バートランド・ラッセルのまとめ情報

バートランド・ラッセル』の解説

第3代ラッセル伯爵、バートランド・アーサー・ウィリアム・ラッセル(, OM, FRS1872年5月18日 - 1970年2月2日)は、イギリス哲学者論理学者数学者であり、社会批評家政治活動家である。ラッセル伯爵家貴族であり、イギリスの首相を2度務めた初代ラッセル伯ジョン・ラッセルは祖父にあたる。名付け親は同じくイギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミル。ミルはラッセル誕生の翌年に死去したが、その著作はラッセルの生涯に大きな影響を与えた。生涯に4度結婚し、最後の結婚は80歳のときであった。1950年ノーベル文学賞を受賞している。

生涯

思想と業績

数学者論理学者として出発し、哲学者としてヘーゲリアンから経験論者に転向、以後その主張はかなりぶれがあったものの基本的にはモノ的対象を基礎とした現象主義もしくは随伴主義的唯物論をとる。そののち、教育学者教育者・政治運動家としても活動する。

論理学・数学

ラッセルはアリストテレス以来最大の論理学者の1人であり、その業績は、従来の体系におけるパラドックスの発見と、その解決の探求のなかで成し遂げられた。特にラッセルのパラドックスで知られる。

ラッセルのパラドックスの発見について述べるためには、19世紀末から20世紀初頭にかけて、ドイツの哲学者・数学者・論理学者であるフレーゲの研究について触れざるをえない。フレーゲは、数学は論理に帰着しうる(論理主義)と考え、その思想を現実化する一歩として、論理上で実際に数学を展開するという野心的な著作『算術の基本法則』( Grundgesetze der Arithmetik ) を上梓した。1901年、ラッセルは、この『算術の基本法則』で示された体系で、パラドックスを示せることを発見し、フレーゲにその発見を伝える書簡を送った。このパラドックスは、のちに「ラッセルのパラドックス」と呼ばれるようになった。この手紙は、フレーゲの悲痛なコメントとともに『算術の基本法則 II』( Grundgesetze der Arithmetik II ) に収録されている。

この時期、ラッセル自身もまた、ホワイトヘッドとともに、論理主義の立場から論理上で実際に数学を展開するという事業に取り組んでいたが、このラッセルのパラドックスのために、約2年間の停滞を余儀なくされている。さらに、このパラドックスは、同時期に発見された類似の他のパラドックスとともに、数学の基礎に存在する深刻な問題と受け取られ、いわゆる「数学の危機」の震源となり、その解決をめぐって、ヒルベルトの「形式主義」やブラウワーの「直観主義」の誕生の切っ掛けとなった。

ラッセルは他にもパラドックスを発見したが、通常ラッセルの名を冠して呼ばれるものは一つだけである。他のパラドックスには、例えばブラリ=フォルティのパラドックスはラッセルの発表中に脚注で「ブラリ=フォルティの論文に示唆された」とあるためこの名が冠せられた。ところがブラリ=フォルティの論文を見てもそのパラドックスは載っていないという。

ラッセル自身のパラドックス解決の試みは、1903年、「階型理論」(theory of types) の発見により成功をおさめた。ラッセルは、この成功を礎に、階型理論に基づく高階論理上で全数学を展開するという一大事業を押し進め、その努力は、『数学原理Principia Mathematica(1911-1913年)として結実した。

哲学

最初期のラッセルは、当時のイギリス哲学界の思潮の影響下にあり、ヘーゲルの影響が強い。ラッセルが学んだケンブリッジは19世紀後半にはヘーゲル主義の支配下にあり、ジョン・マクタガートを筆頭とするこの時期のケンブリッジの哲学学派は、新ヘーゲル派と呼ばれている。しかし、20世紀初頭には、ラッセルはG・E・ムーアとともにヘーゲルの影響から逃れ、独自の哲学を展開し始める。

ヘーゲルの影響を逃れた直後の著作である『数学の原理』Principles of Mathematics(1903年) では、多数の普遍的存在者を容認する極端な普遍実在論を展開したが、『表示について』On Denoting(1905年)で普遍者とみられたものが個物についての記述の連言として分析できることを発見したこと(→ 記述理論)をきっかけにして、『論理的原子論の哲学』Philosophy of Logical Atomismでは、個物のみを実在とし、以後はその個物が何であるか、とくに心と個物の関係が何であるかに関心の中心が向けられた。

晩年の『西洋哲学史』A History of Western Philosophyは、ペンシルベニアバーンズ財団での講義に使用するために書かれたものであるが、自分にとって重要な哲学者に問題を限定すると共に、これに付加して生き生きとした詳細を付け加えたものであるとされている。ラッセルは、哲学は、その時代時代の哲学者の生きた政治的・社会的制度と切っても切り離せないものであるがゆえに、哲学史は社会史と無関係なものではありえないとの視点の下、「神学と区別された哲学」が古代ギリシアで始まって以来、現在に至るまで、哲学者は、社会連帯を強めようというする人々と、それを緩めようという人々に分かれてきたが、前者は何らかの独断論を擁護し、科学に敵対的にならざるを得ず、後者は、合理的、功利主義的で、宗教の極端な諸形態に敵対的であったが、それらの哲学を理解するためには、その背景にあるその哲学者の生きた政治的・社会的な環境を理解する必要があるとする(本書の副題は「古代より現代に至る政治的・社会的諸条件との関連における哲学史」である。)。そのため、ラッセルは、本書における「哲学」の概念を独断論たる神学と科学の中間にあるものとして極めて広くとった上で、必要に応じてキリスト教哲学たる中世哲学やユダヤ哲学やイスラム哲学に言及するというスタイルをとり、哲学史の書物として初めて'Western'という形容詞を採用したのである。

記述理論

記述理論(Theory of Description)は指示対象が存在しない「現代のフランス王」や「ペガサス」といった語句を解釈する際に、フレーゲのようにそのような語句を含んだ文を無意味としたり、それら非存在者の指示対象としてなんらかの概念の「存在」を仮定することなしに、解釈を可能とするためにラッセルが発見した手法である。1905年の『表示について』で初めて発表された。

記述理論とは、以下のような手法である。

という文章の意味を考える場合、この文を、

と翻訳する。すると、実在しない「現代のフランスの王」が示す指示対象として存在者をなんら仮定することなく有意味に文を解釈でき、その真偽を確定できる。

科学的推理の五つの公準

ラッセルは、科学的推理を有効にする五つの公準があるとした。

擬似永続性の公準:任意の事象Aが与えられたとき、その時点に相次ぐ時点において、またそれの場に近接する場において、Aにきわめて似通った一つの事象が生じることがしばしばある。
分離可能な因果列の公準:ある系列の一つあるいは二つの要素から、その系列の他の一切の要素についてなにがしかを推理できるような、そのような一つの事象系列を形成することがしばしば可能である。
空間時間的連続性の公準:連接しない二つの事象間の因果的連鎖の中にいくつかの中間項がかならずあり、その各々が次のものに連接している。いいかえれば数学的な意味で連続的な一つの過程が存在する。
構造上の公準:構造の似通った多くの複合事象が、一つの事象を中心として、その周辺に余りバラバラにならないように配列されるとき、通常それらの事象は、すべてその中心にすえられた一事象から発する諸因果系列に属する。
類推の公準:二つの事象集合AとBがともに観察されるときにはいつも、AがBを引き起こすと信じうる理由があるとする。このとき、もし与えられた事例においてAが観察されるが、Bが起こるか否かが観察できないとしても、Bが起こることは確からしい。またBが観察されたのに、Aが観察できないとしても、Aが起こっていることは確からしい。

