学校のまとめ情報

学校』の解説

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学校(がっこう)は、幼児児童生徒学生その他に対する教育制度の中核的な役割を果たす機関。また、その施設。学園学院などもほぼ同様の意味を持つ。

概説

学校制度は社会システムの1つである教育制度の中心的システムの一つである。社会的作用・社会的活動としての教育は、個人、家庭、小集団、地域社会、国家社会などにもみられるが、現代国家では学校が教育制度の中核的役割を担っている。

小集団や地域社会における教育では慣習や慣行に従って行われることが多いのに対し、国家レベルの教育は法律を整備して学校を設置し公費を充てるなど制度化された形で実施されると定義している。

専修学校各種学校は、ともに学校教育法が定める正規の学校であるが、一条校には含まれない。

学校の語源

「学校」という用語は一説に、王莽の時代に全国に設置した儒学の校舎「学」・「校」が語源とされ、ひいては古代中国の教育機関だった「太学(たいがく)」がその名の由来とされる。日本においては古くから足利学校(栃木県足利市)などの例で「学校」という語は用いられてきたが、明治政府による小学校および師範学校が設立される以前は、寺子屋藩校学問所私塾松下村塾などが有名)などと呼ばれる施設が一般的で、名称に「学校」と付く教育施設は少なかった。

学校の歴史

メソポタミアでは、紀元前3千年紀には学校が存在した。シュメールでは学校は「エドゥブバ」(粘土版の家)と呼ばれ、役人となるための読み書きや計算を教えた。学校をテーマとした最古の文学作品も書かれ、『学校時代』をはじめ4作品が知られている。

ヨーロッパ

古代ギリシア古代ローマにも学校は存在した。学校教育の拡大と義務教育制度の普及により、20世紀からは学校の数が飛躍的に増大した。

日本

日本では、平安時代貴族の子供の教育機関として「大学寮」という名称の学校が存在した。また、寺院などを中心に教育研究のための施設が設けられることがあった。

平安時代の教育は、原則として貴族や郡司の子供らを対象にしており、一部の人々にしか門戸を開いていなかったが、空海は、『綜藝種智院式并序』を著し、全学生および教員への給食制を完備し、身分や貧富に関わりなく学ぶことのできる教育施設、あらゆる思想や学芸を総合的に学ぶことのできる教育施設を設立することを提唱した。その運営を実現するため、天皇、諸侯、仏教諸宗の高僧ら、および一般の人々などに協力を呼びかけた。そして、東寺の東にあった藤原三守の私邸を譲り受け、828年に「綜芸種智院」を開設した、とされる。綜芸種智院は庶民にも教育の門戸を開いた点で画期的な学校であったとされる。

江戸時代の教育は、身分ごとに武士としての教育と農民としての教育の二重の系統が見られた。江戸時代の初期には武士の教育は漢籍の素読や武芸の稽古などを主に家庭教育として行っていた)。さらに藩校での教育に物足りなさを感じたり、所与の文化環境に満足しない者は私塾家塾に通って教育を受けた(一部の塾は士庶共学として庶民にも開かれていた)。一方、庶民の教育は日常的な礼儀作法、地域社会のルール、家職の知識や技術などを家庭で教育していた。

学校年度

運営の年度日本の場合、4月1日開始(翌年3月31日まで)、韓国では3月開始、オーストラリアでは1月開始だが、アメリカ中国など大半の国々では9月開始(米国の場合はによって異なる)が多い。

学校の設備

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がっこうだって どきどきしてる

小学校1年生の夏休みの推薦図書でしたので購入。 アメリカ(かな?)の小学校校舎が主人公です。 その小学校の校舎の大好きな「用務員さん」が出てきます。 唐突だなあと思いましたが、アメリカの小学校の用務員さんは、校舎をいつも手入れをしているのだろうなと想像しました。 もちろん日本でもそうですが、もっと密接な役割があるのでしょう。 この話がこの絵本のパンチラインでは無いのですが、大人として読み、そこに気を取られてしまいました。 笑

二学期からアメリカンスクールに通わせています。 英語に対する不安が強く、通学が おっくうになっていました。 ある日、好きな授業のカリキュラムが あり、再登校したので、その タイミングで購入しました。 一人の時にでもみて、安心できたら よいかと思い購入しました。 幼稚園なら、読み聞かせてあげたら、 不安が軽減するかと思います。 通学しはじめたら、順応していくので、 いくまでに、背中を押してくれる一冊です。

