レディー・ガガのまとめ情報

レディー・ガガ』の解説

レディー・ガガ ()(本名:ステファニー・ジョアン・アンジェリーナ・ジャーマノッタ 英:Stefani Joanne Angelina Germanotta、1986年3月28日 - )は、アメリカ合衆国音楽家オーストラリアシドニー名誉市民

19歳の時にデフ・ジャムと契約し、ニューヨーク市の近郊のクラブでダンサーをしながら生計を立てた。また同時期インタースコープ・レコードとソングライターとして契約をし、同レーベルのアーティストを中心に複数のミュージシャンに楽曲提供を行った。その後楽曲提供を行う中でエイコンにガガの歌手としての才能を認められ、エイコン自身のレーベルコンライブとレコード契約し、歌手としてのキャリアをスタートさせた。

2008年に発売したデビュー・アルバム『ザ・フェイム』は商業的に大きな成功を収め、4カ国の音楽チャートで1位を獲得、1500万枚以上売り上げた。米ビルボードのダンス/エレクトロニカ・アルバムチャートでも1位となり、多くの批評家から肯定的評価を受けた。アルバムからの最初のシングル2曲「ジャスト・ダンス」「ポーカー・フェイス」は世界中のチャートで1位を獲得する大ヒットとなり、前者は第51回グラミー賞にて最優秀ダンス・レコーディング賞にノミネートされた。2009年に2枚目のアルバム『ザ・モンスター』を発表した。同アルバムからのシングル「バッド・ロマンス」「テレフォン」はそれぞれ全米チャートTop3に入る大ヒットになる。MTV Video Music Awards 2010では歴代2位となる8冠を獲得した。2011年には3枚目のアルバム『ボーン・ディス・ウェイ』を発表し28ヵ国で1位を獲得、800万枚以上の売り上げを記録した。アルバムからのシングル「ボーン・ディス・ウェイ」「ジ・エッジ・オブ・グローリー」は世界的ヒットとなった。彼女は現在までに世界中でシングルを8400万枚、アルバムを2500万枚以上売り上げている。

ガガはデヴィッド・ボウイクイーンエルトン・ジョンといったグラム・ロッカーのほか、シンディ・ローパーマイケル・ジャクソンホイットニー・ヒューストンマドンナといった複数のポップ歌手から音楽的に影響を受けている。また同時に自身が作詞・作曲とパフォーマンスを行う上で必須の部分であると語るファッションの面からも強い影響を受けている。2010年5月、アメリカの雑誌『タイム』の世界で最も影響力のある有名人を選出する「タイム100」のアーティスト部門の1位に選ばれた。

Twitterのフォロワー数は2012年現在3000万人を超える。2010年8月にフォロワー数が約568万人に達し、ブリトニー・スピアーズを抜き世界1位となったが、2013年1月21日にジャスティン・ビーバーに抜かれ世界2位となった。

1986 - 2004年:生い立ち

シチリア島をルーツとするイタリア系アメリカ人でインターネット企業の実業家の家庭のもと、ニューヨーク州ヨンカーズに生誕。家は裕福で箱入り娘として育てられた。

4歳で楽譜なしでピアノが演奏できるようになった。父親が初めて聴かせてくれたレコードはスティーヴィー・ワンダーであり、その後ブルース・スプリングスティーンの曲などをピアノで練習するようになる。多くの有名アーティストを手掛けた先生からレッスンを受けるようになり、13歳になるころには初のピアノ・バラードを自分自身で作曲。11歳当時にジュリアード学院の音楽部門に合格するも、当時は音楽にさほど興味が無く入学を辞退し、マンハッタンのカトリック系私立学校、聖心女子学院(Convent of the Sacred Heart)へ進学。

聖心女子学院はヒルトン姉妹パリスニッキー)も在籍したことで知られるいわゆる“お嬢様学校”であった。パリス・ヒルトンとは年が6歳離れており学年が異なったことから、学校の廊下で見かけたことしかなかったという。伝統的な富豪家庭の令嬢が多く通うなか、自身は一代の成り上がりの家庭であったため周囲に馴染めなかったという。さらにガガは変わった性格で、話し方も大胆で芝居じみていたためいじめに遭い、ロッカーには悪口が書かれ、廊下では常に“売女”と罵られたという。街で男子に同級生の目の前で抱え上げられ、ゴミ箱に捨てられたこともあり、「あんた泣くわけ?かわいそ」などと笑われ、ガガも自分自身を笑うしかなかったという。14歳からニューヨークのクラブでパフォーマンスを開始し、17歳で、それまで世界で20人しか早期入学が許されていなかったニューヨークのティッシュ・スクール・オブ・アート(ニューヨーク大学の芸術学部)に入学。そこで音楽を本格的に学び、エッセイや論文を書くことによって作詞作曲技術を改善した。この頃から地味だったクラブのパフォーマンスも個性を追求するたびに派手になってゆき、大学でも奇抜なスタイルにより周囲から煙たがられる存在となる。周囲から「あんたレズなの?」「そんな格好しててもあんたのこととか誰も見てないから」と言われ続けたと後にインタビューで語っている。結局1年生のときにニューヨーク大学を退学し、薬物中毒に陥ってしまう。しかしブリトニー・スピアーズビヨンセに触発され、スターになるという夢を再確認、自らの意思でドラッグをやめ、芸術活動に専念するようになった。

2005 - 2007年:初期のキャリア

ガガは19歳の時、デフ・ジャム・レコーディングスとの間で契約を結んだ。同じころ、親元を離れストリップクラブで働き出す。このことは特に隠さず、「ストリップクラブで働いていた。私のような裕福なイタリア系の家庭の出では珍しいことだ」と述べ、ストリッパーとして生計を立てていたことを明かしている。ストリッパーとして人気があったようで、ステージでヘアスプレイに火を付けて、狂ったように踊ったという。家族の助けなしに生活することで自由を実感したと語るが、家族は認めてくれなかった。その他、ドラァグ・クイーンゴーゴーダンサーとパフォーマンスを行うためにクラブに出入りしており、このことを知った父は大変なショックを受け、ガガ本人も「あのとき、2、3カ月の間父は私を直視することが出来なかった」と認めている。ガガはデビュー・アルバムの制作を音楽プロデューサーレッドワンと共に行った。1年ほどスタジオに籠って作詞作曲に専念し、アルバム150枚分ほどの楽曲を制作したという。

2008年 - 2010年:ザ・フェイム・モンスター

2008年にデビュー・アルバム『ザ・フェイム』をリリース。彼女自身が全ての歌詞を手がけ、メロディー作曲も自分でこなし、シンセサイザーの部分も自らが演奏している、日本では最高位6位を記録している。全世界での売上枚数は1200万枚を突破している。アルバムからのリードシングル「ジャスト・ダンス」は2008年4月8日にリリースされ、世界各国で首位を獲得。「ジャスト・ダンス」は、イギリスなど世界5カ国のシングルチャートで1位を獲得し、リリースから半年以上経った2009年1月にアメリカでも1位に到達した。2009年2月に行われた第51回グラミー賞では「ジャスト・ダンス」で最優秀ダンス・レコーディング賞にノミネートされるも、ダフト・パンクの「仕事は終わらない」が受賞し、ガガは受賞を逃している。「ジャスト・ダンス」は全世界で700万枚以上売り上げるヒットとなった。続いて2008年にリリースされた「ポーカー・フェイス」は2009年4月11日付けのアメリカ合衆国のシングルチャートBillboard Hot 100で1位となった。これによりガガは2000年以降、デビュー・アルバムから2枚のシングルを全米チャート1位に送り込んだ初の新人アーティストとなった。1st、2ndシングル2枚で全米1位を達成した女性新人アーティストは3人で、ガガはティファニーマライア・キャリークリスティーナ・アギレラに次ぐ4人目となった。この楽曲はイギリス、カナダ、オーストラリアを始めとした世界17の国と地域のシングルチャートで1位を獲得している。さらにイギリスのThe Official Chart Companyが発表した"イギリスで最もダウンロードされた曲"では77万ユニットのダウンロード数により1位を獲得している。「ポーカー・フェイス」は全世界で1000万枚以上売り上げ、2000年代を代表する楽曲となった。

