べた。

在日割引デマ

2010年7月19日、週刊新潮に取り上げられていた「在日割引」の存在について、一般ユーザーからの「ソフトバンクがそのような割引をしているのはデマか?」との質問に対し、直接の返答と詳細な経緯の説明を行った。これによれば、「この割引プランはデマ。2008年に代理店がソフトバンクの許可無く販売したが、ソフトバンク側が認知した後に書面で通知し、当該の割引営業行為を停止させた」と発言した。ソフトバンクモバイル広報室は「この割引プランは、弊社の代理店が民団と勝手に取りまとめたもので、弊社サービスではありません」と発言した。

特許

スクリーンゴルフの周囲に空気ダクトを設置し風を送ることで臨場感を増した『ゴルフシミュレーションゲーム環境装置』を特許出願(特許4041197)しており、自宅の地下に設置しているとされる。

系譜

孫氏(安本氏)
孫本人は、約1000年前に中国南朝のから戦乱を避け高麗へ帰化した一族の末裔であると主張している。佐野眞一によると、孫一族は1947年朝鮮南部から船で日本へ渡り、正義の父である三憲が消費者金融密造酒パチンコを家業として財を築いた。

鐘慶

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三憲   某   某   某   女   女   真太郎

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正明  正義  正憲  泰蔵

実家

現在韓国で暮らしている父の孫三憲は、一時期、金融業や密造酒を家業としていた。「足が汚水につかるような場所で苦学して」部落を出て成功した。現在はパチンコ店の経営から退いている三憲はパチンコは客が必ず負けるものであるので好きではないと佐野に述べている。

末弟の泰蔵も実業家。

孫正義』に 関連する人気アイテム

社内プレゼンの資料作成術

どんなに良い案を思いついても、社内で決裁を得られなければ物事は進みません。 色々な部門の方が社内プレゼンをする機会があるかと思いますが、特にマーケティング部門や企画部門の人は参考になる内容が多いと思います。 第1章はプレゼン資料はこうあるべきだという概念的な内容で、第2章以降にテクニック的な内容が書かれています。 現場で働いている人だからこそ、痒いところに手が届く素晴らしい本だと感じました。 非常に参考になりました。

5つ星のうち 4.0結局、使えない。

(参考になった人 1/1 人)

本を読んで「なるほど」と思ったし、「使ってみよう」とも思いました。 が、 思うことと、実際に使うことは別ですね。 社内のプレゼンで使いましたが、ほぼ馴染みませんでした。 企業には企業の文化が根付いているので、その文化に則した提案手法が1番なんだと言うことなのだと思います。 共感はしたので、星4とします。

5つ星のうち 5.0参考になった!

(参考になった人 2/3 人)

かなり仕事で内部プレゼンをパワーポイントで作成します。 美術も得意で絵に近いパワーポイントのセンスも自信があり、大手企業に勤めているため従業員数がかなり多い中で、パワポマスター的な位置にいる私。 それでもこの本から得る収穫は大きかったです。 パワポ作成するなら一度は読むといいです。

孫社長にたたきこまれた すごい「数値化」仕事術

前半は役立つ(意味のある)数字の出し方や注意点など、具体的な内容が書かれていてすごく理解と納得を得られます。
成功体験をそのまま活用事例として噛み砕いた内容で、説明の目線も高くなく、例える話もよく聞くような身近な課題例で、数字との関連がとても分かりやすいのです。自分の仕事でも活用や応用できるんじゃないかな、と読んで期待と満足感を得ることができるでしょう。
後半はYahoo!BB販売の頃の急成長を果たしたソフトバンクが、いかにそういった数字を使って戦略を立てたか、実践していったか、そういった切り口で数字の使い方(使ってきた例)を説明しています。


2000年以降、ソフトバンク以上に成功した企業は日本ではないです。最も成功した企業がなぜ成功したか。ブレない数字の使い方1つでこうも成長するのか、と実感すると同時に、旧態然とした危機感もない古い体質の日本企業に危機感を覚えます。

