ビヨンセのまとめ情報

ビヨンセ』の解説

ビヨンセ・ジゼル・ノウルズ、通称名ビヨンセ(Beyoncé Giselle Knowles , 1981年9月4日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州ヒューストン出身のシンガーソングライターダンサー音楽プロデューサー女優デスティニーズ・チャイルド初期からのメンバーで、グループではリードボーカル、プロデューサーも兼ねた。愛称は“B(ビー)”、“Queen Bey”。身長170cm。マイケル・ジャクソンを敬愛している、いつしか知名度はデスティニーズ・チャイルドを超え、ソロデビューからアルバム連続6作品すべて初登場1位を獲得した史上初の女性アーティストになった。

これまでのCDトータルセールスは全世界で1億枚以上、全世界で1億6,000万枚を超える。

生い立ち

アフリカ系アメリカ人のマシュー・ノウルズ(Matthew Knowles)と、ルイジアナ・クレオールの祖先(アメリカインディアンフランス人の血を引く)を持つティナ (Tina) との間に、長女として生まれた。フランス領ルイジアナとのゆかりからフランス系の名「ビヨンセ」と命名される。Beyoncé(発音は異なる)は母・ティナの旧姓で、結婚する時に苗字を継ぐ男兄弟がいなかったために生まれた長女に「ビヨンセ」と名付けた。

幼少時からアレサ・フランクリンホイットニー・ヒューストンジェームス・ブラウンスティーヴィー・ワンダーダニー・ハサウェイマーヴィン・ゲイミニー・リパートンシャギー・オーティスジャクソン5スプリームス等が好きで、ソウルミュージックゴスペルR&Bに夢中になり、次第にそれ以外の音楽も聴き、自分なりの音楽スタイルを求めるようになった。

娘の潜在能力に気づいた両親は、地元ヒューストンで7人組(すぐに6人組になる)のガールズ・グループ「ガールズ・タイム」 (Girl's Tyme) を結成させた。ビヨンセは、マイケル・ジャクソンティナ・ターナーのライブを観てスターを目指し、12歳の頃は、母・ティナがやっていた美容室の客に向けて歌ったりしていた。

「ガールズ・タイム」はなかなか大きな成果を得られなかったため、ビヨンセの父・マシュー・ノウルズが、当時勤めていたゼロックス社の職を辞して全マネージメントを一手に引き受けることになった。

この初のワールドツアーのバックバンド10名は全員女性で、日本人ピアニスト辻利恵もメンバーとして参加した。この専属バンド「シュガ・ママ」 (Suga Mama) のミュージシャンたちは、オーディションで集められ、「イレプレイスブル」のPVから初披露されていたメンバー。ツアーには、「ザ・ママス」 (The Mamas) と名付けられた3人組の黒人女性がバックヴォーカルとして参加した。ライブではバンド・メンバーがそれぞれソロパートを披露し、ビヨンセは8着の衣装を変えた。10月にはこのライブ映像を収録したリミックスCD+ライブDVD『B'DAY〜ザ・ビヨンセ・エクスペリエンス・ライヴ』 (The Beyoncé Experience Live) がリリースされた。

2008年4月4日、長年の恋人といわれていたジェイ・Zと極秘結婚。友人や親族のみの結婚式を行うが、マスコミなどには結婚について詳細を一切語っていなかった。結婚指輪の下には「4」の数字「IV」のタトゥーを入れた。なお、婚約をした日はジェイ・Zの誕生日だった。

2008年-2009年:I Am...Sasha Fierce

2008年11月、3rdアルバム『アイ・アム…サーシャ・フィアース』 (I Am... Sasha Fierce) をリリース。このアルバムは初の2枚組アルバムで、自身をより深く素直に表現した静的な「I Am」サイドと、情熱的でセクシーなステージ上のビヨンセを表現した「Sasha Fiears」サイド(もう一人の別人格の自分で、サーシャという名は従姉妹・アンジーから名付けられた)で構成されている。それぞれのサイドから先行シングルとして「イフ・アイ・ワー・ア・ボーイ」(If I Were A Boy)、「シングル・レディース」(Single Ladies) の対照的な2曲がリリースされた。これまでのビヨンセになかったスローテンポで静観的な趣の「イフ・アイ・ワー・ア・ボーイ」は、日本の音楽番組『ミュージックステーション』で世界初披露された。アップテンポの「シングル・レディース」は、ビルボードチャートで4週1位を獲得する大ヒットとなった。