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その後、ガガは同じインタースコープ・レコード所属のアイドルグループニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックのアメリカ市場でのツアーに同行。ガガは2008年10月8日のロサンゼルス公演から最終日の11月までを彼らと共に回り、またこれがガガにとって初のツアーとなった。なお、ガガは彼らの新作アルバム『ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック』に楽曲「ビッグ・ガール・ナウ」を提供、客演も行っている。2009年1月には、オセアニアヨーロッパの一部の国のみで「エイ、エイ (ナッシング・エルス・アイ・キャン・セイ)」をシングル・リリース。同曲はオーストラリア、ニュージーランド双方でゴールドの認定を受けている。ガガ初の自身の北アメリカライヴ・ツアーThe Fame Ball Tourは2009年3月12日からスタートし、このツアーは批評家から賞賛された。5月にはプッシーキャット・ドールズでオープニング・アクトも務めている。その後世界市場に向けての3rdシングル「ラヴゲーム」を発表。この楽曲のミュージック・ビデオは、オーストラリアのテレビ局Network Tenではビデオの内容と楽曲の歌詞が"過激すぎる"ことを理由にビデオの放映が中止され、イギリスでは同じ理由でシングル化自体が見送られている。この楽曲は7月に米ビルボード誌のエアプレイ・チャートMainstream Top 40の2009年7月25日付のチャートで1位を獲得。デビュー・アルバムから「ジャスト・ダンス」、「ポーカー・フェイス」の2曲に続けて3曲を連続で同チャート1位に送り込んだ史上3組目のアーティストとなった。

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2009年5月、有力な音楽雑誌『ローリング・ストーン』の毎年恒例となっているHOTリスト号の同誌6月号の表紙をセミヌード姿で飾った。この時、ガガは同誌のインタビューの中で、自らをバイセクシャルであるとカミングアウトした。ガガは6月にリリースされたラッパーワーレイのシングル「チリン」にも客演で参加している。7月にはイギリスで「パパラッチ」をシングル・リリースしている。MTV Video Music Awards 2009でガガは、この楽曲を含む同年のアワード最多となる合計9部門でノミネートを受け、9月に行われた授賞式では『パパラッチ』のライブ・パフォーマンスを披露した他、「ポーカー・フェイス」での最優秀新人アーティスト賞を含む合計3部門で受賞。加えて、米ビルボード誌主催のWomen In Musicアワードでは新人賞にあたるRising Star賞を受賞している。

11月に2枚目のアルバム『ザ・モンスター』を発表。全世界で600万枚以上売り上げ、2010年世界で最も売れたアルバムとなった。しかしガガは再発盤のリリースはファンにとってフェアではないという理由から否定的な立場で、そのため『ザ・モンスター』には新曲をたくさん収録する予定であると話している。この再発盤からの1stシングル「バッド・ロマンス」は『サタデー・ナイト・ライヴ』にて初披露されている。同番組ではマドンナとパフォーマンスを披露している。同年10月10日にHuman Rights Campaignのデモ行進に出席。行進前に「音楽業界には未だ多くの同性愛嫌悪が存在する」とスピーチ。「今夜は自分の曲は演奏しないの。私のための夜ではない」と述べ、グランドピアノに座る前に「あなたたちのための夜だから」と言って、ジョン・レノンの「イマジン」を一部歌詞とメロディーを変えて披露した。また、1998年に殺害された同性愛者の大学生マシュー・シェパードへのメッセージを込めた。『ザ・モンスター』の収録曲「スピーチレス」は2009年12月11日に行われたロイヤル・ヴァラエティ・パフォーマンスで披露した。そこでは、イギリス女王エリザベス2世と対面した。2009年の暮れにThe Monster Ball Tourをスタートさせた。

2010年1月14日、Monster Ballツアーのウェストラファイエット公演を体調不良のために中止した。彼女は本番前に呼吸がしにくいことを訴えた。救護隊員はガガは脱水症状と疲労による不整脈で苦しんでいたと発表した。同年1月31日に行われた第52回グラミー賞にて初のグラミー賞を受賞した。「ポーカー・フェイス」で年間楽曲賞、年間レコード賞、最優秀ダンスレコーディング楽曲賞にノミネートされ、最優秀ダンスレコーディング楽曲賞を受賞した。アルバム『ザ・フェイム』は最優秀エレクトロニック/ダンスアルバム賞を受賞した。「テレフォン」は全世界で700万枚以上売り上げた。

2010年3月19日、『ザ・フェイム』のプロデューサーでガガの名付け親でもあるロブ・フサーリがアルバム制作に関する報酬を受け取っていないとして、利益の20%を支払うようにガガを訴えた。同年8月にニューヨーク最高裁判所は訴訟を棄却、その後、両者は和解した。同年4月16日、YouTubeにおけるガガのミュージックビデオの累計再生回数が10億回を突破し、同サイトの新記録を樹立した。同年4月、『ザ・モンスター』からの3rdシングル「アレハンドロ」を発表し、ロザリオを口に入れるシーンが宗教冒涜として問題となった。同月、アメリカの雑誌『タイム』が世界で最も影響力のある有名人100人を選出する「タイム100」のアーティスト部門で1位になった。MTV Video Music Awards 2010では9部門にノミネートされ8部門を制する大勝利を収めた。

2011年 - 現在:ボーン・ディス・ウェイ

2011年2月11日、ガガが絶賛するシングル「ボーン・ディス・ウェイ」が解禁され、世界23ヵ国のiTunes音楽チャートでダウンロード数1位を記録した。特にアメリカでは配信後3時間で1位を獲得した。また、UKアルバム・チャートでは21万5,000枚を売り上げトップを飾った。2011年最速セールス記録となっている(2011年5月現在)。批評家やファンからはマドンナのエクスプレス・ユアセルフ」と酷似しているとの声も挙がったが、ガガは「この曲はマドンナのサポートを受けている。女王様(マドンナ)がいいと言えばそれでいい」と述べた。第53回グラミー賞授賞式ではガガは卵型カプセルに乗ってこの曲を歌い上げた。また、グラミー賞授賞式前には大麻吸引を自ら暴露し「ファンに嘘はつきたくないし、最近は大量には吸引していない」と語った。5月23日には2ndアルバム『ボーン・ディス・ウェイ』が世界同時発売され、それに先駆けてアルバムからの2ndシングル「ジューダス」が4月16日に、3rdシングル「ジ・エッジ・オブ・グローリー」が5月17日に発売された。『ボーン・ディス・ウェイ』は全世界で800万枚以上売り上げ、2011年世界で2番目に売れたアルバムとなった。ガガはプロモーションとして世界中を飛び回り、6月20日には日本に4回目の来日を果たした。auのCMでガガの曲が使用されたことや、東日本大震災においてチャリティーリストバンドを即座に販売して収益を寄付したことで知名度が急上昇し、ガガの来日は大きく報道された。震災復興イベント「MTV VIDEO MUSIC AID JAPAN」では蜘蛛の巣パフォーマンスでスタジアムを沸かせた。8月23日にはガガが最も尊敬する世界的ロックバンドのクイーンのギタリストであるブライアン・メイとのコラボ作「ユー・アンド・アイ」が4thシングルとしてリリースされ、多くの国でTOP10入りを果たした。MTV Video Music Awards 2011では2冠獲得し、ステージ上でブライアン・メイと「ユー・アンド・アイ」を披露した。この頃、デビュー時からガガと共に仕事をこなしてきた振付師のローリーアン・ギブソンと決別した。ギブソンは振り付け以外にもビデオの監督や楽曲のプロデュースを手掛けていたが、互いの方向性の違いにより距離を置くという選択を下した。11月にはアルバムからのラストシングルとなる「マリー・ザ・ナイト」をリリースし、ガガ自らビデオの監督を務めた。ビデオではガガの半生を描いており、話題となった。