5つ星のうち 5.0学校が苦手な娘に

(参考になった人 1/1 人)

なかなか学校に溶け込めなかった小学校時代の私に読ませたかったなあと思った絵本。 できたばかりの学校が主人公で、1学期のはじまり、子供達を迎えるのがとても不安だったけれど……というお話。 自分だけじゃなくて学校のほうも不安でどきどきしてるんだって思えたら、ちょっと安心できそう。 こんな学校だったら楽しいだろうな。 親に似て集団生活が苦手な娘に読んでみました。 なにか感じとってくれたかな。

世界一やさしい問題解決の授業―自分で考え、行動する力が身につく

「問題解決といっても、難しく構える必要はありません。現象を起こしている原因を明らかにし、効果的な打ち手を考え、実行していくということなのです。漠然とした問題や、途方にくれそうな大きな問題でも、じっくり原因を見極め、小さな問題に分解し、一つずつ解いていけばいいのです。」
「どんな問題でも、ひとつひとつ分解していけば、最終的には意外なアイティアも浮かぶようになるのです。」
「みなさんも、日常生活の中で問題が起きたり、夢や目標を達成する途中で壁にぶつかったりするときがあるかと思います。

そんなときにすぐにあきらめあないでください。いったん冷静になって、問題のもとは何なのかを考えてみましょう。問題の本質を見極めることができれば、必ず壁を打ち破る方法も考え出せるはずです。」

① 原因を見極める
1A 原因としてありえるものを洗い出す
1B 原因の仮説を立てる
1C どんな分析をするか考え、情報を集める
1D 分析する
② 打ち手を考える
2A 打ち手のアイディアを幅広く洗い出す
2B 最適な打ち手を選択する
2C 実行プランを作成する

「ひとつの大きな夢を成し遂げるためには、長期的な目標と短期的な目標を同時に立てていきます。
この数年どうするか、この数ヶ月どうするか、今日どうするか、というように、より具体的な目標を立てて達成する方法を考え、行動するのです。」

① 目標を設定する
② 目標と現状のギャップを明確にする
③ 仮説を立てる
3A選択肢を幅広く洗い出す
3B選択肢を絞り込んで仮説を立てる
④ 仮説が正しいかチェックする
4A仮説に沿って情報を集める
4Bデータを分析し、チェックする

「自分の価値に合わないもの、自分らしくないものを消しましょう。無理してやっても続きませんから。」

「仮説を検証するときは、なるべく事実に基づいた数字やデータを使ってチェックすることが大切です。
自分がなんとなく(感覚で)正しいと思っていたことが実は思い違いだった、ということはよくあるからです。」

「途中途中で・・・どれくらい計画が進んでいるかをチェックするのもお忘れなく!」

「問題解決能力は、一度本を読んだだけで身につくものではありません。
「理解できること」と「使いこなせること」の間には多大なギャップがあります。実際にさまざまな問題に邁進し、
あきらめずに何度も解いてみることで、徐々に身についていくのです。」

課題解決の方法を学ぶもしくはあなたが誰かに向けて課題解決方法の講義を担当したり、教育をする時の参考書のとっかかりとして使うのに適しているのではないか?と思います。 話はチョットずれますが、本書を用いてキッズ向けにセミナーとかあったら、子供の時に受けときたかったなーと思います。 キッズに与えて一人で読んでおきな。 では少し難しいかもしれないと思います。 キチンと指導役の大人がメリハリや休憩を取ったりして、集中力が持続できるように一緒に取り組むと、とても実になる様に思います。 私感ですが。 有用性はある良書と思います。

5つ星のうち 3.0やはり小中学生向け

(参考になった人 0/0 人)

社会人ではあるが、問題解決の方法論を基礎から理解したいと思い読んでみた コンサルティング会社であるマッキンゼーで学んだ筆者が子供向けに問題解決の方法論を解説した本 物語形式の具体例に沿って丁寧に説明されており、小中学生でも理解できるだろう しかし、説明が丁寧な分、幹となる知識の部分は薄い 社会人なら、似たような方法論を解説した社会人向けの入門書を読んだ方が得られるものが多いだろう ここまで丁寧に説明されなくても理解できるはず

3万人を教えてわかった 頭のいい子は「習慣」で育つ

久々にくだらない本を読んで、
時間を無駄にした。
レビューがいいと思って買ったら、
どうやらサクラだったようだ。
この本のレビューしか書いてない人ばかり。

で、本の内容は
いわゆるガリ勉の勧めです。
頭のいいとは、つまり勉強ができることで、
そのためには絶対量の時間が必要だと。
それはそうだが、
勉強だけ素晴らしくできる子が
頭がいいのだろうか?