2009年1月に行われた、バラク・オバマ大統領就任パーティーでは、オバマが楽屋裏で、「シングル・レディース」の片手をヒラヒラさせるダンスの振り付けを披露し、その映像がネット上でも話題となった。オバマは、次女の名前が「Sasha」であることから、ビヨンセに関心があったと絶賛した。このパーティーでは、映画『キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語』 (Cadillac Records) からの楽曲「アット・ラスト」 (At Last) もビヨンセは披露し、チークダンスのテーマ曲としてパフォーマンスをした。シングル「アット・ラスト」はサウンドトラック『キャデラック・レコード』(Cadillac Records: Music from the Motion Picture) に収録されている。

2009年2月、『アイ・アム...サーシャ・フィアース』からの次のシングルとして「ヘイロー」(Halo)、「ディーヴァ」(Diva) をそれぞれリリース。「ヘイロー」は、発売当初は爆発的なヒットに至らなかったが、ビヨンセのこれまでのキャリアにおいて最も長くビルボード・ホット100内にキープされた楽曲となった。また、「ヘイロー」はのちに歌詞を少し変えて、マイケル・ジャクソンへのトリビュートとして歌われたりする楽曲となった。4月には、自身主演で製作総指揮も兼任したサスペンス映画『オブセッション 歪んだ愛の果て』(Obsessed) も全米で公開された。

その後も『アイ・アム...サーシャ・フィアース』から、「エゴ」(Ego)、「ブロークン・ハーテッド・ガール」(Broken-Hearted Girl) もシングルカットされた。「エゴ」はカニエ・ウェストをフィーチャーしたリミックスも発売された。6月には、「スウィート・ドリームス」(Sweet Dreams) をリリースし、日本で本人出演のクリスタルガイザーのCMソングになった。この楽曲はアルバムリリース前に、自身のウェブサイトにて「Beautiful Nightmare」のタイトルで“新曲”として発表していたトラックだった。

3月から始まった4回目のソロツアーであり、2度目の大規模なワールドツアー「アイ・アム...ワールド・ツアー」(I Am... World Tour) は、北アメリカヨーロッパアジアオーストラリア中東南アメリカを凱旋し、翌年2010年2月までに計108公演が行われた。頭の「クレイジー・イン・ラブ」(Crazy In Love) のパフォーマンスでは、数ヴァースのラップのためにジェイ・Zが一曲目から生登場したり、ライブ中盤ではサーカスのようにワイヤーリフトで宙吊りになってくるくる回転しながら観客により近い真中の第2ステージに移動しパフォーマンスをするなど豪華なステージングとなった。ティエリー・ミュグレーによる70着以上のコスチュームも話題となり、ビルボード誌のコンサート興行収入ランキングでも1位を獲得するなど過去最大級の成功を収めた。この世界各国のライブ映像をまとめたDVD『アイ・アム...ワールド・ツアー』(I Am... World Tour) に収録され12月にリリースされた。

さらに、このワールドツアーの合間に、8月にはサマーソニック'09のヘッドライナーとして日本に再来日し、10月には神戸大阪名古屋などで5公演の単独来日ツアーを行なった。この単独公演は、「アイ・アム...ワールド・ツアー」とは、全く別に練られたステージングとプロダクションで行われた。

6月25日のマイケル・ジャクソンの急逝に際しては、「人生とは、何回呼吸をするかではなく、何度息をのむほどの瞬間があるかどうかだと思うの。彼のアートを見て、感じて、聴いた人はみんな、この時代に生きていること、マイケルのマジックを経験することができたことを、光栄に思うでしょう。愛しているわ、マイケル」という哀悼の言葉を自身のウェブサイトで発表した。

2010年-2012年:4、出産

ワールドツアー「アイ・アム...ワールド・ツアー」(I Am... World Tour) 敢行途中で発表された第52回グラミー賞で本年度最多10部門でのノミネーションを記録し、ローリン・ヒルと並ぶ、最多ノミネートのタイ記録となった。1月31日の授賞式でも、アルバム『アイ・アム...サーシャ・フィアース』(I Am... Sasha Fierce) が年間最優秀アルバム賞、シングル「ヘイロー」(Halo) は年間最優秀レコード賞、「シングル・レディース」(Single Ladies) が年間最優秀楽曲賞など、本年度最多6部門を受賞し、女性アーティストでは史上最多受賞となり、歴代でも獲得数3位タイという偉業を成し遂げた。なお、年間最優秀楽曲賞はビヨンセにとって初めての獲得だった。

また、ビヨンセがフィーチャリングアーティストとして参加したレディー・ガガのシングル「テレフォン」(Telephone) が1月にリリース。ビヨンセはプロモーションビデオにも出演した。「テレフォン」は3月15日、ビルボードのポップソングチャートにおいて1位を獲得した。これにより、フィーチャーされたビヨンセは6曲の全米1位シングルを持つことになった。