ソフトバンクの経営手法には賛否両論があって、良い悪いは別にして既存マーケットの破壊者であることも否めない。 ま、本書はそこの部分には全く関係ない内容で、いかにデータが実情に正直で、それを悪びれることなく平然と利用していくか、ということが書いてあります。 読みやすいです。

ビックデータがもてはやされる一方で、我々一般の人にもできる分析は山のようにあります。 本書は数値化の重要性を納得させてくれつつ、その手法まで分かりやすく教えてくれてます。 さらに、著者が実践してきたことやソフトバンクの話など、信憑性も高い。

生涯投資家

逮捕当時の印象から「利益最優先の冷酷な人物」が書いた本がどのような内容かという軽い興味から読んでみましたが 本書を読み終えてからの人物像が全く異なる状態になりました 日本の将来のために真っ直ぐ(過ぎたところが災い)行動される非常に熱く人間味のある人物という印象になりました 日本経済が抱える問題を提起し、解決のために自信の経験と研究からコーポレートガバナンスの提唱、さらにはその浸透のための行動を起こしあと一歩の所で悔しい思いをしていた心情が書かれています 私が当初著者に持っていた人物像と同じイメージをお持ちの方にぜひ読んで頂きたいです。

村上ファンドが世間を騒がせ、悪者のように扱われていた記憶があります。 しかしこの本では、村上氏のコーポレートガバナンスに対する一貫した想いが綴られており、強い感銘を受けました。 今の日本にこそ、このような人が必要なのではないか。 と思いました。 当時はまだまだTVや新聞などが主要な情報源であり、個人の主張を世間に正しく伝えることが難しい時代でした。 仮にあのときの騒ぎが今起きたとして、様々なメディアを通して村上氏が主張を世間に伝えていたら、違った結果になったのかもしれません。

当時、村上さんがあれよあれよと言うまに逮捕されて、何の事やら分からないまま、終わってしまった報道。 あの時、堀江さんが出てきて何かが、変わりそうな予感だったのにその予感が一瞬で消えたのを覚えている。 あれから、ずっと心にあったモヤモヤが本書によって解消された。 日本は、変化を許さなかったんだね。 50歳過ぎても、非正規雇用者の人の多い事よ。 自分を含めて。 会社の代謝が悪いからか? 社会の上澄みばかりの話しで判断するような政治のせいなのか? 辛い世の中だ。

ジェフ・ベゾス 果てなき野望-アマゾンを創った無敵の奇才経営者

5つ星のうち 4.0アマゾンの哲学

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ジェフ・ベゾスはどのようにアマゾンを大きくしてきたのか。
アマゾンの哲学に触れることができる。
この本を読んでわかることは、ベゾスは徹底的に厳しく論理的だ。
アマゾンはホリデーシーズンをどう乗り切るのかがビジネス上の大きなファクターだが、2000年のホリデーシーズンにその問題は起こった。
クリスマス向けの販売が増える時期でカスタマーサービスの電話ハンチ時間が長くなりつつあったことから、会議の冒頭、待ち時間はどのくらいかとベゾスが担当役員に尋ねた。
ここで役員は1分以内だと証拠もなしに答えた。


「本当に?じゃあ確かめてみよう」
そういうと、ベゾスは机にあったスピーカーフォン出アマゾンに電話をかけた。
非情にも待った時間は4分半ほど。
ベゾスは「電話してみただけです」と言って電話をたたき切ると、無能だ、うそつきだと担当役員をしかりつけた。
その後、10か月でその役員はアマゾンを退社した。
冷徹かつロジカルなベゾスならではのエピソードだろう。

また、アマゾンはポイント制による実績評価を導入して作業員の悪行に対抗していた。
遅刻すると0.5ポイントのマイナス。無断欠勤は3ポイント。病欠でも1ポイントがひかれる。
マイナスが6ポイントたまるとクビだ。
このような徹底した管理がある。

