物語 近現代ギリシャの歴史 - 独立戦争からユーロ危機まで | ||
多くのことを考えさせる名著(参考になった人 4/4 人)
わずか280ページほどの新書版だが、読む者を歴史を学ぶ面白さに惹き込んで最後まで飽きさせず、しかもこれだけ多くのことを考えさせられる書物に出会えることは滅多にない。著者はアラフォーの少壮女性歴史学者で、本書が最初の”単著”であるとのことだが、素人の小生にも本書が並々ならぬ勉強の成果を基にして執筆に取り掛かったものであることが分かるし、歴史、文化、政治、文芸に関する著者自身の見解が随所に顔を出すが、そのバランスの取れた鋭さにも感心した。 大多数の(小生を含めての)日本人にとって「ギリシャ」のイメージは、古代ギリシャ文明とエーゲ海ツアーにアクロポリス観光、そして最近のユーロ危機をめぐる騒ぎといったところでしかない。 それに対して著者は冒頭で、「本書を読み終えたとき、読者のみなさんの心の中には、これまでとは違う、ギリシャとギリシャ人に対する少し複雑なイメージが作られているはずである」と述べることから書き始める。この書き出しを目にしたとき「何という自信だろう!」と思ったが、読み終わったいま、まさに著者のいう通りであったことを認めないわけにはいかない。 民主主義とは国家の統治形態の一つであり、その淵源が古代ギリシャにあることは誰でも知っているが、19世紀になって人為的に作られるまで、史上「ギリシャ」という国家は存在したことがなかった。しかもその人為的に作られたギリシャの国家理念は、神々の活躍した古代ギリシャ文明との絆もさることながら、一神教のキリスト教文明の華であったビサンツ帝国への回帰理念であったという。 しかも、ギリシャ人とは誰のことか、はたまたどういう言語を正当のギリシャ語とすべきあるか、ということさえ全国民的共通認識は確立されていなかったため、それを定めるために多くの流血を伴う抗争を繰り返さなくてはならなかったのが近現代のギリシャであった、と、ここまでのことを知っただけで、日本人と日本国そして日本語について、「それが何であるか?」の議論をすることさえ思いつかないほど自明である我々日本人にとっては、「ああ、日本に生まれた日本人でよかったな」とつい思ってしまう。 本書の帯封にはギリシャは「大国の思惑に翻弄されて・・」とあるが、しかし本書では、その翻弄した大国(=列強)の側には、古代ギリシャ文明もビサンツ帝国のキリスト教も、その正当な文明的後継者は一握りの現代ギリシャ人ではなく、ヨーロッパにアメリカを含めた西欧文明全体であるという意識があることが指摘されている。即ち、ことギリシャに関しては単純な民族自決の原理は適用できないというわけだ。 さらに本書の脇役はオスマン帝国である。日本での一般認識はオスマン帝国=トルコ=イスラムだが、これもそんなに簡単なものではないことが指摘されている。オスマン帝国にはキリスト教徒(ギリシャ人)も多く居たのであり、さらにはオスマンにトルコ・ナショナリズムが目覚めたのは、ギリシャ・ナショナリズムの興隆に刺激されてのことだというのも重要な指摘事項だ。 そして終盤には、ようやく形が整った民主主義国家ギリシャが「大衆迎合民主主義」に毒されて国家破綻に陥ってしまった経緯が書かれている。デモクラシーの「デモ」はギリシャ語で民衆の意味だが、デモクラシーの発祥の地ギリシャが「誤った」デモクラシーのために国家破綻に陥ったいま、まだまだ歴史は「終わり」には到達していないということだろう。そしてそれは、民主主義国家日本にとっても、決して他人事ではない。 暗く悲しきギリシア(参考になった人 4/5 人)
学生時代、この本でも紹介されているアンゲロプロス監督の「旅芸人の記録」という映画を見たことがあります。 ダラダラと長く、しかも、物語全体に陰鬱な暗さの漂う、あまり「見て楽しい」映画ではなかったことを記憶していますが、 その暗さが一体何であったかが、この本を読んで、遅ればせながら明らかになりました。よく知られているように古代ギリシアでは、 アテネ、スパルタに代表される都市国家どうしが、覇権をめぐって、凄絶な争いを繰り広げていました。 そんな「仲の悪さ」というか、人々が何かにつけて対立し、連帯感を持つことの少ない悪しき伝統は、その後もずっと受け継がれ続けて、 19世紀初頭に至って、ギリシアが独立を勝ち取ったあとも、実は一向に解消されていなかったのだと、著者は語ります。 普通なら独立戦争を闘う過程で、人民の間にそれなりの一体感が生まれてくるものなのですが、 実はギリシアの独立は、ギリシア人自身が自らの手で勝ち取ったものというより、 当時この地に様々な思惑を抱えていたヨーロッパ列強が強力に介入し、「さあどうぞ」とばかりに与えてくれたものだったのです。