1月下旬、母の助言を聞き入れ、ブレイクを発表。おもな芸能活動を休止して約9か月の休暇をとった。この間にこれまでビヨンセの全マネージメントを務めていた父親・マシュー・ノウルズから独立することを決意する。父とビジネス上の袂を分かち、以後、夫・ジェイ・Zと二人三脚で全マネージメントをすることになった。

マイケル・ジャクソンの3回忌には、自身のウェブサイトで、「ガールズ・タイム」(Girl's Tyme) 時代の最初のプロデューサーから勧められてジャクソン5の「フーズ・ラヴィン・ユー」(Who's Lovin' You) を何度も繰り返し聴くうちに、「時には、テクニックにとらわれることなく、気持ちの赴くまま歌えばいい」ということをマイケルの歌から教えられ、ソウル()を学んだと追悼の言葉を述べた。

2013年-2015年 : BEYONCÉ

2013年1月、デスティニーズ・チャイルドとして、新曲「ヌクリア」(Nuclear)を含めた、新しいコンピレーション・アルバム『ラブ・ソングス』(Love Songs) をリリース。同月、バラク・オバマ米大統領の2度目となる就任式で、アメリカ国歌「星条旗」を披露した。2月には、第47回スーパーボウルのハーフタイムショーに出演し、そのパフォーマンスの最中のTwitterには、1分間に26万8000ツイートが記録された。同月に行われた第55回グラミー賞においては、「ラブ・オン・トップ」(Love on Top) が最優秀トラディショナルR&Bパフォーマンスを受賞した。

4月からは、翌年の2014年3月までに全132公演を予定する巨大なワールドツアー「ザ・ミセス・カーター・ショウ」(Mrs. Carter Show World Tour) が、セルビアベオグラードを皮切りにスタートした。この5回目のソロツアーは3度目のワールドツアーとなり、ヨーロッパ北アメリカ南アメリカオーストラリアを凱旋する。

5月には、アンドレ3000と共にエイミー・ワインハウスの楽曲「ブラック・トゥー・ブラック」(Back to Black) をカバー。この楽曲は、映画『華麗なるギャツビー』( The Great Gatsby) のサウンドトラックに収録された。その他2013年ビヨンセは、ケリー・ローランドの「ユー・チェンジド」(You Changed) や、ザ・ドリームの「ターント」(Turnt)、あるいは、夫であるジェイ・Zの「パートII オン・ザ・ラン」(Part II (On the Run) )、「トム・フォード」(Tom Ford)、「BBC」といった楽曲に参加し、コラボレーションを行った。

2013年は、正式なシングルリリースは無かったものの、ペプシのCMソング「グロウン・ウーマン」(Grown Woman) や、H&MCMソング「スタンディング・オン・ザ・サン」(Standing On The Sun)、ホームページで公開された「ボウ・ダウン/アイ・ビーン・オン」(BOW DOWN/I Been On) などの新曲を次々と公開し、ニューアルバムをリリースするのではないか、といった噂が度々流れていた。ニーヨジャスティンティンバーレイク等もビヨンセと共にスタジオに入ったことを雑誌のインタビュー等で語っており、リリースは間近とされながらも正式なリリース発表はなく、2014年を迎えようとしていた。

そして12月13日、突如5thアルバム『BEYONCÉ』(BEYONCÉ) を全世界のiTunes Store限定でリリース。事前の宣伝は全くなく、先行シングルもないという異例の状態でのサプライズ・リリースとなった。ビジュアル・アルバムと銘打たれたこの作品は、14曲の新曲と、17編のビデオ映像で構成されている。ビデオはヒューストンや、パリリオデジャネイロシドニーといった世界各地で極秘に撮影された。Twitterでは発売から12時間で120万ツイート以上を記録した。

『BEYONCÉ』は、発売から3日間で61万7千ダウンロードを売り上げ、ビルボードチャートでは初登場1位を記録した。これでビヨンセは、デビューからアルバム連続5作すべて初登場1位を獲得した史上初の女性アーティストになった。61万7千ダウンロードという数字は、アメリカ国内における2ndアルバム『ビー・デイ』(B'Day) の54万1千枚をデジタルセールスのみで上回った形となり、彼女のキャリアにおいて史上最高の初動セールスとなった。また、全世界での売り上げは3日間で82万8千ダウンロードに達した。これは、iTunes Storeにおける史上最速セールスとなり、6日後には100万ダウンロードに上り、104か国で1位となった。

2014年1月には、第56回グラミー賞授賞式のオープニング・パフォーマーとして登場し、夫・ジェイ・Zと共に『BEYONCÉ』の収録曲「ドランク・イン・ラヴfeat.ジェイ・Z」(Drunk in Love) のパフォーマンスを披露した。