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2012年4月の韓国での公演ではパフォーマンスがわいせつだとして、保守的なキリスト教団体韓国教会言論会などが中止を要請、同国映像物等級委員会により18歳未満の観覧が禁止された。

香港から5月8日夜に通算6度目の来日をしたガガは、さいたまスーパーアリーナでワールドツアー「THE BORN THIS WAY BALL」を開催し5月10日から12日の3日間で10万人を動員した。滞在中に東京ディズニーランド、六本木のペットショップ、原宿竹下通りのカフェ、新宿のしゃぶしゃぶ店などに出没し、次の公演先の台湾へ5月16日離日する前夜には「日本のシンボリックな場所から、日本のリトルモンスターたちにメッセージを送りたい」と本人のたっての希望により、特別に開業前の東京スカイツリーに来場、外国人歌手としても初めての来場となった。地上350メートルの天望デッキと450メートルの天望回廊から景色を楽しめるはずだったがあいにくの雨で夜景がよく見えず、それでもガガは「日本の3公演がソールドアウトなんて、皆さん応援してくれてありがとう。最後の夜にスカイツリーに来られて幸せ。雨だけどこんなにすてきな景色は初めてよ」と感謝し、日本語で「アイシテマス、ジャパン」と投げキッスを贈った。

6月3日にインドネシアジャカルタでの公演を予定しており、3月に発売されたチケットは2万5000万が2時間以内で売り切れるほどの人気だったが、過激な露出スタイルの彼女に対してイスラム教の教義に反するハラームであると聖職者から反発があり、同年5月15日現地警察は開催不許可を決定した。

この年には『レディー・ガガ・フェイム』(LADY GAGA FAME)と題した香水を発売。自身初の香水プロデュースであった。この香水製品『フェイム』は全世界に先駆けて日本の東京・原宿で発売されることとなり、8月、東急プラザ表参道原宿の3階に設けられた『レディー・ガガ・ハウス・ラボラトリーズ(LADY GAGA HAUS LABORATORIES)』という期間限定の専門店舗にて初売り出しの運びとなった。

2015年、資生堂のCMに出演。撮影はニューヨークにある自宅のアパートメントで撮影された。

2016年2月にはスーパーボウルの国歌斉唱を担当した。同年10月には5枚目のアルバムとなる「Joanne」を発売。

2017年2月のスーパーボウルでは今度はハーフタイムショーに出演し、「ポーカー・フェイス」、「ボーン・ディス・ウェイ」などを歌った。

音楽性と影響

ガガは主にデヴィッド・ボウイクラウス・ノミクイーンエルトン・ジョンスティーヴィー・ワンダーブルース・スプリングスティーンクラレンス・クレモンズのようなロック・スターや、ポップ歌手のマドンナマイケル・ジャクソンシンディ・ローパーカイリー・ミノーグホイットニー・ヒューストンブリトニー・スピアーズシェールグロリア・エステファンベット・ミドラーバーブラ・ストライサンド、芸術家のアンディ・ウォーホル、詩人のライナー・マリア・リルケ、ファッション・アイコンとエンターテイナーとしてのグレイス・ジョーンズに影響を受けている。

複数のメディア・評論家達はガガの音楽、ヴィデオ、ステージ・パフォーマンスに至るまでマドンナの影響を指摘している 。 そのマドンナの影響について聞かれた時、「私ほどマドンナを尊敬して愛しているファンはいないわ。個人的にもプロフェッショナルな意味でも一番のファンなの。」と語っている。

特に下積み時代、ガガがインスピレーションを求めたアーティストの中でもクイーンとデヴィッド・ボウイは重要なお手本となり、「彼らの音楽とステージは、いつも非常にパワフルなイメージを伴っていた。そして一定の演劇性とドラマ性を含んでいて、それが人々を日常生活から連れ出し、彼らが表現しようとしていることの渦中に運んでくれた。つまり“入り口”みたいなもの。それに私は演劇が大好きで何年も学んだし、彼らは私が愛するもの全てを融合させてシアトリカルなポップ・ミュージックを成立させる方法を指し示してくれたってわけ」とガガは語っている。

ガガのボーカルはマドンナやグウェン・ステファニーと頻繁に比較され、音楽の構図は1980年代のポップと1990年代ユーロポップを思い出させると言われている。『サンデータイムズ』は『ザ・フェイム』を批評した際に「音楽、ファッション、芸術とテクノロジーを融合するとレディー・ガガはマドンナ、『ホラバック・ガール』の頃のグウェン・ステファニー、2001年のカイリー・ミノーグまたはグレイス・ジョーンズを呼び起こす」と主張した。同様に『ボストングローブ』の批評家サラ・ロッドマンは「明らかにマドンナとグウェン・ステファニーからひらめきを得ている」とコメントした。彼女の歌詞は知的な刺激に欠いていると言われているが、リスナーを楽しませることが出来る。

パブリック・イメージ

ガガはファッションについて「何よりも大切なもの」でまた「私のすべて」であると話している。そのファッションに対する愛情は母親の影響が大きく「常に身だしなみがよく、美しい」と語っている。

また、ガガはドナテラ・ヴェルサーチが自身のミューズであると考えていると述べた。

2008年末頃に歌手のクリスティーナ・アギレラとの類似が指摘され始めた。指摘されたのは主にスタイル、ヘアーやメイクアップの類似であるが。

千葉大学大学院工学研究科の斎藤恭一教授と環境浄化研究所が開発した、放射性セシウムを吸着するナイロン繊維は「ガガ」と名付けられた。この名前はレディー・ガガの髪型と商品の見た目が似ていることに因む。

ガガは6つのタトゥーをいれていることが確認されている。手首にあるピースシンボルのタトゥーはイギリスのミュージシャン、ジョン・レノンに影響を受けたもので、ガガは『ガーディアン』において彼を「英雄」だと語っている。ガガは「このタトゥーを入れた理由は2つあるの。ひとつはもちろん反戦の意思表示として。そしてもうひとつは……ジョンとヨーコが“Give peace a chance(平和にチャンスを与えて)”と宣言した時、それが具体的に何を意味するのか2人は詳しく説明しようとしなかった。“それだけのシンプルなこと”としか言わなかったわ。つまり、このタトゥーはシンプリシティのパワーを私に思い出させてくれるの。シンプルであれば魔法の薬がなくても誰にでも理解できて、チャンスを与えてあげさえすればいいんだってことを」と語っている。また、オノ・ヨーコとは個人的に親交あり、飼っている柴犬にも「ヨーコ」と名付けている。

左腕には詩人のライナー・マリア・リルケの詩が引用されている。ガガはリルケを「一番好きな哲学者」と評しており、自身はドイツ語を解さないもののとしての励みにしているという。2009年の訪日時に競演した写真家荒木経惟に感銘を受けて「TOKYO LOVE」というタトゥーを左肩に入れた。なお、父親の頼みにより、タトゥーは体の左側だけに入れるようにしている。

社会貢献活動

ガガは彼女の経歴を通して、いくつかの慈善団体に関与した。2011年、若者たちのボランティア活動を支援する非営利団体「DoSomething.org」が「Top 20 Celebs Gone Good for 2011」と題した慈善活動に貢献したセレブリティのランキングを発表、ガガは2年連続の一位にランクされた。

