前代未聞のまとめ情報

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古事記完全講義

図書館で借りて読みました。

著者の現代語古事記: 決定版を読んで、わかりやすかったので、
こちらも読んでみることにしました。

こんなにぶっ飛んでいいのって思うぐらいぶっ飛んだ解説でした。
古事記を神聖なものとして扱っておられる方から、
物凄い非難が浴びせられるのではないかと思うぐらいでした。



しかし、
そのようなぶっ飛んだ解説によって、
現代語古事記を読んだ時よりも、
さらに理解が深まると同時に、
より親近感を抱くようになりました。

現代語古事記と古事記完全講義、
両方読んだ方がいいと思いますが、
まずは気楽に理解したいという方には、本書をお勧めします。
結構なボリュームですが、飽きずにかつ容易に読み進められると思います。

なお、著者は各々の登場人物について飛ばし読みでよいといわれていますが、
登場する神々を知ることも楽しめ、また心が和らぎます。
神々について知りたい方には以下の本がお勧めです。
日本の神々 完全ビジュアルガイド 完全版 (The Quest For History)

ただし、気に入らない点が少しだけあります。
1つめは、古事記を真実とするために、進化論を否定していることです。
これは著者も出演している虎ノ門ニュースのコメンテーターの武田邦彦先生に注意していただきたいところです。
2つめは、日本人なら古事記を読む「べき」としていることです。
読んで損はないと思いますが、如何に素晴らしいと著者が考えていたとしても、強制はよくありません。
とはいえ、古事記解説そのものは非常に有益でしたので、評価は下げていません。

分厚くて重たい本ですので、kindle化されたら買おうかと思っています。

現代語訳の古事記は読んでみたものの、イマイチ話が見えない、だって千年以上前の習俗ですもんね、そりゃ当たり前。

そこで勧められた竹田先生の“完全講義”。実際講義した内容を書籍化したそうなので、結構厚い、ボリューム大ありです。

ですが、“抱腹絶倒講義”を文章化したものなので、全く苦になりません。それどころか、あぁそういうことだったのね~!という独自解釈では至らない話の核心が見えて有りがたかったです。これを読まないと、古事記をきちんと理解するのは難しそうな気がします。



なにより、日本人であることの誇りを新たにしました。ヨーロッパで何度か、日本の皇室は素晴らしいと言われたことがありますが、その理由を、我ながら初めて理解した気がします。

5つ星のうち 5.0すめらぎいやさか

(参考になった人 2/2 人)

現代版古事記が現代語訳だとすると この本は解釈本 現代版古事記で意味のわからなかったことがこれで解消される 神や天皇、関係者が歌った歌や起こった現象の意味などは ただ訳するだけでは現代人にはわかりにくいが 講義形式で書かれることにより より身近なものに感じられるし いつもの生放送や研究会みたいで楽しい! 現代版古事記とセットで読み比べるのがオススメ

腰痛探検家

著者と同じく腰痛で苦しんだ経験がある人なら、身につまされること請け合いの「闘病エッセイ」だ。

僕自身は2年前の春に腰痛が極度に悪化し、立つことも、座ることも、横になって寝ることもままならなくなり、整形外科に入院して椎間板ヘルニアの手術を受けたことがある。

手術を受けて腰痛自体はほとんど消滅したのだが、その後苦しめられたのが(今も苦しめられている)のが座骨神経痛と、そこから引き起こされるこむら返りだ。とにかく毎晩のように足がつるという、拷問のような責め苦を味わった。



最近は毎晩寝る前に入念なストレッチをすることで症状が改善しているのだが、小康状態を保っている状態で漠然と感じている不安のようなものは、この本の中で著者が訴えている不安と共通するものだと思う。

腰痛治療のハウツー本は山のように出ているが、腰痛の「悩み」自体にスポットを当てている本はあまりない。この本はその珍しい領域に挑戦して、見事に成功している本。腰痛に苦しんでいる人、苦しんだ経験を持つ人には、あるあるネタの宝庫であり、腑に落ちることの多いものだと思う。