2016年-現在 : LEMONADE

2016年2月6日、新曲「Formation」(Formation)を発表。曲の中で、女性として自立することの大切さを訴えつつも、アメリカで相次いでいる、警察による黒人射殺事件から生まれたスローガン「Black Lives Matter」(ブラック・ライヴズ・マター:黒人の命も大切だ)を意識し、自身の出自や人種的ルーツを語りながら「ブラックであること」を誇りに感じていことを表明した、メッセージ性の強い楽曲となった。

その翌日の2月7日、第50回スーパーボウルのハーフタイムショーに出演。コールドプレイブルーノ・マーズと共演。前述の「Formation」も披露された。

4月24日、前作に続き予告なしに6thアルバム『レモネード』(Lemonade)を発表。夫のジェイ・Zがオーナーを務める音楽ストリーミングサービス、Tidalでの限定配信が開始された。その販売方法に加え、夫であるJay-Zの不貞というパーソナルな話題から黒人女性として生きていくことといった社会的な側面にもフォーカスした作品となっており大きな注目を集めた。世界各地のチャートで1位を獲得したほか、Rolling StoneThe Guardianといった大手音楽メディアから「2016年最も素晴らしかったアルバム」に選ばれるなど批評家からも圧倒的な支持を集めた。

2017年6月に双子を出産した。

映画出演

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女優業にも興味を持っていたことから、特に演技の準備もせず、MTVメキ・ファイファーと共に、2001年にヒップホペラ(ヒップホップ・オペラの合成語)『カルメン:ア・ヒップ・ホペラ』(Carmen: A Hip Hopera) に出演。これは、1954年にハリー・ベラフォンテドロシー・ダンドリッジが共演したミュージカル映画カルメン』のリメイクで、女優デビューした作品となった。

2002年7月、映画『オースティン・パワーズ ゴールドメンバー』(Austin Powers in Goldmember) では、フォクシー・クレオパトラ役でマイク・マイヤーズと共演。ビヨンセはアフロヘアーになって演じた。また、同映画サウンドトラックにザ・ネプチューンズプロデュースによる初のソロシングル「ワーク・イット・アウト」(Work It Out) を提供するも、イギリスでトップ10、オランダオーストラリアではトップ40と奮わなかった。アメリカでもラジオでほとんど曲が流れず、PVもMTV, VH1 Soulなどでわずかに露出しただけであった。

2004年、キューバ・グッディング・JrMTV映画『ファイティング・テンプテーションズ』(The Fighting Temptations) に出演。主題歌「ファイティング・テンプテーション」ではミッシー・エリオット、Free, Lyte M.C.をフィーチャリング。映画はほどほどの興行成績を収めたが、曲はそれほどヒットしなかった。

2006年2月10日には、ザニア役としてクルーゾー警部役のスティーヴ・マーティンと共演した『ピンクパンサー』がアメリカで公開された(日本では同年5月12日に公開)。映画の主題歌になったシングル「チェック・オン・イット」(Check On It) は5週連続全米1位を記録し、PVでは全身ピンクに装ったビヨンセがダンスを披露。ピンク色のヒールブーツは、自身もファンであるBAPEの特注品である。

同じく2006年には、人気コーラス・グループのシュープリームスをモデルにしたミュージカルドリームガールズ』の映画版に主演。ダイアナ・ロスをモデルにしたキャラクター、ディーナ・ジョーンズを演じた。カーティス役にジェイミー・フォックスのほかにエディ・マーフィジェニファー・ハドソンなどが出演した。ビヨンセは役作りのために半年間の厳しい食事制限をし。

2009年4月24日に全米で公開されたサスペンス映画『オブセッション』(Obsessed) は、公開と同時に全米No.1を記録。本作では出演のみならず、製作総指揮も兼任した。日本では劇場未公開となったが、『オブセッション 歪んだ愛の果て』という邦題で、2009年10月7日に日本版DVDが発売された。

2009年5月に公開されたアニメ映画『Wow! Wow! Wubbzy!: Wubb Idol』(Wow! Wow! Wubbzy!: Wubb Idol) にゲストで声の出演した。

2012年公開予定とされた『スタア誕生』のリメーク版映画(クリント・イーストウッド監督)で主演を務めることが決定していたが。

ステージでのパフォーマンスのイメージと実際のビヨンセは大きくかけ離れ、そのギャップに驚く人々が多いという。

対面取材した記者によると、ステージ裏の素顔のビヨンセは礼儀正しく控え目な印象であるという。しかし、プライベートでは夫への積極的な愛情表現はやはり情熱的であるところが垣間見え。