上述の諸公準の一例として、ある種の視覚的外見と固さとのつながりをラッセルは取り上げている。ここでは「固い」という因果的な語は、ある種の触感を引き起こすような物体の性質をさすものと解釈される。はじめの四つの公準は、物体が適当な感覚を引き起こしているとき、その物体が有しているそれに対応する性質がおそらく存在することを推論することを可能とする。これに対して、第五の公準は、物体が触られていない時にも、その視覚的外見に固さがおそらく結びついて存在することを推論することを可能とする。

教育について

ラッセルは大衆心理の操作において教育による洗脳効果が重要な役割を果たすことを、1952年刊行の著書『社会における科学の影響』The Impact Of Science On Societyにおいて述べた。現代の科学的政治支配においてメディアと教育は最重要課題であり、支配階層のみがその部門の管理を行うことで、大衆に気付かれぬよう簡単に心理操作が可能になるとした。また幼い頃から学校において管理・命令・禁止を常態化させることで、自由意志を破壊し、生涯に渡って権力への批判意識を無くした受動的で無気力な大衆を産み出すことが教育制度の目的であること、それを羊肉を食べる人間に対して絶対に反乱を起こせない羊の群れに例えた。

ラッセルは1960年代の英米におけるリベラル派のフリー・スクール運動を支援し、権力による子供の思考への干渉からの解放を擁護した。

宗教について

とりわけ神の不可知論を提唱する点で、無神論である。「自由人の信仰」や「わたしはなぜキリスト教徒ではないか」などで、宗教の基礎を、死や神秘的なものへの恐怖にあるとした。リチャード・ドーキンスは「神は妄想である」においてラッセルの宗教的教義への反駁を多数参照している。

社会思想

ラッセルの平和主義は、現実主義的な平和主義であると特徴づけられる。そのときそのときの情勢の下で、最悪と思われるものと戦い、最良と思われる手段で平和の実現を目指すといえる。彼の平和主義への傾倒は、1901年、ボーア戦争中に始まるとされるが、彼が活発に社会的な発言、著作を出版するようになったのは第一次世界大戦からである。

第一次大戦中、ラッセルは徹底的な非戦論を主張し、ケンブリッジの教授職を追われ、投獄されている。第一次大戦後、ラッセルは戦争に熱狂した民衆の姿に驚きを覚え、平和維持のためには民衆の啓蒙と社会制度の改革から始める必要を痛感した。この彼の政治的スタンスから、社会主義にシンパシーを感じ労働党に入党する。

当時、社会主義に傾倒していた知識層は、フェビアン社会主義で有名なシドニー・ウェッブを筆頭に、マルクス主義にシンパシーを感じソビエト連邦に好意的であったが、ラッセルはそのような風潮とは一線を画し、ソビエトロシアに対して批判的な主張を大いに含む著作『ロシア共産主義』The Practice and Theory of Bolshevismを著している。 同書において、ラッセルはレーニン及びトロツキーの教条主義的なマルクス主義の信奉に厳しい視線を向けている。

ところが、第二次世界大戦においては、第一次世界大戦に対する反戦の態度とは正反対にナチズムに対抗するために徹底した抗戦を主張するようになった(アインシュタインも彼と同じく、第一次世界大戦の際には徹底的に反戦を主張し、青年に対して兵役拒否をするようにさえ訴えていたにも拘わらず、第二次世界大戦では「最早、兵役拒否は許されない」と発言するなど、変節している)。第一次大戦における彼の非戦論との違いから、ロマン・ロラン等から「変節」であると厳しく批判された。ラッセルは批判に対して「世界でもっとも重んずべきは平和だと考えているという意味では、私は依然として平和主義者である。けれども、ヒトラーが栄えているかぎり、世界に平和が可能であるとは考えられないのだ」と弁明した。

第二次世界大戦直後は、世界政府樹立とそれによる平和維持をめざした。1940年代末から1950年代始めにかけて、アメリカの持つ原子爆弾という超兵器の抑止力によってソ連を押さえ込むことで実現することを構想し、西側諸国の核保有による東側諸国との対抗を説き、労働党の委託を受け精力的に講演を行った。

しかし、その構想は、ソ連の核兵器開発の成功、アメリカ・トルーマン大統領による水素爆弾開発計画(→エドワード・テラー)によって破綻する。米ソによる水爆戦による世界の終末というものが一挙に現実味を帯びたため、ラッセルは、その最悪のシナリオを回避するため、核兵器廃絶の運動に身を投じる。

1955年7月9日、「ラッセル=アインシュタイン宣言」を発表。この宣言は、ラッセルが起草し、アルベルト・アインシュタインが署名を行ったものである。アインシュタインがその署名を行ったのは、彼の死の1週間前のことであった。このラッセル・アインシュタイン宣言は、パグウォッシュ会議(第1回開催1957年7月6日 - 7月10日)につながる。

1961年には、百人委員会を結成し、委員長に就任。英国の核政策に対する抗議行動を行った。同年9月、百人委員会による国防省前での座り込みの際に逮捕され、生涯2度目となる懲役刑を受けることになる。

ベトナム戦争に対しても、ラッセルは厳しい批判行動を展開した。サルトルらとともに、アメリカの対ベトナム政策を糾弾する国際戦争犯罪法廷を開廷する。

その後も、1970年、97歳でこの世を去る直前まで、精力的に活動した。

エピソード

  • Introduction to Mathematical Philosophy は、第一次大戦中の最初の投獄の際、獄中で執筆された。
  • その投獄中、面会に来た友人に「なんでまた、君はそんなところにいるんだね?」と尋ねられたラッセルは「君こそ、なんでそんなところにいるんだい?」と尋ね返したそうである。
  • 第一次大戦中の最初の投獄の際、彼の兄であるフランク・ラッセルの計らいで、絨毯のある差額特別室での獄中生活であった。室代を請求に来た刑務所長に「滞納するとどうなりますか」と聞いたというエピソードが残っている。
  • 第二次世界大戦の直前に渡米し、1944年5月までアメリカ合衆国で生活している。滞在中プリンストン高等研究所に赴き、ゲーデルと面会している。その際の印象をラッセルは『自叙伝』に記しているが、その中でゲーデルをユダヤ人と誤って記述している。1971年にケネス・ブラックウェルがラッセルの『自叙伝』にゲーデルをユダヤ人とする記載があることをゲーデルに知らせた。ゲーデルはその誤りを指摘する書簡を作成したが、実際には投函しなかった。
  • 親族・家族に統合失調症の患者が多くいた為、病跡学上(エピ・パトグラフィー)の対象となっている。叔父、叔母、息子、孫娘など。