スポーツや趣味や習い事、
友達と遊ぶこともダメ。


スマホはもちろん、テレビやゲームは論外。
家庭でゆっくり息抜きすることも
勉強には邪魔だと。
受験期には、風呂すら毎日入る必要はない。
そこまで勉強しなさいだって。

英語も、読み書きができればよく、
会話はできる必要がない。
話せても、それは点数にならないってこと。

30年、40年前で
思考が止まってますね。この人。

子供の生き方は、
親が強制すべきとも言っている。
いい子に育てると犯罪者になります
って本を思い出しました。

この本を読んで数年前に他界した両親を思い出しました。

私は幼少の頃より両親にとても厳しく育てられました。
しかしそのおかげで大学を卒業し、しっかりとした企業に就職していまは幸せな家庭を築く事ができました。

昨今の教育において、「自由主義」「放任主義」と自主性を重んじる考えは一人の親として間違ってはいないとも思いますが、それで自立できる子供はこの本にも書いてある通りほんの一握りの子供です。

親には子供を産んだ責任があるのです。

責任を放棄している親が実に多くその結果、子供達が将来性を失うのです。

子供の幸せを願わない親はいません。子供に幸せになってもらいたいなら、幼少の頃よりしっかりと教育し育てるしかありません。
あとで後悔しても子育ては後戻りすることは出来ませんし、やり直すことも出来ません。

今、子育て真っ最中の私ですが、やはり日々の生活の中で「ちょっと厳しすぎるかな」と思う事もあります。
しかし、この本を読んで間違っていなかったと思えました。

とても子育ての参考になる本だと思います。

私も教育の現場に立つ者なので共感する部分が多く、また勉強になる部分も多い本である。

どちらかと言えば保護者の方に読んでいただきたいが、教師や同じ職場にも広めたい。
教育というものがどういうことかが分かる1冊です。
環境や強制、正直に伝えること等や、「耳は二つ、口は一つ」という言葉のシンプルさなど、
心を打たれる内容が多く、保護者の方は特に持ち得ていない視点や観点が凝縮されているのではないでしょうか。

ここまで明確に的確にシンプルに伝えている書はないのではと思います。
捉え方は人それぞれあるでしょうが、繰り返し読むことで深みも出てくる、素晴らしい内容だと私は感じています。

お勧めの1冊です。

送り火

物語は、東京から山間部に引っ越しした歩の入学から夏までの経験が綴っています。
純文学作品らしい情景描写や心情描写が続き、いかにもと言う作品の進行で進みます。しかし、クライマックスの描写は、まさに「恐怖小説」です。
この急展開の話の変化に、読者は愕然とせざるを得ません。そして、この作品に対する作者の意図を見失ってしまいます。ここに、この作品の独自性が存在します。こんな小説読んだことがない。これが大半の読者の印象でしょう。
ただ、冷静になって考えた時気になったのは、終盤に登場する「旱魃も水害も蟲害もない。

もう飢饉は起こらない。減反なんて言っても補助金は出る。すると農民は、次に何を求めると思うね?白飯と娯楽をよこせってね。」という言葉です。日々の不安がなくなった時、人は何をするのか?「娯楽」、要は「暇つぶし」でしょう。そんな中で育った子どもたちも、「暇つぶし」に「いじめ」や「暴力」に走るということでしょうか?
もう一つ、虐められていた稔が、最後に刃物を持って攻撃しますが、対象は虐めていた晃ではなく、歩でした。虐めの現場において、傍観者的に安全な場所に位置する余所者。そこにこそ、稔にとって神経に触る人間だったと言うことでしょうか?
いずれにしても、今までの常識を超えた理解の難しい作品でした。

2018年芥川賞(上半期)受賞作品!と書店で見えたので興味本位で購入。 主人公である歩君の性格や思考についての数多くある描写が最後かなり重要になってくると分かった時はなるほどと分かった気がしたが、読後感は非常に不愉快だった。 引っ越し先である津軽地方についての風景描写は分かりやすく、さすが芥川賞作家!と思えたが、読み終わってみると、最後の10pは合う人には表現・臨場感ともに申し分ない!となるのかもしれないが、私は何とも嫌な気分になった。 人間やはり傍観者になってはいけないということか?? 加えて作品に出てくる同級生同士の遊びの名前も下品で下劣で私とは合わなかった。