また、同年終わり頃に、ビヨンセは著作権侵害容疑でシンガーソングライタージェニファー・アーマーという若い少女から告訴された。ジェニファーは楽曲をビヨンセのレーベルに送ったが、許可なく使用された、また2003年にヒットしたビヨンセのシングル「ベイビー・ボーイ」が自身の曲「Got a Little Bit of Love for You」の歌詞に似ていると主張。2006年10月頃、ヒューストン連邦裁判所は2つの曲が「ほとんど異なる」と原告側の訴えを全面的に却下する判決を下し、ビヨンセは無罪となった。ビヨンセは「今回のような訴訟が起きたことは残念だが、無罪となって安心したし、早く次に進みたい」とコメントを発表した。

2007年6月9日に、ダブリンアイルランド)でのコンサート中、ステージ上で煙草を深く吸って吐き出す仕草の真似をした後、「最高ね」とつぶやくパフォーマンスをした。これに対し、アイルランド協会から「若者の間で影響力のあるビヨンセが、喫煙を魅力的なものとして推奨していることに対して腹立たしく、遺憾に思う。ビヨンセや彼女と同等の立場にある歌手には、自分たちの行動が将来ある若者に及ぼす甚大な影響について真剣に考えていただきたい」と抗議された。

彼女はよく公の場で毛皮製品を身に付けていたため、度々PETAから名指しで非難されていた。同団体を支持する歌手のピンクからも「(毛皮を着ることを)問題ないとか、かっこいいって思ってるかもしれないけど、大間違い。何の毛皮を着てるのか知らないけど、ビヨンセがその動物から襲われればいいのにと思う」と非難されたこともあった。毛皮とは別件で、ビヨンセが飼っているペットのシーズー犬を放置しているという噂が流れたときには同団体に調査されるなど決して仲は良好ではなかったが、2007年頃からビヨンセが毛皮を身に付けなくなったため、PETAとの関係は改善しつつある。

記録

  • アメリカ・イギリスで同時にアルバム・シングルともに1位を記録した、初の女性アーティスト。
  • ダイアン・ウォーレンに続く2人目のアフリカ系アメリカ人女性として、ASCAP ポップ・ソングライター賞を受賞。
  • 2003年に最もセールスを記録した女性R&Bアーティスト。
  • 2005年にアカデミー賞のベスト・オリジナル・ソング賞にノミネートされた5曲のうち、3曲をビヨンセが授賞式で歌った。
  • ソロで5つのグラミー賞を獲得し、たった1年でアリシア・キーズ、ノラ・ジョーンズローリン・ヒルを超える記録を打ち立てた。
  • 5つのグラミー賞、4つのMTVビデオ・ミュージック・アウォーズ、Brit AwardsでBest International Solo Artist など、30以上の賞を受賞した。
  • ビルボードシングルチャート「Crazy In Love」8週連続1位、「Baby Boy」9週連続1位、「Irreplaceable」10週連続1位
  • ビルボードシングルチャート「Single Ladies」4週連続1位。「If I Were A Boy」最高3位。「Halo」最高5位。「Sweet Dreams」最高6位。
  • 2010年のグラミー賞では女性アーティストとして最多タイ記録となる10部門でノミネートされ、主要部門とされる最優秀楽曲賞(「Single Ladies」)を初め6部門で受賞となった。これで自身の女性アーティスト最多の5部門受賞(2003年)の記録を塗り替え、6部門受賞という快挙を成し遂げた。
  • 2004年MuchMusicが実施した「最もセクシーな女性20人」では1位になった。2005年は20位だった。
  • 2007年のAskMen com.が実施した「最も魅力的な女性99人」という企画で、男性850万人の票を集め「理想の恋人1位」となった。

資産・収入

2009年4月、雑誌『パレード』が「セレブの年収」を発表し、8,000万ドル(日本円で約80億円)を稼いだことがわかった。夫のジェイ・Zの収入も8,200万ドル(日本円で約82億円)あり、夫妻の世帯年収は160億円を超えていることになった。

2010年7月、経済誌『フォーブス誌』が2009年6月1日から2010年6月1日までの1年間で「最も稼いだ30歳未満のセレブリティ12人」を発表し、ビヨンセは8700万ドル(日本円で約78億3,000万円)を稼いで2年連続1位にランクインした。ビヨンセは音楽業を中心にコマーシャルや洋服のデザイナー業の収入があったという。2010年12月には「エンターテインメント業界で最も稼いだ人物」のランキングで、8,700万ドル(日本円で約71億3,400万円)を稼いで9位となった。

2011年4月、雑誌『ピープル』によると、ビヨンセ&ジェイ・Z夫妻がフランス・パリ中心部にある5つ星ホテルの「Le Meurice」の一泊2万ドル(日本円で約170万円)のスイートルームに音楽機材を持ち込んで新アルバムのレコーディングをしたという。プライベートジェットでパリに到着したビヨンセとジェイ・Zはホテル内のスイートルームを宿泊用とビヨンセの新曲のレコーディング用に2部屋を借りて1部屋を即席のスタジオに変えたという。スイートルームにはプライベートキッチン、ダイニングルーム、そして広大なオープンテラスまで付いているという。