語録

  • 「不幸な人間は、いつも自分が不幸であるということを自慢しているものです。」
  • 「高潔な人たちが、自分は正当にも「道徳的な悪」を懲らしめているのだと思いこんで行ってきた'戦争'や'拷問'や'虐待'のことを考えると、私は身震いする。」(On Education, 1926 より)
  • 「残酷さと搾取によって財産を獲得した人は、たとえ規則的に教会に行き、不正に獲得した収入の一部を公共事業に寄付したとしても、"不道徳な人間"と見なされなくてはならない。」(Sceptical Essays, 1928 より)
  • 「最悪なのは、あらゆる人間を分類して(仕分けして)明瞭なレッテル(ラベル)を貼ること(行為)である。この不幸な習性の持主は、自分が相手に適切だと思うタグ(札)を貼りつける時に、その相手について(タグをはりつけるに足る)完全な知識をもっていると考える。(Mortal and Others, v.1 より)
  • 「権力愛はまた、臆病な人々の間では全く姿を変えて、指導者に対する唯々諾々とした服従の衝動という形をとることがあり、これが大胆な人々の権力衝動の範囲をますます増大させる結果ともなる。」(Power; a new social analysis, 1938 より)
  • 「もし貴方の考えが理性(reason)に基づいているのなら、それを貴方は説得ではなく議論によって支持するだろうし、もしそれに反する論拠があれはその考えを捨てるだろう。しかしもし貴方の考えが信仰(faith)に基づいていたら、議論は無意味であると気付き、従って説得や、年少者の心を歪めるという強制の力に頼るのである。そしてそれは「教育」と呼ばれる。(Human Society in Ethics and Politics 1954より)
  • 「愚者の楽園に集まる人々の幸福を羨ましがるな。それを幸せだと考えるのは愚か者だけだからである。」(「自由人の十戒」より)
  • 「'正常'というのは、平凡かつ起伏のない感情の寄せ集めでできているものではない。それぞれの感情(情熱)を一つ一つとりあげれば'異常'にうつるかもしれないが、それらの感情(+の狂気、-の狂気)をまとめると、全体としてみれば、プラスマイナス零となる。そういった状態が'正常'というのであろう。」(Nightmares of Eminent Persons, 1954 より)
  • 「'死の恐怖'を征服するもっともよい方法は、(少なくとも私にはそう思われるのだが)諸君の関心を次第に広汎かつ非個人的にしていって、ついには自我の壁が少しずつ縮小して、諸君の生命が次第に宇宙の生命に没入するようにすることである。個人的人間存在は、河のようなものであろう。最初は小さく、狭い土手の間を流れ、激しい勢いで丸石をよぎり、滝を越えて進む。次第に河幅は広がり、土手は後退して水はしだいに静かに流れるようになり、ついにはいつのまにか海の中に没入して、苦痛もなくその個人的存在を失う。老年になってこのように人生を見られる人は、彼の気にかけはぐくむ事物が存在し続けるのだから、死の恐怖に苦しまないだろう。そして生命力の減退とともに物憂さが増すならば、休息の考えは退けるべきものではないだろう。私は、他人が私のもはやできないことをやりつつあるのを知り、可能な限りのことはやったという考えに満足して、仕事をしながら死にたいものである。(Portraits from Memory and Other Essays, 1956 より)
  • 「野原を通ってニューサウスゲートへと続く道があった。そこで私は一人で夕陽を眺め、自殺について考えたものだ。でも結局、自殺はしなかった。もっと数学について知りたいと思ったから」(『The Autobiography of Bertrand Russell(ラッセル自叙伝)』より)
  • 「我々は、無関心な人間のみが公平な人間であるという考えを拒否しなければなりません。我々は偏見のない広い心と空っぽな心とを混同するような、人間の知性についての堕落した考え方は拒絶しなければなりません。」(ヴェトナム戦争犯罪法廷メンバー第1回集会(1966.11.13)でのラッセル(94歳)のスピーチより)
  • 「人々が自分たちの衝動を正当化しようとしているイズム(主義)なるものは、本当のことを言えば、かれらが正当化したつもりになっている衝動の産物です。」(Dear Bertrand Russell, 1969 より)
  • 「経済学は人々がどのような選択をするか明らかにするが、社会学は人々に選択の余地がないことを明らかにする。」