ハイチ地震の復興支援

2010年のハイチ地震の被害者の為にガガは多くの著名人と一緒に働いた。彼女の寄付金の全ては2010年1月14日公演のコンサートの利益(チケット、商品、その他)、彼女自身のオンラインストアから生じている。寄付の総額は50万ドル以上であった。また1月24日のニューヨークでのコンサートで生じた金銭も全額ハイチに寄付された。

エイズ撲滅運動

ガガはHIVについて、周りの若い女性達にその認識を上げることに非常に率先的である。歌手シンディ・ローパーとレコーディングすると共にMACエイズ基金「ビバ・グラム・キャンペーン」で協力した。このキャンペーンでは世界中の女性達に病気の認識をもたらすために、1億6000万ドル以上を集めた。ビバ・グラムのリップグロスの売上の全ては病気に感染している人たちを援助するために直接基金に使われる。また、ガガはジャスティン・ティンバーレイクジェニファー・ハドソンなどのセレブたちと共に、アリシア・キーズ主催のエイズのチャリティーに参加することに同意し、100万ドル(約8500万円)の寄付が団体に集まるまで各人のツイッターへの書き込みやフェイスブックの更新をせず、デジタル上で「死亡」した。これはデジタル・ライフ・サクリファイスと呼ばれており、この活動で集まった金はすべてアフリカアジアのHIVに苦しむ子供たちを助ける団体に寄付された。

2011年10月にインドを訪れた際、ガガはHIVに感染した子供たちをケアするNAZ財団に自ら電話して施設を訪問し、事前に子供たちのために購入した食べ物を届けた。ガガはカメラが入ることや用意された椅子に座ることを拒否し、床に座って子供たちと直に触れ合った。財団側は「彼女ほどのスーパースターでこのようなことをする人は、ほとんどいません。HIVについてもちゃんと知識があり、彼女の心からの行動に偽りは全くないです」

と語った。

LGBTへの理解

ガガは早い段階での成功やメーンストリーム・アーティストになれたのには同性愛者のファンとそのコミュニティでの自身への支持があり、それらのアイコンとなったことが大きいと述べている。ガガは「私の分岐点は、同性愛者のコミュニティだった。私にはとても多くの同性愛者のファンがいる。そして、彼らは私をとても慕ってくれる。そして、彼らは私を持ち上げてくれた。彼らは私を常に支持してくれてるし、私も彼らを常に支持している。ファンベースを作ることは容易ではない」とコメントしている。ガガはマンハッタンに拠点を置くLGBTマーケティング会社『FlyLife』でスタジオ・アルバム『ザ・フェイム』を観客の前で初めて演奏した。そして、「私方はあなたを愛している。あなたはこのプロジェクトの最初の鼓動であった。そして、あなたの支持と輝きは私にとっての世界を意味する。この驚くべきチームと協力し同性愛者のコミュニティの為に戦う」とコメントした。ガガのテレビ番組での最初のパフォーマンスのうちの1つは2008年5月放送のLGBTテレビジョン・ネットワークLogoのNewNowNext Awardsであり、そこで「ジャスト・ダンス」を披露している。同年6月にサンフランシスコ・プライドでもパフォーマンスを行っている。2009年5月に『エレンの部屋』にゲスト出演した際に、司会のエレン・デジェネレスを「女性と同性愛者コミュニティのための発想の源」と称賛した。また、MTV Video Music Awards 2009でガガは、「神とゲイに感謝するわ」という受賞スピーチも行っている。2011年7月12日には同性愛者支援の功績がたたえられ、シドニーから名誉市民の称号を贈られた。

2010年9月20日にはアメリカ軍の同性愛者雇用を容認しない「Don't Ask, Don't Tell(訊かず、言わざる)」のポリシーを撤廃するためにメイン州ポートランドで演説を行った。ガガは「平等とは私たちが国民として支持するプライム・リブなのです。そして、私は祖国が提供する最良の部位の肉を楽しむことができません。私が着ていたような生肉ドレスを着る権利を、誰もが受けるべきではないのでしょうか」と2010年のグラミー賞で大騒ぎになった自身の生肉ドレスと関連させてスピーチした。「議員や大統領が米軍の同性愛者雇用差別撤廃を認めないのならば、軍隊は誰のために戦っていてプライムリブはいくらするのか説明してほしいです。なぜなら、私はこれが“食べ放題”のビュッフェだと思っていたからです。この平等というものは、みんなのためのものだと思っていました。でもどうやら、私はバイセクシャルだから、一部のセットメニューや一部の市民権を得るためには、追加料金を払わなければならないようです。自分の食事を注文する番が来ても、私が戦っている自由に関する憲法の恩恵を受けるときが来ても、私は追加料金を払わなければなりません。本当は追加料金を払う必要があるべきではないのです。仲間の軍人、異性愛者の軍人たちの権利メニューには既に含まれている肉——つまりは権利を楽しむ能力や機会、権利が、私にも与えられるべきです。その肉はプライム・リブで、同じサイズで、同じグレードで、同じ値段で、卸売原価で、憲法に含まれているのです」ガガの熱弁は肉の比喩だけに留まらなかった。「Don’t Ask, Don’t Tellのポリシーは後進的だと思いませんか?同性愛者の軍人を嫌う異性愛者の軍人こそ家に帰すべきではないですか?私は問題のある軍人を家に帰す法律を提案したかったのです。同性愛者が気に入らないのなら家に帰りなさい」そしてこのスピーチから1年後の2011年9月21日、オバマ大統領の「もう同性愛者でないと嘘をつく必要はない」という声明と共に米軍の同性愛者雇用差別は撤廃された。これを受けガガは「涙とプライドを抑えることができません。私たちは成し遂げました。私はアメリカ人であることを誇りに思います」と語った。また、2012年5月9日にABCテレビのインタヴューでオバマ大統領が同性婚を支持するコメントをしたのに対し、ガガはTwitterで「平等な結婚を支える、初の現職の大統領となることをお祝いするわ」とツイートした。

いじめ撲滅運動

2011年9月、自身がゲイであることが原因で受けたいじめを苦に14歳の若さで自ら命を絶った「ジェイミー・ロードマイヤー/Jamey Rodemeyer」の自殺事件 () の際にガガは、「ここ数日、わたしは泣き叫び続けている。強い怒りを感じているわ。誰かの命が残酷に奪われたとき、愛を感じるのはとても難しい」「14歳のジェイミーは、いじめが原因で命を絶ちました。いじめは、違法にしなければならない。いじめは、憎悪犯罪(ヘイトクライム)です)」とTwitterの中で訴えた。ガガはジェイミーの死から1週間後、ラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナで行われた『iHeartRadioミュージック・フェスティバル』で自身の楽曲「ヘアー」を歌う際に、スクリーンに映し出されたジェイミーのYouTubeのビデオとTwitterのツイートを見ながら「ジェイミー、あなたは空から私たちを見てるのよね。あなたは犠牲者じゃないわ。私たち全員への教訓よ。」「ちょっと暗い気持ちになっちゃったわよね。でも、時には音楽よりも大切なことがあるわ。ジェイミーに私たちの思いを届けましょう。」と観客に向かって語り、曲の途中で歌うのをやめ「いじめは負け犬のやること。」「ジェイミー、あなたはおかしくなんかないのよ。」と呼びかけた。このいじめ自殺事件に深く心を痛めたことを契機として同年11月、ガガはいじめ撲滅を目指し「ボーン・ディス・ウェイ財団/Born This Way Foundation」を設立した。