2011年6月、雑誌『フォーブス』が「最も稼いでいる30歳未満のセレブ」を発表し、昨年からの1年間で3,500万ドル(日本円で約28億円)を稼ぎ、8位にランクインした。

2011年8月には、「世界で最もリッチなセレブのカップル」のランキングで、2010年のビヨンセの年収が3,400万ドル(日本円で約25億8,400万円)でJay-Zの年収が3,600万ドル(日本円で約27億3,600万円)となり、2位になった。

慈善活動

2005年のハリケーン・カトリーナによるヒューストン地域の被害者救済のために、ビヨンセはケリー・ローランドと共に「サバイバー財団」を設立し、先ず25万ドルの寄付と仮設住宅を提供した。それ以後、財団は市内の他の慈善団体と連携拡張し、3年後には、ハリケーン・アイクの被害者救済をした。

2010年のハイチ地震においては、ジョージ・クルーニーワイクリフ・ジョンと一緒に、テレソン「ハイチへの希望:地震被害救済のためのグローバル基金」(Hope for Haiti Now: A Global Benefit for Earthquake Relief) に参加し、「アメリカ・ファッションデザイナー協議会」(CFDA) が限定版で製作した「ハイチのためのファッション」Tシャツの公式の顔に選ばれて、合計100万ドルの捻出に貢献した。また、同年3月5日には、母親・ティナと共にブルックリンのフェニックスハウス(Phoenix House)で、男性と女性のための7か月の美容トレーニングコースを提供する「ビヨンセ美容センター」を開いた。ロレアルは、そこで中心的に使用されるすべての化粧品を寄贈し、ビヨンセとティナは、年間10万ドルの寄付を約束した。

ビヨンセは、2012年の「世界人道の日」(World Humanitarian Day) のキャンペーン大使となり、楽曲「アイ・ワズ・ヒア」(I Was Here) と、そのミュージック・ビデオ、国連で撮影したショットを提供した。8月19日には、そのビヨンセのキャンペーンがきっかけでソーシャルメディアが動き、レディー・ガガジャスティン・ビーバーミシェル・オバマら有名人の協力が得られるようになり、同時期に行われた関連イベントに1億以上のメッセージがシェアされた。そのキャンペーン・コンサートは、6月1日にロンドンで行われ、その他エリー・ゴールディング、フィレンツェ、マシン、リタ・オラなども演奏した。

またビヨンセは、食品の寄付キャンペーン「Miss a Meal」に参加し、Charitybuzzでのオンライン・チャリティーオークションを通じて、欧州と米国全体の雇用創出をサポートする「グッドウィル・インダストリーズ」を支援している。

ソロツアー

  1. デンジャラスリィ・イン・ラブ・ツアー - Dangerously in Love Tour(2003年11月3日 – 19日)
  2. 初のソロツアー。イギリスアイルランドオランダの3か国で開催。計9公演。11月10日のロンドンウェンブリー・アリーナでのライブがDVD『Live at Wembley』に収録。
  3. ヴァリゾン・レディース・ファースト・ツアー - The Verizon Ladies First Tour(2004年3月12日 – 4月21日)
  4. アメリカで開催。アリシア・キーズミッシー・エリオットタミアも参加。計30公演。
  5. ザ・ビヨンセ・エクスペリエンス - The Beyoncé Experience(2007年4月10日 – 11月12日)
  6. 自身初のワールド・ツアー。アジアオーストラリアヨーロッパ北アメリカアフリカなどを凱旋。計96公演。9月2日のロサンゼルスステイプルズ・センターでのライブがDVD『The Beyoncé Experience Live』に収録。
  7. アイ・アム…ワールド・ツアー - I Am... World Tour(2009年3月26日 – 2010年2月18日)
  8. 2度目のワールド・ツアー。北アメリカ、ヨーロッパ、アジア、オーストラリア、中東南アメリカなどを凱旋。計108公演。世界各所のライブをまとめたものがDVD『I Am World Tour』に収録。
  9. ザ・ミセス・カーター・ショウ・ワールド・ツアー - The Mrs. Carter Show World Tour(2013年4月15日 – 2014年3月27日)
  10. 3度目のワールド・ツアー。ヨーロッパ、北アメリカ、南アメリカ、オーストラリアなどを凱旋。計132公演。
  11. ザ・フォーメーション・ワールド・ツアー - The Formation World Tour(2016年4月27日 - 10月7日)
  12. 4度目のワールド・ツアー。北アメリカ、ヨーロッパを凱旋。計49公演。