著作

  • 1896. German Social Democracy. London: Longmans, Green.
  • 河合秀和訳『ドイツ社会主義』みすず書房、1990年4月
  • 1897. An Essay on the Foundations of Geometry. Cambridge: Cambridge University Press.
  • 1900. A Critical Exposition of the Philosophy of Leibniz. Cambridge: Cambridge University Press.
  • 細川董訳『ライプニッツの哲学』弘文堂,1959.
  • 1903. The Principles of Mathematics. Cambridge University Press.
  • 1903 A Free man's worship, and other essays.
  • 1905. "On Denoting", Mind, Vol. 14. . Basil Blackwell.
  • 坂本百大編『現代哲学基本論文集Ⅰ』勁草書房、1986年
    松阪陽一編訳『言語哲学重要論文集』春秋社、2013年
  • 1910. Philosophical Essays. London: Longmans, Green.
  • 中込本治郎訳『倫理学の根本問題』大村書店、1921年
  • 1910–1913. Principia Mathematica (with Alfred North Whitehead). 3 vols. Cambridge: Cambridge University Press.
  • アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド共著、岡本賢吾加地大介戸田山和久訳『プリンキピア・マテマティカ序論』哲学書房、1988年7月
  • 1912. The Problems of Philosophy. London: Williams and Norgate.
  • 中込本治郎訳『哲学の問題』三共出版社、1924年
    八木林二訳『哲学の諸問題』金星堂、1933年
    新井慶訳『哲学の諸問題』育生社、1946年
    中村秀吉訳『哲学入門』社会思想社(現代教養文庫)、1964年
    生松敬三訳『哲学入門』角川文庫、1965年
    高村夏輝訳『哲学入門』ちくま学芸文庫、2005年3月
  • 1914. Our Knowledge of the External World as a Field for Scientific Method in Philosophy. Chicago and London: Open Court Publishing.
  • 佐々木喜市訳『哲学に於ける科学的方法』三共出版社、1925年
    石本新訳『外部世界はいかにして知られうるか』中央公論社(世界の名著ラッセル・ウィトゲンシュタイン・ホワイトヘッド)、1971年
  • 1916. Principles of Social Reconstruction. London, George Allen and Unwin.
  • 松本悟朗訳『社会改造の原理』日本評論社出版部、1919年
    室伏高信訳『社会改造の原理』冬夏社、1921年
    村上啓夫訳『社会改造の原理』春秋社(世界大思想全集〈第45〉)、1929年
  • 1916. Why Men Fight. New York: The Century Co.
  • 1916. The Policy of the Entente, 1904-1914 : a reply to Professor Gilbert Murray. Manchester: The National Labour Press
  • 1916. Justice in War-time. Chicago: Open Court.
  • 時国理一訳『正義と闘争』日本評論社出版部、1920年
  • 1917. Political Ideals. New York: The Century Co.
  • 浮田和民訳『社会改造の理想と実際』大日本文明協会事務所、1920年
    松本悟朗訳『政治の理想』日本評論社出版部、1920年
    松本悟朗訳『経済制度に於ける政治の理想』スキア書院、1927年
    牧野力訳『政治理想』理想社、1963年
  • 1918. . London: George Allen & Unwin.
  • 松本悟朗訳『神秘主義と論理』世界思潮研究会(ラッセル叢書、第1編)、1921年
    松本悟朗訳『自由教育に於ける科學の位置』世界思潮研究会(ラッセル叢書、第2編)、1921年8月
    松本悟朗訳『物理学対感覚与料の関係』世界思潮研究会(ラッセル叢書、第3編)、1921年
    松本悟朗訳『数学と形而上学者』世界思潮研究会(ラッセル叢書、第4編)、1921年
    松本悟朗訳『哲学に於ける科学的方法』世界思潮研究会(ラッセル叢書、第5編)、1921年
    松本悟朗訳『物質の究極的要素』世界思潮研究会(ラッセル叢書、第6編)、1921年
    松本悟朗訳『原因の観念に就て・直知と叙述知』世界思潮研究会(ラッセル叢書、第7・8編)、1921年
    江森巳之助訳『神秘主義と理論』みすず書房(バートランド・ラッセル著作集 第4)、1959年
  • 1918. Proposed Roads to Freedom: Socialism, Anarchism, and Syndicalism. London: George Allen & Unwin.
  • 板橋卓一ほか訳『自由への道 全訳』日本評論社出版部、1920年
    栗原孟男訳『自由への道』角川文庫、1953年
  • 1918–19. The Philosophy of Logical Atomism.
  • 高村夏輝訳『論理的原子論の哲学』ちくま学芸文庫、2007年9月
  • 1919. Introduction to Mathematical Philosophy. London: George Allen & Unwin. (ISBN 0-415-09604-9 for Routledge paperback)
  • 宮本鉄之助訳『数理哲学概論』改造社、1922年
    平野智治訳『数理哲学序説』弘文堂書房、1942年;岩波文庫、1954年
  • 1920. The Practice and Theory of Bolshevism. London: George Allen & Unwin.
  • 前田河広一郎訳『ボリシェビーキの理論と実際』三田書房、1921年
    江上照彦訳『ソビエト共産主義――ボルシェビズムの実践と理論』社会思想研究会出版部(現代教養文庫)1959年
    河合秀和訳『ロシア共産主義』みすず書房、1990年4月
  • 1921. The Analysis of Mind. London: George Allen & Unwin.
  • 竹尾治一郎訳『心の分析』勁草書房、1993年3月
  • 1922. The Problem of China. London: George Allen & Unwin.
  • 牧野力訳『中国の問題』理想社、1971年
  • 1923. The Prospects of Industrial Civilization, in collaboration with Dora Russell. London: George Allen & Unwin.
  • 塚越菊治訳『産業文明の前途』早稲田大学出版部、1928年
  • 1923. The ABC of Atoms, London: Kegan Paul. Trench, Trubner.
  • 寮佐吉訳『原子のABC』新光社、1925年
  • 1924. Icarus; or, The Future of Science. London: Kegan Paul, Trench, Trubner.
  • 桐生政次訳『科学の未来と文明破壊の脅威』聖山閣、1926年12月
  • 1925. The ABC of Relativity. London: Kegan Paul, Trench, Trubner.
  • 金子務佐竹誠也訳『相対性理論への認識』白揚社、1971年([改題]『相対性理論の哲学――ラッセル,相対性理論を語る』白揚社、1991年)
  • 1925. What I Believe. London: Kegan Paul, Trench, Trubner.
  • 1926. On Education, Especially in Early Childhood. London: George Allen & Unwin.
  • 塚越菊治訳『新教育学』早稲田大学出版部、1928年
    浅田清造訳『新児童教育学』至玄社、1928年
    堀秀彦訳『教育論』角川文庫、1954年
    魚津郁夫訳『教育論』みすず書房(バートランド・ラッセル著作集 第7)、1959年
    安藤貞雄訳『ラッセル教育論』岩波文庫、1990年5月
  • 1927. The Analysis of Matter. London: Kegan Paul, Trench, Trubner.
  • 1927. An Outline of Philosophy. London: George Allen & Unwin.
  • 高村夏輝訳『現代哲学』筑摩書房、2014年
  • 1927. Why I Am Not a Christian. London: Watts.
  • 大竹勝訳『宗教は必要か』荒地出版社、1959年
  • 1927. Selected Papers of Bertrand Russell. New York: Modern Library.
  • 1928. Sceptical Essays. London: George Allen & Unwin.
  • 東宮隆訳『懐疑論集』みすず書房、1963年
    柿村峻訳『懐疑論』角川文庫、1965年
  • 1929. Marriage and Morals. London: George Allen & Unwin.
  • 福永渙訳『結婚と新道徳』アルス、1930年
    江上照彦訳『結婚と道徳』社会思想研究会出版部(現代教養文庫)、1955年
    後藤宏行訳『結婚論』みすず書房(バートランド・ラッセル著作集 第8)、1959年
    柿村峻訳『結婚論』角川文庫、1963年
    安藤貞雄訳『結婚論』岩波文庫、1996年1月
  • 1930. The Conquest of Happiness. London: George Allen & Unwin.
  • 島為雄訳『幸福の獲得』日東書院、1931年
    堀秀彦訳『幸福論』角川文庫、1952年
    片桐ユズル訳『幸福論』みすず書房(バートランド・ラッセル著作集 第6)、1959年
    日高一輝訳『幸福論』講談社文庫、1972年