さらにこの事態を訴える為に、ガガはアメリカ大統領のバラク・オバマの選挙資金集めイベントに274万円支払って参加し、そこでオバマ大統領と対談を行った。オバマ大統領は「ゲイだという理由でいじめられて自殺してしまった少年の話を聞いて、2人の子供を持つ私も大変ショックを受けました。ゲイのみなさんの苦しみは分かってあげられませんが、ゲイだということでいじめられるのは避けて通れない道なのだとか、いじめられる側にも原因があるのだということは間違っていることです。今いじめにあっているあなたは決して1人では無いし、辛いことがあったらあなたを理解してくれるであろう人物に助けを求めて下さい。誰にも理解されないのだと思わないでください。そうしていくことで大人になるにつれ、あなたが人と違うということが誇りとなっていくことに気付くはずです」というメッセージを出した。これらの活動により、ガガはトレバー・プロジェクトのチャリティー・イベント、『トレバー・ライブ』において、LGBTコミュニティーの支援に対する功績を称えられ、ジェイミーの家族から「ヒーロー賞」が手渡された。しかし残酷なことに、ジェイミーの死はガガのアンチと同性愛者を嫌悪する人々によって食い物にされてしまった。2012年2月、Twitter上で「#GagasCareerDiedWithJamey(ガガのキャリアはジェイミーとともに死んだ)」というフレーズがジェイミーの死を面白がったユーザーの間で話題にされた。この騒動に激怒したガガは「私を攻撃するために14歳の子の自殺のことをツイートするの? 亡くなった子の痛みを面白がるなんて、自分の品位を考えたらどうなの!」「侮辱するなら私(@ladygaga)に向けてやりなさい!私が受け止めるわ。亡くなってしまって自分を守れない人たちのことを、とやかく言わないでよ。そんな卑怯なことはやめて!」とツイートした。

貧困、ホームレス問題の支援

ガガは貧困やホームレス問題を支援するニューヨークのチャリティー団体、ロビンフッド財団と手を組み、ソーシャル・メディアにページを立ち上げ、100万ドル(約8200万円)の寄付を募った。その後、ガガは自身のFacebookページを使い、貧困やホームレス問題を支援する慈善団体へのお金の分配金額について意見を集めた。ガガは「ロビンフッド財団と協力して、ニューヨークの若者を支援するための資金を提供できることにワクワクしています。ニューヨークは私の生まれ育った街で、このような子供たちの未来のためにお金を投資することは、大きな効果があると思います。」とコメントし、2011年5月9日、ロビンフッド財団のチャリティーコンサート『2011 Robin Hood Foundation Annual Gala』(2011ロビンフッド財団アニュアル・ガラ)のステージに立った。また、2011年10月1日にニューヨークで開催されたロビンフッドのチャリティコンサート&スティング: 25周年記念/60歳バースデーコンサートにも参加した。

東日本大震災の復興支援

2011年3月11日に発生した東日本大震災に対し、ガガは即座に「WE PRAY FOR JAPAN 日本の為に祈りを」とデザインしたブレスレットを作成し販売。「収益はすべて日本に寄付する。モンスターたちよろしく」と自身のツイッターでコメントした。その後ブレスレットは2週間で1億2000万円以上売り上げ、全額寄付された。さらにチャリティー以外で個人的にも1億2000万円寄付したことを明かした。また、ガガやU2エルトン・ジョンクイーンなど38組のトップアーティストの楽曲が収録されたチャリティーアルバム『SONGS FOR JAPAN』が世界18ヵ国のiTunesチャートで1位を獲得した。そして3月26日にガガは「アイシテイマス」と日本にビデオメッセージを送った。日本記者のインタヴューでも「日本のファンとは強い絆を感じる。だからニュースを観るのが辛かった。何かを口にするより、まず行動すべきだと思った」とコメントし、再び日本で歌うことを約束した。 そして2011年6月21日、多くの海外スターが来日をキャンセルする中、ガガは4回目の来日を果たした。放射能は怖くないのかという質問に「平気よ。世界のみんなに日本という美しい国を見てほしいわ」と語った。ガガは10日間の滞在で多くのメディアに出演し、記者会見では自身の手書きで「日本の為に祈りを」と書かれたティーカップに口紅の跡を付け、オークションに出品した。売り上げは全額震災の寄付に充てられる。このカップは宮城県大崎市在住の歯科医師・弓哲玖が落札し、弓によって2013年2月に宮城県に寄贈された(弓は寄贈の翌日に死去)。同年5月1日から6月30日までの予定で同県多賀城市東北歴史博物館(宮城県立)で展示されている。今後は保存処理を行い、他施設への貸出も行う予定である。また、ジョン・V・ルース駐日米大使から「よく来てくれた」と感謝され、日本政府からは震災支援に対して観光庁長官感謝状と福島の玩具「起き上がり小法師」がプレゼントされた。ガガは涙を流し小法師にキスすると「本当はこんなもの(感謝状)、いらないの。だって私の日本への愛は無償のものだから。でもこの感謝状は一生大切にするわ」と語った。復興支援イベントの「MTV VIDEO MUSIC AID JAPAN」では、日本が苦境から脱出することをイメージした蜘蛛の巣パフォーマンスを行った。ガガは次の訪問地の台湾へ出発の際、菅直人総理大臣(当時)からガガをイメージした緑色のバラをプレゼントされ「この名誉をありがとう。日本への支援は継続的に行っていきます」とコメントした。その後2011年12月21日にガガは5度目の来日をし、ミュージックステーションスーパーライブに出演した。

収入と支出

2010年、ロシア人の億万長者でガガの熱狂的なファンの男性が、ガガのミュージックビデオに一緒に出演するために用意した100万ドル(日本円で約9000万円)をガガは受け取り、この男性はアルバム『ザ・モンスター』の収録曲「アレハンドロ」のミュージックビデオで黒の革のコートと帽子を着用した警官役で登場した。2010年7月、ガガは、カリフォルニアの高級住宅地ベル・エアにある豪邸に、家賃月225万円の賃貸で入居した。借りているこの邸宅は敷地面積が1エーカー(約4047平方メートル/約1226)あり、ハリウッド太平洋が見渡せる場所にあるという。ただし、こうした高い家賃を払っているものの、ガガは2011年4月までコンサートツアーに出ており自宅に戻ることはほとんどない、とされた。(なお、邸宅の推定価格は500万ドル、日本円で約4億5000万円)。(BANG Media International調べ)。ビルボード誌による「2010年米音楽業界で最も稼いだアーティスト」ではガガの年収はおよそ25億であり、ボン・ジョヴィテイラー・スウィフトポール・マッカートニーといったアーティストを抑えて第1位であったことが発表された。

2011年1月、フォーブス誌がガガの2011年の所得は1億ドル(日本円で約83億円)を超えるであろうと大胆予想をした。ガガは2010年の『The Monster Ball Tour』だけで6300万ドル(日本円で約52億円)を稼いでいるが、2011年の2月から同ツアーが再開されるほかに高額なCM出演料と5月にはニューアルバム『Born This Way』のリリースも控えているために2010年の所得額を上回ると予想されるとした。フォーブスは、アルバムの『Born This Way』関連でガガは1000万ドル - 1500万ドル(日本円で約8 - 12億円)の所得を得るだろうと予想した。2011年3月、パレード誌が前年の稼ぎを発表する「第28回最も稼いだ人々」を発表し、ガガは6200万ドル(日本円で約51億円)を稼ぎ、7位にランクインした。2011年5月、フォーブス誌が毎年発表している「世界で最も影響力のあるセレブ100人」で、2011年はガガが1位に選ばれたと発表した。(このランキングはトム・クルーズとアンジェリーナ・ジョリーがそれぞれ1位になった2006年と2009年を除くと、オプラ・ウィンフリーが2005年から1位をほぼ独占してきたが、2011年は2位落ちの結果になった)。2011年6月、フォーブス誌が「最も稼いでいる30歳未満のセレブ」を発表し、2010年の5月からの1年間で9,000万ドル(日本円で約72億円)を稼ぎトップに輝いた。これは22カ国137公演のコンサート、1,500万枚のアルバム売り上げから算出された数字だという。