5つ星のうち 3.0文章には引き込まれる

(参考になった人 0/0 人)

圧倒的な暴力描写。 でもここから作者が伝えたかった内容はなんなんだろう。 この暴力描写を楽しむのが文学というのだろうか? 救いのない 起承転結のない物語。 これを芸術と呼ぶのだろうか。 文章には確かにグイグイ引き込まれるけれど

「超」独学法 AI時代の新しい働き方へ

すでに独学の有効性や重要性をよく知っていて、ご自分で勉強しているような人は、この本で想定されている読者の中の中心的な位置づけではないようです。つまり、まだ独学で何らかのスキルや知識が身につくということを知らない人や、その有効性に疑いを持っている人が主な対象なようです。
そのため、 他のレビューには 「独学で成功した人たちの例をたくさんあげるよりも、その具体的な方法をもっと詳しく紹介して欲しかった」という声もあります。
実際、僕にとっても、読み終わった瞬間に、「え、ここで終わり?」という呆気なさを感じなかったこともなかったのですが、いくつかとても面白く思ったところがありました。


中でも非常に勉強になったのは以下の部分です。
「ブロックチェーンを用いて、個人の生涯にわたる学習履歴を記録するプログラムがいくつか開発されている。その1つであるLearning is Earningは、学校教育のみならず、コミュニティカレッジや個人から教えられたことも対象にする。そして、ブロックチェーンに記録したデータを、就職などのさまざまな機会に活用できるようにする。」
僕のように自律学習に関心を持っている人間にとっては、後はそれほど新規な情報はなかったのですが、色々同感できるところもありますし、それを僕が言うよりも野口悠紀雄さんのような人が言っている方が説得力もあると思いますので、中でも一番強調して皆さんにお伝えしたい部分を以下に引用させていただきます。
「繰り返すが、「教えるために勉強する」のでなく、「勉強するために教える」のである。(中略)「そう言われても、教える機会などない」「本を書けるのは一部の人だ」との意見があるかもしれない。 しかし、そんなことはない。いまでは、ブログで誰でも同じことができる。 例えば、あなたが金融機関に勤めているとして、最近の金融情勢を勉強したいのであれば、勉強の成果をブログの解説記事として連載するのがよい。」

この本の第8章は、 「英語は独学でしかマスターできない」というタイトルになっています。これは英語に限らず、日本語に関しても全くそうだと思います。野口悠紀雄さんの主張を簡単にまとめてみると、初級のうちは誰にでも共通して必要な語彙や文化を学ぶので語学学校に行く意味もあるが、次第に学習者にとって必要な表現は異なってくるので、少なくともマスターできたと言える段階まで上達するには、どうしても自分の専門性などに沿って勉強しなければならず、語学学校ではそうした多様なコンテンツには対応できないので、自分でマスターするしかないということです。
「英会話学校やテレビ・ラジオの英会話の英語教育では、「専門用語こそ重要」という認識がきわめて希薄だ。極端に言えば、「ご機嫌いかが」とか、「今日は天気がいいですね」というような挨拶や会話が英会話であるとしている場合が多い。(中略)
しかし、これだけでは、専門家同士がコミュニケーションを行い、仕事を進めていくことは到底できない。最初の挨拶はいいとしても、その後は、その分野での「税語」が必要になる。(註:ここは税金に係る専門用語の例なのでこのような表現になっています)
語学教室で、こうした英語教育を提供できないのは、専門分野の知識を有する教師を揃えることができないからだ。」
ここまでの認識は、英語教育を日本語教育に置き換えれば僕も全く同感なのですが、しかし「だから独学しかない」という結論に至るにはまだ少し検討しなければいけないことがあるように思います。
それはやはり、オフラインでの教室型の一斉授業を前提に考えるからこのような結論になるのであって、一対一の個人授業や、似たようなニッチなニーズを持っている人を世界中から集めたオンラインでのグループ授業なら、このようなことも可能なのではないかと思います。
つまり、ここで言えば税金に関する専門的な議論を英語で行うような授業は、街中の英会話学校では難しいと思いますが、フリーランスで税金に関する専門性を持った語学教師の人が一対一の授業を行ったり、あるいは価格を抑えるために税金に関する専門性を持った学習者を世界中から集めてオンラインでグループ授業を行うようなことも考えられます。