    安藤貞雄訳『ラッセル幸福論』岩波文庫、1991年3月
  • 1931. The Scientific Outlook, London: George Allen & Unwin.
  • 矢川徳光訳『科学の眼』創元社、1949年
  • 1932. Education and the Social Order, London: George Allen & Unwin.
  • 橘源太郎訳『教育と現代世相』国際経済新報社、1933年
    鈴木祥蔵訳『教育と社会体制』明治図書出版、1960年
  • 1934. Freedom and Organization, 1814–1914. London: George Allen & Unwin.
  • 大淵和夫鶴見良行田中幸穂訳『自由と組織』みすず書房(バートランド・ラッセル著作集 第2-3)、1960年
  • 1935. In Praise of Idleness. London: George Allen & Unwin.
  • 堀秀彦、柿村峻訳『怠惰への讃歌』角川文庫、1958 ;平凡社ライブラリー、2009年
  • 1935. Religion and Science. London: Thornton Butterworth.
  • 津田元一郎訳『宗教と科学』元々社、1956年
    津田元一郎訳『宗教から科学へ』荒地出版社、1965年
  • 1936. Which Way to Peace?. London: Jonathan Cape.
  • 1937. The Amberley Papers: The Letters and Diaries of Lord and Lady Amberley, with Patricia Russell, 2 vols., London: Leonard & Virginia Woolf at the Hogarth Press.
  • 1938. . London: George Allen & Unwin.
  • 重田光治訳『権力論』青年書房、1941年
    東宮隆訳『権力――その歴史と心理』みすず書房、1951年
  • 1940. An Inquiry into Meaning and Truth. New York: W. W. Norton & Company.
  • 毛利可信訳『意味と真偽性――言語哲学的研究』文化評論出版、1973年
  • 1945. A History of Western Philosophy and Its Connection with Political and Social Circumstances from the Earliest Times to the Present Day New York: Simon and Schuster.
  • 市井三郎訳『西洋哲学史――古代より現代に至る政治的・社会的諸条件との問題における哲学史』みすず書房、1954年~1956年
  • 1948. Human Knowledge: Its Scope and Limits. London: George Allen & Unwin.
  • 鎮目恭夫訳『人間の知識』みすず書房(バートランド・ラッセル著作集 第9-10)、1960年
  • 1949. Authority and the Individual. London: George Allen & Unwin.
  • 江上照彦訳『権威と個人』社会思想研究会出版部、1951年
    多田幸蔵訳『権威と個人』南雲堂、1959年
  • 1950. Unpopular Essays. London: George Allen & Unwin.
  • 山田英世、市井三郎共訳『人類の将来――反俗評論集』理想社、1958年
  • 1951. New Hopes for a Changing World. London: George Allen & Unwin.
  • 赤井米吉訳『原子時代に住みて――変りゆく世界への新しい希望』理想社、1953年
  • 1952. The Impact of Science on Society. London: George Allen & Unwin.
  • 堀秀彦訳『科学は社会を震撼した』角川新書、1956年
  • 1953. Satan in the Suburbs and Other Stories. London: George Allen & Unwin.
  • 1954. Human Society in Ethics and Politics. London: George Allen & Unwin.
  • 勝部真長長谷川鉱平訳『ヒューマン・ソサエティ――倫理学から政治学へ』玉川大学出版部、1981年7月
  • 1954. Nightmares of Eminent Persons and Other Stories. London: George Allen & Unwin.
  • 内山敏訳『ラッセル短篇集』中央公論社、1954年
  • 1956. Portraits from Memory and Other Essays. London: George Allen & Unwin.
  • 中村秀吉訳『自伝的回想』みすず書房(バートランド・ラッセル著作集 第1)、1959年
  • 1956. Logic and Knowledge: Essays 1901–1950, edited by Robert C. Marsh. London: George Allen & Unwin.
  • 1957. Why I Am Not A Christian and Other Essays on Religion and Related Subjects, edited by Paul Edwards. London: George Allen & Unwin.
  • 大竹勝訳『宗教は必要か』荒地出版社、1959年
  • 1958. Understanding History and Other Essays. New York: Philosophical Library.
  • 1958ː Bertrand Russell's Best; Silhouettes in Satire. selected and introduced by Robert E. Egner. London; Allen & Unwin.
  • 柿村峻訳『宗教・性・政治――ラッセル珠玉集』社会思想研究会出版部, 1960.
  • 1959. Common Sense and Nuclear Warfare. London: George Allen & Unwin.
  • 飯島宗享訳『常識と核戦争――原水爆戦争はいかにして防ぐか』理想社、1959年
  • 1959. My Philosophical Development. London: George Allen & Unwin.
  • 野田又夫訳『私の哲学の発展』みすず書房(バートランド・ラッセル著作集 別巻)、1960年
  • 1959. Wisdom of the West, edited by Paul Foulkes. London: Macdonald.
  • 東宮隆訳『西洋の知恵――図説哲学思想史』社会思想社、1968年
  • 1960. Bertrand Russell Speaks His Mind, Cleveland and New York: World Publishing Company.
  • 東宮隆訳『ラッセルは語る』みすず書房、1964年
  • 1961. The Basic Writings of Bertrand Russell, edited by R. E. Egner and L. E. Denonn. London: George Allen & Unwin.
  • 1961. Fact and Fiction. London: George Allen & Unwin.
  • 北川悌二訳『事実と虚構』音羽書房、1962年
    牧野力訳『民主主義とは何か 自由とは何か』理想社、1962年
  • 1961. Has Man a Future? London: George Allen & Unwin.
  • 日高一輝訳『人類に未来はあるか』理想社、1962年
  • 1963. Essays in Skepticism. New York: Philosophical Library.
  • 1963. Unarmed Victory. London: George Allen & Unwin.
  • 牧野力訳『武器なき勝利』理想社、1964年
  • 1965. Legitimacy Versus Industrialism, 1814–1848. London: George Allen & Unwin (first published as Parts I and II of Freedom and Organization, 1814–1914, 1934).
  • 1965. On the Philosophy of Science, edited by Charles A. Fritz, Jr. Indianapolis: The Bobbs–Merrill Company.
  • 1966. The ABC of Relativity. London: George Allen & Unwin.
  • 1967. Russell's Peace Appeals, edited by Tsutomu Makino and Kazuteru Hitaka. Japan: Eichosha's New Current Books.
  • 1967. War Crimes in Vietnam. London: George Allen & Unwin.
  • 日高一輝訳『ヴェトナムの戦争犯罪』河出書房、1967年
  • 1951–1969. The Autobiography of Bertrand Russell, 3 vols., London: George Allen & Unwin. Vol. 2, 1956
    日高一輝訳『ラッセル自叙伝』理想社、1968年~1973年
  • 1969. Dear Bertrand Russell... A Selection of his Correspondence with the General Public 1950–1968, edited by Barry Feinberg and Ronald Kasrils. London: George Allen and Unwin.
  • バリイ・フェインベルグ、ロナルド・カスリルズ編、日高一輝訳『拝啓バートランド・ラッセル様――市民との往復書簡(宗教からセックスまで)』講談社、1970年
  • 1975. Mortals and others : Bertrand Russell's American essays 1931-1935.
  • 中野好之太田喜一郎訳『人生についての断章』みすず書房、1979年2月