「ギリシア国民」としての一体感などほとんど形成されていないところに「器」だけがぽんと与えられたがゆえの悲劇。 独立後も、何を国民共通の心のよりどころとし、何を共通の理想としてかかげていくかといった問題の結論は容易に得られず、 これらの問題をめぐって、同じギリシア人どうしが事あるごとに対立し、 時には、敵対する勢力に対して苛烈極まる弾圧を加えるという、血なまぐさい闘争を繰り返しました。 近現代のギリシアには、地中海の明るい陽光からは想像もつかぬ陰惨な雲がべったりとまとわりついており、 「旅芸人の記録」で描かれたのも、そんな暗い時代を生きた人々の生々しい姿だったのです。日本人にはあまりなじみのなかったギリシアの近現代史を、目からウロコの分かりやすさで解説してくれるこの新書は、 経済危機がらみでギリシアが何かと話題にのぼる昨今、まことにタイムリーな役立ち本であるだけでなく、 ひとつの国家がこの世に生まれ、育っていく際のドラマを、この上なくダイナミックに描ききった、知的興奮に満ちた読み物でもあります。 ひとつ間違えば、始末に負えぬほどとっつきにくい書物になったはずの内容を、 ここまで分かりやすく、魅力的にまとめられた、著者の村田氏の筆力には手放しで敬意を捧げたいと思います。 偉大なる過去への幻想と大国に翻弄される現状との落差(参考になった人 1/2 人)
本書は1968年生まれの近現代ギリシャ史研究者が2012年に刊行した本である。本書の主張を列挙するなら、第一に近代までギリシャ国家やギリシャ国民は存在せず、住民には正教徒意識の方が強かった。啓蒙思想と共に古代ギリシャが再評価され、ヨーロッパからの義勇軍がギリシャ独立戦争を支援したものの、ギリシャの名望家や武装勢力は地域的利害に拘束され、内戦を繰り返し、結局はドイツ人を国王に迎えて独立を達成した。第二に、したがって独立後に、古代とのつながりを重視する意識の中で、「純正語」カサレヴサが半公用語の地位を獲得するが、人工的折衷語ゆえ話者が限られ、民衆語ディモティキの地位向上の中で言語問題が生じることとなる。 第三に、国外に住む多くのギリシャ人の存在により、ギリシャ王国は更なる領土拡張を要求すること(メガリ・イデア)で、国家統合を図るようになるが、この夢は一時は列強間の対立により実現可能に見えたものの、1922年の敗北により挫折し、トルコとの間で翌年から強制的住民交換が行われた。第四に、この間に活躍した首相ヴェニゼロスは、強力な指導力により一方で近代国家の整備と領土拡大、反共社会改革を達成したが、他方では国内の政治的分裂を決定づけた。またファシズムによる占領下、共産党は幅広く抵抗運動を組織化するが、次第に右派と対立を深め、戦後内戦に突入する。以後、ギリシャでは右翼政権と軍事独裁が続き、欧米もそれを黙認するなど、国内では悲惨な政治対立が続いた。第五に、1974年に軍事独裁の自滅により民主化が実現した後、ギリシャはECに加盟したが、社会主義政策により借金が増加し、現在の財政危機に至った。以上のように、本書では偉大なる過去への幻想と大国に翻弄される現状との落差に悩み、国内もまとめきれない小国ギリシャの悲哀が描かれている。 |
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深夜特急〈5〉トルコ・ギリシャ・地中海 | ||
転換点。(参考になった人 1/1 人)
『深夜特急』は、どの巻から読んでもいいと思う。自分が最初に通読したのは、この五巻だった。冒頭の一行は、「テヘランに着いたのは、夕方の六時頃だった」。この五巻でも、沢木流「旅の実践指南」が具体的に語られてゆく。たとえば、こんな記述。 「新しい国に入った際にいつもそうしてきたように、 一から十までの数字と、何、いくら、どこ、どのように、 といった言葉の使い方を教えてもらったのだ」ガイドブックなどを何も持たずに、2枚の地図だけを頼りに続けている旅なので、 現地の言語とまずなじむことが重要だった。第1巻は、香港から始まるこの旅の熱気と喧噪と興奮が、ダイレクトに伝わってきた。 第5巻になると、著者(旅の主人公)は、旅そのものを内省し始める。きっかけのひとつは、約束の履行だ。 「酔狂なことをきわめて真剣にやる」(乗り合いバスだけを乗り継いでユーラシア大陸を横断しきる)こと以外に 目的を持たない旅だったのだが、彼には、ひとつ果たすべき約束がトルコであった。 人を探しだし、その人に会い、預けられたものを渡すこと。それを彼はトルコで終える。そのくだりは、比較的さらりと書かれている。もうひとつ、主人公は、特に目的を持たずに旅を進めてきたが、 1カ所だけ、どうしても立ち寄りたかった場所があったことが明かされる。