レジデンシー・ショウ

  1. アイ・アム…ユアーズ – I Am... Yours(2009年7月30日 – 8月2日)
  2. ネバダ州ラスベガス・バレーパラダイスの「Encore Theatre」でのライブ。8月2日のライブをDVD『I Am Yours』に収録。
  3. 4 インティメイト・ナイツ・ウィズ・ビヨンセ - 4 Intimate Nights with Beyoncé(2011年8月14日、16日、18日、19日)
  4. ニューヨークの「ローズランド・ボールルーム」(Roseland Ballroom)でのライブ。計4公演。8月19日のライブをDVD『Live at Roseland: Elements of 4』に収録。
  5. レヴェル・プレゼンツ:ビヨンセ・ライヴ - Revel Presents: Beyoncé Live(2012年5月25日 – 28日)
  6. ニュージャージー州アトランティックシティでのライブ。計4公演。

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その他

アメリカのイラストレーターのVivian Lohが、ビヨンセのビデオクリップから様々なポーズを抽出し、アルファベット26文字をイラストレーションにしたフォント「The ABC’s of Beyoncé」を製作している。

ディスコグラフィー

フィルモグラフィー

参考資料

  • 各アルバム、DVDのライナーノーツ
  • 「ア・フィルム・バイ・ビヨンセ・ノウルズ」(DVD『ライフ・イズ・バット・ア・ドリーム』)(2014年)
  • ブランドン ハースト(訳:川田志津)『ビヨンセ』(マーブルトロン、2010年)

ビヨンセ』に 関連する人気アイテム

安室奈美恵 Photo&Episode Amazing!

オフィシャルなフォトブックではないのは一目で解りましたが,写真の画質もそれほど悪いものではなく,むしろ安室ちゃんの活き活きとした表情やライヴの熱気が伝わって来ます.
事務所的に,出版されて喜ばしい本ではないのでしょうが,なかなか良い出来なのは事実なのではないでしょうか.
アンオフィシャルながら売れているのは,被写体が安室ちゃんである,と云うのは大前提として,一般論としてファン目線(ファンが観たい写真)で作られていると云うのが大きいと思います.

"オフィシャル"フォトブックは,当然,創り手(フォトグラファ,デザイナ,アーティスト本人など)が見せたい写真で構成されていますが,それがファンが観たい写真と合致していない場合が多いような気がします.


妙にアーティスティックな写真やデザインで作られていたり,アーティストの描いたイラスト・詩・日記だとか,アーティストが撮った写真だとか,ファンには興味のないモノ(←人にもよりますが),つまり余計なものまで収録されて,かつ,けっこうな高めな価格で売られています.

そんな中でこの本,ほぼ全ページ安室ちゃんの写真で,
"普通に"安室ちゃんのヴィジュアルを観たいと云うファンの欲求を満たしています.

アンオフィシャルながらも出版され,法的に問題となっていない.
買うのが真のファンなのか,買わないのが真のファンなのか難しいところですが,やっぱり安室ちゃんが魅力的なので買ってしまう人も多いでしょう.

5つ星のうち 1.0汚れがありました

(参考になった人 0/0 人)

状態が良いとの記載だったので購入しましたが、表紙に汚れがついているし、刑務所にての閲覧記録がテープで張り付けてある状態でした。 たばこの匂いもし、傷もあり、状態の良いものではありませんでした。 状態が良い。 との記載はすべきではない商品でした。 非常に残念です。

これは写真集ですね。 私のようなファンにとってはたまらないかも。 けど、ここのレビューで読みましたが 許可がとれていないのは きになることろ。 この部分が引っかかる程度で 中身は普通に癒されます。

アフリカン・アメリカン スラング辞典

5つ星のうち 5.0Dope!Soul Sister!

(参考になった人 4/9 人)

「Black is beautiful!」な お本
ブラック・ミュージック・ラバーなら
著者名は 知らぬ間に DNAに刷りこまれてるはず

大学在学中 R&B ソウル・ミュージック
ラップのライター・訳詞家としてデビュー
アルバム解説・訳詞を中心に 執筆・取材・選曲等に活躍する
名実ともにソウル・シスターである

「研究社」という出版社名と 「〜辞典」という言葉に一瞬ひるんだが
赤・緑・黄が織り成すラスタカラーと
アフリカ大陸のイラストに心を奪われつつ
パラッと開いたページ 声が出そうになり 購入を即決!

【C.R.E.A.M.】
俺の周りでは全てを金が支配する.

(Cash Rules Everything Around Me.
の頭文字をつなげたもの).[cream(スラングで“金”という意味)を
無理矢理センテンスにした感もなきにしもあらず.ニューヨーク出身の
ラップ・ユニット:ウータン・クランの曲「C.R.E.A.M.」('94)は、
金に対する執着心をラップしたもの]

と さらっと しれっと 解説
「C.R.E.A.M.」の12インチシングルの写真載せてるし!