参考文献

  • 三浦俊彦『ラッセルのパラドクス――世界を読み換える哲学』岩波書店、2005年
  • 高村夏輝『ラッセルの哲学[1903-1918]――センスデータ論の破壊と再生』勁草書房、2013年
  • アポストロス・ドクシアディス、クリストス パパディミトリウ著、高村夏輝監修、松本剛史訳『ロジ・コミックス――ラッセルとめぐる論理哲学入門』筑摩書房、2015年

外部リンク

*

Category:19世紀イギリスの哲学者

Category:20世紀イギリスの哲学者

720518

-720518

Category:イギリスの科学哲学者

Category:イギリスの政治哲学者

Category:イギリスの哲学史家

Category:イギリスの数学者

Category:イギリスの論理学者

Category:イギリスの倫理学者

Category:イギリスの無神論者

Category:道徳哲学者

Category:形而上学者

Category:数学の哲学者

Category:言語哲学者

Category:存在論の哲学者

Category:無神論の哲学者

Category:経験論の哲学者

Category:論理学の哲学者

Category:心の哲学者

Category:宗教哲学者

Category:分析哲学者

Category:言語論的転回

Category:功利主義者

Category:ノーベル文学賞受賞者

Category:エルサレム賞受賞者

Category:メリット勲章

Category:科学的懐疑主義の人物

Category:数学に関する記事

Category:王立協会フェロー

Category:カリフォルニア大学ロサンゼルス校の教員

Category:シカゴ大学の教員

Category:ケンブリッジ大学の教員

Category:ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの教員

Category:訪日外国人

Category:モンマスシャー出身の人物

Category:ケンブリッジ大学出身の人物

Category:イギリス社会主義の人物

Category:イギリスの随筆家

はとらんと

Category:1872年生

Category:1970年没

Category:イギリスの伯爵

バートランド・ラッセル』に 関連する人気アイテム

幸福論

アラン『幸福論』は、世界三大幸福論のうちで、最もオススメです!

アラン幸福論は、読破してはじめて完結するような、体系的に記されたものではありません。
アランは、「プロポ」と呼ばれる、文庫本にして数ページ分の短い文章を書いて、新聞に投稿していたそうです。
93章のプロポを寄せ集めて出来上がったのが、本書である『アラン幸福論』です。
したがって、面白くないプロポを読み飛ばしたりと、自由な読み方ができるので、取っ付きやすいです。

まえがき(「モール・ランブラン夫人への献辞」)にあるように、アランは「幸福」を、日常生活の至る所に細切れになって存在する些細な幸せ、と定義し、「宣言するだけで人は幸福になる」とアランは説きます。


ですから、「夢を叶えて大金持ちになりたい」のような幸福像をイメージする人にとっては、本書は少し肩透かしになるかもしれません。

例えば、外出中に通り雨に遭った際、機嫌を損ねるのではなく
「結構なおしめりだ!」
と、雨を賞賛せよとアランは説きます、笑
これは極端な例ですが、一貫して日常の些細な出来事にフォーカスされています。

巻末の訳者解説で、神谷さんは
「アランの文章には『詩』がある」
と言います。

詩的な格言を引用すると、

「雨が降っている。瓦に雨の音がして、無数の雨樋が切れ目なく歌っている。空気が洗われて、まるで濾過されたみたいだ。雲は切れ切れになった華麗な衣装のようだ。こういう美しさがわかるようにならねばならない」(アラン)
このように、アランの文章は詩的な響きを持ち、読み物としても非常に面白いです。

また、幸福に対するアランの洞察もさることながら、アランの人間観察眼・心情の分析も痛快です。

「憂鬱病に陥った人々は我々に、深い悲しみにとらわれた者の姿を誇張した形で示している」
「人が自分の仕事にすぐ不満を言うのは不注意からであり、またちょっとした儀礼的な意味からだ」

このように、鋭い観察眼で人の心情が描写されており、一冊の小説を読んだ気分にもなれます。

簡潔で読みやすく、また詩的雰囲気があって面白い。
人の心情が丁寧に分析されていて、読んでいてどこか小説を読んでいるような気分にもなれる。
ぜひ、アラン『幸福論』読んでみてください。

「不幸」というのは別に実体のあるものではない。しかし、人はそれが実体のあるものだと信ずるが故に、ありもしない不幸に捉われるのである。子供が泣き止まないのは、遺伝でも、性悪でもなく、どこかに紛れ込んだ「ピン」のせいである。

病気の不安に悩まされる人の不幸と不安は、実際に病気になれば全て解決するだろう。健康者が持つ、死への不安は手に負えないものだが、死の不安と恐怖を乗り越えようとするならば、実際に死に直面する以外に方法はない。その点では首を吊ろうとする者の方が遥かに都合が良い。紐をくぎに掛け、一蹴りを加えれば死は不安から現実に代わり、それで全て解決する。



金持ちになるとか、彼女に恵まれるとか、出世するとかをこの幸福論に求めても無駄である。借金は弁護士か銀行に相談した方が良いし、運命を知りたければ、評判の良い占い師を探すべきである。出世したければ真面目に仕事に励むしかない。
幸福とは何かなど、悩むに値しないものであり、そんなことにエネルギーを使うよりも、もっと素直に生きることを心掛けたほうが現実的である。そう知ること、それこそが幸福である。

読めば成程と思うが、幸福など考えるに値しない程のものだと知るには、情念という“ピン”を取り去らねばならず、時間がかかることも事実です。

アランの『幸福論』(岩波文庫)は、私の本棚のどこかにあります。
だいたい、どこにあるかは分かっています。
アランが書いた本の何冊かが、まとまって眠っているのです。

週末の朝の目覚めがうれしいのは、
この週末は、どの本と過ごそうかと、
思いを巡らすことができるからです。

『幸福論』を最後に読んだのは、たぶん10年以上も前です。
この週末は、『幸福論』と過ごそうと思います。
きっと『幸福論』も、10年ぶりの再会を喜んでくれるでしょう。



アランの書くもの(プロポ)は、短い断片です。
『幸福論』も、短いお話が集めてあります。
それぞれが独立しているから、どこから読んでもいいのです。
本は頭から読まなくてもいい、と『幸福論』が教えてくれました。
あっちに行き、こっちに行く脱線が楽しい。

脱線ついでに、本から飛び出して、
どこまで、行けるかな?

アラン 幸福論

アラン『幸福論』は、世界三大幸福論のうちで、最もオススメです!