上記のように「ガガが稼いでいる」との報道がしばしばされているが、実際にはツアーの諸費用PV制作費、衣装代金義捐金などを差し引くと実は大赤字だということをガガ自ら暴露したことがある。2009年からスタートしたThe Monster Ball Tourはツアーの前半ではすでに破産状態で、ガガが関係者に「何で私がお金が無いって言いふらしてるの! 私はナンバー1シングルが5枚もあるのよ! お金が無いわけないじゃない!」と言うと「ガガ、あなたは今借金が300万ドル(約2億4600万円)もあるのよ」と返されたという。

ディスコグラフィー

ツアー

来日公演

  • LADY GAGA Premium show Case 2009
  • SUMMER SONIC 2009
    • 2009年8月7日、舞洲サマーソニック大阪特設会場 OCEAN STAGE
    • 2009年8月8日、幕張メッセ MIDNIGHT SONIC
  • THE MONSTER BALL TOUR 2010
  • THE BORN THIS WAY BALL TOUR 2012
  • ArtRave: The ARTPOP Ball TOUR 2014

映画出演

レディー・ガガ』に 関連する人気アイテム

教科書に載ってないUSA語録

米国在住の映画評論家である筆者が、米国における時の言葉を紹介しつつ、米国社会の最新のトレンドを紹介する書物。英語学習に役立つと何かのサイトに書いてあったので
本書を手にとってみたのだが、良くも悪くも、想像以上に軽いタッチの本。芸能ネタが多く、米国の芸能界に関心が無い人(=私)にとっては、あまり楽しめないネタも少なくなかった。また、多くのスラングや流行語が紹介されており、勉強になるのだが、数年前に書かれた本なので、本書で書かれている言葉が現在でも使われているかは大いに疑わしい。英語学習目的で本書を読むと、肩透かしを食らう。



ただ、筆者が紹介する時の言葉とそれにまつわるエピソードを通じて、米国社会の「今」(正確に言えば、数年前の米国社会)が見えてくる。このような本は、あるようでいて実はほとんど無く、結構貴重である。筆者は、類書をトランプ政権発足後も出版しているようなので、読んでみたい。

5つ星のうち 5.0新語と世相

(参考になった人 0/0 人)

2012年に出た単行本の文庫化。 もともと2009-12年に『週刊文春』に連載された「言霊USA」を一冊にまとめたもの。 アメリカの新語をおもしろおかしく、そして痛烈な批判を交えながら解説したもの。 たとえば、ネットで必要以上に私生活を公開するovershare、むきだしの拳銃を携行するopen carry、ズボンを腰下ではいて下着を見せるsagging、IBMの人工知能システムのWatson、文末につける(笑)を意味するluizなどなど。 有名人のスキャンダルから生まれる新語が多いようだ。 ちなみに、けっして英語の勉強のための本ではないので、ご注意。

自由の国アメリカのリアルが「これマジで?」という衝撃とともに迫ってくる。 英語の勉強に役立たせる人も多いだろうが、それよりもやっぱりこの異常な「自由の国」に住むことの意味を教えられる気がする。 寛容とはこんな現実を知ったうえでも受け入れる精神を言うのだろう。 映画評論家としても素晴らしい解説本を出している著者だがその下地を生かして素晴らしいアメリカレポートを届けてくれている。 今読んでも十分鮮度がある。 お勧めの一冊。

宇宙のパワーと自由にアクセスする方法

5つ星のうち 5.0よくわかります!

(参考になった人 13/19 人)

宇宙のパワーと自由にアクセスする方法は、二部構成になっていて、後編の実践編から読んだのですが、こちらの前編のほうが理解するのが難しかったです。実践編では、瞑想のやり方や生活習慣など実際に試せることがメインになっていたので理解しやすかったのが、こちらは、「本当の私」とは何か?や「心」と「体」の正体などという理論がメインで、なぜ瞑想することが価値があるのかという点に言及しているように思えました。前編を読んだほうが、実践編で試すときに、なぜ瞑想しているのか深く洞察できてよいと思います。

◆知性と感情のカーテンの後ろには、あなたのセルフイメージ、またはエゴが潜んでいます。

エゴは本当のあなたではありません。それはあなたが時間をかけてゆっくり構築した自分自身のイメージで、自分自身を隠している仮面です。(p136)

◆他人からの良い意見にも悪い意見にも惑わされないとき、承認を求める必要性を手放したとき、自分が今のままで充分だと信じられたとき、自由だということがわかるでしょう。(p139)

◆ポジティブな心もネガティブな心も両方、かき乱された状態になり得ますし、ときどき一方が他方に素早く切り替わることもあり得あす。(中略) ポジティブな心よりもっと重要なものが、静かな心です。(p150)

◆「私はこの世界の中にいるのではなく、世界が私の中にあるのだ。私は体の中にいるのではなく、体が私の中にあるのだ。私は心の中にいるのではなく、心が私の中にあるのだ。私が自分自身の中で曲線を描いて振り返り、そして創造するとき、体と心と世界が同時に私の中に起こる」(p204)

印象に残ったところや、どういうことなんだろうと気になったところを抜粋しました。能力不足で、完全には理解できないところもあり、こういうことなんだろうなあと想像で補ってしまった部分もありますが、著者の言いたいことは良くわかりました。汲み取れるものがおおい良い本だと思いました。

意識を高めて、すべてを受け入れる方向性に思考を変換すると大きく世界が開けます。
宇宙のパワー、意識を宇宙の果てまで集中させrことで不思議な世界が見えてきます。
サイキッカーやヒーラーが言う「真っ白な霧のような世界」ここは宇宙の果てではありません。
フェイクとダミーをいくつも越えて、理想郷に行けます。
〇色、〇色、〇色、〇色・・・。これらの世界を通り抜けられるのはわずかな人たちだけです。
通り抜けられたら、元に戻るバックドアを開けると、「白い霧のような世界」に戻ります。


↑これが見えてもまだ半分です。本当の最果てには別のルートがあります。
それは、ここまでの経路がヒントであり、その先は伝えることが許されていません。
最果ての世界には地球からの方が誰もいませんでした。
興味のある方は自分で見つけてください。

スピリチュアル的なことについて、理屈とか科学的根拠を知りたい人にはめっちゃお勧め。
だから、男性向け。
感覚的に、すでに目に見えない世界のことを知ってる女性とかが読むと、難しく感じるかも。
私は女だけど、理屈っぽい性格だし目に見えないスピリチュアルなものが目に見える形にならないと信じない(引き寄せとかホ・オポノポノとかも目に見える成果が無いと信じられない)ので、この本はすごいためになった。
巷にあるような、『潜在意識を使って思い通りの人生にしちゃお★』みたいな女性作家が書く本が私はどうも苦手で、根拠は?なんで?っていつも思ってたから、この本みたいに『スピリチュアルだ、宗教的だ、と思われがちだけど実際科学的根拠はあるよ、こうだよ』って言われる方が腑に落ちて、スピリチュアルも受け入れやすくなった。

MONSTER CABLE MH IBTS IE CR CT iBeats Chrome

ヨドバシAkibaで、こちらの上位機種、MH BTS IE CTと行ったり来たり視聴した結果、こちらを選択しました。
個人的に上位機種のモノよりこちらの音のほうが好みだったからです。
Dr. Dre監修とだけあってHip Hopとの相性は抜群。HouseやDrum & Bass、Dubstep、その他クラブ系ミュージックとの相性も素晴らしいです。
低音はSonyのXBシリーズよりほんの少しだけ抑えた、上品な低音を演出しています。
RockやMetalの中音域は少しだけ苦手な模様。

それでも普通の(オーディオという名の宗教にハマってない)人なら十分と感じられるでしょう。
音質を追求している人からは批判されそうですが、昨今のプレイヤーにはイコライザという便利なものもありますし、聴く曲のジャンルによって調整していけば全く問題無いです。