ただし腰痛で今この時に苦しんでいて、何らかの治療法を探している人にはあまり役に立たないかもしれない。何しろこの本は、著者がありとあらゆる治療法を試み、あげくの果てにどれも効果が無かったという本なのだ。

著者は結局あることを通じて腰痛を克服するのだが、それがあらゆる腰痛持ちに共通の解決方法にはならない。これは著者も本の中で何度も書き、強調していることだが、著者にまったく効果が無かった治療法も、他の患者には効果てきめんの場合が多いし、著者に効果があった方法が、人によってはかえって腰痛を悪化させてしまうことだってあり得るからだ。

5つ星のうち 5.0腰痛治療の体験記

(参考になった人 0/0 人)

私を含め、多くの読者が腰痛に悩まされ続けてきた。 整形外科では、レントゲンでもMRIでも、異常なし。 原因・病名不明。 テレビの医療番組でも、腰痛の原因は、医者にもわからないと述べられていた。 私のように、ほぼあきらめ、残りの人生ずっとつきあっていく覚悟を決めるしかないのか。 この本では、10種類の治療法を試してる。 運がよければ、どれかで完治するのかもしれない。 お金と時間と根性が、あるからこそできた話。 わたしには、とてもじゃないが無理だと思う。 それでも、こんなにたくさんの治療法があることを教えてくれてありがとう、と言いたい。 最後に、腰痛学校 という本を紹介します。

5つ星のうち 5.0共感

(参考になった人 1/1 人)

腰痛解消本を探しているなか、 腰痛のタイトルにひかれて、はじめて筆者の本を読みました。 腰痛は今は多少落ち着いているけれど、ひどい状態の頃の自分そのものでした。 読み終わって結局、自分にとっての解決法はわかりませんでしたが、 気分がすっきりしました。 激痛に毎日泣いていた頃に出会っていればもっと良かった。 まさに腰痛持ちの気持ちを代弁してもらっているようで、 腰痛持ちの人だけでなく、 周りに腰痛持ちがいる人にもぜひ読んでもらいたい。

重装令嬢モアネット 鎧から抜け出した花嫁

5つ星のうち 4.0ボケとツッコミ

(参考になった人 0/0 人)

この著者さんは登場人物たちのやり取りが面白いんです。 物語としては落ち着くところに落ち着いて「まあ、そうなるよね」って結末でしたが、会話が面白いので星+。 今後も追っていきます。 個人的には前シリーズが一番好きです。

ドン・キホーテ 前篇三

ここでは冒頭に「捕虜」ととりあえず呼ばれたスペイン軍人の語るエピソードが入る。当時の冒険談としてはかなり面白い。地中海では絶えずイスラム教国とキリスト教徒の間で戦争があり、若者が将来の進路として軍人の道を選ぶこともごく普通のことであったこと、海賊が跋扈していて商船の航海でも常に海賊との遭遇に備えなければならなかったことなど、農民ででもなければ16~17世紀頃の人々は死と隣り合わせの人生を送っていたことがわかる。イスラム教とキリスト教の対立は現在にまで続いているが、敵国に捕虜になった場合は改宗を迫られ、いったん改宗してしまうと今度は母国に帰還するときには、また厳しい宗教的儀式を経なければならない。

我々日本人の仏教なんかはちゃらんぽらんであるなどと言えなくもないが、穏やかな仏教は世界一の宗教なのではないのか? キリスト教は教会建築、絵画、音楽で荘厳な芸術を生み出し、それでもって抜け出た存在になっているに過ぎない。まずその芸術を楽しませてもらえればそれでいい、我々日本人としては。