彼を旅に誘った要因だった小田実の著書『何でも見てやろう』で、魅力的に綴られていたギリシャのペロポネソス半島。彼のこの目的も成就する。すると、それまで彼の胸をときめかせていた旅の出来事、現地人との交流などが、ありきたりの、 今までに経験してきたことの繰り返しに感じられてきてしまう。トルコで託された約束を果たし、ギリシャで意中の目的を達成し、 旅の終わりが見えてきた時、主人公は何を思うのか。通常なら、ある種の手応えや充実感を覚えるのだろうが、そこが沢木耕太郎、彼が実感したのは「喪失感」だった。 ここが著者ならではの感じ方なのだろう。そして、この巻は、わずか14ページの「絹と酒」の章で終わる。 それは地中海の海をギリシャからイタリアへ渡る船、ポセイドン号で書かれた手紙。「僕は、いま、地中海にいます・・・」 旅を内省的に少しずつ総括し始めた沢木耕太郎(参考になった人 2/2 人)
巻末の高田宏さんと筆者の対談でも語られていますが、26歳の時に旅をして本書を書いたのが、その17年後ということです。エピソードは全て青年期のものですが、書き手の感性は壮年に突入しているわけで、そこのギャップが作品のトーンに微妙に影響を及ぼしています。旅の始めに遭遇した香港やマカオでの熱を帯びた行動と感覚が少し穏やかになっています。数か月の旅の間に、異国での生活が慣れてきたという説明だけでは収まりのつかない変化だと感じました。歳月が経つにつれ、本来強烈だった印象も少し客観的に眺めることができますので、その要素も本書には含まれているのでしょう。 66ページに筆者の壮行会を建築家の磯崎新と彫刻家の宮脇愛子夫妻が催したと書かれています。この二人との交友も気になりますが、それ以上は書かれていませんでした。その愛子夫人から頼まれたトルコにいるゲンチャイさんへの届け物のシーンは、この旅の中でも異色であり、そこには目的がありました。放浪の旅もまた目的を帯びることがあるのです。 そのあたりから他者との係わりの記述が少しずつ増えています。アメリカでの生活をおいて、ギリシャのスパルタへ移ってきた老人も人との関わりを求めているようでした。地中海のフェリー・ポセイドン号での亜麻色の髪の女性もまた孤独から逃れるように筆者との関わりを持とうとしています。夢か現かでの会話も人生を旅に置き換えた場合、象徴的なやり取りだと受け取りました。李賀の「飛光飛光 勧爾一杯酒」の言葉にも過ぎゆく時への惜別の情があるように感じました。旅の終え方に少しずつ話が向かっていますが、人生の終着と同様ならば、旅の終わりは誰にも分からないと考えますが・・・。 旅と人生は似ている(参考になった人 4/4 人)
旅にも幼年期、青年期、壮年期、老年期とあり、この巻では壮年期にあたる部分を描いている 確かにエネルギッシュに前へ、前へというよりは、何か心の隙間を埋めるように、それを 求めて前へ進んでいる印象を受けました。個人的にはトルコ編はほのぼのとしていていいなぁ〜と思います。香港のスターフェリーも いいですが、こちらのアジアとヨーロッパを往復するフェリーは本当に羨ましいなと、、、 朝起きて、朝食を食べ、散歩してから食料を買いフェリーで風に吹かれぼーっとして、また 帰ってくる、たったそれだけの事がものすごく贅沢に思えてくる。 ギリシャ編では、スパルタの廃墟で出会った老人の件が感慨深いですね。年をとって好奇心 が磨耗しても人とだけは関わりたいというのがやっぱり素直な所なんだろうなぁ、、、 散歩してたらいきなりバースデーパーティーに誘われる件も、読んでて癒されます。やっぱ 人と人との繋がりはいいなと。地中海からの手紙の章では、今までの旅の事をなかば自棄になって顧みてたりしますが、ほ んと人生の壮年期と同じですよね(笑)。最後にいったい何を得るのか、次の巻が楽しみです。 |
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携帯チャームに(参考になった人 1/1 人)
ギリシャ旅行の記念に、家族や周りの人にいくつかまとめて買って配りました。 ギリシャは遠くてあこがれの国ですが、小さなチャームでみんな旅行した気分です。 郵便封筒で切手代だけでまとめて送ってもらえました。 携帯電話のストラップにつけて、目に入るので記憶が残ります。 以外とおしゃれに使えますよ(参考になった人 1/1 人)
国旗柄のグッズが欲しくて、ギリシャ好きなので、購入してみたので、特に何も考えていなかったのですが、 爽やかなブルーと白のストライプが以外とアクセントに成っておとなしいキャメル色のバッグにつけているのですが一寸可愛いです。 |
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