次に遮音性ですが、こちらも非常に優秀です。
同じ価格帯のShureのSE315などにはさすがに劣りますが、街中の雑踏や電車の走行音などは気になりません。

特筆すべきはデザインです。
今やbeats by dr. dreのイヤホンを模したであろう赤いケーブルのイヤフォンをあちこちで見かけます。
それだけマネされるほど、非常に優秀なデザインです。
外でアホみたいに高いモニターヘッドフォン使ってるちょっと勘違いしてる人より、こちらのイヤフォンのほうが目を引きますし、オシャレだと思います。
色は2色ありますが、ケーブルが赤いというのは共通なのでご注意を。

付属品も豊富で、イヤーパッドはこんなに分ける必要あんのかというくらい豊富なサイズが用意されています。
携帯用のポーチ?もbeatsのトレードマークがどっしりあしらわれており目立ちます。

しかし個人的に不満点が3つ。
そのうち2つはiPhone/iPodのリモコンにあります。
1つはデザインです。正直言ってガキ臭い。妙にスタイリッシュに仕上げられている、欧米の棺桶みたいな形をしたこのデザイン、私は好みではありませんでした。
言ってしまえばiPhone/iPodでの使用が前提とされているのにも関わらず、このデザインはミスマッチすぎると思います。
上位機種のMH BTS IE CTのデザインのほうが私は好みです。

次に、このリモコンのデザインによる、再生/一時停止ボタンの押しづらさ。
リモコンのボタン面が立体的になっており、なおかつ傾斜がかかっています。
それにも関わらず再生/一時停止ボタンの隆起が低く、慣れるまでは「これ一時停止ボタンだよね、そうだよね」と思いながら押すことになります。
また、リモコンの位置が少々高い(耳に近い)為、なかなか操作しづらいです。

もう一つは他の方も書かれていますが、プラグの部分がL字型でないことです。
理論上、プラグがL字型のほうがコードへの負担が少なく、断線しにくいのです。
高すぎないが決して安い訳でもない品なだけに、負担がかかりやすいストレートタイプなのは残念。

本商品はbeats by dr. dreシリーズのエントリーモデルということもあり、他のbeatsシリーズよりリーズナブルなので手を出しやすいです。
間違いなくあなたの音楽の見方が180度変わること請け合いです。
便利なリモコン/マイクも使えるiPhone/iPodユーザーに特にオススメです。
この製品が日本でハンズフリー通話の普及に貢献してくれるのではと密かに期待してたりします。
ちょっといい音がするイヤフォンがきになるなーと思う方、オシャレなイヤフォンが欲しい方は、これを候補に入れて損はないと思います。

これに関わらずヘッドフォンやイヤフォンは、まず家電量販店やオーディオ店などで試聴することが非常に重要です。
人の耳は一人一人違うので、合う合わないの相性があります。元に私も前述の通り、この商品の上位機種は私には合いませんでした。
4000円多く出せば上位機種が買えてしまうので、そちらを検討するのもアリでしょう。
とにかく、衝動買いはせず、一度店頭に足を運んでみましょう。

もの言うキャスター

著者の大越健介氏は、2015年3月まで5年に亘りNHKニュースウォッチ9のキャスターを務めた。本書は、2010年12月~2015年3月に同番組の公式ホームページに連載された「大越健介の現代(いま)をみる」から大越氏本人が選んだコラムに、一部書下ろしを加えたもの。
NHKの午後9時のニュース番組は、本書でも出てくるように、1974年に始まったニュースセンター9時が最初である(初代キャスターは磯村尚徳氏)。私は、大越氏(1961年生まれ)よりわずかに年下で当時小学生であったが、NHKの7時のニュースのアナウンサーが原稿を棒読みするのを見慣れていたせいか、キャスターが見解を述べる(本書によると、ニュースの前につけるコメントを「前説」、後につけるものを「後説」と言う)NC9はとても新鮮に感じ、以来お気に入りのニュース番組である(海外赴任や残業のために見られない時期も長かったが)。

そして、大越氏は、近年のキャスターの中で最も贔屓のキャスターである。
何と言っても、コメント(特に後説)が素晴らしい。わずか数秒~数十秒のコメントに、大越さんのこれまでの経験、人柄、報道・放送に対するスタンスが滲み出ていて、それに強く共感を覚えるのである。本書では、当然ながら大越さんのコメントについて綴ったコラムもあり、同僚の親戚に「大越さんって、なぜ番組の中で余計なひと言をつけたがるのかねえ」と言われて落ち込んだことも書かれている一方で、学生時代の同級生が博多の屋台で飲んでいたときに、大将がテレビで大越さんのコメントを聞いた後、何気なく「この男は、日本を落ち着かせとるばい」と言ったというエピソードも出てくる。(私としては、断然後者を支持するのだが。。。)
(本書を手に取る人の太宗は当然大越さんのファンであろうから)本書は、大越さんが、何を、どのように見、どのように聞き、どのように感じ、どうしてあのようなコメントが出てくるのか、更に、どのようにしてそうしたスタンスを身に付けたのかを感じ取ることができる、魅力ある一冊となっている。
(2016年2月了)

公共の電波を利用し、証拠も示さず息をするように嘘垂れ流して、視聴者に指摘されても訂正も謝罪もしないのでは、ジャーナリストとしても一般人としても失格です。
公平公正に真実のみを淡々と伝えるという最低限の事もできない人間にジャーナリストとしての資格はありません。
今からでも遅くはないので、「在日コリアンの一世の方たちというのは、1910年の韓国併合後に、強制的に連れてこられたり、職を求めて移り住んできた人達で、大変な苦労を重ねて生活の基盤を築いてきたという経緯があります...」という発言の中の『強制的に連れてこられたり』という部分を訂正すべきでしょう。


日本政府の公式見解は、『強制連行は無かった』です。
もし強制連行の証拠があるなら証拠を示すべきです。
あの朝日新聞でさえ、一応は記者会見を開き、慰安婦報道は間違っていたと認めたのです。
訂正しない限り、死んだ後もジャーナリスト失格の烙印を押され続けるのです。

5つ星のうち 5.0すばらしい

(参考になった人 9/12 人)

大越キャスターの人柄、報道に対する姿勢がひしひしと感じられる一冊です。 彼は歴史に残るキャスターかもしれません。 「U君へ」には感動しました。 子供達にも読ませたい一冊です。

ブロックバスター戦略―ハーバードで教えているメガヒットの法則

著者は米国ハーバード・ビジネス・スクールのリンカーン・フィレーン記念講座教授。
映画、テレビ、音楽、出版、スポーツ、ナイトクラブの分野で、超有名セレブをいかにコンテンツ商品と結びつけ、多額の費用を投じて莫大なリターンを得ていっているかについて分析した書です。
この書の中でも取り上げられますが、一時期、インターネットの躍進によって小売流通の業界では「ロングテール」なる現象が広がると期待されたものです。実店舗では陳列スペースを獲得できずに店頭から姿を消す傾向のある、知られざる佳品にも、消費者の手が届くようになるという未来予想図でしたが、この書『ブロックバスター戦略』はまさにこの「ロングテール」理論を打ち砕く話が満載です。


限られたリソース(人・モノ・金)を投じるのであれば、確実に売れる少数の商品にこそ投じるべきで、そうした商品から生まれる莫大な利益があるからこそ、少数の佳品を生む体力も得られる、という事例を丹念に拾っています。

残念ながらこの書には二つ大きな欠点があります。
ひとつは学究の徒である著者の論考が面白みに欠けることです。エンターテインメントの世界の話なのですから、貴重なバックステージの話をもう少し読み物として面白く書くこともできたでしょうに。
また、異なる章の中に幾度も同じ話が繰り返し登場するので、重複感が強くなっています。もう少し情報を整理して構成することもできたのではないでしょうか。