アラン幸福論は、読破してはじめて完結するような、体系的に記されたものではありません。
アランは、「プロポ」と呼ばれる、文庫本にして数ページ分の短い文章を書いて、新聞に投稿していたそうです。
93章のプロポを寄せ集めて出来上がったのが、本書である『アラン幸福論』です。
したがって、面白くないプロポを読み飛ばしたりと、自由な読み方ができるので、取っ付きやすいです。

まえがき(「モール・ランブラン夫人への献辞」)にあるように、アランは「幸福」を、日常生活の至る所に細切れになって存在する些細な幸せ、と定義し、「宣言するだけで人は幸福になる」とアランは説きます。


ですから、「夢を叶えて大金持ちになりたい」のような幸福像をイメージする人にとっては、本書は少し肩透かしになるかもしれません。

例えば、外出中に通り雨に遭った際、機嫌を損ねるのではなく
「結構なおしめりだ!」
と、雨を賞賛せよとアランは説きます、笑
これは極端な例ですが、一貫して日常の些細な出来事にフォーカスされています。

巻末の訳者解説で、神谷さんは
「アランの文章には『詩』がある」
と言います。

詩的な格言を引用すると、

「雨が降っている。瓦に雨の音がして、無数の雨樋が切れ目なく歌っている。空気が洗われて、まるで濾過されたみたいだ。雲は切れ切れになった華麗な衣装のようだ。こういう美しさがわかるようにならねばならない」(アラン)
このように、アランの文章は詩的な響きを持ち、読み物としても非常に面白いです。

また、幸福に対するアランの洞察もさることながら、アランの人間観察眼・心情の分析も痛快です。

「憂鬱病に陥った人々は我々に、深い悲しみにとらわれた者の姿を誇張した形で示している」
「人が自分の仕事にすぐ不満を言うのは不注意からであり、またちょっとした儀礼的な意味からだ」

このように、鋭い観察眼で人の心情が描写されており、一冊の小説を読んだ気分にもなれます。

簡潔で読みやすく、また詩的雰囲気があって面白い。
人の心情が丁寧に分析されていて、読んでいてどこか小説を読んでいるような気分にもなれる。
ぜひ、アラン『幸福論』読んでみてください。

「不幸」というのは別に実体のあるものではない。しかし、人はそれが実体のあるものだと信ずるが故に、ありもしない不幸に捉われるのである。子供が泣き止まないのは、遺伝でも、性悪でもなく、どこかに紛れ込んだ「ピン」のせいである。

病気の不安に悩まされる人の不幸と不安は、実際に病気になれば全て解決するだろう。健康者が持つ、死への不安は手に負えないものだが、死の不安と恐怖を乗り越えようとするならば、実際に死に直面する以外に方法はない。その点では首を吊ろうとする者の方が遥かに都合が良い。紐をくぎに掛け、一蹴りを加えれば死は不安から現実に代わり、それで全て解決する。



金持ちになるとか、彼女に恵まれるとか、出世するとかをこの幸福論に求めても無駄である。借金は弁護士か銀行に相談した方が良いし、運命を知りたければ、評判の良い占い師を探すべきである。出世したければ真面目に仕事に励むしかない。
幸福とは何かなど、悩むに値しないものであり、そんなことにエネルギーを使うよりも、もっと素直に生きることを心掛けたほうが現実的である。そう知ること、それこそが幸福である。

読めば成程と思うが、幸福など考えるに値しない程のものだと知るには、情念という“ピン”を取り去らねばならず、時間がかかることも事実です。

アランの『幸福論』(岩波文庫)は、私の本棚のどこかにあります。
だいたい、どこにあるかは分かっています。
アランが書いた本の何冊かが、まとまって眠っているのです。

週末の朝の目覚めがうれしいのは、
この週末は、どの本と過ごそうかと、
思いを巡らすことができるからです。

『幸福論』を最後に読んだのは、たぶん10年以上も前です。
この週末は、『幸福論』と過ごそうと思います。
きっと『幸福論』も、10年ぶりの再会を喜んでくれるでしょう。



アランの書くもの(プロポ)は、短い断片です。
『幸福論』も、短いお話が集めてあります。
それぞれが独立しているから、どこから読んでもいいのです。
本は頭から読まなくてもいい、と『幸福論』が教えてくれました。
あっちに行き、こっちに行く脱線が楽しい。

脱線ついでに、本から飛び出して、
どこまで、行けるかな?

まんがでわかる ラッセルの『幸福論』の読み方

バートランド・ラッセルの英語は格調高く、私が大学受験をしたころはよく問題集や、模擬試験でそのエッセイにお目にかかったものである。
本書は、この「幸福論」を実によく噛み砕き、さらに日本人の生活にまで落とし込み、漫画化して、わかりやすいものとしている。

極端に大づかみにすれば、他人の評価に惑わされず、中庸を生きよということなのかもしれないが、一人間に通り過ぎる出来事など
宇宙レベルではなにほどのものでもないという、良い意味での諦観も織り込まれた哲学となっている。

道元の「正法眼蔵随聞記」やウィルバーの
「無境界」と通じるものがある。哲人が行き着くところは同じなのかなあなどとも思ってしまった。

生き方で、あるいは幸福感で悩む人はぜひ一読してほしいと思う。

NASAが土星から見た地球の写真を公開しており、ネットで見られる。
何と地球の小さいことか。ラッセルが言うことが、手に取るようにわかる(と思う)。

大ヒットシリーズとなっている宝島社の「まんがでわかる」シリーズ。今回はラッセルの
「幸福論」がそのテーマだ。哲学はニーチェでこけており、正直あまり期待せずに読み
始めたが、「幸福」という我々の身近なテーマであるからか、大変良くできている。まん
がのストーリーと解説、原著がしっかりと関連しており、人間関係で悩みを持つ人、思
ったような成功を掴めずに悩んでいる人は勿論、現在周囲の人と比べて明らかに成
功していると思っている人にも、有益なメッセージが満載だ。

このシリーズは、まんが
のストーリーと解説、原著との関係性が重要だと考える。なにせタイトルは「まんがで
わかる」なのだから。本書は、監訳者の小川仁志氏の解説が分かりやすいだけでなく、
上手に編集されており、「まんがでわかる」の名に恥じないレベルになっている。

自分にとって新しいジャンルの本を読むときはこのようなマンガ化されたものか
初心者向け、初めて読むなら・・といった簡単なものから読むようにしています。
人から本を薦められても薦めてくれた方の予備知識が私とは違うため
まずはこういった飲み込みやすい本から入ることもしばしばです。

前置きが長くなりましたがやはりたいへん読みやすいです。
読むのは容易なため、読んでみてもっと知りたい方はこの本で紹介、参考文献に
手を出してみましょう。
その時に初めてこの本が良かったか悪かったのかがわかると思います。
ただ良くても悪くても読んだ方の知識や俯瞰力は上がっていると思います。

まずはこの本、初めの一冊としてはおすすめです。

ラッセル幸福論

『ラッセル幸福論』は、3大幸福論(ヒルティ、アラン)の中で、最も体系的にまとめられている書物です。

本書の構成は、
第1部 「不幸の原因」 、第2部 「幸福をもたらすもの」
の2部構成になっており、全17章から成ります。

巻頭に目次が付されているのは、3大幸福論のうち『ラッセル幸福論』のみであり、
最も体系的に記されている、ということができます。
そういった意味では、3大幸福論の中で
最も読みやすい、ということができるかもしれません。