それでも、ベゾスとアマゾンが優れているというのは、そのブランドの変遷を見れば明らかだ。
ある人はこういう。
ベゾスは因習的な考え方にとらわれることがない。
物理法則以外に縛られるものがない。
物理法則はさすがの彼にも代えられないが、それ以外はすべて応談だと考えている。

ここにジェフベゾスという人間の強さがあるのかもしれないと思った。

日本版アマゾンを初期から利用しておりますが、年々便利なサービスや新しい商品が追加されていきます、それもスピーディに。この圧倒的な創造性がどのようにして生み出されているのかは本書を読んでジェフベゾスを知ればよく分かります。アマゾンは彼の頭脳そのものです。
働き方改革を標榜し労働力の流動性が低く、労働者の解雇が簡単にはできない日本では決して生まれ得ない企業だということが改めて分かります。顧客から見れば最高の企業ですが、労働者の立場だとアマゾンで働きたくないと思える内容です。たとえ時給が15ドルに上がったとしても。

ただ労働者の選択肢としてこういう企業があっても良いとは思います。
同時に投資家の視点からも一読の価値があります。執筆された2013年から5年ほど経ちますが時価総額は一時1兆ドルを突破、同時にさまざまな摩擦も生んでいますがそれでも成長を続けています。それは現在も創業当時のベゾスの野心とビジョンに熱心に本人及びジェフボットが取り組んでいるからのようです。

5つ星のうち 4.0ベゾスやばい

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当方Amazon通じてビジネスしております。もっとこの企業のことを知りたくて購入しました。ただ単純にこの企業のことを知りたいなら、成毛 眞さんの「amazon 世界最先端の戦略がわかる」の方が情報が新しいし、日本人向けにも書かれているのでおすすめです。僕は成毛さんの本を読んだ後なので大満足でした。この企業についてよく情報収集し、理解されている著者だと感銘うけました。ただ、情報が多すぎかなと思いました。成毛さんの本に比べると、もっともっと情報を切り捨てていただいた方がありがたいです。成果を出せず、Amazonを退社することになった人のその後の実績は、その人を弁護するためにいれているとは思いますが、単にAmazonのことを知りたい人にとっては不必要な情報だと思いました。ただベゾスの人柄を知る上ではこれ以上ない良書、その点は高く評価したいです。何かを成し遂げる人は、異端なんだなと改めて学びました。読むのに時間はかかってますが、情報量が多くてありがたい一冊です。

孫正義』の解説 by はてなキーワード

ソフトバンク株式会社代表取締役社長。

在日韓国人で現在は日本に帰化してる。佐賀県鳥栖市出身。カリフォルニア大学バークレー校経済学部卒。福岡県福岡市博多起業し1981年に日本ソフトバンク設立1990年ソフトバンクと改称。



2011年5月、東日本大震災に伴う電力供給のあり方が注目される中、大規模な太陽光発電施設(メガソーラー)の建設を検討。大阪三重鳥取を含む約15府県において、自然エネルギーの普及を進める協議会を設置。府県側と協力して総額800億円を投資し、20メガワット規模の発電所を10カ所建設するという構想である。

19歳の時に、立てたもので、今もその計画の実現に向けて走り続けているという。

「20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を最低で1,000億円貯め、40代でひと勝負し、50代で事業を完成させ、60代で事業を後継者に引き継ぐ。」という人生50年計画。

2012年3月29日、Facebookを始めたことを明らかにした。


※備考:彼の頭髪は、俗に言う「若禿げ」であるが、本人も公式コメントの中でしばしば「ハゲネタ」発言をする。

  • 「薄さというのは私のヘアのことではない、機種のことだと覚えていただきたい」(携帯電話の新機種発表会で)
  • 「(携帯電話の)価格、端末は毛が抜けるほど努力している。押しつけないでほしい」(モバイルビジネス研究会の第9回会合にて)

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