繰り返しますが、もっともこの本を読んでいただきたいのは、こうした独学が簡単にできる時代になっているということに実感を抱けず、最初の一歩を踏み出せない人たちです。 この本でも繰り返し、「準備してからスタートするのではなく、スタートしてから準備する」ことの大切さが述べられています。それが独学の一歩だと思いますし、それが可能になっているのが21世紀なのだと思います。

この本での野口先生の意見には頷くことばかりだ。

最近の数少ない好きなTV番組のひとつに「Youは何しにニッポンへ」がある。 成田空港で来日した外国人にインタビューする内容である。度々驚くのは日本のアニメやゲーム好きな若い世代の外国人が、独学で日本語をマスターしていることである。

ITの発達とグローバリゼーションは先進国、発展途上国、後進国を問わず、自国に居ながらにして、外国語や外国の歴史、文化についての情報が手に入る。
「遅刻してくれてありがとう」の著者トーマス・フリードマンは2026年までに世界中の人間がコンピューターと繋がり、その時の「集合知」は凄まじいものになると予測している。



私はもうすぐ64歳になるが、回りを見渡しても同年齢で日々独学している人は少ない。それは変わり行く世界に潜在的な怯えこそ感じても、新しい知識への興味が持てないためであろう。

私は知識への興味がますます旺盛である。
元々の地アタマの悪さと薄れて行く記憶力を補ってくれるのはFBやその他のSNSである。クラウドが私の記憶力を代替してくれるので、新しい知識にはハッシュタグを付けてどんどん集積させている。FBは私だけの完全なライブラリーとしている。

また読書後は必ずamazonへレビューを投稿する。後でレビューを読み返すので、本の内容を忘れることはない。繰り返せばそのうち知識は記憶の領域に入って来る。

リタイア後海外で暮らす時間が増えた。英語は野口先生が言うように聞くこと、特に会話のシッポが大事だ。述語と目的語が正確に聞き取れないと全体の意味が分からない。

私は海外でよく映画を観る。安くてきれいで快適な映画館の魅力もあるが、集中してセリフのシッポを聞き取るトレーニングになるからだ。
だんだんと内容も愉しめるレベルに行けてるような気がする。

仕事のキャリアで得た知識や技術はもう捨てることにした。それよりも新しいことにチャレンジしてみたい。それには愉しみながらの独学がもっとも適している。

独学は私の人生を豊かなものにしてくれる。

最近、やたら独学の本が流行している気がします。
野口氏もそういった儲け話に乗ったのかは定かでありませんが、
最初読み始めた段階では、没個性的かつ強い既視感を感じました。

おおむね最初から180ページぐらいまでは、ほぼ精神論的な内容で占められています。
(これでは野口氏もあらぬレッテルを貼られかねないのではないでしょうか?)

本文にも「何もやらないのが一番いけない」と書いてあるところから察するに、
独学本などまだ一冊も読んでいないレベルの人、今まで独学に縁のなかった人向け
に書かれている本のようにも思われます。


(そんな層の人が一体どれ位本書を手に取るかは疑問でありますが)

ですから、おこがましい言い方で恐縮ですが、「大切なことは、『何をやるか』ではなく『何をやらないか』だ」
みたいな次元の方は、p180位まで飛ばしたほうがいいと思います。

ですが、そこからp180以降は、さすがは野口氏のオンリーワンな内容になっています。

文庫本p230でp180ですから概ね8割として、残りの2割がこの本の重要箇所です。
本文中でも「(一般に)書籍の重要箇所は大体2割ぐらい」
みたいな事を述べていることから、もしかしたらわざわざ計算して重要箇所を
2割に抑えたのかもしれませんね。(強引ですがw)

ネタバレなので、これ以上深くまで書きませんが、特に英語の勉強法については、
かなりオンリーワンで興味深い内容でした。
(実際自分で試してみて効果が出るかは、今後の話になりますが)

学校』の解説 by はてなキーワード

一定の場所に設けられた施設に、児童・生徒・学生を集めて、教師が計画的・継続的に教育を行う機関。

学校教育法では、小学校・中学校・高等学校・大学・高等専門学校盲学校聾学校養護学校および幼稚園を学校とし、他に専修学校各種学校を規定する。

義務教育で小学校と中学校は行かないといけない。

リスト:二文字キーワード

山田洋次監督の代表作に学校シリーズがある。

93年「学校」では夜間学校。96年「学校II」では養護学校、98年「学校III」では職業訓練学校、00年「十五才 学校IV」では不登校児のヒッチハイクの旅をテーマに、学校を舞台に様々な切り口から名作映画が発表された。

学校』by Google Search

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