ドンキホーテの遍歴は前に一度立ち寄って宿泊代を踏み倒した旅籠に再び投宿することになるのだが、各エピソードの主役達が次々にこの旅籠に集結することになり、それは不思議な運命の糸により互いに結ばれるべき恋人達を一つ屋根の下に集わせるという願ってもない展開をたどるのである。恋に狂っていた若者たちもそれぞれが幸せな再会を果たしてすっかり落ち着きを取り戻す。そうなると相変わらずなドンキホーテの狂気だけが皆の心配の種であるとともに誰もが彼の狂気を煽っては面白がって見物するのであった。サンチョは思慮深く、ドンキホーテの暴走を止めようとしたりもするのだが、従者として島を貰うという話だけはどうやら本気にしているらしい。騎士道という一点だけで大きく狂っている主人の狂気とはその点だけで似通っている。物語が進むにつれて元々が農民だったサンチョの素朴な人柄の魅力が次第に増してくるように僕には感じられた。

ドンキホーテは羊飼いの若者との殴り合いでぶちのめされてから皆の勧めに素直に従って故郷に帰った。が、著者は彼が後に第3回目の遍歴に旅立つことになると予告している。もちろんサンチョも同行する。楽しみである。

この(三)になると、前の巻に濃厚にあった物語批判というトーンは薄れ、セルヴァンテス自体が物語の魅力に没入する度合いが強まっている。(二)で悲痛の心境を物語ったカルデニオやドロテーアには大団円が訪れ、捕虜の話を物語った大尉にも、若い恋を物語ったドニャ・クラークにも救いが齎される。一方のドン・キホーテは夢から覚めないが、彼に出会って語らった人は彼を優しく見守っている。

こうして前篇を読み終わってみると、登場する人たちの物語にある率直さに心打たれる。引用句や常套句に塗れたドン・キホーテの言葉にさえ聞こえる屈託のない心中の声は、今読んでみても実に新鮮だ。

それは、物語る人たちが全て心に傷を負い、挫折を知っている人だからではないかと思う。身分に違いはあれ、自分の経歴や立場にモノを言わせた居丈高な語りが全くない(それを唯一試みるドン・キホーテは、この小説で一番の道化として遇されている)。苦痛や逆境を知るものが物語によって自らを証し立てる様子が、この作品で反復されている。読み進めているうちに、「千一夜物語」や「デカメロン」のことを思い出した。人間不信に陥って暴虐の限りを尽くす王を慰めるシエラザードの夜伽、ペストが蔓延する中で互いに心を慰める百物語。アラビアの物語が地中海を渡りイタリアに伝わり、さらに西に進んでスペインにこんな豊饒な物語をつなぎ、セルヴァンテスの手で物語批判としての小説が生まれたことを考えてみると、物語の効用と小説の面白みに改めて気づいた。

そしてドン・キホーテ、ドンキホーテの狂気、彼は魔法にかかったとして村に帰るのだが、今を生きる自分たちも本当は何らかの魔法にかかっているのではないか? それぞれが思い、信じていることも実際には魔法ではないのか? そんなことも考えさせてくれるような、奥の深い小説でもあった。後篇も期待。

牛島訳を読んだ後で、スペイン語の原典にあたって読み比べをしている。日本語訳で粗筋をつかんでからスペイン語に挑戦するという省エネ読解法でやっている。

セルバンテスの文章は流れるような響きがある。よくできた音楽を聞いている感じがする。残念なことに、牛島訳は、このリズムを日本語に移しかえせてはいない。まあ、こんなことができる翻訳家はほとんどいないだろうけれど、戦前の上田敏京都帝大教授の力量には感服した。

『海潮音』で有名な上田教授がスペイン語の『黒瞳』を和訳していた。

一行ごとになるほどと感心しながら、読んだ覚えがある。私が学部の学生だった40数年前のことてある。

森鴎外と上田敏がスペイン語の音について論争をしていたので、興味半分で2人の論文読んだことがあるけれど、2人ともスペイン語会話ができない人のようで、とんちんかんなスペイン語の音声に関するやりとりであった。有名な人でも完璧ではないということだ。

批判は、いくらでもできるが、私もセルバンテスの文体の持つ香りを日本語に移すことはとうていできない。イタリア語の諺にあるように「翻訳者は反逆者」である。
読者諸氏は、できるだけ早い機会に、セルバンテスが書いたスペイン語の原典にあたるよう希望する。スペイン語がわからなければ、勉強してほしいと切に思う。

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