もうひとつの欠点は、訳文がこなれていないことです。
誤訳箇所については後述しますが、誤訳とはいわないまでも、もとが学術論文調の書を律義に逐語訳しているので、大変バタくさくて読みにくい日本語が続きます。関係代名詞や関係副詞を多用することで一文が長大になる傾向がある英文を、ご丁寧にも日本語でもひとつの文章にまとめて訳そうとしているので、結果的に和訳文の冒頭の主語と末尾の述語の間に、大量の情報が放り込まれてしまい、読みにくいことこの上ありません。ひとつの文章を何度も読み返さなければ文意が理解できないのです。
また、原文の過去形をすべて過去形で訳すので、「~した」「~だった」と「た」で終わる文章が続いて文章が単調に響きます。適度に現在形をまぜて訳せば、エンターテインメント業界の興味深いエピソードを生き生きとした躍動感のある文章で描くことができたでしょう。
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*3頁:「つまり、最も値が張るドラマのコンテンツに賭ける額を減らして、知的所有権を重視し、番組制作を手ごろな額で進めることにしたのだ」とありますが、原文は以下のとおりです。「betting less on the most expensive dramatic content and instead focusing on intellectual property and formats that could be acquired at more reasonable prices」
和訳では「知的所有権を重視し」の意味が分かりにくいですし、formatsが訳されていません。その上、「手ごろな額」が「番組制作」にかかっていて、原文とはニュアンスが異なります。
原文は「知的所有権」と「formats」が「手ごろな額で手に入る」といっているのです。つまり「高額なドラマを独自に制作する機会は減らして、intellectual property(他社が著作権を有する番組)やformats(番組リメイク権)を手ごろな価格で買い取ることに力を注ぐようになった」という意味です。

*4頁:「散々たる失敗に終わった」という表現がありますが、「惨憺(さんたん)たる結果に終わった」の誤り。「散々たる」という表現はそもそもありません。「惨憺たる」の言い間違いでしょう。「散々な結果に終わった」であれば問題ありません。

*6頁:「2010年公開の映画『ジョン・カーター』」とありますが、映画『ジョン・カーター』の全米公開は2012年です。原文では「the 2012 movie John Cater」と正確に書かれています。

*6頁:「テレビ番組『ローンスター』が2012年も多くの視聴者を獲得できると思った人たち」とありますが、ドラマ『ローンスター』の放送がわずか2話で打ち切られたのは2010年のことです。
ただしここは必ずしも誤訳とはいえないようです。原文では『ローンスター』に関する下りで、上記の映画『ジョン・カーター』が失敗に終わったのと「that same year(同じ年)=つまり2012年のこと」とあります。原著自体がドラマの放送年を2012年だと間違えて記述しています。原著者と訳者の双方が少しずつ勘違いしたようです。

*37頁:「第2作目」という具合に、この訳者は「第○目」という表現を常に使っています。正しくは「第2作」あるいは「2作目」です。
ただ、どういうわけかこの訳者は182頁では「第1セット」「第2セット」と「目」の字をつけずに正しく表記しています。

*85頁:「結局その必要なかった」とありますが、「結局その必要はなかった」とするべき。助詞「は」が欠けています。

*98頁:「売上げがふるわなかっとき」とありますが、正しくは「売上げがふるわなかったとき」。「た」の字が抜けています。

*115頁:「クワドラプル・プラチナディスク」とありますが、「quadruple platina disk」のことですから、正しい発音表記は「クワドルプル・プラチナディスク」です。「quadruple」の「u」の部分の母音表記が間違っています。この「u」は「shut」の「u」のような発音ではなく、「duke」の「u」と同じ音です。

*122頁:ベッカムがレアル・マドリードに入団することを発表する記者会見をスペイン「現地時間の午後11時に」開いたのは、「ベッカムの人気が特に高かったアジア地域の夜のニュース放送に合わせたからだ」とありますが、スペインの午後11時では日本では夜明け前になってしまい、この文章は意味をなしません。調べてみたら案の定、英語原文は「the events was held at eleven a.m. local time to make the evening news broadcasts in Asia where Beckham was particularly popular.」となっています。つまりスペイン時間の「午後11時」ではなく「午前11時」です。

*132頁:「ブロックバスター狙う場合」とありますが、「ブロックバスターを狙う場合」とするべき。助詞「を」が抜けています。

*135頁:「資金調達のためにファンに債権を売った」とありますが、原文は「bonds」ですから「債権」ではなく「債券」の間違いです。

*136頁:ベッカムが「17日間かけて」アジア・ツアーを敢行したというくだりの直後に、「ほぼ一夜のうちに」「ベッカムのアジアでの人気は、クラブにとって大きな財産となった」と書かれています。ツアーに「17日間かけて」いるのに「ほぼ一夜のうちに」とあるのは矛盾しています。原文にある「almost overnight」の「overnight」は「Instantly or very quickly」ということです。ですから「almost overnight」は「ほぼ一夜のうちに」ではなく「短期間のうちに」という意味です。

*183頁:「彼女のブランド構築においても、CM/広告契約を幅広いポートフォリオでもち成果を得ることにおいても、見事な成果をあげてきた」とありますが、「ポートフォリオでもち」というのが日本語として意味をなしません。「もち」というのは「もちろん」の書き損じなのか、それとも「ち」の字が余計なのでしょうか。
また、「成果をえることにおいても」「成果をあげてきた」という日本語はこなれた感じがしません。

*188頁:「目をとどめる」とありますが、「目をとめる」のことだと思います。「目を留める」と書いて「めをとめる」と読みます。

*194頁:シャラポワがウィンブルドンの試合後にモトローラと契約を結んだとき、彼女のエージェントのアイゼンバッドが「これが基調になった」と言ったとあります。モトローラの契約に続いてキャノンとタグ・ホイヤーとも契約したことを記したくだりですが、「基調」というのは「思想・行動・学説・作品などの根底にある基本的な考え・傾向」のことですから、モトローラとの契約を「基調」と訳すと意味がとりにくいと思います。
原文は「That set the tone.」となっていて、このtoneを確かに「基調」と訳すこともありますが、ここは「物事の流れを決める最初の行動や出来事」という程度の意味です。ですから「これが基調になった」と訳すよりは、「それがそもそもの始まりだった」とするほうが分かりやすいと思います。

*226頁:「知名度が上がるときは、その商品を“よく知る”人たちと、人気商品を好む人たちによって知られるようになる」とありますが、「その商品を“よく知る”人たち」「によって知られるようになる」というのは意味が分かりませんでした。
当該箇所を原文にあたったところ、「it is by people who “know better” and actually prefer the popular products.」とあります。この引用符つきで強調されている「know better」の意味を取り違えているのではないでしょうか。「know better」は「ものごとがよくわかっている」「分別がある」という意味だと思います。
しかも「その商品を“よく知る”人たち」と「人気商品を好む人たち」は同じpeopleのことを指しているのであって、翻訳文のように別種の人々に言及しているわけではありません。

期待をして購入しましたが、残念な内容でした。 実用書であるならば、アメリカ事例から我々が学べるビジネス上の新しい視点を。 理論書であるならば、事例研究から結論に至るまでのデータの解釈のプロセスを示して欲しかったですね。 これまでのポジショニング、集中戦略、ポートフォリオ等と概念でどこが違い、どこがブロックバスターなのか? その部分をもう少し丁寧に説明してもらえると腑に落ちたかもしれません。

エンターテインメント業界発祥のビジネスモデル「ブロックバスター戦略」が様々な業界に適用される例について書かれています。 個人的に面白かったのはサッカーのレアル・マドリードやレディー・ガガの話。 その人気に裏付けされたブロックバスター戦略の考え方は面白かったです。 若干内容が重複していたり、翻訳が読みにくい部分があり、その点は残念でした。

レディー・ガガ』by Google Search

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