「'97ていつ頃? ピック from CDラック / 即検証 Yes,yes,y'all!」

'96 : スチャダラパー/偶然のアルバム
'98 : ア・トライブ・コールド・クエスト/ザ・ラヴ・ムーブメント

この2枚の間のドロップ! 揺るがぬ歴史が すごさの証明

全宇宙の名盤 マーヴィン・ゲイ/ホワッツ・ゴーイン・オンの
解説・対訳にも その名を刻んでるんだ

ヒップ・ホップ・カルチャーが生まれる前
米軍基地内でおこなわれたソフトボール試合中のヤジ
“attica(現在の意味は囚人暴動)”をきっかけに
スラング熱に感染した彼女
いつの日か「スラング辞典」を編纂してみたいという 漠然とした思いを抱く
そんな 初期衝動 × 好奇心 × 狂おしい情熱 = 愛が
漆黒の光を放つ 一冊の本に結晶化した

きっと ほんまもんは 流行とかあんまり意識したことなくて
襟立てマーヴィンのように
パラレルワールドの住人には決してみえない
時間 空間さえ越えた 未来を見据えてるんだろなぁ

と ここまで書いてて 寒いぼ立った!
トライブ『ザ・ラヴ・ムーブメント』の対訳も彼女仕事やん!
導かれてる? ネタちゃうで〜

5つ星のうち 5.0Good God!

(参考になった人 17/19 人)

「Good God!」、これJB造語の一つで、PRINCEも得意(?)とする掛け声なんです。

PRINCEファンの私としては「スラング辞典に掲載されてるかなぁぁぁ」と、期待していました。

で、調べると「おおおお、出てるわぁぁ」。

意味は・・・是非買ってお調べください(笑)

この辞典には、その「スラング」を含む曲が紹介されているんです。(これって凄い事だと思いませんかぁ!)

この「Good God」収録曲にはPRINCE「Cloreen Bacon Skin」が紹介されています。



え?「Cloreen Bacon Skin」??

一般には馴染みの無い曲ですが・・・

まず通販(もちろんアメリカのプリ様サイトね)で発表され、その後日本盤も出た大傑作未発表曲集+新作の「Crystal Ball」に収録された曲なんですねぇ。

そして、この「Cloreen Bacon Skin」はモーリス・デイとプリ様の二人がベースとドラムだけで、延々15分もジャムるというコテコテFUNKナンバーなんですわ。

この曲を取り上げるとは!!!

エエ曲を思い出させていただきましたぁぁ〜〜〜♪ (忘れてたんかいッ・笑)

さぁ、あなたの気になるスラングを含んだ曲は何が収載されているでしょうか???

また付録の「ライムとR&Bの歌詞に登場するアフリカン・アメリカン著名人リスト」は、さながらアフリカン・アメリカン大衆史を手っ取り早く理解するのに持って来いの力作!

その中でジェシ・ジャクソン牧師の項で紹介されているアルバム「SAVE THE CHILDREN」は、昨年発売されたTEMPTATIONSの御宝映像DVD「Get Ready: Definitive Performances 1965-1972」でも泉山女史が紹介されています。

こんな、ちょっとしたネタもソコかしこに散りばめられており、音楽ファンにはタマラナイ1冊となっております。

スラング辞典最高!!!

普通の辞書としては、語彙が少なすぎるきらいはあるが、アフリカン・アメリカンのスラング辞典としては、解りやすいものであると思う。何より一つ一つのスラングの語源が詳しく、丁寧に訪ねられているのが嬉しい。この辞書によって、かなり正確にアフリカン・アメリカンの文化を知るてがかりになる。そういった意味では非常に明確な意思によってこの辞典が編纂されたことが理解できる。
何よりも、この種の本は情報の新しさ、正確さが求められるが、こういった問題に対してもしっかりと答えられている本だと言って良い。
又、付録の「関連文献」は、アフリカン・アメリカンの文化を知りたい人間にとっては、大いに手助けになる文献が多い。アメリカの原書だけでなく日本での翻訳書、或は他の日本人が書いた文献等、非常に幅広く紹介されており、ブラックカルチャーをより深く知りたい人にとっても大いに参考になることは間違いないと言えよう。

ビヨンセ』の解説 by はてなキーワード

:アーティスト:ミュージシャン

ビヨンセ・ノウルズ [ Beyonce Knowles (正しくはBeyoncé Knowles) ] 通称ビヨンセ

歌手。

略歴

アルバム

シングル

出演映画

  • オースティン・パワーズ ゴールドメンバー(2002年)asin:B00006D2D1
  • オブセッスド(2009年)

ビヨンセ』by Google Search

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