第一部では、
幸せになるための方法を考察する前に、
生活に不満をもたらすものは何か?
その原因について、丁寧に考察されています。

例えば、
第3章「競争」では、

「この生存競争に参加しているとき、人々が恐れているのは、明日の朝食にありつけないのではないか、ということではなくて、隣近所の人たちを追い越すことができないのではないか、ということである」(ラッセル)
と、なかなか含蓄の深い格言です。

第2部では、幸せになるための方法が考察されます。
具体的には
「趣味」・「仕事」・「愛」・「子を授かること」等々
様々な文脈から考察されます。

含蓄の深い格言をいくつか引用すると
第11章 「熱意」
「人間、関心を寄せるものが多ければ多いほど、ますます幸福になるチャンスが多くなり、また、ますます運命に左右されることが少なくなる。仮に一つ失っても、もう一つに頼ることができるからである」
と、趣味や関心の幅を広げるよう説きます。

第14章 「仕事」
「最も優れた仕事には、建設性という要素が存在する。(中略)建設の仕事は、完成したあかつきにはつくづく眺めて楽しいし、その上、もうどこにも手を加える余地がない、と言えるくらい完璧に完成されることは決してない。最も満足すべき目的とは、一つの成功から次の成功へと無限に続いて、決して行き詰ることのない目的である」
と、建設的な仕事を持つことの意義について説きます。

ヒルティのように、宗教性に傾倒することもなく、アランのように、文学的でもありません。
『ラッセル幸福論』は、良くも悪くも、最も合理的に記述されています。
そういった意味では、やや物足りなさを感じるかもしれませんが、最も読みやすいことには変わりありません。

アランの幸福論も納得できることが書いてありましたが、ラッセルの幸福論は本当にその通りとうなづくことばかり。しかも不幸になる様々な原因についてとてもとてもわかりやすく抜け出し方が書かれています。この人は本当に頭脳明晰。
おもしろかったのは、本人は結婚生活では苦労して、ずっと年をとってから何度かの再婚のあと、幸せな結婚生活に会えたということ。そのあたり相手があることだし、相手に公平であろうとする人であることが、もしかしたら不幸の原因だったのかもしれません。その話を聞いて、ラッセルの誠実さが信じられるようになりました。


本人は貴族でしたが、女性に対しても、様々な階層の人たちに対しても、異なる国の人たちにも公平で民主主義的な味方をしています。
また、この本の中で、「科学者として活動する人たちは、最も幸福な人たち」という言説が何度かでてきます。私は科学者と言える人生を送ってきて、定年近くになり、正直その通りとも感じます。
多分、若い時に一度は読んでいるはずですがあまり覚えていませんでした。当たり前のことが書いてあったという印象を持っていしましたが、今読んでみるとそうではないと思います。「正しいこと」が書かれていたのです。若い人たちに強く勧めます。

アランの過剰ともいえる楽観主義とも違い、またショーペンハウアーの諦念至上主義とも一線を画する本書は、非常にバランス感覚に優れた幸福論だと思う。
他にあまたの類似本があるが、所々どうしても著者の偏向主張が際立ってしまいがちになるなかで、本書は悪く言えばありきたり、良く言えば地に足がついた万人受けする良書といえるだろう。
外界に関心を寄せることを幸福の要諦とする主張は説得力があるし、一方で周囲の目を気にして承認ばかり求めるのも良くないと論じている。
幸福は誰もが望むものだが、だからと言って口を開けて待っていても訪れはしない。


ではどうすべきか・・・

勿論これを読んで直ちに幸福になどなれるわけはないが、とかく世間や上部組織に翻弄されがちの現代人にとって、少なくとも不幸に対する処方箋としての役割は果たしてくれそうだ。

アランの幸福論 エッセンシャル版

5つ星のうち 5.0幸、不幸ってあるの

(参考になった人 13/14 人)

某社文庫の幸福論は、だらだらとしてわかり難く、文にキレがない。
それで他に捜していたところ、この本を見つけました。
抜粋して、いくつかの章に再構成してあり、文章もわかりやすい。
この本で紹介されている神谷幹夫訳のものも買いました。
今は、両方を照らし合わせたりしながら読んでいます。

参考まで、一部を比較してみました。

「知識は遠くから見ていてもおもしろくない。その中に入り込まなくてはいけない。はじめはいくらか制約があるかもしれないし、ある程度の困難は常につきものである。

几帳面にやること、そして何度でも克服すること。‥」(斎藤慎子訳)

「学問は遠くから眺めていてもおもしろくない。学問の世界にはいり込むことが必要だ。始めは無理にやらなければならないこともある。乗り越えねばならないものはいつもある。仕事を規則正しくすること、そして困難を、さらなる困難をものりこえること、‥」(神谷幹夫訳)

P.S.
033 感情に走らない
「どんな感情も、こちらが呼ぶから応じて出てくるのだ。一度かっとなると、どんな立派な理屈もまったく役に立たず、それどころか、かえってためにならないことが多い。怒りをあおる、すべての可能性を思い出させるからである。
こうしたことを知っていれば、戦争の恐れがいつまでたってもなくならない一方で、かならず避けることもできるということがわかる。感情に走っておびえると、もしそれが広がれば、どんなささいな理由であろうと、かならず戦争になってしまう。感情的になりさえしなければ、どんな理由であれ戦争はかならず避けられるのである」

もう終わってしまいましたが、「哲学者に人生相談」というNHKの番組で紹介されていた、哲学者のひとり、アランさんの本です。

アランさん自体が非常にとっつきやすい感じでしたが(この幸福論も、新聞のコラムとして書かれたものだそうで)、本来の良さを下手に殺すことなく、いい感じに再編されているようで、非常に楽しく読んでいます。他のところから出版された同タイトル本と比べていないので、どこがどうとはいえないのですが、入門編にちょうど良いのはわかります。

フォント、行組みなどのレイアウト、表紙のデザインなど、とにかく野暮ったいところがないので、本当にプレゼントにちょうど良いと思います。女性とか、喜ぶと思うわ。

私はこれと一緒に、これまた水玉模様がかわいい 「超訳 ブッダの言葉 エッセンシャル版(特装版) 」も買いました。今から読むのが楽しみです!

5つ星のうち 5.0実践的でわかりやすい

(参考になった人 10/11 人)

心身の不調のほとんどは、 そもそも自分が心配したり不安に感じたりするから起きる。 だから、もっとも確実な対処法は 腹や腰が痛くても、足の指にたこができた程度に考えて 心配しないことだ。 皮膚がちょっと硬くなっただけでも そのくらい辛いことは現実にあるのだから これは辛抱するいい訓練ではないだろうか。 アランがこんなに実践的な、わかりやすいことを 言ってるなんて、初めて知った。 言葉が選び抜かれ、訳も読みやすい。 幸福ってなんなのか、 本書をじっくり読みながら考えてみたい。

バートランド・ラッセル』by Google Search

This page is provided by Matome Project.
Contact information.